105:グリーンキーパー・ケンカラシα-2
「タコ墨による煙幕か」
周囲が黒煙に包まれ、一寸先も見えなくなる。
おまけにこの黒煙、僅かだが油のようなぬめり気、粘り気を有しているようで、立ち込めてくる際の勢いで俺の体は微妙に回転してしまい、方向が分からなくなっている。
流石にこの状況で緑キパαを追いかける事は不可能だ。
なので俺は素早く後ろに飛び退いて離脱を図ると同時に、相手の位置を素早く知るためにもドローンホーネットを天井方向に向かって飛ばし始める。
「脱出。緑キパαはちょうど反対側……」
俺が黒煙の外に出ると同時に、ドローンホーネットも天井に到達。
ドローンホーネットはその場から黒煙の向こう側に居て、俺からは見えない位置にいる緑キパαの姿を捉える。
それではまた距離を詰めて反撃を……俺がそう思った時だった。
「コオォォブッタァ!」
「っ!?」
何かが顔面に直撃。
俺自身の視界が黒一色に塗り潰される。
「タコの癖にイカ墨まで吐くのかよ!」
『トビィ!』
正体は直ぐに分かった。
先ほどの煙幕の粘性を高めて、目潰しにしてきたのだ。
だがこれはタコ墨ではなくイカ墨の挙動だろう。
そこまで思って俺は悪態を吐くが、緑キパαが俺の行動を待ってくれるわけがない。
緑キパαがランタンを振り始めているのが、ドローンホーネットの視界に映っている。
「ランタパアアァァス!」
「大丈夫だ。何とかはなる」
緑キパαから火球が飛んでくる。
俺が今居る場所から少しずれた場所に落ちる、嫌らしい軌道をしている。
が、俺自身の視界は塞がれていてもドローンホーネットの視界には映っているので、そこから軌道を計算して避ける。
「オッキャンドォ! ランタパアァァス! オッキャンドォ!」
「一人称から三人称に変わった程度だ。天井辺りからきちんと映してくれているなら、問題はない」
『ブ、ブ……いや、そうかもしれませんけど。その動きはどうかと思いますよ。トビィ……』
緑キパαが連続で攻撃を仕掛けてくる。
しかし攻撃内容そのものに変化はなし。
なので俺はドローンホーネットからの視界を頼りに緑キパαの攻撃を避け、接近していく。
「此処が凹凸の激しい洞窟だったら、ここまで正確な動きは流石に出来てない。だが此処は凹凸の少ない坑道。自分の体の速さや姿勢は分かっていて、視界情報はドローンホーネットで補えている。これで動けないプレイヤーじゃねえよ。俺はな」
「ブヒトパァ!」
そうして突き出された燭台を回避。
その際に頭部に熱を感じ、僅かにシールドが削れた点からして、どうやらこの目潰しのイカ墨は火炎属性の攻撃に反応して直接ダメージを与えるか、被ダメージの判定を広げるか、そのような作用があるらしい。
直撃でなければ、ヒールバンテージで補える範疇だが。
という訳で、俺は左手を手刀の形で整えて……。
「おらぁ!」
「ブギィ!?」
斬る。
「このまま押し切るぞ!」
『ブ、ブーン……』
「ランタパアァァス! オッキャンドォ! ランタパアァァス!」
斬って、突いて、回避して、斬って、避けて、突いて、躱して、削ってと煙幕を出される前と同じように緑キパαを追いかけ続け、削り続ける。
だが、煙幕を出しただけが緑キパαの強化点ではなかったらしい。
「ブ、ブエゥ!」
「む……壁も這えるのか。お前」
後退し続けた緑キパαは速度を落とすことなく壁を登り、そのまま斜め上方向に移動することで、俺の攻撃範囲から逃れてしまう。
これでは流石に追えないので、俺も仕切り直しという事で一度後退。
そして、効果時間が切れたのか、頭部についていたイカ墨が落ちて消え、視界が戻ってくる。
「しょうがない。グレネード」
「コオオォォコボアアァァショオオォォ……」
自分の目で見えているなら他の攻撃方法でも仕掛けていい。
という訳でグレネードを投擲。
緑キパαの眼前でグレネードが爆発して緑キパαにダメージを与える。
すると緑キパαは煙幕を発生させ、移動。
となれば次は……。
「此処までが一連の動きと言う感じか」
「コオォォブッタァ!」
緑キパαの鼻から黒い液体……イカ墨が放たれる。
が、今回は煙幕に阻まれずはっきり見えているので、俺は容易に回避。
次のグレネードを叩き込む。
「コオオォォコボアアァァショオオォォ……コオォォブッタァ!」
「んー? ああ、そういう事か」
『トビィ!?』
するとまた緑キパαは煙幕を放ち、続けてイカ墨も放ってくる。
それを見た俺は敢えて右腕で受け、右腕にコールタールのような粘っこくて黒い液体を纏う。
「ブヒトパァ!」
「じゃあ、この状態で殴れば……」
俺はその状態で緑キパαの攻撃を掻い潜り、床にまで降りてきた緑キパαに接近。
「ブギィ!?」
「やっぱりか」
そして殴る。
すると緑キパαは急いで後退するだけで、煙幕を生み出さなかった。
なるほどなるほど、相手にこのイカ墨が付いているかどうかで、攻撃を受けた後の行動が変わる、と。
『えーと、トビィ?』
「じゃ、後はひたすら殴るだけだな」
「ラ……ランタパアァァス! オッキャンドォ! ランタパアァァス!」
つまり緑キパαは着弾点に残る炎と、煙幕と目潰しのコンビネーションで相手の接近を拒み、遠距離戦を行う魔物である。
故に、それらに対処できるのであれば、接近戦でも問題なく倒せてしまう、と。
こういう事か。
「ブヒィ!?」
「割れたな。じゃあトドメだ」
そんな事を考えている間に緑キパαのシールドが割れる。
なので俺は苦し紛れに放たれた燭台を回避して……緑キパαの口内から脳に向けて、ドリル状態の左手を突き入れる。
「ーーーーーーーーー!?」
「よし、終わったな」
≪設計図:アドオン『打撃強化』を回収しました≫
そして、その一撃がトドメとなって、緑キパαは死に、その死体は撃破報酬のアナウンスと共に、舞い上がる花弁のようにも見える大量の炎へと変化して消え去った。
「さて、フロア6の探索をしていくか」
『ブ、ブン。そうですね』
俺は一応体の調子を確認。
どこも問題なし。
シールドの消費もなかったので、完勝と言っていいだろう。
そう判断すると、俺は次の部屋に向かって移動を始めた。