五章 If ~誰もが一度は心で唱える言葉~ その5
二戦目は周囲をドローンで探索していた和花がハルネの位置を発見し、まな子がシャイで狙撃して仕留め、残ったティナを三人がかりで追いこんで倒した。
「……意外とあっさり勝てましたね」
『ジュンがシャイの弾丸に……、気付いてなかった……?』
『しかし歴戦の猛者は足音と発砲音で、周囲の環境をあらかた把握できるのであろう?』
「もしかしたら、なんらかの原因で音を聞くことができなかったのかもしれません」
『なんらかの原因……か』
まな子が心底うんざりとした顔で古吉の方を見やった。
ヤツは顔を真っ赤にしてハルネ達に向かって怒鳴り散らしていた。
正直ヘッドセットを外したくなかったが、大会規約なので仕方なくそれに従う。
「負けたのはチミ達のせいだッ! 全然ワシを助けないからッ! 本っっっ当、チミ達は使えねえヤツ等だわなッ!!」
飽くことなく罵詈雑言をさんざっぱら吐き散らしていた。見ているだけでも不快な気分にさせられたが、実際に声まで聞かされるとすごく気持ち悪くなってきた。もしも今デスメタルを聞けば、ボサノヴァに浸った時ぐらい気分が落ち着くかもしれない。
会場の空気も悪くなっており、観客も白け切っていた。
このまま三戦目をやるのかと、憂鬱な気持ちになってきた時だった。
「ちょっといいかな?」
ステージの袖からよく通る男の声が聞こえてきた。心なしか、どこかで聞いたことがあるような気が……。
既視感ならぬ既聴感を抱いていると、和花が栗鼠の仮面の裏でぽつりと言った。
「……お父様」
「えっ……?」
思考停止状態に陥るも、すぐ現実をまざまざと見せつけられて逃避する間もなかった。
袖から現れたのは金髪をポマードで撫でつけた、背の高い男。
和花の父親、ブライアンがそこにいた。
彼は古吉の元へ歩み寄っていって、軽く手を上げた。
「久しぶりだね、古吉君」
「……夢咲」
苦々しそうな顔で古吉はブライアンを睨んだ。
ブライアンは気にした風もなく訊く。
「古吉グループのトップが、こんなところで何をやってる?」
「……見てわからないかね? ゲームの大会に出ているんだがね」
「奇遇だね。ちょうど運営から君への伝言を受け取ってきたんだ」
「伝言とは……なんだね?」
ブライアンはゆるりとうなずいて言った。
「君の発した暴言や行動の数々が、どうやら大会規定に違反していると判断されてしまったらしい。非常に残念だが、運営は君にここで退場してもらうことにしたそうだよ」
「なっ、なんだと!? ワシがいつ、違反行動をしたッ!?」
「私はこの大会の出資者の一人ではあるが、運営には携わっていない。今だけは、係員の代行役をおおせつかっているけどね」
頭の高さまで手を上げたブライアンが、芝居がかった動作と共にフィンガースナップを響かせる。すぐに舞台袖に控えていた警備員達が駆け足で古吉へ近づいていった。
荒々しい足音に背後を振り返るヤツに、ブライアンはいやに親し気な口調で言った。
「友人のよしみだ。特別に保護者役として同伴してあげよう」
「ふっ、ふざけるなっ! 何かの間違いだッ!!」
「その言葉は信じてあげたいさ、友人として。だけど舞台を取り巻く人々の目には、どうやら君はヒール役として映っているらしい」
ブライアンは親指でステージのスクリーンを指し示した。
大きな画面は視聴者のコメントが群れ成すように流れている。そのほとんどが目に余る古吉の発言や行動を非難していた。
『うるさくて観戦に集中できない』『とっととつまみ出してくれ』『下手だわ、騒ぐわ、暴れるわでいいところなしだな』『コイツが社長とかマジで終わってるわ』
古吉は震える拳で机の天板を強かに叩きつけ、声の限りを尽くして訴えた。
「ワシは悪くない、まったく悪くないッ! なのにどうして、こんな理不尽な目に遭わされにゃならんのかねッ!?」
「それをこれから、御上に聞きに行くんだろう?」
ブライアンは警備員達に顎でしゃくって指示を出す。
二人の警備員が古吉の腕を左右からがっちり抱え込むようにして動きを封じた。
「はっ、放せッ! 何かの間違いだわなッ! わ、ワシに狼藉を働くと、後悔することになるがなッ!!」
喚く古吉に構わず、ブライアンは警備員達に告げた。
