153:ログインは定刻で
「ぐぅ……」
スコ82からログアウトした俺は最低限だけ済ませると、連絡用の端末すら確認せずに眠り始めた。
今の状況で欲しいのは情報ではなく、一分でも長い睡眠だからだ。
「ふあっ……」
そして朝四時に目覚める。
正直なところ、少々眠りが足りない。
が、状況的にそうも言っていられないだろう。
恐らくだが、今頃はスコ82内部では夜明けと言う、一般的には最もプレイヤーが少なくなる時間に合わせた敵側の奇襲行動が始まっているに違いない。
「……」
なので俺は素早く食事を済ませつつ、最低限でいいから情報収集をしようとして……気づいた。
連絡用の端末にメッセージと言うか『Fluoride A』の連絡が来てる。
「あー、これはまあ……不幸な事故って奴だなぁ……」
連絡が来たのは、昨夜俺がログアウトする一時間前。
内容は『Fluoride A』の面々は必ず朝の6時からスコ82にログインする事と言うものであり、遅いのはともかく早いのは絶対にNGであるという通達だった。
が、睡眠を優先した結果として、俺はこの連絡を見逃してしまい、本来よりも2時間……少なくとも1時間は早く目を覚ましてしまった、と。
うんまあ、これは仕方がないな。
向こうはちゃんと見れるタイミングで連絡をしていた。
こちらは良かれと思って行動したら、それに気づかなかった。
誰も悪くはない、この手の行き違いは生じるものだ。
「ま、それならそれでちゃんと情報収集をするか」
そして、この指示には納得がいく。
戦力にしろ物資にしろ、適切な量を適切な時間に配するのが、この手の事柄の鉄則。
遅いのは論外であるが、早すぎるのもまた良くないのだ。
それでも俺は万が一を思って自己判断してしまったが、通達に付随していた検証班の配信を見る限り、予定通りに戦力を提供してくれた方がいい状況のようだ。
「敵はライム混じりになってきているな」
そう予定通りだ。
検証班の配信を見る限り、戦線は安定してる。
出現する魔物にグリーンの一つ上であるライムが混ざっているが、対処は出来ている。
まあ、対処できているだけで、殲滅は間に合っていないようだが。
また、アーカイブと言うか少し配信画面を遡ってみたが、昨日の内に倒し切れていなかった潜伏の魔物がやはり居たらしく、そいつらによって開かれた穴から魔物が出現。
前から襲い掛かる魔物の動きに呼応して、最前線に対して背後から襲い掛かってくるという事態が一時間ほど前から発生していたようだが、それも予備戦力の投入によって事なきを得たらしい。
出現する魔物の種は……変化なしっぽいな。
ただ、こちらが魔物であると認識したためか、これまではこっそり出て来ていたスパロウとナマコも堂々と出現し、穴から出て来ているようだ。
「他のサーバーは……幾つか落とされた場所が増えているが、殆ど動きなしだな」
時間はまだある。
なので俺は他のサーバーと言うか国外の様子も探る。
ただ、こちらは殆ど動きなしと言ってもよさそうだ。
いや、少しアングラな方から変なニュースが流れてきているな。
なんだ? 防衛戦に失敗した国から、少数ではあるが、高級官僚と呼ばれるような人員が逃げ出そうとしているって。
んー、俺のところにまで伝わってくるという事は、実際にはもっと多くの人が逃げ出そうとしていて、密かに動く事が出来なかった一部が捕捉されているという状況なのだろうけど……。
やはり、防衛戦失敗に伴って現実の方でも何か起きるという事だろうか?
だから自分の国から逃げ出そうとしてる。
そんな所だろうか?
「まあ、国から逃げないといけないような大規模な何かなら、嫌でもニュースになって流れてくるだろう。今は無視していいか」
ま、俺が知ったところで何かできる話じゃない。
こんなところでいいだろう。
「ん?」
と、此処で端末に着信。
ハンネ……春夏冬ヤスコからか。
「俺だ。どうした?」
「『Fluoride A』からの連絡は確認した?」
「確認した。寝る前に確認していなかったせいで、この時間に起きたけどな」
「でしょうねぇ」
さて何の用事だ?
「俺を煽りに来ただけなら切るぞ」
「煽りだけじゃないから安心して」
「……」
どうやら何かはあるらしい。
「とある筋からの情報になるのだけど、この後の展開について二点ほど予測される情報があるわ」
「聞くだけ聞く」
とある筋……運営と言う名の政府、あるいはその下部組織である検証班の一部、と言うところか。
「一つ、ラスト一時間はライムだけでなくイエロー以上が混ざってくる可能性がある。よって、6時にログインしたら、倒されるくらいなら全力を尽くして構わないけれど、最低限の余力は残しておくようにした方がいいわ」
「分かった」
イエロー……シールドゲージの自然回復持ちだったか。
グリーンからライムは坑道の外なら基礎ステータスが上昇するだけの相手だが、ライムからイエローは戦闘能力が大きく変わるから気を付ける必要があるな。
「もう一つは、ラスト一時間には雑魚の魔物だけではなく、通常の坑道で言うところのキーパーに当たるような魔物が出て来るかもしれない。もしそれが出てきたら、トビィ含め『キャンディデート』の称号を持つ面々はそちらを優先してほしいそうよ」
「まあ、定番ではあるか」
レイドボスのような大型ボスが出現するのは、ある意味では定番であるし、確かにあり得そうだな。
覚えておこう。
「こんなところね。じゃあ、中で会いましょうか」
「ああそうだな」
さて問題はどうして『Fluoride A』全体ではなく俺にだけこれを伝えてきたかだが……まあ、何かしらの狙いはあるんだろうな。
アイツの事だし。
そして、その狙いを俺が知る意味はない、と。
「さて、そろそろ入って、ゴーレムの最終調整でもしておくか」
ま、俺は俺の敵を殴るだけだな。
そう結論付けつつ、俺はスコ82にログインした。