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一章 悔しさだけは忘れなかった その4

 よほど疲れていたのか、夢の片鱗すら一切見ずに目覚めを迎えた。

 ぼんやりした意識の中に我が芽生える。

 目を開けて窓の方を見やる。

 外はすっかり暗くなっていた。ぽつぽつと住宅の明かりが見える。闇の中に浮かぶ家はどれも大きい。この住宅街に住む人々の資産はさぞかしうなりに唸っているのだろうと察せられた。


 カーナビからは後付けの、おそらくは声優さんがテンションまで忠実に再現した日本語翻訳の実況が聞こえてくる。

『さぁさぁっ、いよいよ決勝も大詰めッ! 『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』と『エデン』の一騎打ちだァッ!!』

 大会は一戦だけでなく二日に分けて全十二試合、一日に六戦行われる。

 試合は一戦で約三十分前後。選手入場やブレイクタイムなどをカットして視たとしてもすでに三百三十分、五時間は経過していることになる。

 最終戦まで飛ばし飛ばしで視たのだろう。


 まな子はおそらく、俺が『エデン』を契約解除された理由が知りたいのだ。その答えを動画に求めているのであって、試合の内容自体は気に留めていないのかもしれない。

 実況者とは別の、冷静な声が聞こえてくる。

『三ポイント上回っている『エデン』が暫定ざんてい一位。ここから一人も倒されずに相手を全滅させられれば、『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』の逆転勝ちだね』

『オオゥ、まさに運命の一戦だッ!』

『ジョン。キミはこの試合、どっちが勝つと思う?』

『そりゃ愚問ってもんだよ。今の戦況は三対二。戦いっていうのはね、ロバート。数こそ正義なのさッ!!』

『へえ。キミは『エデン』が勝つと思っているわけかい?』

『もちろんさっ!』


 ジョンの言った通り、俺達の方が人数でまさっていたのだ。

 ここまでの試合の最中、どうしても一人を犠牲にしなければならない局面に『エデン』は直面した。その時に神楽夜を失ってしまい、俺達は三人になった。

 だがそれでも『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』は二人。

『で、ロバートはどうなんだい?』

『ボクは逆張りで、『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』にウォッカを一杯賭けようかな』

『ほう、逆張りかい?』

『いいや、それだけじゃない』


 淡々とした調子で解説のロバートが語る。

『『エデン』側の居場所はすでに先の戦いで割れている。しかし『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』側はずっと身を潜めていた。『おそらくは安全地帯中央辺り』ということしか、『エデン』の選手にはわからないはずだ。地の利は『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』にある』

『ははぁ、つまり条件は五分五分ってことか!』

『ザッツ・ライトさ』

『いいね、いいねッ! んじゃあオイラが勝ったら、オメェにゃテキーラをおごってもらおうかな』

『おいおい、べろんべろんになって帰ったらまた奥さんに叱られるんじゃないかい?』

『チッ、チッ。オイラだって失敗から学習するんだ。この前マスターがね、ジャパンからいいグリーン・ティーを取り寄せてたんだ。それを飲めば酔いなんてめるさ』

『……おっ、モンキー! 『エデン』の選手が動いたよっ!』

『ウホォウ! コアラくん、ここからは目が離せないよッ!』


 木陰から一人のキャラが飛び出し、一直線に駆けだす様が画面には映っている。

 操作しているのは俺だ。今も鮮明に思い出せる。あの一瞬の緊迫と高揚感が混じった、耳をしたたかに打つ心音を。

『アイル選手が単騎で攻勢に出たッ! テンションゲージのボーナス効果で、通常時より移動速度が格段に上がっているぞッ!!』

『当然だね。この最終局面で出し惜しみする意味がない』

『手に持っているのはゲームでもリアルでも幻の一挺いっちょう、XM8ッ!』

『威力はさることながら、反動によるブレはアサルトライフルの中ではもっとも少ない。まさに『PONN』における最強のウェポンの一つだろう』

『エリア収縮の時間も近い、ここは毒ガス地帯を背にした『エデン』が攻撃に出たということかッ!? しかしなぜ、なぜ単独でッ!?』

 答えはいたって単純。俺はおとりだったからだ。


   ○


 ハルネの立てた作戦はこうだった。

『まず、お兄さんには囮として先に飛び出してもらう。そうすれば相手は必ず一人は発砲せざるをえない状況になる』

「……発砲音から反応して、撃ち返せば相討ち……とまではいかなくても、痛手を負わせることはできるだろうな」

『そこは援護射撃してでも、あたし達が仕留めるのだっ!』

『うんっ。あとは残った一人を倒す。ハルネとティナちゃんの二人で!』


 ボイスチャット越しでも、ティナとハルネの意気込みはひしひしと伝わってきた。

 さらにハルネの、やや興奮に震えた声が聞こえてくる。

『でも、実は……勝たなくても、ハルネ達は優勝することができるんだ』


 思い返すだけでも、脊髄がゾクゾクッと震えた感覚が蘇ってくる。

 『エデン』は六ポイント上回って暫定一位。もしも相手二人を倒してトップになれば順位得点十ポイントに加え、二人分のキルポイントも二点加算。相手は順位得点六ポイントのみで、さらに六ポイントの差がついて計十二ポイント差。文句なしの優勝だ。

 対する『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』はこれ以上チームメイトが一人も倒されずに俺達を全滅させてトップになることで、十三ポイント加算。『エデン』は二位で六ポイント。『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』が一ポイント上回ってしまい、俺達は優勝を逃す。


 仮に相手を一人倒した状態で負けると、同点だが……。

『同点時はキル数の多い方が上位になる。『エデン』と『ブラッド・オブ・ザ・ガイア』のキル数の差は四。つまりもう追いつかれることはもうないんだ』

『じゃ、じゃあ、あたし達が相手を一人でも倒せば……?』

『――『エデン』の優勝は確定する』


 ハルネの言葉にティナは息を飲み、俺は唾を呑み込んだ。

 チェックメイトまであと一手。もう手を伸ばせば触れられるぐらい、俺達は勝利の――優勝の間近まで迫っている。その事実が現実味を帯びて感じられたのだ。

『みんなっ……絶対に、優勝するよッ!』

 熱い思いのこもったハルネの一声に、神楽夜も共に俺達はそろってうなずいた。




 みんなの思いを背負い、俺のキャラは木立こだちの間を走っていた。

 同時に目を光らせ、どこかに潜んでいるはずの敵の姿を探す。見つけ次第、条件反射で右手が照準を合わせて引き金を引いてくれるはずだ。

 一発の銃声が聞こえた。瞬時に俺はその方向へ銃口を向ける。


 しかしそこに敵の姿はなかった。にもかかわらず、俺のキャラはメットを貫かれて体力ゲージの半分を持っていかれた。

 三人称視点ゆえ、敵の居場所は一拍遅れてだが気付くことができた。

 ……木の上、だとッ!?

 そう、敵は樹木の上――おそらく枝にでも載って銃を構え、俺が来るのを淡々と待ち構えていたのだ。


   ○


『ろっ、ロバート、今のはッ!?』

 ジョンの興奮した声で、意識が記憶から現実へと引き戻された。

 僅かに唸った後に、ロバートが話し出そうとした。

『おそらく――』

『ああッ!?』

 ジョンの悲鳴がロバートの声を遮る。

『アイルがっ……! アイルがキルされたッ!!』

 その一言で、俺は否応なしに記憶の世界にまたも沈み込んでいった。

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