141:奪
「疾ッ!」
ブラックナイトの動きは速く、流れに淀みはない。
俺へと駆け寄りながら振り下ろされた剣はしっかりと刃筋が立っている上に、見てから反応したのでは間に合わない速さを持っている。
だが、この上なく綺麗な流れだからこそ、起点となる動きは分かり易く、ブラックナイトが剣を振り下ろし始めるよりもさらに一歩早く、俺は体を逸らしつつ、横に一歩ズレる。
「なるほど」
だが、ブラックナイトは剣と盾を扱う騎士として一流に分類されるような技術と、高位の魔物である事を証明するような圧倒的な身体能力も有しているらしい。
人間の反応速度を超えるような速さで振り下ろされた剣は、その途中で軌道を変え、真横への振り抜きになる。
しかし、その動きもまた、ブラックナイトの動きが綺麗な動きであるからこそ、読むのは容易かった。
なので。
「貫クッ!」
真横への振り抜きを一歩後ろに移動することで避けつつ、重力異常を利用することで高速でしゃがみ、追撃の突きを回避。
そして、伸びきった手に右手での一撃を与えつつ退く事で、ほぼ反射的に繰り出されたであろうシールドバッシュも回避しつつ距離を取った。
「?」
「素直で分かり易いな」
『ブブ?』
ブラックナイトが理解できないというニュアンスの体の震えを起こす。
後、何故かティガからも何が起きたと言わんばかりの呟きが漏れる。
「幸運ナ侵入者ダ」
再びブラックナイトが切りかかってくる。
「しかし、こうなると困ったものだな……」
俺はそれを傍目には難なく、俺自身としては割と際どいと感じつつも回避し、ブラックナイトの攻撃の終わり目には一回だけ殴って退く。
「ドウナッテイル?」
そして、それを繰り返すこと数度。
俺はブラックナイトの動きに自分の全感覚を慣らしつつ、これまでに得た情報を整理していく。
まずブラックナイトは格上過ぎて、現状の俺ではマトモな手段で倒すことは不可能だ。
なにせ、こちらの攻撃一回でシールドゲージに与えられる損害は1%程度なのに、その程度のダメージでは数秒で自然回復してしまう。
だが、シールドゲージをまともに削れるような攻撃を当てられるような隙はまったく無い。
と言うか、人間をはるかに超える身体能力、こちらの反応を見てから動きを変えられる超反応、剣と盾だけでなく脚も鎧も武器として用いる技術を併せ持っているのは流石にどうかと思う。
おかげで、相手が超反応してくるのを前提としたフェイント、先読み、先行入力とでも言うべき行動の開始をしなければ、攻撃を回避する事すらままならない。
後、武装の質の差も酷い。
先ほど殴った感じからして、相手の装備は鉄に似ているが、実際には鉄とは全く別の、ゲームオリジナルの金属の類だろう。
鉄製装備ならギリギリ衝撃を通せるが、相手からの攻撃を受ければ、一撃でシールドは消し飛ぶのは確定。
その上で攻撃を受けた部位が粉微塵になるか、一刀両断されるくらいは想像しておくべきだろう。
「何故当タラナイ?」
幸いなのは、身体能力が高すぎるためなのか、フェイントの類をまるで使ってこない事。
武器に見えない刃が付いていたり、剣圧だけで相手を切ったりと言った攻撃範囲面でのファンタジーがない事。
それから、動きの流れが綺麗すぎて、初動時点で終着までどう動くのかがほぼ丸見えになっている事だろうか。
おかげで俺はまだ生きている。
ただそれが弱点かと言われると……別にそんな事はないな。
何せこいつは俺への処刑人ではあるが、その役目は侵攻ではなく迎撃。
この場での俺は特殊弾の使用どころか燃料補給すらできないのだから、攻撃が当たるまで適切に武器を振るい続けていれば、それでブラックナイトは勝ててしまうのである。
「ドウナッテイル?」
「さて、どうなっているんだろうな?」
まあ、それはそれとして攻撃は回避し続けるし、隙を見て殴りはする。
相手は疑問の声を上げているが、剣筋に乱れはないので、ただのブラフと判断して殴る。
不可避のタイミングで殴りに行くと見せかけ、そのカウンター狙いを更なるカウンターで殴る。
そして、そうやって殴って与えたダメージはシールドゲージの自然回復によって、全てなかった事になる。
うーん、これ、本気で倒すつもりなら、ミスリルのようなファンタジー金属の武器が最低ラインじゃないか?
今の俺では最低限の火力に達してない。
「仕方がないか」
さて、此処からどう勝つか。
幾つか方法は思いついているので、その中でも勝率が高そうなものから試していくとしよう。
「疾ッ!」
「此処だな」
と言う訳で、俺は最初と同じような動きをしてきたブラックナイトの攻撃を三度避けつつ肉薄。
盾の叩きつけをブラックナイトの体に俺の体を絡みつかせるように回避。
この時点で重力異常によって増したゴーレムの重量がブラックナイトの全身にかかっているはずなのだが、桁違いの身体能力あるいは何かしらの能力によってブラックナイトは倒れない。
が、そんなものは予想していたので、俺は紐状のパンプキンアームをブラックナイトの剣に絡ませつつ、デイムビーボディの針先とブラックナイトの剣の柄頭を合わせる。
と、此処までがほぼ一瞬の出来事である。
「発射ァ!」
「!?」
そして、次の行動のためにブラックナイトの剣の持ち手が一瞬緩んだ瞬間を狙って、デイムビーボディの機能を発動。
大量の燃料と引き換えに針が放たれ、ブラックナイトの右手から剣をもぎ取り、俺の体は反動で吹っ飛ぶ。
吹っ飛んだ先で俺は可能な限り綺麗に着地し、もぎ取られた剣はパンプキンアームに絡め取られて俺の手元に。
ただ、無茶をした反動なのか、シールドは消し飛んでしまった。
また、流石に至近距離で針が発射された衝撃は大きかったのか、ブラックナイトも転倒し、けれど即座に起き上がる。
「返セ!」
さて、これで武器は手に入った。
相手の鎧や盾と同じクラスの金属で出来ている剣なので、質としては十分だろう。
刃渡り1メートル弱の両刃剣は多少重くはあるが、それも両手で扱えば問題無し。
……。
本音を言えば剣は好きじゃないし、可能なら殴り倒したいのだが、殴り倒せる相手でもなければ、倒せないからと諦めれられる状況でもないので、まあ、仕方がないだろう。
残す問題はデイムビーボディの機能を使った反動で一時的なステータス低下が発生しており、この状態でブラックナイトの攻撃を凌げるかだが。
「返すわけねえだろ」
「ッ!?」
俺は小手を填めた手で殴りかかろうとしてきたブラックナイトの拳を剣で弾きつつ、素早く転がることで距離を取り、追撃を許さない。
そして、シールドゲージに与えたダメージは今ので10%ほどだった。
うん、火力的には行けるし、凌ぐことも出来そうだな。
「さて、好みじゃないが……拳の延長くらいには扱えるし、切り捨ててやるよ」
「返セ!」
俺もブラックナイトも一歩前に出た。