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(仮)異世界召喚  作者: 五月雨
1/7

1日目

絶対王政期の西洋風、どこかの砦。

光る魔法陣の上に人影が現れた。

黒い厚手の化繊ジャージ。短い黒髪目つき悪し。


目の前の床に、いきなり両手剣が叩きつけられる。

驚いて見上げると、粗野な騎士らしき男が嘲笑った。

「…ふん。役立たずか」

召喚された人物と騎士を見比べるローブの男。

どこかおどおどしていて頼りない。

何か言おうとしては飲み込んでいる。


「早く立て!グズグズするな」

「わっ。なん……」

多勢に無勢、黒ジャージは引き立てられてゆく。

連行された先は兵営。人の気配はなく、だが遠回しに騒々しくて。

「もう敵は来てるんだ。死にたくなきゃ頑張れ」

さも面倒そうに短い槍を投げつけた。

受け止め損ね、床に落ちて耳障りな音を立てる。

同じような槍を握る男達は、揃って舌打ちした。

言われるまま拾い、引きずられるようにして外へ。

そこは戦場だった。怒号と剣戟、血飛沫が舞う殺戮の宴。


「あ、あのっ」

誰も聞いていない。というか聞こえない。

槍飾りの違う者同士、出合頭に手当たり次第殺しあう。

血が溢れたり、噴き出したり。腕が飛んだり、首が落ちたり。

ジャージが赤く汚れる。隣の誰かが顔を貫かれて死んだ。

その刃先が二の腕をかすめる。遺体にぶつかられて転ぶ。

重くて抜けられない、その上から行われる死体のめった刺し。

勝ったほうの男は、もう一人隠れていることに気づかなかった。

しばらくして、血まみれの遺体の下から這い出す。


「うぶ……おっ」

我慢した。腕の痛みに耐えて槍を拾う。

慌てて振り返る。しかし砦の中へは戻れなかった。

誰かが内側から、扉を閉めてしまったのである。


黒ジャージは、再び戦場に向きなおった。

石の城壁を背にして、ゆっくり腰だめに構える。

そのまま待機。荒い呼吸を整えつつ。

観察しているようだ。小さな瞳が切れ長の目を落ち着きなく動きまわる。


流矢が飛んできた。槍で叩き落とそうとはしない。無様に転がってかわす。

すぐさま視線をあげて、矢が飛んでこないことを確認すると立つ。

槍を拾う。また観察する。自分の命を奪いそうなものが寄ってこないか。


戦線が更に乱れて、攻め手側の兵士が黒ジャージの近くにも来る。

とにかく腰だめに構えて、背中を見せないようにしながら距離を取った。

怯えた素振りを見せれば、目立ってしまうと考えているのかもしれない。

その甲斐あってか、攻め手の兵は黒ジャージを無視して扉へ向かった。

守り手側はそれに反応して、背後から攻め手の兵を突き刺す。

そのまた背後から攻め手側の第二陣が突き刺す。更にひどい混戦となった。

黒ジャージも巻き込まれて無事では済まない。まわり全部が敵だらけだ。

闇雲に槍を振り回す。もう下手な考えを回す余裕もなくなったらしい。


風に乗って銅鑼の音。

「退けっ!一旦後退ーッ!」

「逃がすな!ここで逃がしたら戻ってくるぞッ!今のうちにブッ殺せ!」

前の命令が聞こえた者、後の命令が聞こえなかった者の多くは助かった。

前の命令が聞こえなかった者、後の命令が聞こえた者の多くは死んだ。

命令が聞こえても聞こえないふりをした者は、そのとおりになった。

本人がその結果を望んだかどうかは別として。


戦いは終わっていない。攻め手達は近くの森に潜んだ。

ゆえに守り手側も警戒を解くことができない。

厚手のジャージはところどころ破れて。

泥まみれ血まみれで動けなかったけれど。

ひとまず砦は無事。怪我もないようだった。

負傷者の列に混じる。今度こそ砦の扉は開かれた。

死体の山を片づけるのは、この戦が終わってから。


