表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(仮)異世界召喚  作者: 五月雨
4/7

4日目

クロが召喚されてから四日目。

時告げ砦にとって、この日はとても重要な日だった。

別にクロそのものとは関係ない。

前回の儀式に費やした魔力が再び溜まり、二度目の召喚術を行えるからである。

「………ぇふ」

食堂の片隅。死にそうな顔のクロが朝食を摂っていた。

目ではない、顔だ。

クロの目が死んだ魚のようなのは、今更珍しくない。

献立は、いつもと同じ。炒った豆と、干し肉と、水。

美味しそうにでもないが、不満を言わず食べる。

その間も誰かが通るたび、小さく肩を震わせた。

こいつは臆病だからと、誰も気にしない様子だったが。

どうにか食べて、喉に押し込めて、席を立つ。

逃げるように食堂を離れかけて、しかし立ち止まる。

廊下の向こうからやってくる、術師の姿を見つけたからだ。

「…おはよう、ございます。先生」

「おはよう、クロさん。昨夜は見なかったけど、どうしたんですか」

訊ねる口調だが、疑うような調子はない。

むしろ心配しているのでは。

子供とか腫物扱いされたと思われないよう気遣いながら。

「…すみません。具合が悪くて、寝ていました……」

「構いませんよ。仕事はきちんとしてくれたし、体調管理も大切ですからね」

術師の力は健康状態にも大きく左右されるから、と穏やかに笑う。

「無理そうなら、仕事は明日でもいいのですが……?」

「…いえ、行きます。大丈夫です」

相変わらず説得力がない顔色と目つきだった。


召喚の儀式は、午前の早い時刻に行われる。

クロの発案だ。被害者に対しての説明時間が長く取れるし、

万に一つ逃げられても昼間なら捜索がしやすい。

放っておいたほうがいい状態なら、そうすることも可能。

一緒に食事することで、緊張が解けるかもしれない。

…正直あまり期待できない、貧しいものではあるが。

要は、召喚する側に多くの選択肢が生まれる。

文字が読めないため昨日準備できなかった分は、術師が済ませていた。

紙は貴重であり、気軽にメモを取ることはできない。

すなわち憶えるしかないということだ。

落ち着きなく頭を搔いた弟子に、師匠は苦笑いを浮かべる。

「まあ、そのうちですよ。三日に一度もやっていれば、

 忘れるほうが難しくなります」

全部、隣の倉庫にあったという。ひとつずつ指差し確認。

「……メザシの頭、オオバコの根、丸く形を整えた石……

 これって、なんか意味あるんですか」

「ないと思います。ただ偶然で発動しないようにですかね。

 眩しいので十秒ほど目を閉じているように。

 いいですか?では、行きますよ……」

大半をクロが書き込んだ魔力インクの魔法陣に、

術師が署名のうえマナを通してゆく。

床が虹色の光を放ち、一瞬ホワイトアウトして晴れた。

ちょうどよいタイミングで二人が瞼を上げる。

召喚した相手から奇襲を受けない、ギリギリのところ。

じんわりと中央から魔法陣の光が消えてゆく。

インクの魔力はもうないが、痕跡は残っている。

なぞって書き直せば、三日後の準備も簡単だろう。

それはさておき、今回の結果。

「なん……だ……?カール、大丈夫か……?」

「…うわっ!どこだよここ!?」

元々知り合いらしいが、どうにも不揃いな者達がいる。

軽鎧の若い女と、みすぼらしい小柄な少年だった。


「こんにちは。こちらの言葉が分かるかな」

クロが話しかけると、女は両手剣を抜いて正眼に構えた。

少年は前に出ようとするが、女はそれを許さない。

「ああ。お前は何者だ」

おや?と術師が首を傾げる。不審というより不思議そう。

だが、この場はクロに任せる。とりあえず、そう決めた。

「オレの名前はクロ。この砦に召喚されてきた人達の……

 案内役みたいなことをやってる」

「…召喚?術の類か。それで私達をどうするつもりだ」

女が目を細めると、途端に凄味が増す。

容貌も整っており、無頼というよりは騎士の迫力。

姫君とも違う。幼い王子を護る近衛といったところ。

「説明する前に理解してほしいんだけど……

 実はオレも、召喚で連れてこられてる」

女の雰囲気が少し緩む。しかし剣のほうは変わらず構えたまま。

「…そう簡単に信用できない」

「分かってる。いきなり信じられたら、こっちが罠を疑うところだ」

クロも当たり前のように頷きを返す。

