164:崩壊する境界
「メッセージが来てるな……気にしてない、と」
第一次防衛戦は無事に終わった。
ログアウトした俺はフッセたちからのメッセージに返信すると共に、反省会が明日の20時以降であるという連絡を受け取る。
現在の時刻は10時。
少し早いが昼飯を食べて、それから近所のジムに行って、満足するまで殴り続けるのがよさそうだな。
自宅でサンドバッグを殴るのも悪くはないが、ジムなら自宅以上に遠慮なく殴れるから都合がいいのだ。
「財布良し、携帯良し、行くか」
という訳で俺は自宅を出て……自宅から少し離れた場所に着いた時点で、急いで自宅に戻って来た。
そして、直ぐにハンネへと連絡する。
「あらトビィ……いえ、スバル。突然、どうしたの……ぶふぅ」
「……」
俺の今の状況を見たハンネ……春夏冬ヤスコは即座に噴き出した。
うん、知ってた。
お前はそういう奴だよな。
で、そういう反応でなくとも、何かしらの反応があることは簡単に想像できた。
何せだ。
「まあ、見ての通りだ。『昴』が現実にまで押しかけて来た」
現実にいるはずの俺の右手には、ゲームであるスコ82内で俺が使っている『昴』が握られているのだから。
「ああうん、とりあえずデイトレに連絡をして、そっちに向かうわ。そうねぇ……12時ちょっと過ぎになるかしら」
「分かった。とりあえず超法規的措置の類は求めると伝えておいてくれ。銃刀法違反でしょっ引かれるなんてごめんだ」
「ええ、伝えておくわ」
笑みを隠さないヤスコの通話が終わる。
それを確認した俺は改めて『昴』を握る。
抜き身の両刃剣で、サイズも重さもスコ82内と同様、それどころか軽く振った際に軌跡に黒いエフェクトが残る点からして、侵食属性すらもゲーム内そのままであるらしい。
うん、どうにかしないと、家から碌に出る事すら出来ないぞ、これは。
ただまあ、ヤスコ経由で政府の人間であるデイトレに話は伝わるだろうし、そうなれば貴重な資料の類として、多少の調査研究の協力は求められるかもしれないが、所持と持ち歩きの許可くらいは下りる事だろう。
鍵付きの箱でも貰えればなおよしだ。
「ったく、ゲームはゲームだからこそ、いいものだと思うんだがな……」
俺は『昴』を床に置くと、手持ちの端末で昼食の出前を頼みつつ、情報収集を始める。
そして、情報収集の手も直ぐに止まった。
「いやだからさ。ゲームはゲームだからこそ、いいものだと思うんだよなぁ……まあ、前々からきな臭いとか、薄々こういう事態もあり得るんじゃないかなとか、七割冗談ぐらいの気持ちで思っていたんだが……本当にこうなるか」
大手SNSで街中にパープルゴブリンが突如出現し、人間を襲っている動画を見つけてしまったからだ。
で、その一件を皮切りとして、少し探れば出るわ出るわ……同様の映像が大量に出てきたのである。
「……」
映像の内容をまとめればこうなる。
魔物たちは地面から光が集まり、光が十分に集まると出現する。
発生開始の時間は第一次防衛戦終了直後から、つまりはついさっきから。
この現象が発生しているのは、第一次防衛戦で防衛に失敗した国。
最初は国の首都からだったが、一時間もしない内に国の全域に広がっている。
最初に現れたのはパープルのランクの魔物だったが、今は既にヴァイオレットとブルー混じりになっている。
出現する魔物はゴブリン、オーク、コボルト、ハウンド、ラット、パイコーンetc.、その容姿は『Scarlet Coal』に出て来る魔物そのままであり、いずれの魔物も人間を敵視、おまけに亜人系と呼ばれる魔物たちは完全武装状態で出現。
魔物たちは国境線を越える事はない。
こんなところだろうか。
なお、これらの情報を大手ニュースサイトやウチの国の政府は一切出していない。
何も起きていないと言わんばかりに沈黙を保っていて、騒いでいるのはSNSでの情報収集が出来る一部だけのようだ。
「防衛に失敗した国はどうしようもないな、これは」
とりあえず、素人でももう国外へと急いで逃げるしかない状況だと言うのは分かる。
なにせ、予兆こそあるが、文字通りに無から突然魔物が出現している。
これは人間を容易に殺せる生物……それも場合によっては数分で何十人と殺傷できる生物が、無尽蔵かつあらゆる防御や備えを無視するように湧いてくるという事を示している。
そんな事態を想定している国などあるはずもないのだから、魔物が追ってこない国境線を越えた先へと逃げる以外に手はないのだ。
国土を取り返すことも不可能だろう。
何万発の弾丸を撃ち込み、何百発のミサイルを飛ばして、魔物たちを殲滅したとしても、無から湧いてくる事自体を止めない限りは無意味に終わってしまう。
取り返した土地からまた魔物が出て来て、土地の中に居た人間が皆殺しにされるだけだ。
つまり、本当にどうしようもないのである。
根っこである『Scarlet Coal』自体をどうにかしない限りは。
「俺に出来る事は……それでも『昴』の調査研究への協力くらいしかないな」
だがまあ、そのどうにかするの中には、『Scarlet Coal-Meterra082』の配信を停止するような事は含まれないのだろう。
恐らくだが、この状況を仕組んだのは開発の側であり、運営もまたゲームのプレイヤーでしかなかったという事。
そして、一度始まったゲームからは途中で降りることは出来ないのだ。
問題はゲームをクリアし、状況を解決する手段があるかだが……第一次防衛戦での相手の悪辣さを考えると、どうだろうな?
と、此処まで考えたところで、結局のところ、俺に出来るのは普通にゲームの攻略を進める事と、何故か現実にまで顔を出してきたヤンデレストーカーソード『昴』関係での協力ぐらいがいいところであったりするため、何とも言えない気持ちになる。
「でも、迂闊に何かを知ると、それはそれで取り返しのつかない事態になりそうだから、本当に困った状況なんだよなぁ……」
玄関の呼び鈴が鳴らされた。
時間もちょうど。
どうやらヤスコがやってきたらしい。
俺は『昴』を床に置いた状態で、玄関の方へと向かった。
『昴』「来ちゃった」