「連れていけ」
警備員は無言でうなずき、古吉を引きずるようにして袖に下がっていく。
「わっ、ワシは天下の古吉グループの社長なんだわなッ! こんなことをして許されると思うのかねッ!?」
最後までやかましく叫びながらも警備員の腕を解くことは叶わず、古吉は袖の向こうに姿を消した。
ブライアンは観客に微笑を振りまいて「失礼しました。皆様はごゆっくり試合の続きをお楽しみください」と言い残して、何事もなかったように立ち去ろうとした。
袖の向こうに行く直前、ブライアンは肩越しに振り返って和花に目線を送った。だがその寸分も変わらぬ微笑からメッセージを読み解くのは、至難の業だと思った。和花にとってはどうかは知らないが。
俺は猫パンチのようなシャドーボクシングの真似をしながら呟いた。
「……特訓、無駄になってしまったでしょうか?」
「さあ……。いつか役に来る時が来るかもしれないし……、来ないかもしれない……」
「力はあった方がよかろう。いざという時に頼れるのは、己の知恵と身体のみであるぞ」
「……備えあれば患いなしですね」
なんだか少し落胆はあったが、ひとまずは納得することにした。
司会者は突然の出来事にしばし放心していたが、ややあって我に返り、過剰なハイテンションで進行を再開した。
「さ、さあ! 次は三戦目です! ここまでの試合を振り返っていかがでしょうか?」
話を振られた解説者とVトゥーバーは戸惑いつつも、各々当たり障りのないコメントを返した。
「ありがとうございましたーっ! では三戦目に入りたいのですが……。『エデン』の選手は今は一人欠けて二名です。大会規約に則って、控えの選手を一名投入することができますが、どうしますか?」
当然神楽夜を呼ぶものだと思っていたが、予想に反してハルネはかぶりを振った。
「ううん、別にいいよ」
「えっ……。ほ、本当によろしいんですかっ!?」
念を押して訊いてくる司会者に、ハルネはあっさりうなずいて言った。
「うん。だってジュン達はプロゲーマーだよ? 素人三人には、一人だって十分すぎるぐらいだよ」
正確には元プロゲーマー一人に初心者二人だが、それでも戦力的には確かに辛い。
だが、あんな挑発じみた売り文句を言われた日にゃ、買わなきゃゲーマーの名が廃る。
俺は流星の口調で問いかけた。
「後悔……しませんね?」
「もちろん」
視線は青い稲光となって走り、宙でぶつかり合ってバチバチと火花を散らした。闘志は胸の内で紅蓮の炎となって燃え上がる。世界大会以来の高揚感だ。
司会者は「わかりました」と一言述べ、元のハイテンションに戻り言った。
「では三戦目を開始します! 選手の方は準備をお願いしますッ!」
俺達はヘッドセットをつけ、意識をスクリーンの向こう、ゲームの世界に集中させる。
ローディングが終わり、購入ターンがすぐに始まった。
「今までの二戦で、『エデン』側は収入をほとんど得られませんでした。二戦以降の支給金は開始時よりも格段に少ないですし、おそらく今回は大した武器を持ち込めません。シャイやmc51といった十八番の高価な武器も購入できないでしょう」
『ふむ。つまり、圧倒的に優位な状況で戦いに臨めるということか』
『でも古吉がいなくなったから……、『エデン』の人達……、今回は本気を出せるんじゃないかしら……?』
「ええ。おっしゃるように、今回の『エデン』は強敵です。相手が二人とはいえ、油断していたらあっという間にやられてしまいます。それに今回の試合を落とすと相手二人に莫大なファイトマネーを取られてしまいます」
『……まさかファイトマネーと支給金を二人で山分けするために、わざともう一人入れなかった……?』
「多分、そうかと。三人よりも、二人の方がもらえる額も増えますからね。その分強い装備やアイテムをそろえることができます」
『舐めプではなく、それも策だったということか。ククク、追いつめられてなお冷静な状況判断ができるとは。相手にとって不足なし!』
『それで……流星。今回の……、作戦は……?』
「なんとしてでも、今回の試合で決着をつけたいです。とはいえ無闇矢鱈に突っ込んでは古吉さんと同じ末路を辿ってしまいますし……」
