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五章 If ~誰もが一度は心で唱える言葉~ その4

 (ほど)なくして古吉が来たのと同じ方向から、ハルネとティナのキャラが突っ走ってくる。気配を隠そうとか微塵も考えていない。おそらく古吉が一刻も早く助けろとか無茶を言ったに違いない。

 とはいえ二対一で正面から撃ち合っても彼女達の突進を止められない。和花やまな子がいてくれても正直なところ、焼け石に水だ。――ただし、今は少し状況が違う。

 俺は急ぎ和花とまな子に指示を飛ばした。

「お二人共、出番です」

『ついに来たか。我が力を示す時が』

『……頑張る』


 こちらの武器はスナイパーライフルとアサルトライフル。距離を詰められたらショットガンやサブマシンガンなどの近距離武器には勝てない。

「正面からは勝てない。ならば、手段は一つです」

 ハルネとティナは周囲をまったく警戒していない。彼女達なら、銃声を聞いてから反射的に弾丸を撃ち返すこともできるだろう。

 しかし――

『ククク。冥土の土産に我が二つ名を教えてやろう』


 まな子が得意気な調子で、声届かぬ二人に告げる。

『我のもう一つの姿――それは神。名は死神。――死神、魔光』

 パァン、銃声が鳴り響く。

 慌ててティナのキャラが銃声の方へ発砲する。このゲームでは射線から逃れるより銃撃で弾丸を撃ち落とす方が早い。それを行える上級者は、生存率がぐっと高くなる。

「……でも、ティアラさん。『死神のシャイ』の弾丸は、撃ち返せないんですよ」

 まな子の放った弾丸は、ティナのキャラの頭を無情にも貫く。

 だが直後に、ハルネが同じく『死神のシャイ』でまな子のキャラを一撃でダウンさせる。

『ぐはっ……。死神は、一柱ではなかった……ということか』

 妙にリアルな苦悶の声を上げ、隣でどさっと倒れるまな子。

 多少気が散りかけたが、そのまま静かにしてくれていたので放置することにした。


 ハルネがシャイを発砲した隙に、俺もまったく同じ銃で彼女の頭を狙い撃った。これで終わりだ……と思ったが、甘かった。

 彼女はすぐさまショットガンに持ち替え、手近な木目掛けて撃った。

 散弾はリコシェットを起こして、迫りくるシャイの弾丸を側面から叩き付ける。それはたちまち勢いを失い、地面に落下してしまう。


「……シャイの弾丸は、正面からは撃ち返せない。でも側面から衝撃を与えれば撃ち落とせる……ということですか」

 自分で言ってて背筋が冷たくなった。

 リコシェットですらまだ研究が進んでいないテクニックだ。

 なのにそれを利用して、防御不能と言われていた攻撃を封じる……だと?

「攻防一体……。名は体を表すということですね、……ム=ジュンさん」

 ム=ジュン――それこそがプロゲーマー界における、ハルネの名前だった。

「ジュンさんには最良の矛と盾、どちらが強いかなんて不毛な議論なんだそうです。どちらも己が占有して使いこなせば、世界最強になれるのは自明の理ですから」


『だったら……、盾の外から攻撃すればいいだけ……』

 和花が言うなり、一発の銃声が響いた。

 ハルネのキャラは動かない。

 プロならば発砲音を聞けば自身に当たる弾丸かどうか瞬時に判別できる。和花の放った一発は明後日の方向へ直進していることだろう。通常ならば気に留める必要もない一撃なのだが。

「……お見事です、スコアさん」

 突如として、カツンと金属音が響いた。

 ハルネのキャラが緊急回避行動の前転をする。おそらく、条件反射的に。

 直後に彼女がいる近くから弾丸が着弾する音がして、地面が軽く爆ぜた。弾丸は真上から降ってきたのだ。

 タネはハルネのキャラの上空にある。そこには一機のドローンが飛んでいた。

 そう、和花はドローンを利用して弾丸をリコシェットさせ、ハルネを狙ったのだ。

「スコアさんはまだTPS経験が浅くて、動いているターゲットにエイムを合わせることができません。でも、ドローンによる隠密行動はピカイチなんです」


 ハルネは前転する直前に、俺目掛けてグレネードを投げてきていた。緊急回避と組み合わせられる唯一の攻撃手段だ。最後の抵抗というヤツだろう。

「優れたドローン操作とリコシェットを組み合わせると、こんな暗夜のつぶてみたいな奇襲が可能になるんですよ」

 万全を期すべく、まずグレネードから処理しようと狙いを定めて発砲した。

 弾丸は間違いなくグレネードにヒットしたはずだった。

 しかし――グレネードは微かな金属音を響かせたのみ。今も変わらずこちらに放物線を描いて飛んできている。

「なっ……!?」

 グレネードは種類を問わず、弾丸一発で破壊できるはずだ。なのになぜ――?

