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終章

 俺と和花は熱狂を前にどうしたらいいかわからず、顔と面を見合わせていた。

 そんな俺達の手を取りまな子が言ってきた。

「何をしておる。賞賛を受けてただぽけっとしていては、勝者としての示しがつかぬであろうが」

「いやでも、こういう時どうすればいいのか……」

「うん……、わたしも……」

「和花嬢はともかく、元プロゲーマーの盟友は知っていてしかるべきであろう。こういう時は、真っ先にこうせよッ!」


 まな子は俺と和花の手を取り、光輝く頭上へ突き上げた。

 俺達は瞬きを繰り返した後、片方の手もおずおずと上げた。

 すると観客はさらに無数の羽音を響かせたかのような歓声を上げてくれた。

 色とりどりのサイリウムが、彼等の興奮に呼応して無秩序に踊り狂う。それがなぜか、とてもきれいに目に映った。

「……優勝って、こんなに気持ちよかったんだな」

「そうね……。気持ちいい……」

 ファンサービスか素でかわからないがやたら騒いでいるまな子を挟み、俺と和花は笑い合った。


 全身に喝采を浴び、地より浮き上がるような心地に浸っていると、パチパチと拍手しながら足音が近づいてくるのが聞こえた。

 見やると、笑みを浮かべたハルネとティナだった。その笑いは、箸でつつくのを躊躇われる湯豆腐を思わせた。

「……優勝、おめでとう。流星お姉さん」

「おめでとう……なのだ」

「ああ、……あっ、えっと。ええ、ありがとうございます」

 慌てて流星の口調に戻る俺に、ハルネ達は微かに笑声を漏らした。


 だがそれはすぐに立ち消えていき、ハルネの笑みも乾いた地に水が吸われるように失せていった。

「……一つだけ、訊いてもいいかな?」

「なんでしょうか?」

「どうして……、ティアラちゃんの弾丸をグレネードで防げたのかな?」

「ああ、それはジュンさんが一戦目でグレネードを投げたのがヒントになったんです」

「……へ?」


 きょとんとするハルネに、俺は順序立てて説明した。

「ジュンさんが投げたグレネードを撃った時、一発目では爆発しなかったんです。理由はいたって単純で、弾丸が命中した場所が抜かれていなかったピンだったからです」

「ピンに……弾丸が?」

「そうです。リコシェットによって真上から弾丸が迫ってきていたあの状況では、ピンを悠長に抜いている時間はありませんでしたよね。だからジュンさんはデコイ代わりにグレネードを投げた。わたしはそれに気が付かず、射撃して処理しようとしました。たまたまそれがピンに当たってしまい、破壊しそこねたんです。……もっとも、それに気づいたのは三戦目で追いつめられてからですけどね」

 説明を聞き終えたハルネはため息混じりに言葉を漏らした。

「そっか……。やっぱりすごいね、流星お姉さんは……」

「いいえ、わたし一人で思いついたわけじゃありません」


 俺は和花とまな子達の顔を見やりながら言った。

「スコアさん達の助言がなければ、そんな突飛なことは考えもしなかったでしょう」

 俺の言葉に、虚を突かれたように目を丸くしてハルネが訊いてきた。

「……二人はただの素人じゃないの?」

「確かに初心者ですよ。……でも、わたしの大切な仲間ですから」

 ハルネは二人をしばし眺めやった後、また笑みを浮かべた。表情は引きつり、目が潤む……見ていて胸が締め付けられるような、笑み。発する声も鼻がかって震えていた。

「そっか……。あの時、一人で戦わないで……みんなに頼ってれば、今頃は……」

 言いかけた言葉をハルネは飲み込み、ぎゅっと目をつぶってかぶりを振った。


 それからより脆い笑いを作って、彼女は言った。

「……優勝、本当におめでとう」

 無理している、それは目の端から伝う涙を見れば一目でわかった。

 俺はすがるような思いで、和花を見やっていた。

 彼女は軽く肩を竦めた後、ハルネに向き直り、涙にぬれる頬へそっと手を伸ばした。

「……ハルネ。優勝したのは……、わたし達だけじゃないわ……」

「えっ……?」

 涙を堪えるように強張った顔をしている彼女に、和花は僅かに小首を傾げて言った。

「あなた達……『エデン』もよ」

「……優勝カップは、一つしかないんだよ?」

「そうね……。優勝カップも……、ベツレヘムの星も一つしかない……。でもそんなのは関係ないわ……」

「ど、どうして……?」


 戸惑いを露わに訊いてくるハルネに、和花は指先で彼女の涙を拭って言った。

「だってわたし達は……、今日から仲間じゃない……」

「なか……ま?」

「ええ……。最初にまな子が言ってたのを……あなたも聞いていたはずよ……?」

 ハルネが放心しかけている顔をこちらへ向けてきた。

 俺は大きくしっかりとうなずき、彼女の無言の問いに答えてやった。

「……じゃあまた、できるんだ。みんなで、ゲームが……」

 ハルネも、ティナも……観客席で見てくれていた神楽夜も、笑っているような、泣いているような……多分、両方がごっちゃになった表情を浮かべていた。


 和花は頬から手を離し、ハルネの前に差し出して言った。

「……これからよろしく。……ジュン」

「うんっ……。よろしく、スコアさん」

 二人は手を取り合って握手をして、それでも足りぬというように和花が手を広げてハルネを抱きしめた。ハルネは少し驚いた顔をしていたが、すぐにくすりと笑みを漏らして、彼女を抱き返した。


