6日目
「偵察任務?」
「ああ。私も参加することになった。その間、カールのことを頼む」
朝食後。儀式の間へと向かうクロを、完全武装のマクダが捕まえた。
それが仕事なのだから、クロにとっては今更である。
だが言わずにはいられなかったのだろう。
二人がこの砦に来てから、長く離れ離れになるのは初めてだ。
「どれくらい出るの」
「夕方には戻れるそうだ。
定期巡回の輪番に、私も組み込むということらしい」
当然である。今後も留まるなら、相応の役目を果たさねばならない。
「…もう一度、確認だけどさ。他の国へ行くとか、考えてないの。
どう見てもここは、暮らしやすいとは思えない。
いつ死ぬか分からないし、あんたはともかくカールは特に」
「……それはお前もだろう。ここで働く義理などあるのか?」
質問返しに、肩を竦めながら答える。
「出ても死ぬだけだから。オレ弱いし」
召喚当日はひたすら逃げ回ってどうにか生き残ったが、
マクダは当然クロの『力』のことを知らない。
運任せに走る愚か者は、傭兵の世界ではすぐ死ぬ。
「できる範囲でいい。カールのことをよろしく頼む」
「分かった。マクダさんも、その……気をつけて」
「……くくくくく」
笑いが止まらなかった。
クロは今、兵営へ向かっている。
足早に。だが人とすれ違うときは表情を隠して。
「おはようございます。カールは来てますか」
着いたときには、もういつもの顔に戻っている。
「…またお前か。今は集中してるから後に」
「いるなら、いいです。マクダさんに見てるよう頼まれましたんで」
邪魔はするなよ、そう言い置いて指導に戻る隊長。
カールを見守ると言いながら、クロは余所見ばかりしていた。
さほど興味があるようには感じられない。
「…なんだよ」
「いや、別に?」
「気持ち悪いんだよ。なんか……上機嫌だし」
傍から見ても異常だった。
カールがどこへ行くにも、クロがついて回る。
どこかの星のどこかの国の人が見たら、こう呼んだだろう。
ストーカー、と。
士官用の食堂へ行かず兵卒用のほうへ行こうとしたときは、
さすがに止められた。砦の規律は守らねばならない。
だが……いずれ機会は巡ってくる。
食休みはいつもマクダと一緒のカール。
しかし今日は、彼女がいない。
中庭の、人目につくが日当たりのよい一角。
寝転ぶカールと、内壁に寄りかかって立つ影がある。
クロだ。
中からも屋上からも遠すぎて、話の内容が聞き取れない。
注意深く見守る者がいれば、これだけは解ったろう。
カールの目が虚ろになっている。
そして弾かれたように起き上がり、兵舎へ戻っていった。
残されたクロも、先程までの上機嫌は噓のよう。
別の勝手口から砦の中へ戻ると、階段を上がってゆく。
「ああ、クロさん。カール君のことは、もういいのですか」
「はい。マクダさんがいないのは初めてなので心配しましたが。
兵隊仲間に溶け込んでて、わたしの出る幕はないですよ」
頷いて魔法薬の瓶を受け取り、召喚陣の準備を手伝う。
「…それはそれで、問題のような気もしますがね」
複雑そうに嘆息する。カールを除けば、この砦に未成年はいない。
「ああ、そういえば」
魔法陣を上書きする手を止めて、クロが報告する。
「二人にも何か特別な力、って話……よく分かりませんでした。
嘘ついてるのかもしれませんけど、
あまり追い詰めないほうがいいと思うんです」
「…というと?」
こちらも手を止め、弟子のほうを向く。
「マクダさんとカールは今、全く知らない土地にいます。
この状況で他人を頼ったり信じたりするのは難しいです。
だから切り札になる秘密を持ちたいと思うんじゃないでしょうか」
「……………」
「先生?」
「それは、あなたも同じですか?」
術師はまだ、クロを見ていた。
瞳に浮かぶのは不信か、それとも信じられないことへの苦渋か。
緊張を解きほぐすように、即席の弟子はふっと笑う。
「いやですよ先生。そんなのあるわけないじゃないですか」
柔らかな笑みだった。どことなく困ったような笑い。
「わたしなんて口先だけですから。
言葉が分からなかったら、とっくの昔に死んでます。
ほんと助かってるんですよ」
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