『前の試合みたいに……、散開して待ち構えるのは……?』
「今回は相手の出方がわからないので、かえって危険かもしれません。お二人の戦闘経験はまだ浅いですし……」
『ならば固まって待ち受ける他あるまい。我等が三人寄れば、鉄壁のごとく堅牢な結界を張れるであろう』
「……そうですね。その作戦でいきましょう」
作戦会議をしながらも、俺達は必要な分の購入を終えた。
今日に向けて毎日特訓してきたため、二人共購入ぐらいは会話をしながらこなせるようになっていた。
「購入ターンが終わりますが、準備はいいですね?」
『うむ。紅き花を咲かせる支度は終わったぞ』
『わたしも……、準備できたわ……』
購入を終えた三人のキャラが向き合う。偶然にもそれは円陣の形になっていた。
俺は無言の期待に背中を押され、リーダーとして掛け声を放った。
「この試合……、絶対に勝ちますよッ!」
『うむっ!』『うんっ……!』
不揃いな返事ではあったが、二人の気合はばちこり俺に伝わってきた。
それから程なくして画面が切り替わり、戦闘ターンが始まった。
前二戦と変わらず、森林ステージ。遮蔽物となる木が多く、広さも程いい。グループ・シュートマッチには向いている。それが選出理由なのかもしれない。
俺達は作戦通り、できるだけ固まったまま範囲中央まで向かう。草が随所に生えているため身を隠すものには困らない。
移動しながら俺は考えていた。
束縛から解放されて自由にプレイできるようになった今、ハルネ達はどんな戦法を使ってくるだろうか?
俺と彼女達は同じチームで戦っていたから、手の内はお互いに知り尽くしている。さっきまではそう思っていた。
だがさっきのリコシェットによるシャイ封じを見るに、考えは改めた方がよさそうだ。
ハルネ達は成長している。それも俺が想像するより遥かに。
ふいに頭をよぎるものがあった。
ここは決勝と同じステージ。ならばハルネ達が仕掛けてくるのは……。
『危ないっ……!』
和花の掛け声と共に、突然、俺のキャラが勢いよく突き飛ばされる。四つん這いで歩いていたため、地面を横にごろごろ転がっていく。
パァンと銃声が鳴り響いた。まだ操作不能で、そちらの方を向くことができない。
視界が和花達の方で止まる。
直後、和花のキャラを三発の弾丸が撃ち抜いた。キャラは地面に伏し、ダウン状態に追い込まれる……三点バーストのアサルトライフルか!?
「じゅっ、ジュンッ……!」
『流星嬢、そなたは逃げろッ!』
まな子のキャラがXM8を手に、弾丸の飛んできた方へと連射する。
俺はまだ敵の正確な位置を把握できていない、今の状態ではただお荷物になるだけだ。
手近な幹の裏へ回り、気を落ち着ける。
弾丸は斜め上から飛んできた。角度的に相手は枝の上から狙ってきたことになる。
やはりか……。
ハルネ達はこの試合で、決勝戦の再現をするつもりなのだ。となるとまな子はっ……。
「逃げてくださいっ、魔光さっ……」
間に合わなかった。
俺が言い終える前に、彼女は直前まで撃ち合っていた相手とは別の方向から不意打ちを食らった。銃声からしてAKNだろう。
和花とまな子が戦闘不能状態になり、残るは俺一人。
戦況は三対二から一瞬にして一対二へと逆転した。
今の俺が置かれている状況は、決勝戦の時のハルネとほぼ同じ。
直前まで共に戦っていた仲間を失い、一人で孤立している。
武器こそmc51とショットガンという違いはあれど、シャイは被っている。
となれば、ハルネとティナが持っている武器も決勝戦でエドワード達が持っていたものと似せてきているだろう。
今まで想像するしかなかったハルネの当時の心境が、今は身に沁みてわかる。
自分が負ければ、全て終わる。今までの努力がことごとく水の泡になる。
とんでもなく、心細い。広大な砂漠の真ん中に、一人ぽつんと残されてしまったかのように。辺りには道しるべなどなく、心身の足しになるようなものさえ見つからない。
孤独。その事実が重くのしかかってくる。砂漠に見えた場所が、実はここは地球ですらないのではという疑いに代わり、息苦しさを覚え始める。自分という存在が酷くちっぽけに思えて、無力感に押し潰されそうになる。
ハルネは……、世界大会の大舞台でこんな気持ちに襲われてたのか?