「でも、そこはあまり重要じゃない。ここがどこで、

 これからあんたはどうするのか。重要なのはそこ」

女は悩む。カールと呼ばれた少年は戸惑うばかり、

ほとんど余裕はなさそう。

「そうだな。お前の言うとおりだ」

ひとまず武器を下ろす。

「私はマクダ、こちらはカール。話を聞かせてくれ」


とりあえず場所を変えることにした。

儀式の間を出るなり、術師がクロに話しかける。

「クロさんには分かったのですか?彼女の言葉が」

「え……」

「私には分かりませんでしたよ。どこの言葉かさえもね」

肩越しに後ろの二人を覗く。

「…まあ。たまたまですよ」

士官食堂へ下りた。

この時間は人がいない。

朝食の片付けも終わり、落ち着いて話をするには丁度よい。

術師とクロが並んで座り、マクダとカールはその対面。

砦将の次に偉いらしい術師を見て、水が運ばれた。

術師、マクダ、クロ、カールの順。

「じゃあ、とりあえずオレから話すよ。

 気になることがあったら、その都度言ってくれ。

 まだ慣れてないし、そのほうが助かる」

言いながら二人を見た。カールは不機嫌そうに睨み返したが、

マクダのほうは泰然としている。

特に反応は示さず、クロが説明を始める。

「さっきも言ったけど、二人は召喚されてここに来た。

 オレが最初で、あんたたちが二人めと三人め。

 呼んだのは隣にいる人で、オレの先生。

 この砦で二番目に偉い……らしい」

ここでカールが素早く挙手する。

「砦っていうのは、兵士がいるところだろ。

 お前らは戦争やってるのか?

 クロはもう戦いに参加したのか?」

緊張している。しかし瞳が妙な熱を持っている。

マクダの面白くなさそうな吐息が微かに響く。

対するクロは、嫌悪感もあらわに答えた。

元から死んだ魚の目は、こうなると更に怖い。

「…ああ。いきなり剣を向けられてな。

 と思ったら槍を抛られて外に出された。

 乱戦、混戦が終わったと思ったら夜戦だよ。

 正直、死ぬかと思った」

今度は驚いたマクダが声をあげる。

「……いきなり実戦に出したのか」

がたりと音を立て、カールを庇うように椅子の位置を変える。

びくりと反応した術師を、クロが片手を挙げて止めた。

「同じことになりかねないから、案内役にしてもらった。

 オレはたまたま生き残れたけど、運がよかっただけだ。

 やり方を変えないと何人呼んでもすぐ死ぬだろ?」

「……………」

「……何?」

「お前は……いや。続けてくれ」

「そ。で……現状、元の場所に帰る方法はない。

 これはこっちの人が言ってるだけだけど、

 嘘だって証拠もないし確認する方法もない。

 だから今のところ事実だって前提で行動してる」

この言い草には、マクダもカールも食いついた。

「大丈夫なのかよ!?ンなこと言って」

「この男を先生と呼んでいただろう!?」

「砦から逃げようにも兵達の目が光ってるし、

 どっちへ行けば外国に出られるのかも分からない。

 それと最悪、滅ぼされるかもしれないんだってさ。

 そんなことオレ達に言われても困っちゃうよね。

 とりあえず事実かどうか確認するには、

 案内役の立場が都合いいってワケ」

「おい!?」

戸惑うマクダ。カールは既に固まっている。

二人とも心配そうに術師のほうへ視線を移した。

こんな本音丸出しの台詞を聞かせて大丈夫なのか?

そう考えているのが見て取れる。

「大丈夫。あんた達の言葉が分からないみたいだから――」

「……いえ、理解できてます。少なくとも、クロさんが喋った分は」

凍りつく。

「………本当に?」

ギギギと音を立てて振り返る。

「はい。本当に……まあ、本音が聞けてよかったですよ。

 ずっと無理させてるんじゃないかと思ってましたし。

 やっぱり、そうだったんですね……」

随分身勝手な話ですから、と三人に向かって頭を下げる。

言葉は通じなくとも、恐縮していることだけは伝わったらしい。

「…えーと。先生、だっけ?あんたも大変だよな」

「う、うむ。あなたがクロを気にかけていることは解った。

 私達のことも、それなりに考えてもらえると助かる」

「…まあ、そんな感じ。先生も命令されて仕方なくやってるわけ。

 許せとは言わないけど、分かってあげて」

まとめるクロの顔は、まだ少し引き攣っていた。


(5日目へ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