101:秘匿の必要性 ※
本日は10話更新です。
こちらは8話目です
なお、本話はハンネ周りです。
「これが件の資料だ。読め」
「喜んで。ああ、私が読んでいる間は適当にインスタントのコーヒーでも飲んでいて、粉、お湯、砂糖、どれも好きに使っていいわ」
「結構だ。貴様ならば粉が別物になっているくらいはあり得るのでな」
「失礼ねぇ。私に別の粉を入手する機会も伝手もないって分かっている癖に」
その日、ハンネ……春夏冬ヤスコは自宅で一人の男性……スコ82内においてデイトレと名乗っている男性と会っていた。
だが、二人の表情には、若い女性が年頃の男性を自宅に招いたという事実に伴いそうな甘さや柔らかさは欠片もない。
それどころかデイトレは敵対心を顕わにし、ヤスコは不気味な笑みを浮かべながら、デイトレから受け取った紙の資料を読み込んでいる。
「ふうん。やっぱりそうなの」
「ああ、そういう事だ。ただ口には出すな。誰が聞き耳を立てているか分かったものではないからな」
「それは勿論」
資料には『Scarlet Coal』と言うゲームが現実に対してどのような影響を及ぼすかが記されている。
そこにはヤスコが予想していた通り、緋炭石が現実に持ち出すことが可能であると同時に、燃料として用いる事が出来ると記されていた。
燃料のレベルとしては原子力発電には及ばないが、火力発電に用いるのであれば何も問題がなく、排気ガスや供給の問題まで含めれば石炭の上位互換と言っても過言ではないと記されている。
勿論、実験結果とそこから考察できる事を記した論文付きだ。
「……」
「どうした?」
「いいえ、何でもないわ」
だが、この資料を見て、緋炭石の全てが記されているわけではない、ヤスコはそう直感した。
そして、それは正しかった。
しかし、元々政府の所有している情報の一部を開示するという話だったのだから、これについては仕方がないだろう。
なので、ヤスコはそちらについては口を出さない。
それよりもだ。
「それよりも防衛戦についてね。これは事実なの?」
「不明だ。が、世界各国の首脳のスケジュールをいつの間にか調整して、全員に空き時間を作り、その空き時間に転移としか言いようのない現象によって拉致し、説明し、現物と資料を持たせて帰還させるなどと言う化け物としか言いようのない所業を成した相手だ。事実と考えた方が適切だろう」
ヤスコが提示したのは防衛戦についての資料。
一週間後に『Scarlet Coal』で開催されるイベントである防衛戦は、防衛に失敗すれば、ゲームが停止する事になっている。
此処までは全てのプレイヤーが知っている事だが、ヤスコが見た資料には具体的に、防衛戦に失敗した場合に何が起きるかが記されていた。
「……。今のそれ、身内の恥じゃないの?」
「今更だ。それに恥と言うのなら、各国の首都にいつの間にか『Scarlet Coal』のサーバーだけが入っているビルが建設されていた事も恥だと言えるからな。とにかく相手の次元が違い過ぎて、各国政府は面従腹背で動くしかないのが現状だ」
「そう。でも強大過ぎる共通の敵が居るだなんて、世界平和への第一歩で、喜ばしい事ね」
「そうならないのが人間の業と言うものだがな」
資料に記されている通りであれば、なるほどゲームは停止せざるを得ない。
そして、論理的に状況を判断するならば、防衛戦をワザと失敗させて資料の内容が本当であることを確かめるのは控えた方がいい。
真実であった場合、あまりにもリスクが高すぎるからだ。
が、デイトレの表情からして、自国から遠く離れた場所でなら、と言う思想を有している国もあるようだと、ヤスコは勘づく。
それは正に人間の業と言えるだろう。
「さて、もう分かっているとは思うが、防衛戦の難易度は『Scarlet Coal』の真実を知っているものが多い国ほど、難易度が上がるようになっている。そして、ここで言う真実とは部分的な真実であっても対象だ」
「そのようね」
さて、それでは何故これほどの情報が秘匿されているのか。
単純な話だ。
真実を知っている人間が多ければ多いほどに、その人間が知っている真実が多ければ多いほどに防衛戦の難易度が上がる、と言うルールが明示されているからだ。
「でも怖い話ね。言っていることが本当なら、国民全員どころか世界中の人間の頭の中を覗けます、そう言っているようなものじゃない」
「そうなる。だから、面従腹背も実のところは悪足搔きに近いのではないかと言っている者もいるな」
おまけに、難易度が上がったからと、真実を知った人間を殺しても難易度は下がらないとも明言済み。
どうやら真実を知った人間には自然死か自発的な意思による死以外で死ぬわけにはいかなくなってしまうらしい。
「なんにせよだ。ハンネ、いや、春夏冬ヤスコ。これで貴様は我々の側だ。我が国が生き残るためにも、相応の働きはしてもらうぞ」
「そうね。そうさせてもらうわ。ああ、ところでフッセが手に入れた計画書とやらの検査はどうだったのかしら?」
「昨日の今日で終わっているはずがないだろう。そして、我々にまで情報が降りてくる期待はしない方がいい。ましてや何の働きもしていない貴様に情報が来るはずもない」
「そう、残念」
資料を読み終えたヤスコはデイトレに資料を返し、デイトレは小型の器具でもって資料をこの場で焼却し消滅させた。
その炎を見ながらヤスコは微笑む。
相応の功績を上げれば、政府の秘密がまた手に入ると暗に言われたからだ。
「防衛戦。しっかりと働くようにな」
「勿論。でもそれはデイトレもね」
デイトレがヤスコの家から去る。
「んー……とりあえず『キャンディデート』の条件特定からかしらね」
ヤスコは機器を弄り、幾つかの画面に目を通し、それから『Scarlet Coal-Meterra082』にログインした。