俺はこんな中規模程度の大会でも、投げ出したくなってるってのに……。
もしかしたら今までずっと、ハルネに甘えて頼り切っていたのかもしれない。
プレッシャーに思考がまとまらなくなってくる。目隠しでもされたみたいに戦況が見えなくなってくる。
このまま逃げ出したい。何もかも忘れて、楽になりたい。
酸欠にでもなったみたいに、頭がぼうっとしてくる。
薄れかけた意識の中、走馬灯のように今までの記憶が蘇ってくる。
『エデン』を追い出されて、人生に諦観さえ感じていた時。
和花に出会って、捨て猫みたいに拾われた。
日本に帰ってきてからはまな子と再会して、成り行きでゲーム実況者になった。
それから彼女達や視聴者に支えられて、ここまで来れた。
……そうだ。この戦いは、もう俺だけのものじゃない。
和花、まな子、ヴィンカ、ファンのみんなの思いも背負って、俺はここにいるッ!
勝手に諦めて勝負を捨てる権利なんてもんは、最初から俺にはなかったんだ。
いつだって背水の陣、逃げる場所なんてあるはずがないッ!!
「……リザルト画面が表示されるその時まで、わたしは……、諦めません」
衰えていた闘志の焔が、再び勢いを取り戻す。
『……流星?』
そう、俺には仲間がいる。
これはゲームだ。たとえそこで死んだとしても、命は失われない。和花達は今も変わらずにすぐ横にいてくれている……! なら、頼らないでどうする!?
「……ジュンさん、魔光さん。この状況、どうすればいいと思いますか?」
まさか俺からこの窮地で案を求められるとは夢にも思っていなかったのだろう。二人は一瞬の間、言葉を失っていた。
『……ど、どうすると言われてもだな。我はTPSは素人で……』
「それは百も承知です。わたし一人では何も思い浮かばないので、お二人に意見を求めているんです」
またも沈黙がボイスチャットを包む。
ややあって和花が言った。
『案は思いつかないけど……。こうなったらいいなっていう……、願望はあるわ……』
「それでも構いません。教えていただけませんか?」
『……マリコみたいに、ヘキサグラムを取ったら……、無敵になればいいなって……』
「む、無敵……ですか?」
予想の斜め上を行く言葉に戸惑い気味に確認すると、和花は『うん』とあっさり返事を寄こしてきた。
『無敵状態なら……、きっと勝てる』
『たわけ。『PONN』はそういうゲームではあらぬわ。TPSでいくら撃ってもダメージを受けぬなど、遅延以外の何物でもなかろう』
ふとまな子の言葉に引っかかりを覚えた。
いくら撃っても……ダメージを受けない。
そういえば、ついさっき似たようなことがあった。でもあれはどうして……。グレネードと言えば、以前まな子がヘマをやらかしたことがあったような……。あの時は確か……。
全ての事象が数珠の弾みたいに繋がっていき、一つの輪を成していく。
「なるほど……。これなら、あるいは……」
『何か……、思いついた……?』
「ええ。もし上手くことが運べば、勝ち星を得ることができるでしょう」
『なんとっ! それは真かッ!?』
「はい。ただ、正直成功する確率はかなり低いと思われますが……」
頭の中に成功図は出来上がっていた。だがそれは笑ってしまうほど荒唐無稽。まさしく奇跡と呼ぶにふさわしい作戦だ。
だが二人はまったく作戦を聞いていないにもかかわらず、言ってくれた。
『いいよ……。流星が考えた作戦なら……、わたし……それで……』
『うむ。我が信頼する盟友の策は、信頼に値する』
「で、でも……。本当に、賭けみたいな作戦なんですよ?」
『だったらわたし……、たくさんお祈りするわ……』
『ククク、勝負は一か八か、伸るか反るかという時が一番面白いのだ。もしも不安ならばこの冥王の豪運を信じよ。必ずやよき結果を導くであろう』
『この前……、ガチャで爆死してたのに……?』
『なっ、そっ、それとは話が別であってだな!?』
二人のやり取りを聞いていて、俺は自然と笑いが込み上げてくるのを感じた。
ふと塞いでいた胸の内がすっかり軽くなっているのを感じた。狭くなっていた視野も、元に戻っている。
万全のコンディション、全能感。これならばきっと、上手くいく。やり遂げられる!
