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一章 悔しさだけは忘れなかった その5

 キルされた俺の画面は観戦モードになり、ティナの視点に切り替わった。

 俺をった相手は木の枝から飛び降りて地面に着地し、リーンして顔を出していたティナの方へ単独で突っ込んでいく。

 ティナは敵を機関銃の連射で仕留めようとする。だが相手はあろうことか、二丁拳銃で迫る弾丸を撃ち落としていった。

『まさかこないな人間離れした技を、実戦で使う人がおるなんてなぁ……』

 ボイスチャットの向こうで、神楽夜が感嘆の息を漏らしているのが聞こえた。


 ハルネは未だ遮蔽物に隠れている。居場所が割れている以上、もう一人からマークされている可能性が高い。最悪、頭を出した時点で頭を撃ち抜かれる可能性だってある。

 ティナは躍起やっきになってさらに射撃を続けていた。

 しかし敵は一向に怯む気配はなく、猛牛のごとき勢いで接近してくる。


 ハルネが狼狽ろうばい気味の声で彼女に呼びかける。

『ティナちゃんッ! 手榴弾とかトラップで牽制して、一度態勢を立て直そうっ!』

『イヤなのだッ! 兄ちゃんがくれたこのチャンスっ、絶対に無駄になんかッ……!!』

 突如として、ティナのキャラの動きが止まる。メットが壊れ、さっきの俺と同じように体力ゲージが一気に持っていかれる。

 別の場所に潜んでいた敵に、頭を撃ち抜かれたのだ。

『なっ……、ま、マズイのだッ!?』

 慌ててリーンをやめようとしたティナだったが、その前に体力を削られ切ってダウン状態になってしまう。

 実質残ったのは、ハルネただ一人。


『ご、ごめんなさいなのだ……。熱くなりすぎて、引き際を間違えたのだ……』

 涙声になりかけているティナに、ハルネは明るく返す。

『ううん、大丈夫だよ。後は任せて』

 そっと二人の様子を見やると、ティナは膝の上に造った握り拳に目を落とし、ハルネは真剣な顔で食い入るように画面を見やっていた。


 敵は二人して、ハルネの隠れている樹木へと銃口を向ける。

 二対一、形勢は完全に逆転してしまった。

 しかし今もなお、一人でもキルできれば勝利が決まるという状況は変わっていない。

 俺達の期待が、小さな両肩にかかる。

 おそらく尋常じゃないプレッシャーだろう。それをたった一人に背負わせるのは申し訳ないが、こうなってしまってはハルネに全てを託すしかない。

 勝利の女神とやらがいるのなら、ソイツの靴底を舐めたってかまわない。

 どうか、俺達に勝利を……。


 ハルネのキャラはみきの後ろで銃を構える。手にしている銃は、スナイパーライフルのChyTac M200――ゲーム内ではシャイと呼ばれている。

 名の通りレア武器のこれは頭に命中させるだけで、最高クラスのメットをつけていようが問答無用でダウンさせる。最低クラスのメット、あるいはノーヘルなら即キル。スナイパーライフルの中では最強の威力を誇る。

 プレイヤーの間では『死神のシャイ』という異名で呼ばれており、ぶっ壊れ武器の一つとして知られている。


 しかしいくら死神と言えども、鎌を振るわねばその真価を発揮できない。

 ハルネに与えられた選択肢は右と左、どちらにリーンするか。また、いずれの敵を狙うかの、計四通りだった。

 サッカーのゴールキーパーと同じく、考えてから動いては間に合わない。すでに相手は頭を出す方を予測して、そちらへ照準を向ける準備をしているはずだ。左右の両方を手堅く狙っているか、あるいは片方へ一極集中させようと目論んでいるか。つまり予測できるのは『右・右』、『右・左』、『左・左』の三パターン。『右・左』の銃弾が交差するパターンも含めれば、計四つか。


 どうしても発砲までにリーンというアクションを挟んでしまう以上、ハルネは後手に回らざるを得ない。

 最高クラスのメットをつけているおかげで、相手の持っている銃ならばヘッドショットでも、一撃は耐えることができる。とはいえ、二発目でダウンまで持っていかれる。二人ダウンすれば戦闘を続行できなくなるため、その時点で『エデン』は敗北。

 勝ち筋はまだ十二分にある。後は天運を味方につけられるかどうかだ。


 無限とも思える長く続いた硬直状態がついに崩れる。

 ハルネが動いてみせた。左側へとリーン。

 ほぼ同時に『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』の選手の銃が火を噴く。弾丸は樹木の左右に放たれた。一拍遅れて『死神のシャイ』も目覚めの咆哮を上げた。右の相手へ一直線に鉛玉なまりだまが飛んでいく。それは見事に頭に命中した。

 スナイパーライフルは連射ができない、ハルネは一発撃つなり首を幹の後ろへと急いで引っ込める。その際に頭に一撃をもらい、メットを破壊され体力ゲージの半分を持っていかれる。


 だがその見返りは大きかった。

 死神の手にかかった敵の一人は、地に膝をつきダウン状態になる。仲間の救命行動を受けない限り、もう立ち上がることはできない。しかも一定時間経てばヤツの体力がゼロになり、『エデン』の勝利が確定する。

 三人称視点のゲームである『PONN』は視点が自キャラより後ろに引かれているため、幹に隠れたまま相手の様子を窺うことができる。敵だってそれを理解しているだろうから迂闊うかつに救命行動をするわけにはいかないはずだ。たとえ煙幕を張ったとしても手榴弾で広範囲に攻撃をすれば、虫の息である敵はお陀仏だぶつだ。


 ハルネの持つもう一つの武器はmc51。紅茶とマーマイトを愛する英国面が生み出したサブマシンガンだ。

 サブマシンガンの中では最高クラスの威力を誇るが、発砲と同時に使用者のテンションゲージを下げてしまうというデメリット持ち。しかもマズルフラッシュで視界が一瞬白く染まるうえに騒音まで発する。照準だってほぼ役に立たない狂犬だ。

 欠陥だらけではあるが、近距離のタイマンではショットガンさえもしのぐ火力を見せてくれる。プレイヤーには『もしも『PONN』が格ゲーだったら最強の武器だったのにな』と草を生やしながら語られている。

 だが近距離タイマン最強の異名が、今は敵への抑止力として働いていることだろう。

 狂犬はハルネの手にかかれば確実に獲物を仕留める猟犬へと変貌する。射程圏内に足を踏み入れたが最後、気が付けば7.62x51mm NATO弾で頭が吹っ飛んでいる。どんなに固い防具であろうとも、mc51のまえでは紙装甲同然。訪れる未来は即キルだ。


『おおっ、これはもう勝ち確やないの!?』

『相手はもう、為す術ないのだ!』

『チェックメイトだな』

 ハルネの集中を削がぬよう、彼女のアカウントにだけミュート設定し、ボイスチャットで声を抑えてティナと神楽夜の二人と喜びあった。

 もう俺達は誰一人『エデン』の勝利を疑っていなかった。

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