143:昴
≪レキノーリ液によって汚染されたマテリアル、緋炭石、特殊弾が廃棄されます≫
「さて……戻ってきたか」
『ブン。トビィのラボですね』
視界が戻ってきた。
場所は俺のラボで、ゴーレムに憑依したままの状態。
ただ、視界の中心には、再出撃出来るようになるまで2時間ほど必要と言う表記が出ている。
『さてトビィ。報告が幾つもあります』
「だろうなぁ……」
俺は自分の腰に提げられているプラヌライの騎士武装『昴』を敢えて視界に納めないようにしつつ、アバターへと意識を移す。
2時間も再出撃が出来ないのなら、それはそれで色々とやる必要があるからだ。
「じゃ、話してくれ」
「ブン。まず配信が自動で再開されました。そして、トビィが戻ってきたことを察してか、続々とコメントが飛んできています」
「うわっ、とんでもない事になってるな」
俺は滅多に見ない配信のコメント欄を見てみたが、俺の目でも読み取れるのは最初の内だけで、コメントが流れるスピードは加速度的に上がっている。
そして、コメントの大半は陽泉坑道・プラヌライの奥、配信が途絶した後に何があったのかを問うものである。
「んー……」
さて、どこまで話したものだろうか?
陽泉坑道・プラヌライの奥については明らかに知る人間が少ない方がいい空間だ。
ティガが急いでまとめてくれている他のプレイヤーの配信を見る限り、俺と同じ空間にたどり着いたプレイヤーの姿は見られないので、あそこを知っているのは配信者では俺だけ、それ以外でも両手で足りる程度な気がする。
とりあえず無相談かつ配信の場で話すのは止めた方がいいだろう。
「あー……」
現在の時刻は12時過ぎであり、なんだかんだで1時間はあそこで戦っていたようだ。
スコ82の前線の状況は問題なしで、予定時刻を過ぎたという事もあり、フッセ、リツ、ネルの三人は一時ログアウトして休憩中。
だがハンネは俺の事を気にしてか、検証班との付き合いで何かあるのか、あるいは前線の指揮官クラスが全員同時に抜ける事を防ぐためか、残って配信をしているようだ。
なお、ハンネからのメッセージは既に飛んできている。
どうやら俺が帰ってきた事は気づいているらしい。
「悪い。とりあえず配信を一度切る」
「ブン。分かりました」
とりあえず配信は切った。
コメント欄が阿鼻叫喚になっている気がするが、我慢していただきたい。
「ハンネのメッセージ。それとハンネにメッセージ」
「ブン」
続けてハンネのメッセージを確認。
えーと、2時間後……14時にリアルで会いましょうね、と。
流石の先読みだと思いつつ、了承とだけ返す。
何をどこまで明かすかは、『Fluoride A』の中で一番多くの情報を握っているであろうハンネと相談した上で明かした方がいいし、話がサクサク進むのはありがたい。
「それからプラヌライの騎士武装『昴』のチェックだな」
「ブン。設計図はこれですね」
では、呪いの武器……ゲフンゲフン、プラヌライの騎士武装『昴』のチェックと行こう。
△△△△△
プラヌライの騎士武装『昴』
種別:パーツ
部位:武装
対応:(制限なし)-法則-異界-(制限なし)
プラヌライの騎士と呼ばれる正体不明の敵が用いる武装。
その本質は形状ではなく中身にある。
このパーツは常に所有者と共にあるため、インベントリに入っているマテリアルを消費して強制実体化する。
このパーツは常に所有者と共にあるため、破損した際にはインベントリに入っている適当なマテリアルを消費して強制修復する。
このパーツは常に所有者と共にあるため、インベントリに入っているマテリアルだけでは足りない場合、他のパーツを破壊して機能を実行する。
このパーツは常に所有者と共にあるため、所有者から50メートル以上離れると、所有者の手元に転移する。
作成時に使用したマテリアルの数が多ければ多いほどに性能は上昇する。
特定の施設で所有者の好きなように形状を変更する事が出来る。
この設計図はコピーする事が出来ない。
この設計図は破棄する事が出来ない。
この設計図はプレイヤーID[秘匿]のみ所有できる。
この設計図の所有権はプレイヤーID[秘匿]に紐づけされている。
≪作成には同一のマテリアルが10~1000個必要です≫
▽▽▽▽▽
「やっぱり呪いの武器じゃねえか」
「ブン。同意します」
はい、俺もティガもプラヌライの騎士武装『昴』の設計図を見た感想が一致しました。
当然だが。
「なんとしてでも表に見える形で一緒に居てやる感が凄いな」
「ブン。その為ならば主すら食い殺すのですから、やはり呪いの武器ですが」
どうやらプラヌラ……長いから『昴』と略すが、『昴』はもう俺の手元からなくなることはない武器であるらしい。
インベントリ内のマテリアルを強制消費するだけどころか、俺のプレイヤーIDにすらくっついているようなので、仮に俺がスコ82を一度引退し、アカウントを再取得してもくっついてくるに違いない。
なんだこのヤンデレみたいな剣は。
ユニークウェポンの類ではあるが、それにしても色々とおかしい。
「ちなみにティガ、特定施設とやらに心当たりは?」
「ブブ。ありません。未開放の施設と思われます」
まあ、デメリットに目を瞑れば、性能そのものは悪くない。
現状の剣の形であっても、マテリアルさえ準備しておけば、燃料を消費せずに無限に使える投擲武器と言えるからな。
特殊弾も法則原理、異界起点とか言う訳の分からない対応ではあるが、他は制限なしと言うイカれた対応範囲を持っている。
そして、形を変えられるようになれば、手甲の形にでも変えた上に千個のマテリアルと引き換えに強力な武器にする事もたぶん出来る。
だから、長い目で見れば相棒になってくれるいい武装なのだが……。
「正直捨てたい。剣とか本当に必要な時以外に使いたい武器じゃねえんだよ……」
「ブン。気持ちはとてもよく分かります。トビィ。ですが、開発側の領域にあるようで、運営はデータ参照以上の事は出来ません……」
「だよなぁ……」
「ブーン……」
呪いの武器には違いないので、陰鬱にはなる。
恒常的縛りプレイと言うのは、プレイヤーが自発的かつ自己責任で行うものであって、開発運営に強要されるものじゃないと思うんだがなぁ……。
「とりあえずリアルでハンネに会ってくる」
「ブン。分かりました。データは現実のトビィの端末に送っておきますね」
俺はとりあえずログアウトした。
05/11誤字訂正