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一章 悔しさだけは忘れなかった その6

 ハルネは射線を切った状態で回復道具を使用しだす。コマンド完了まで多少時間がかかるが、相手の攻撃手段は現状、投げ物ぐらいしかない。それはモーションを見てからでもハルネなら十分に回避できる。接近はmc51が許さない。

 もうこの戦況は、王手即詰みだろう。

 ハルネが時間稼ぎしていれば、瀕死の敵はやがて地に付す。万が一攻め込んできたとしても、迎え撃つことはできる。

 もはや難攻不落の城に閉じこもったも同然だ。


 俺がすっかり安堵した――ちょうどそのタイミングで。

 パァンッ……!

 突如として敵の一人が、明後日の方向に向かって発砲した。

 なんだ……? 誤射か?

 疑問を抱いてすぐ、全体チャットに敵からのメッセージが届いた。


『Edward >>Eden TEAM :I never thought I would use this technique.』


 エドワードは『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』の選手の一人だ。しかも今まさに、ハルネと戦っている相手だ。

 勝負中だってのに、一体何を……?

 マノウリンガルながら、どうにか英文の意味を読み解こうとした、その瞬間。

 ――……は?

 急にハルネのキャラからヒット音が響き、スクリーンがモノクロに染まった。


『Edward >>Eden TEAM :Ricochet』


 リコシェット……跳弾か。

 ようやく俺は起きたことの全てを理解した。

 『PONN』の世界にはある一定の角度から弾頭がオブジェクトに当たり、かつ飛距離がまだ余っている場合には弾丸が決められた角度へ跳ね返る法則が存在する。つまり現実の跳弾現象をゲーム内で再現しているわけだ。ただし射線と威力減衰はプログラムによって算出されるため、挙動はゲーム特有のものになっている。


 ……まさかエドワードは威力減衰させないよう計算して跳弾させて、ハルネのキャラにヘッドショットを決めたっていうのか?

 試合の興奮でかいていた汗が一瞬にして、全て冷水に変わってしまった気がした……。


   ○


「……盟友。起きよ、盟友」

 まな子の声に、俺の意識はやにわに現実へと引き戻された。

 いつの間にかフェラーリは車庫らしき場所に停まっており、室内灯の橙色の光が車内を照らしていた。


 まな子は助手席から振り向いた格好のまま、肩を揺らして笑った。

「クククッ! よもや目を開けたまま寝るなどといった芸当を身に着けていたとはな」

「……ちょっと、考え事をしてただけだ」

「お疲れデシタラ、ベッドの用意をシマスガ?」

「いや、大丈夫だ。……ところでまな子、試合を観た感想とかはあるか?」

「我はまな子ではなく、魔光であるが……」


 ちょっと唇を尖らせた不機嫌顔でまな子は続けた。

「我はTPSは門外漢ゆえ、詳しいことはわからぬ。しかし素人目から見た感じであれば、契約を解除されるような試合内容ではないと思ったが」

「最後の戦いも……、相手が一枚上手なだけだったし……」

 事情を知っている和花も、そう付け加えた。俺のファンだから、プレイに関する話をされては黙っていられなかったのだろう。


「のう、盟友よ。そろそろ、そなたが契約を解除された原因について話してくれてもよいのではないか?」

「親友のお前に訊かれたら、嫌とは言えないな。とはいえ、ここで話すのは……」

「デシタラお屋敷の中に参りマショウ。その間に夕食の用意もさせていただきマスノデ」

「冥界の城に及ばずとも、かくも立派なたたずまいの屋敷でいかような夕餉ゆうげを食えるのか。我が舌を満足させる出来であればよいのだがな」

「ヴィンカの料理は……すごく美味しい。あなたの頬が落ちるぐらいには……」

「イエス! ミーの料理で胃袋をつかめない人はいマセンヨ!!」

「ククク、楽しみにしておこう」


 三人が各々ドアから下りていくので、俺もそれにならう。

 しかし立派な佇まいの屋敷とは、どんなものなのだろうか?

 ずっと試合を回想していたから、外の景色は全く心に留めていなかった。


 まあ、プライベート・ジェットなんて持ってるんだ。さぞかし立派な家なんだろうな。

 なんてことを考えて車庫から出て、和花達と同じ方向を見やった途端。

「……えっ?」

 唖然とする羽目になった。

 水切りのプロでも対岸まで届かないだろうってぐらい、広い噴水――湖っぽいが、水が吹き上がっているのだから噴水なのだろう――の向こう。

 そこには尋常じゃない大きさの屋敷が立っていた。

 城とまではいかないが、中で舞踏会でも開けそうな雰囲気ではある。


「西洋絵画の題材にでもしたら、さぞ雰囲気が出そうな感じだな」

「魔界には少々似つかわしくないきらびやかさではあるがな」

 と言いつつも、まな子もじっと見入っている。

 真に美しいものは冥王だか魔王だかも関係なく、心をわしづかみにするらしい。

 もうすでに理解していたことだが、和花はやはりとんでもないお嬢様らしいと再認識させられた。


「和花の家って、遺産相続で揉めてたりするか?」

「いいえ……」

「そうか、よかった」

 俺はひとまず内心で胸を撫で下ろした。

 金と権力が怖いのは、身にみて理解していたからな。


「今日からこんなすごいところに泊まれるなんて、夢のようだ。本当にありがとう」

「別に……お礼なんていいわ。わたしが生流を招きたかったんだもの……」

 俯き加減に和花が言った。

 心なしか、彼女の頬がほんのり赤らんでいるように見えた。どうやら照れているらしい。

 そんな年相応の反応が初々しくて、少し胸がきゅんとした。


「うーん、いいムードデスネ」

「……そなた、なんだか楽しそうだな?」

「フフフ、そんなことないデスヨ? さあ、スタンディング・トークもなんデスシ、レジデンスに入りマショウ!」

 異様にテンションの高いヴィンカに背中を押され、俺達は夢咲家の屋敷に足を踏み入れた。

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