133:引き渡し
本日は二話更新になります。
こちらは二話目です。
「さて、リヒトなんちゃらを渡すのはいいんだが、この場に関しての説明や録画については必要か?」
「必要ない。取締役である私の到着こそ遅れたが、状況そのものは把握している」
検証班のウチサイダに近づいた俺は、ウチサイダのゴーレムの構成をよく見る。
カラーリングはアクセントとして他の色を使いつつも、ほぼ黒一色。
構成としては人型のように見えるが、長めの袴や羽織に似た形のパーツを鱗のような柔らかい素材で作成、身に着けることで手や足を半ばまで隠しているようにも見えるので……何が仕込まれていてもおかしくはない。
当然、身のこなしはプロのそれであり、相応の心得があるものにだけ実力者と悟らせてくる。
うん、少なくとも『キャンディデート』、あるいはプロゲーマー、もしくはリアル有段者、強い事だけは確実だな。
「どうかしたかね?」
「いや、なんでもない」
なお、俺がウチサイダの観察をしている僅かな時間の間にウチサイダの背後に居た他のゴーレムたちは行動。
抗議の声を上げようとしたリヒトなんちゃらの取り巻きたちを取り囲み、威圧すると共に、何かしようとしたら即時に殲滅できそうな態勢を取っている。
「ま、とりあえずこれは渡してだ。いいのか? あんな弾圧行動に取られそうな振る舞いをして」
俺はリヒトなんちゃらの核を渡し、ウチサイダは急遽用意したっぽい革製の柔らかそうな籠に核を収める。
リヒトなんちゃらの取り巻きは……誘拐だの、監禁だの、犯罪者だの、BANしろだの、と言った声を上げているな。
しかし、言っている内容がアレであっても、武器に手を伸ばしていないので、検証班取締役のゴーレムたちはリヒトなんちゃらの取り巻きへ攻撃をする気はなさそうだ。
「弾圧? 明らかに危険な集団に対して警戒をするのは当然の事だろう。そもそもだ」
なお、そんな声を浴びせられている俺をフッセは心配そうに見つめているし、ネルとリツもどうしたものかと言う顔をしている。
ハンネ? アイツは俺に対して何の心配もしてないよ。
と言うか、ゴーレムの口元に思わず手をやっている辺り、アイツは大爆笑中だろ、何に対して笑っているかまでは知らないが。
「犯罪行為をしていたのは貴様たちの方であり、トビィはそれの解決を図ったに過ぎない」
「「「ヒッ!?」」」
ウチサイダがリヒトなんちゃらの取り巻きに向かって、怒りの感情を露わにしながら近づいていく。
そして、リヒトなんちゃらの取り巻きが発していた非難の声に対して、丁寧だが、恐ろしさを持つ返しでもってこちらの正当性を主張していく。
つまりだ。
監禁や暴行と言った犯罪行為であると言う言葉には、それらの犯罪行為はリヒトなんちゃらこそが先にフッセに対して行っていた、と。
味方ゴーレムへ攻撃するのかと言う言葉には、意図的なゴーレムからゴーレムへの攻撃はそもそも禁止されていないと共に、そもそもとして味方として扱えないような行動をお前たちがしている、と。
俺がチートを行っていると言う言葉には、サポートAIはサポートだけでなく監視も担っているのでチートなど出来るはずもない、と。
防衛戦で競い合う提案をして何が悪いと言う言葉には、防衛戦で求められているものは倒した数ではないと断言して、と。
何の権利があって自分たちの妨害をしているのだと言う言葉には、運営が出てこない時点で我々の存在と行動は容認されている、と。
まあ、少々論理的に怪しく、倫理的に黒に近い言葉も混ざっているが、武力もちらつかせつつ、ウチサイダはリヒトなんちゃらの取り巻きを黙らせていく。
そして最終的には何か耳打ちをして……何人か恐怖のあまり、強制ログアウトを食らったな。
うーん、リアルの住所や氏名でも囁かれたか?
なんにせよ、実に恐怖政治である。
「お、覚えていやがれ……!」
で、最終的には実に分かり易い捨て台詞を残して、リヒトなんちゃらの取り巻きたちは去っていった。
ところで、取り巻きたちが去る少し前から、ハンネ、それにウチサイダの部下たちが何人か姿を消しているのだが……嫌な予感しかしないな、うん。
「トビィ。私様は間違っていたのでしょうか?」
まあ、それはそれとしてだ。
此処までの一連のやり取りで、流石にフッセのやる気がしぼんでしまっている。
リツとネルはどうしたものかと言う気配だし、ハンネは先述の通り居ないし、周囲のファンたちもようやく終わったかと言う雰囲気だし……俺が対応するしかない案件か、これ。
「安心しろ。フッセは間違ってはいないぞ。間違っている奴が居るとしたら、最初から殴るという暴力を選択している俺、自分の要求を通す事しか考えていないリヒトなんちゃら、正当性があるならば何をしても許されるという雰囲気があるウチサイダ、被害者面してれば何でも言っていいと思ってる取り巻き共、そっちの方だ」
「そうでしょうか?」
「そうだ。それでもフッセが自分を間違っている事にしたいなら、切り上げる点を定めず、話を延々と続けていたのが間違いだったと言ってやるよ。殴った直後にも言ったが、ああ言うのは強引な手段を用いてでも排除する他ない。だがまあ、本当に排除するなら……俺みたいな切り捨てても構わない奴を使って、自分が傷つかないように排除するべきだろうな。フッセは傷つくべきじゃない立場だ」
「前半は覚えておきますわ。ですが、後半は断固としてお断りですわ」
「そうかい」
という訳で、俺の身勝手かつ適当な論理をフッセに話すことで、多少なりとも立ち直らせておく。
ところで、周囲に居る『Fluoride A』のファンの一部?
何で急に俺たちの方を拝みだしているんだ?
フッセを立ち直らせたことに対する感謝ならいいんだが、なんか微妙に違う雰囲気があるんだが?
ああまあ、深くは追及しないでおくか。
「ま、何にせよだ。そろそろイベント開始だ。フッセ、準備はいいか? 今回はどう考えてもお前の弾幕が生きる場面。あんなツマラナイ連中のせいで活躍出来なくなるっていうなら、今後褒められる機会なんて何処にも無いぞ」
それよりもフッセを焚きつけておこう。
ハンネの奴は配信すら切って何かやっているようだし、下手をするとハンネの奴はイベント開始までに陣地に帰ってこない。
となると、フッセがやる気を出していないと戦力的な意味で拙い。
「すぅ……ふぅ……ふっ。そうですわね。今回の防衛戦は私様の実力を見せる格好の機会! 現地のファン、視聴者、家の使用人たちにお父様お母様、全国の方々、その他諸々に私様の威光を見せつけると共に、褒め称える理由と機会を与える絶好の場面! 『ネオンライター』? リヒトマティータ? あんな妨害者には、自分たちの振る舞いが如何に無駄な行いであったのかを私様の行動でもって示してあげますわ!! おーっほっほっほっ! やってやりますわよぉ!!」
ヨシッ!
空元気かもしれないが、とりあえず立ち直ったので良し!
「じゃ、俺は穴に突入するための準備に取り掛かるな」
「ええっ! そちらの成果も期待していますから、トビィ、よろしく頼みますわ! おーっほっほっほっ!」
という訳で、俺はイベント開始とともに穴に突入するのに適していそうな位置へと向かった。
なお、ハンネはいつの間にか、凄く満足した雰囲気を漂わせながら帰ってきていた。
真っ黒です。
それだけ言っておきましょう。
05/02誤字訂正