114:変わらずきな臭い現実
「……」
ログアウトした俺は立ち上がると、足早にサンドバッグへと向かう。
「ふんっ!」
そしてとりあえず一発。
全力で打ち込んだ。
「だらああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そこから更にラッシュを開始し、息が切れるまでサンドバッグを殴り続ける。
「はぁはぁはぁ……あー、くそっ」
で、息が切れたところで一度サンドバッグから離れて、水分補給をする。
「……」
そうしてある程度落ち着いたところで思い返すのは先ほどのビッカースとの決闘だ。
これまでの経験から鑑みて、スコ82と言うゲームはハクスラ要素を取り込んでいるし、PvPだからこその調整は特殊弾の数くらいにしか入っていないゲームである。
おまけに現状ではテンプレすら定かになっていないぐらいに未開拓のゲームだ。
なので、単純に俺よりもプレイ時間が多く、所属組織の資金力と人員数の差から来る戦闘能力差があり、こちらが坑道探索用のものを持ち出したのに対して、あちらは決闘坑道・コロマスン向けに調整が入っている構成を持ってきた事。
ついでに言えば構成の相性とビッカースのプレイヤースキルの高さを考えれば、俺が決闘で負けることは必然とも言える。
「あー、くそっ、またイライラしてきた」
が、それはそれ、これはこれ。
負けたことは悔しいし、自分の行動の中で拙いものを見つければイラつくのだ。
そして、このイラつきの全てが俺に限っては何かを殴りたいという衝動に変換される。
おまけに、視聴者を考えたら、ゲーム内で一心不乱に殴る姿を見せづらいというストレスもまた殴る衝動になる。
だから俺は再びサンドバッグを殴り始め、衝動を発散していく。
「はぁはぁはぁ……飯でも食うか。後、情報収集もだな」
軽く手から血がにじんできたところで、ようやく衝動が収まってきた。
ビッカースに勝つ手段は……また別に考えよう。
今はまず栄養補給と情報収集だ。
という訳で、俺は適当に飯を準備して食べつつ、情報端末を眺めてニュースを見て行く。
「ふうん……」
流石に今のニュースはスコ82関係ばかりではない。
ただ、微妙なきな臭さもどうしてか感じるな。
今週の電力供給は火力発電の燃料の目途が立ったという事で安定が見込まれている。
外国の首脳の一人が突如として自殺、理由は不明。
『Scarlet Coal』で第一回イベントが開催されるのに合わせて、各企業が調整を入れている。
一部企業の株価が異常な値上がりの動きあり。
国際的なゲーム大会の日程に調整が入りそう。
人気シリーズの最新作発売が延期。
有名アイドルとマネージャーが結婚……ああ、これは素直にめでたい奴か。
今年の高校生の野球大会の結果……もう、きな臭い話はなさそうか。
「ま、どれだけきな臭くても俺には関係のない出来事か」
表に出ているだけでこれだけきな臭いなら、裏ではもっと怪しい事になっているのだろう。
例えば燃料問題なんて少し前から騒がれ続けているもので、そう簡単に解決できるものじゃない。
仮に解決できれば、世界的な賞を総なめに出来る案件だ。
首脳の自殺はもっとヤバい。
そもそも首脳が自殺できるような状況になっていること自体がヤバいし、そうなるまで追いつめられるような何かがあることもヤバい。
が、そうして世の中がヤバいと思っても、俺に出来る事は別にないからなぁ……。
表立って声を上げなければいけないぐらいの状況になれば、声の一つを上げることぐらいは出来るだろうが。
「ん? ああ、『Fluoride A』の方からか」
と、ここで『Fluoride A』の事務方を担当しているフッセの家の使用人からメッセージが来た。
内容は……『Fluoride A』の面々でコラボをやりたいから、適当な日時を教えて欲しい、か。
「……」
日時については俺は何時でも問題はない。
俺はそういう人間だからな。
内容については……リツの第二坑道・ケンカラシ攻略をマルチでやる事を予定しているのか。
つまりは一種の護衛ミッションになるわけだな。
「ハンネは自分の攻略事情から不参加か。フッセとネルは当然参加。で、俺が参加して、護衛対象のリツを併せ、ちょうどマルチの四枠が埋まる、と」
メンバーはリツ、俺、フッセ、ネル。
詳細なミーティングは突入前だが、大筋は今からメッセージで。
これは魔物、マテリアルタワー、レコードボックス、それぞれに遭遇した際にどうするかを事前に決めておくために必須だな。
「しかし、このタイミングでコラボをやるのはともかく、その内容がリツの護衛なぁ……」
リツの護衛をする事は問題ない。
既にリツには世話になっているし、リツが素材坑道と集図坑道を使えるようになるのは組織として有用。
それにリツはこれまでを鑑みる限り愚かではなさそうだったからな。
第二坑道・ケンカラシを攻略するだけなら、そう難しくはないだろう。
ただ……現実でのきな臭さも併せて考えると、こう思いたくもなる。
これ、フッセの実家がいざと言う時に俺たちがフッセを守れるかどうかのテストも兼ねているのでは?
あるいは、今度のイベントでチームで動かすか個人で動かすかの判断材料にされるのでは?
と言う感じにだ。
「ま、いいや。俺は俺の仕事をこなすだけだな」
その後、幾らかのメッセージのやり取りを経て日程と潜り方の大筋が確定。
三日後にコラボが行われることになった。