砦の中に入ると、魔法陣に両手剣を叩きつけた騎士が叫ぶ。

「とりあえずよくやった!しかし敵はまだ残っている」

「食糧はまだあるが、このまま居座られては輜重隊が狙われる」

「増援の見込みはない!自らの手で切り開かねばならん!」

「夜戦の準備にかかれッ!休んでいる暇はないぞ!」

武器の手入れ。弓矢の補充。城壁の補修。保存食の配布。

やることが山積み、そんなことは解っている。しかし。

全員が疲労困憊、応えて即座に立ちあがる気力はない。

そもそも彼は、ほとんど後方から指揮していただけ。

多少は前に出て戦ったし敵を討ち取ったが、疲れれれば戻った。

一瞬、兵達の目に怨嗟がこもる。


「貴様らッ!聞こえなかったのか!早くしろッ!急げぃッ!」

怒鳴られて、ようやく動きはじめる。だらだらと、のろのろと。

その中に黒ジャージの姿もあった。

「ここを死守せねばならんッ!命を懸けるのだッ!」

地面に両手剣を叩きつけた。耳障りな金属音が響く。

騎士の前を通りかかったとき、つい本音がこぼれる。

「…そんなにやりたきゃ、ひとりで行けよ」

小さな呟き。普通だったら聞こえない。

だが、よりにもよって届いたようだ。

騎士の睨むような眼が、黒ジャージの引きつった顔を捉える。

心臓が凍った。殺される、死ぬ、しヌ、シぬ、死ヌ……


「…それも、そうだな」

粗野な態度は鳴りを潜め、無表情のまま言う。

「門を開けよ!出撃するッ!」

突然の命令に、兵達は戸惑った。

「いいから開けよッ!俺ひとりで行く!」

「し、しかし」

「黙れ!上官の言うことが聞けんのかッ!」

部下の騎士達も黙って見送るわけにはゆかず追随した。

豹変に呆然とする兵達。特にも黒ジャージは驚きを隠せない。

騎馬の集団が突き進む音、剣戟と怒号。敵陣に夜襲をかけたのだろう。


「ここにも来るぞ!気を引き締めろ!」

誰かが叫び、やがてそのとおりになった。

最精鋭の騎馬部隊が攻め手の本陣を強襲、それは奇襲となった。

作戦も何もない吶喊だからこその思わぬ戦果。

しかし黙ってやられるつもりもない。砦への夜襲は考えていた。

よって部隊を速やかに分け、本陣は騎馬部隊を引きつけつつ分散。

機動力を生かせない地形に誘い込んで各個撃破してゆく。

一方で残りの全戦力を砦に差し向ける。勝負を決めるつもりか。


量、質とも攻め手が優勢。踏み込まれたら攻城戦の三倍則も無意味だ。

門を突破され、中庭まで蹂躙されるのに時間はかからなかった。

両軍の死体が所狭しと。

逃げ回るしかない黒ジャージにも魔の手が迫る。

躓いて転んだ。もう逃げられない。無意識に叫ぶ。

「たっ、助けて」

槍の穂先が止まった。そこから赤いものが滴りジャージを汚す。

「え……?」

黒ジャージが見ている前で、その兵士は身体の向きを変えた。

まるで黒ジャージを護るように。

進んで戦わない様子から、砦側と誤解されて攻め手の兵が襲いかかる。

最初の数回は防いだものの、多勢に無勢。頭を叩き割られて死んだ。

ここで黒ジャージは、重ねて奇妙な行動に出る。

槍を投げ出し、敵も味方もなく手当たり次第に頼みだしたのだ。

「助けて!助けて!助けて!」

庇ってくれるのをいいことに、とにかく逃げる。

肉の壁が少なくなれば、誰彼構わず引き込んで。


数分後。

まず黒ジャージを殺そうとする攻め手がいなくなった。

次に黒ジャージを護ろうとする攻め手が砦の兵に殺された。

砦の兵にも黒ジャージを気にかける者はいないようだ。

ふらふらと血溜まりを避けて、地面にへたり込む。

「…は……はっ……」

そして気を失った。


(2日目へ)

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