 考えている間にも俺はもう一度銃火を浴びせ、グレネードを破壊していた。

 破壊が遅れたため、キャラが爆発に巻き込まれてしまった。幸い爆心ではなかったため致命傷は免れたが、爆炎の範囲内にはいたためダメージを負ってしまう。

 その間にハルネは俺との距離を詰め、近接武器の間合いに入っていた。

 彼女はショットガンを持っている。もはや抵抗する術はない。


 ――腑に落ちないが、今回はこれでいい。

 ハルネはショットガンで俺のキャラをそのまま死亡させる。爆炎によるダメージがなければダウンで済んだのだが……。

 俺が死んだことで、あるアイテムが発動する。

 なんら効果もなく。大会ではまず日の目を見ることがない、ジョークグッズ。

 だけど俺は冷やかしでも冗談でもなく。本気のメッセージを送るべく、それをこの場に持ち込んだ。

 俺のキャラが消滅してすぐに現れる、デスボックス。そこから零れ落ちたオブジェクト――フォノグラフ。


 だがそれより先に、ハルネは反射的に振り返っていた。

 彼女の一連の動作にはほぼ無駄がなかった。だがそれと隙がないことは同義ではない。

 元々、ハルネ達の突貫は無謀だった。根から腐っている植物に未来がないように、前提から間違っている作戦が成功することはない。

 銃声が鳴っていた、ハルネが俺を倒した時にはすでに。攻防一体の権化である彼女でも無策で背後から迫る弾丸を処理する術はない。


 弾丸がヘルメットごとハルネのキャラの頭を射抜いた。死神の凶弾はたちまち、獲物の命をむさぼり食らい尽くす。

『当たった……!』

 和花が喜びの声を上げる。プロならばキルを取って当然の状況だが、まだエイムも定まらない初心者からしたら敵に弾を当てただけで嬉しいものだ。彼女の気持ちは容易に想像できた。


 ハルネがキルされた直後に、フォノグラフがとある曲を奏でだした。はからずもそれが俺と彼女の鎮魂歌になった。

 リザルト画面になってもなお流れ続けている。

 あの日、俺とハルネに、束の間の希望を持たせてくれた音色と歌唱。

 『Make break down』――『スピリッツ・リメイク』のアニメOP。

 ゲームと同様に、練習の合間にハルネと何度も繰り返し視た。

 俺がフォノグラフに切り抜いて登録したのは、その一節。


『ひとたび離れようともいつかまた / 刀は鞘に収まるはずだから / その時まで戦い続ける』

 疾走感のある曲調の中、その部分はゆったりと歌い上げられる。ゆえにこそ耳に残りやすいが、今は心の中にまで滲み込んできた。

 フォノグラフの再生が終わり、俺は一旦休憩のためにヘッドセットを取った。

 その時、MCのVトゥーバーが心配げに言ってるのが聞こえた。

『あ、あの……ジュンちゃん、大丈夫ですか?』

「だい……、じょうぶ。大丈夫……だよ」


 体を痙攣したように震わせ、目元を押さえ、息を何度も詰まらせたような声を上げて。

 ハルネは泣いていた。恥も外聞もかなぐり捨てて。

 大粒の雫が頬を伝い、宙をはらはらと舞っていた。

 ティナが差し出したハンカチを手に、彼女は涙を拭う。それでもとめどなく、涙は流れ続けていた。

 しばらく経って、ハルネは泣き止んだ。その表情には揺るぎない、確たる覚悟の意思が浮かんでいた。

「……ごめんね。試合、再開してもらっていいかな?」

『えっと……じゃあ、二本目も、張り切っていってみましょー!』

 二本目の試合が開始される。

 やはり古吉は突っ込んできたので、さっきと同じようにダウン状態に追い込んだ。

 今回も釣りと同様にキルは取らずに放置する。

 だがおそらく、ハルネとティナは助けに来ないだろう。




『なぜだねっ!? なぜワシを蘇生しにこないッ!!』

『ごめんね、社長さん。社長さんの傍には、流星お姉さんが張ってるの。だから今助けに行くのは、命取りになっちゃう』

『バカかねッ!? チミはワシ抜きで勝てるというのかッ!?』

『うん。というかきっと、社長さん抜きの方が勝てると思うよ』

『は、はぁっ……!?』


『ちょっ、ちょっと言いすぎなのだジュンちゃん』

『ううん、そんなことないよ。社長さん、この際だからはっきり言わせてもらうけど』

『な、なんだね……?』

『散々ジュンの指示を無視して無駄撃ちして、勝手に敵に突っ込んでいって。あまつさえダウンさせれたら恫喝してまで助けを請う……。全ての行動が『エデン』の勝利を遠ざけていってる。今の社長さんは、ジュン達にとってお荷物、というか邪魔者だよ』


『ななっ、何を言ってるのかねッ!? ワシはチミ達を勝たせてやるために、自ら先陣を切って敵に立ち向かっていってるんだわなッ! それを邪魔者などとっ……』

『だったら素直にジュンの指示を聞くか、何もしないでその場にじっとしててよ』

『す、スポンサーであるワシになんだねっ、その言い草はッ!?』

『ジュンは当然のことしか言ってないよ。ゲームの練習は全然してないし、実力もない。何よりチームワークすら取れないのに、大事な試合に首をつっこんでくる。オブラートに包んで表現しても、邪魔者でしかないよね?』

『ちっ、チミは社会を知らないようだねッ!? ワシに逆らうとどうなるか……』

『社長さんみたいなお荷物を抱え込んで生きていくのが社会っていう場所なら、ジュンはそんなところに行きたくないよ』

『……社長ちゃん。あたしもジュンちゃんの言ってることは正しいと思うのだ。遊びでやるならともかく、本気で大会に出るなら勝つためのプレイをしなくちゃダメなのだ』


『ちっ、チミ達……ッ。許さぬ、許さぬ、許さぬわァアアアアアッッッ!!』

『うるさくて周囲の音が聞こえないよ……。ティアラお姉さん、ミュートにしよう』

『う、うん……。仕方ないのだ』

『ま、待たんかねッ! ワシの言うことを聞けッ、チミ等ッ!!』

 …………。

『返事をせんかねっ、おいっ、おいッ、おいぃいいッ!』

 ……………………。

『おっ、おのれ、おのれっ、おのれッ……、おのれェエエエエエエエエエエエッ!!』

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