151:ブルーケラ
「サイズは……グリーンモールより一回り小さいぐらいか」
何かが居る事は確かめた。
だから俺は相手の正確なサイズを測るべく、更に何度か地面を叩く。
その結果として、相手のサイズはグリーンモールより一回り小さい事。
こちらに気づいているのか、気づいていないのかは不明だが、とにかく行動がゆっくりとしている事。
グリーンモールが仕留められた地点の少し手前で完全に停止し、動く様子が見られない事。
所在が地表から数十センチほど地下に居る事は確認できた。
「しかしまあ、えげつない戦略を開発側は使ってくるな。モールを仕留めて地中からの奇襲を防ぎましたと思ったら、とにかく感知をしづらい二の矢はとうの昔に放たれていました。なんだからな。ティガ、ハンネから許可は」
『トビィ。ハンネにメッセージを送り、ハンネ経由で検証班などにも情報は伝わったと思われます。しかし、許可はまだ下りていません』
そこまで確認出来たら後は掘り出して討伐……と言いたいところだが、相手の性質とイベントの仕様を合わせて考えた場合、迂闊に手を出せば大惨事になりかねないと、ハンネからストップがかかったため、俺は定期的に地面を叩く事で相手の所在が変化していないのを確かめるだけに留めている。
まあ、上の判断は妥当だろう。
こいつの正体が何であれ、この動きの遅さとこれまでの発見と討伐報告のなさを合わせて考えれば、街坑道・ヒイズルガの範囲内に入ってから数時間かけて此処までやってきていることは確実。
となれば、その数時間で魔物が出現できる場所をこれまでの道のりに残してきていても何もおかしくはない。
そう、例えば、出現の穴の真上の地面さえ吹き飛ばせば、即座に最前線を背後から奇襲できるような位置に穴を残していても、ルール上はおかしくもなんともないのだ。
そして、準備が完了していなくても、俺の発見と同時にそれを実行に移すこともだ。
『トビィ。許可下りました』
「分かった」
どうやら周囲の準備が完了したらしい。
俺は改めて相手の位置を確認。
パンプキンアームをドリルのように回し始める。
「これで何も居ませんでした。だったら、俺は大恥をかくが、全体としてはホッとしそうだな」
『ブン。そうかもしれませんね』
「まあ、居た場合がヤバすぎるから、きっちり調べるんだけどな」
地面を掘り始める。
北区は自然そのままの地区であるため、掘り進むことはそう難しくない。
回転するシャープネイルで土を切り刻み、パンプキンアームの螺旋運動によって土を穴の外へと掘り出していく。
そうして十分に掘り進めて見えたのは……。
「当たりだ」
『ブン。名称は……ブルーケラです』
青い甲殻を持つ昆虫の背中だった。
「周囲に変化は?」
『まだありません。トビィ、全身を映してほしいとの事です』
「分かった」
俺はパンプキンアームをブルーケラとやらに絡みつかせ、引っ張り始める。
対するブルーケラはようやく自分が発見されたことを察したのか、緩慢とした動作でもがき始める。
「よっと。ああなるほど、ケラってオケラのケラか」
が、はっきり言って抵抗としてはとてもささやかなものだったので、俺は一気に穴の中からブルーケラを引き抜いて、白日の下に晒す。
そうして見えたのは、モグラの手に似た前足を持ち、全身が短い毛に覆われた昆虫だ。
うん、完全にオケラだ。
「じゃあ、さっくりと……」
ティガから異常が始まったという報告はない。
そして相手は魔物なので、倒さないという選択肢もない。
という訳で俺は右の拳を握りしめ、それをブルーケラに叩き込もうとした。
「ケラアアアアアアアアァァァァァァッ!!」
「!?」
直後。
ブルーケラが発した何かによって俺は吹き飛ばされた。
シールドゲージの損耗は2割程度。
結構な火力である。
「ティガ」
『ブン。音波による攻撃と思われます』
「……」
俺は地面を何度か転がった後に立ち上がる。
ブルーケラは……地中に戻ろうとしているようだが、相変わらず動作は緩慢としたもので、地中に戻るまで後何十秒もかかるだろう。
しかし、今の音波攻撃には驚かされたな。
結構な火力があった癖に、予備動作はなかった。
この分だとパンプキンアームを絡ませていなくても避ける事も防御する事も不可能だったに違いない。
『ただ、攻撃でしかなかったようです。いずれの戦場にも変化はなく、近くの地中から突然普通の魔物が出て来ているような事もありません』
「そう……かっ!」
「ケラッ!?」
俺はブルーケラに慎重に近づいていく。
そして、十分に接近したところで一気に踏み込み、素早く殴り上げる。
昆虫にしては柔らかい手ごたえと共にブルーケラは空中に打ち上げられ、しかも怯んでいるし、これだけでもシールドゲージは半分近く削れている。
どうやらブルーケラは隠密性と攻撃力に全振りしたようなスペックになっているらしい。
「オラアッ!」
「ケラー……」
なので俺はそのまま追撃し……ブルーケラを撃破した。
「これでよし、と」
『ブン。お疲れ様です』
さて、これでブルーケラの存在が証明されたわけだが……。
「しかし、こうなってくると、似たような魔物が地中だけじゃなくて、シンプルに建物の陰とかに隠れていそうではあるな」
『ブーン。その時が来るまで隠れ続けている魔物という事ですか』
「そうなるな。流石に俺が全部見つけるのは不可能な訳だし……こりゃあ、予備兵力なんて言っていられないかもな」
相当ヤバい。
街坑道・ヒイズルガのどこにどれだけの魔物が潜んでいるかなど、こちら側には分かるはずもないのだから。
「まあ、俺は俺に分かる範囲で仕留めていくしかないか……」
『ブン。そうなりますね』
俺の呟きに応じるように、街坑道・ヒイズルガ全体がざわめくのを感じた。
後逸した魔物の一部がガチ潜伏をしている防衛戦。
相手の殺意が窺えますね。