 観客席が三度みたび沸き上がる、今までで一番の大歓声を上げて。

 そんな中、声が周りに聞こえないのをいいことにティナが「兄ちゃん、兄ちゃん!」と名を呼びながら駆け寄ってきて、横から勢いよく抱き着いてきた。

「ちょっ、い、今は流星だって」

「えへへー。兄ちゃんは兄ちゃんなのだ」

「こ、これ! 観衆の前であるぞ、そういう真似は慎んで……」


「お兄さんっ!」

 間を置かずしてハルネが正面からぎゅっと飛びついてきた。

「や、やめろって! 乱暴にされると胸が落ちるからっ……」

「あ、本当だ。おっぱいふかふかしてる」

「さ、触るなっ!? 放送事故になるから!!」

「ぬ、ぬぅうう……。かくなるうえは、我もッ!」

 と言いつつ、まな子が空いていた左横から腕を取ってきた。


「あ、暑苦しいから……離れろよっ」

「ずっと会ってなかったから、兄ちゃん分を補給しないといけないのだー」

「じゃあハルネもお兄さん分、摂取するね」

「ならば我は、盟友の消費した魔力を分け与えてやろう」

「お前等絶対に今思いついただろ!? っていうか兄ちゃん分ってなんだよッ!?」

 三人と全然身長差がないせいで、まるで俺に余裕がない。顔が間近にあって、ハルネとなんか頬が触れ合ってしまっている。自分の低身長を呪うか、いやむしろ喜ばしいのではとなんか天使と悪魔が戦っているような、手を取り合っているような。


 会場内は「キマシタワー!」「おおっ、これぞまさに百合!」「てぇてぇ、てぇてぇ!」 「いいぞもっとやれーッ!!」と、よくわからない興奮の坩堝るつぼと化していた。……っていうか下手したら、今日一番の熱気じゃないか? いやまあ、さすがに気のせいだろう。うん。

 混乱の真っただ中で溺れかけている時、ふと少し離れた場所で和花が突っ立っているのに気付いた。

 所在なさそう立ち竦んでいる和花に、ハルネが彼女に手を伸ばして言った。

「おいで、和花さん」

「でも……」

「いいから、早く」


 和花は綱を渡るように一歩一歩踏み出して近寄って来る。恐る恐るハルネの手を取ると彼女は和花を一気に引き寄せ、自身の隣に立たせた。

 ものっそい間近に、お面の穴から覗く和花の灰色の瞳。電磁石でくっついたみたいに、目線が外せない。

 なんか気まずいのに、不思議と安心感もあった。

「の……、和花?」

「……あ、あの……生流……」

 もじもじとする和花。こっちの頬はぼっと火を灯し始める。

「わたしも……。えっと……」

 なぜにそんなに躊躇するのか。つられてこっちも緊張してくる。


「……せ、生流分……もらっていい?」

 奔流となっていた体内の血液が、たちまち小川程度に落ち着く。

 少しして「あ、あはは」と笑う程度の落ち着きを取り戻せた。

「だからなんだよ、そのなんとか分っていうの――」


 油断していた間に、和花はすっと顔を近づけてきて。お面を僅かにずらしたと思ったその直後――

「――っ……ん」

 頬を一瞬、熱く湿った感触。それはベッドやソファの上で唇に感じたのと、まったく同じもの。

 ……えっ、ということは……。

 顔を離した和花は、耳を真っ赤にして目を逸らす。

 驚きに心臓がでんぐり返っていた。ハルネとティナは瞠目し息を飲んでいて、まな子にいたってはあんぐりと口を開けていた。

「……い、今のって……?」

「きっ、きっ、キシュッ、なのだ!?」

「ちょっ、盟友よ! 今のはどういうことなのだッ!?」

 三人は顔色を変えてパニックになっている。いや、俺だってまったく同じ心境だが。


『おーっと、決勝の後にも一波乱っ! これは延長戦でしょうかーっ!?』

 司会者が囃し立てて、さらに観客たちはエキサイトしていく。最高熱狂率なんてものがあるなら間違いなく今達成しているだろう。

「ちょっ、まっ、お、俺だって……。の、和花ぁ!」

 事情説明を……というかなんでもいいから場を鎮めてくれるのを期待してすがったが。

「言ったでしょ……。絶対に……、諦めないって……」

 和花は照れ気味ながらも、微かな笑い声を漏らして言った。


 ああ……、完全に逆効果だ。これじゃあ火に油を注ぐようなものである。

 案の定ハルネ達の問いはより鋭く矢継ぎ早になっていく。俺は麻痺状態にでもなったようにそれに対処する術はなかったし、持っていようにも使う暇もなかった。

 和花はお面をかぶり直して黙り込んでるし……。

 ああもう、どうすりゃいいんだよ!?

 俺は大物配信者のように、いつまでも彼女達の質問攻めにさらされていたのだった。


 <Fin>

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― 新着の感想 ―
[一言] 旧作に比べてとても話の流れが分かりやすい作品でした。雰囲気も明るく、未来に期待できそうな終わり方。
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