覚悟を決めて、俺は作戦を実行に移すことにした。
和花は迷っていたはずだ。幹の左右、どちらから顔を出すか。弾丸が飛んでくるのはいずれからだろう……と。
その迷いは今の俺にもつきまとってきた。二分の一の読み合い。右か、左か。
銃を一旦しまって、グレネードを取り出した。一瞬の思考の後、幹に隠れたまま最小の放物線を描くように右真横に放った。すぐさまシャイを持ち、俺自身もグレネードを追いかけるようにリーンする。
間髪入れずして弾丸が飛んでくる。ただ一つ懸念していたのが三点バーストを使われることだったが、どうやら俺側は狙っていなかったらしい。杞憂に終わってほっとする。
的確に俺の頭を捉えて飛んできている弾丸は一発ある。ただし、それは狙いが完璧であるがゆえに当たらない。フルオートの追撃は、バーストと違って回避できるスピードだ。
先に投げていたグレネードが弾丸の射線を遮っていた。普通ならば弾丸がグレネードにヒットした瞬間、爆発する。だが悲しいかな。弾丸はグレネードに当たっても微かな金属音を立てただけで、その兆しすら見せない。
シャイが目覚めの咆哮を上げる。弾丸は狙い誤らずティナの頭へ飛んでいく。
俺はグレネードを宙でキャッチし、幹へと引っ込む。ノーダメージで一人をダウンさせることに成功した。
残されたハルネが取ってくる手段は、世界大会の決勝戦を再現しているのだとしたら当然アレだろう。
予想したタイミングで発砲音が三回鳴り響く。俺はすぐさま二歩後ろに下がった。直後に目の前を弾丸が通り過ぎる。
リコシェットは弾丸を反射させるテクニック。ゆえに飛んでくる方向さえ瞬時に判断できるのなら躱すことは容易い。おまけに銃撃者は外した場合、再度狙いを定めるのに時間がかかるはずだ。
「みんなが作ってくれた、最後の好機。絶対に無駄にはしません……!」
俺は真横へ飛び、シャイを構えて頭に狙いを定める。再度リコシェットを行うべく銃を明後日の方向へ向けていたハルネは、反応に遅れる。
シャイが唸りを上げて弾丸を発砲した。鉛の弾が鋭い風切り音を発し、空を突っ切っていく。中間でハルネの鼻った弾丸と交差する。同じ鉛玉だ。もしも現実ならば、いずれも命を食らう悪魔と認識されるのであろう。しかしゲームの世界にあっては秤を傾かせるぐらいに重みがまるで違う。一撃必殺か否か――それが勝負を分かつ。
死神の凶弾が相手の頭にぶち当たり、ハルネに天を仰がせる。俺も同時に、頭に一発をもらった。三点バーストで放たれた残り二発は凍り付いたように空中に固まる。
クロス・カウンター。
しかし俺は二本の脚で持ちこたえて、彼女は後ろ向きにどさりと倒れ込んだ。そのまま永久に、指先すら微動だにすることはなかった。
最後の命が今生より断たれ、戦いに幕が下ろされる。
スクリーンにリザルト画面が表示された。
『#1/2 You Show! 素晴らしい試合だったよ!!』
ここに来るまで、何度も目にした文言だ。だけど今は記憶喪失にでもなったかのようにその意味を忘れてしまっていた。
「え、えっと?」
『……ユー……ショー?』
『何を呆けておるッ! 我等の優勝であるぞッ!!』
そう言われてようやく、実感が湧いてきた。
「ああ、そうか……。勝った……、勝ったのか」
『……したんだ。……優勝したんだっ、わたし達……!』
ようやく思い出したように、喜びが湧き上がってくる。
それを促進させるかのように、MCのVトゥーバーが興奮しきった声音で称揚の言葉をかけてくれた。
『ついにっ、ついに決着ゥッ! 数多のライバル達を打ち破り、頂上へと登り詰めたのは『コスモス』の皆さんですッ! 優勝っ、おめでとうございまぁああすッ!!』
言い終えるや否や、観客席が「うぉおおおおおおおおおおおッ!!」と声の洪水が巻き起こったかのように沸き立った。
『……あのー。ルール変更、されたんじゃなかったっすか?』
解説者が何か言っていたが、それを気に留める者はいなかった。