155:全力の逃走
「この方向で……」
煙幕によって視界が遮られる中、俺は重力異常を利用して高速でしゃがむ。
そして、可能な限り低空で、水平に、殆ど伏せているような姿勢でもって、煙幕を発生させる直前の光景において最も敵の層が薄かったであろう方向へと跳ぶ。
加えて、跳ぶ際には左腕に装填しておいた『昴』を盾代わりにして、真正面に構えておく。
そうして跳んだ俺の耳に、『昴』に何発も鉄の弾丸が当たって、弾かれる音が響く。
『昴』で防ぎきれなかった弾丸が俺の体に掠って、シールドゲージを削り取っていく。
頭上をハウンドが通り過ぎ、後方では何頭もの獣型の魔物がぶつかり合う音がした。
チャンスだ。
初手を凌いだ。
ならばこのまま逃げ切る。
「射出!」
「「「ーーーーー!?」」」
足が地面に触れると同時に『昴』を左腕に戻し、足が地面に触れた抵抗によって上半身がさらに前に出るタイミングで『昴』を前方に向かって射出。
同時にグレネードも複数投擲してばら撒く。
こうする事によって軌道上に居た敵を貫き吹き飛ばす。
そして、その結果が確定しきるよりも早く、俺は斜め前に飛び出し駆ける。
駆けて、偶々右手の届く範囲に居たオークに触れ、特殊弾『発熱性感染症』を発動して、風邪にしておく。
同時に進路方向に居たトロールに向けて特殊弾『睡眠』を発動したサーディンダートをぶつけ、挙動を止める。
この時点で俺のシールドゲージは既に残り40%以下。
直撃弾は無く、掠りだけでこれとなると、一瞬でも足を止めればそのままお終いだろう。
俺はそう認識しつつヒールバンテージの起動と特殊弾『シールド回復』によってシールドゲージが少しでも長く保てるようにしておく。
「メ……」
「させるか!」
俺の耳にシープの鳴き声が聞こえた。
この状況で最も危険なのは、言うまでもなく行動阻害系の状態異常だ。
もしも受ければ、俺は確実に落命する。
なので俺はシープの鳴き声が聞こえたと思った方向へとグレネードとサーディンダートを投擲し、鳴き声を止める。
勿論この間も足は止めず、ただひたすらに敵の数が少ない方向に向かって逃げ続ける。
だが、そんな俺に向けて次から次へと状態異常攻撃が飛んでくる。
「「「パッピィ!!」」」
グリーンパピヨンから鱗粉が放たれる。
パピヨン種の鱗粉は麻痺や混乱、鈍化と言った行動を阻害する状態異常を何かしら与えてくるという危険なものであるため、勿論避ける以外の選択肢はない。
避けた先に予め他の魔物たちが放った弾丸があってもだ。
「タヌタヌタヌッ」
「コココーン!」
ラクーン……狸の幻惑効果を持つガスとフォックス……狐の混乱効果を有する青い炎が迫ってくる。
両方とも避けられるルートには既に攻撃が殺到しており、向かえば確定で死ぬ。
なので俺はラクーンのガスを真正面から受けつつ強行突破。
幻惑効果によって黒い塊にしか見えなくなったラクーンを殴り飛ばして俺はさらに先へと進む。
グレネードを投げ、ゴブリンやラットと言った小型の魔物を掴みよせて盾代わりにする。
正面から来たブルを特殊弾『影縄縛り』によって動きを止めつつ横をすり抜けつつ、特殊弾『発熱性感染症』も使っておく。
「くっ……」
更には特殊弾『煙幕発生』を使って遠くからの攻撃を遮る。
ロスにならない程度に左右にぶれて狙いをずらす。
だが、そこまでしてもなおシールドゲージは削られていき、回復が間に合わず、特殊弾『シールド発生』鉄によってシールドを張りなおすのを強要される。
『トビィ!』
「分かってる! 分かってるが他に道がない!!」
被弾を可能な限り避けて、とにかく俺は走り続ける。
走って走って、少しでも敵が居ない方向へと逃げていく。
しかし、そうして走っている中で理解させられる。
ハウンド、ホーネット、スパロウと言った足が速い敵が俺の進路上へと既に回り込み始めている。
オークやトロールと言った普通の魔物たちが、俺を追いかけつつも削りを加えてきている。
そうして俺の動きに僅かだがロスが生じたタイミングで、パピヨンやシープと言った状態異常持ちが仕掛けてくる。
今すぐに負ける状況はどうにかして回避している。
けれど確実に詰みは近づいていた。
どれだけ敵を殴っても、『昴』をどれだけ投げても、グレネードとサーディンダートとほぼ全ての特殊弾を投じても、相手の囲いから抜け出せない。
「シールドが……っ!?」
『トビィ!?』
そして今、状況はさらに悪化した。
シールドが切れ、張りなおすまでの一瞬。
そこを狙うかのように俺の左腕を弾丸が貫き、肘から千切れ飛んだ。
射手はグリーンデイムビー、その手にはあの狙撃銃があった。
「本当にクソッタレだな!」
だが、反撃する余裕などあるわけもない。
俺は左腕を失った状態で駆け続ける。
そして、考えずにはいられなかった。
ここまでに特殊弾『発熱性感染症』は三発全て撃ち込んである。
俺を追いかけまわす魔物たちの中には咳をしているものも少なくないので、集団全体への蔓延は確実に進んでいる。
だから最低限の仕事はこなしていると言える。
しかし逃げ切ることは……悔しいが出来そうにない。
自然溢れる北区においては俺よりもハウンドたちの方が機動力に勝っている上に、あまりにも数が違い過ぎる。
完全に詰んでいる。
おまけにこんな思考が出て来るという事は……それだけ集中が乱れているという事でもあった。
「バウバウバゥ!」
「ブヒイイイィィッ!」
「くそっ、此処までか……」
そうして、その時が来てしまった。
前からはグリーンハウンドを先頭に無数の獣型の魔物。
後方からはグリーンオークを先頭に無数の獣人型の魔物。
左右からは虫、獣を問わず、状態異常を持つ多種多様な魔物たち。
上には空を飛ぶ能力を持つ魔物の影。
その全てが俺に向かって殺到しており、俺にはこの状況を打開する手札はない。
詰みだ。
逃げた時間はたぶん10分と少しがいいところ。
これから倒されるまでに1分もかからないだろう。
ならば少しでも他のプレイヤーのために、相手のシールドを傷つけておくべきだろう。
俺はそう判断して『昴』を右手に握り、駆けつつ投げる体勢に入る。
「撃てですわ!」
「「「!?」」」
直後、フッセの号令と共に無数の弾丸と砲撃が放たれ、俺の周囲は爆炎に包まれ、俺に向かってきていた魔物たちは吹き飛ばされていく。
「おーっほっほっほっ! 間に合いましたわね! トビィ! さあ! 私様を褒め称えなさい!!」
「ははっ! 助かった! フッセ!! 最高のタイミングで……流石だ!!」
俺の視界に、数十人のプレイヤーを引き連れたフッセたちの姿が入ってきた。
「おーっほっほっほ!! 素晴らしい称賛ですわ! では、殲滅ですわ!!」
「「「ーーーーー!」」」
そして、フッセに率いられたプレイヤーたちと俺を追いかけてきた魔物たちによる野戦が始まった。