五章 If ~誰もが一度は心で唱える言葉~ その3
『いよいよっ、いよいよ決勝戦ですよォ、決勝戦! ワクワクしちゃいますねェッ!』
『そうっすね。僕、楽しみすぎて昨日は夜しか眠れませんでしたよ』
『はい、ぐっすり寝てきたということで体調万全、準備万端ってことですねェッ!』
MCの女性Vトゥーバーと解説者が緩い繋ぎの会話をしている。
俺達はそれを意識に留めることもできず、ほぼ全て聞き流していた。
本当なら今頃、決勝戦に対する期待と緊張に身を昂らせていただろう。
しかし実際は、そんな素直に戦いに思いを馳せることができそうになかった。
決勝戦のルールがゲームの勝敗とさしてかかわりないものにすり替えられたうえ、公的な不正がほぼ確実に行われる。
この状況下でどうやって勝利しろというのだろう。
観客席にいるヴィンカをちらと見やった。彼女はこちらの心中を察したように一度こくりとうなずいてきた。
『エデン』側の席でも、古吉を覗いて似たような空気が立ち込めていた。
入場してきたハルネとティナの表情も、酷いものだった。
当然だ。こんな試合、プロゲーマーのプライドを自ら傷つけるようなものだ。
しかし出ないわけにはいかない。それが『エデン』を守る唯一の方法だから……。
『じゃあ、試合の前に皆さんに意気込みを聞いていきましょうかァ! まずは『エデン』の皆さんからッ!』
ハルネとティナ達は決勝への意気込みを、ぎこちない作り笑いを浮かべて答えていた。その姿を見ていると、怒りと自分へのふがいなさで胸どうしようもなく痛んだ。
『ティアラちゃん、ありがとうございましたァ! それじゃあ、最後は急遽決勝から出場された古吉さんッ!!』
古吉はのたのたとゲーミングチェアから立ちあがり、本心が覗き見えそうな笑みを浮かべながら愛想よさそうに「どうも、どうも」と頭を下げた。
最初にかしこまった口調で簡単に社交辞令を述べる。まるでこれから総会でも始まるかのように。
それから俺達の方を向き、口元に嘲笑を掠めて言ってきた。
「『コスモス』の皆さん、今日は全力で戦わせていただきますのでね。どうぞよろしくお願いしますわな」
『ありがとうございましたーッ! それじゃあ続けて、『コスモス』の皆さんッ! まずはリーダーの流星ちゃんから一言もらいましょうかッ!!』
俺とまな子は目線を交わし、互いにうなずき合う。
係員が持ってきたマイクをまな子は横から手を伸ばし、かっさらう。
場にいる全員が呆気に取られている中、彼女は高らかに声を響かせる。
「聞けいっ、皆の者ッ!」
会場の注目は一瞬にしてまな子に集まる。スマホを見ていた者も、ぱっと顔を上げる。
まな子はマイクが必要ないぐらいの大音声を発し続けた。
「此度の試合は、単なる決勝にあらずッ! その実、互いのチームに所属する選手を賭けた運命の一線なのであるッ!!」
観客が互いに顔を合わせ、ざわつき始める。
古吉は目を剥き、ハルネとティナも息を呑んでいた。
事情は違えど、会場内は驚愕の一色に染まっていく。
まな子は声量と勢いはやや抑え、観客に語り掛ける。
「我等『コスモス』が負ければ流星嬢が引き抜かれる。『エデン』が敗北すればハルネ嬢にティナ嬢、それに神楽夜嬢の三名を我がチームに迎え入れることになる」
誰もが彼女の話に耳を傾けていた。まず関心をつかむことには成功したようだ。
続けて第二の関門、観客の共感を得られるかどうか――。
「『エデン』の者は、『コスモス』に来ても変わらぬ活動を約束されている。だがしかし、もしも流星嬢が『エデン』に行ってしまっては、今まで通りに実況者生活を送ることができなくなってしまうのであるッ!」
会場内には俺のファンもかなり大勢が集まって来てくれていたのだろう。会場内からは驚嘆のどよめきが上がった。
まな子は調子づいて続ける。
「我が『エデン』に所属していた生流殿と盟友だったことは、言わずとも多くの者が存じていよう。ヤツに聞いた話によれば、選手達は練習の時間もままならぬほど多量の雑務を押し付けられていたという。そのようなところに移籍させられては、動画投稿や配信をするなど無理な話である」
しんと場が静まり返る。誰かがごくりと固唾を飲んだ音が聞こえた気がした。
「今一度、そなた等に問う。流星嬢をあの悪辣な者に奪われてもよいのかッ!? これからあるはずの、輝かしい未来を失ってもよいのかッ!?」
「いいわけないデス!」
サクラ役のヴィンカが、真っ先に声を上げた。
「ミー達のミス・流星をあんなカンニング・オルド・マンに渡しちゃダメデス!」
彼女の必死さ溢れる名演技に、他の人達も次々賛同してくれた。
「そうだぜ! 流星ちゃんはオレ達のマジメ神なんだ!!」
「SNSで変な広告が流れてくると思ったら、そんな汚ねえこと企んでやがったのかッ!」
「許せねえッ! オレ達で流星ちゃんを守るんだッ!!」
会場内にいる人達の心が熱く燃え滾り、一つの焔となって吹き上がる。
古吉は顔を真っ赤にし、ガタガタと身体を震わせていた。
「ち、チミィッ……、なんてことをしてくれたのかねェ?」
「フン。冥王たる我に謀略で勝とうなど、一千万光年早いわ」
「それは……、距離の単位……」
……最後の最後で締まらないヤツである。
何はともあれ、会場内の風は完全にこちらの味方となった。コメント欄も観客と同様の思いで溢れている。
腰を下ろしたまな子に俺は小声で言った。
「さすがだな、まな子」
「ククク、悪魔のごとき冴えた軍師がいてこそよ」
「悪魔だなんて人聞きが悪い」
「では小悪魔か?」
「そんな可愛らしい存在じゃない」
「今一度、鏡を見てみよ」
「えっ、化粧が崩れてるか?」
会場のどよめきと俺達の会話は、バゴンッと凄まじい打音によって遮られた。
その音の主だろう古吉は、額にぶっとい血管を浮かべて肩を上下させていた。
獰猛な獣のごとくギラギラ光らせていた目を司会者に向けて言った。
「……早く試合を始めろ」
「あの、でも……」
古吉はもう一度机を勢いよく叩き、雷鳴を轟かせんがごとく怒鳴り散らした。
「始めろと言ってるのがっ、聞こえないかねッ!?」
「は、はいぃ!? そ、それでは両チームの選手、ヘッドセットを装着してください!」
俺達は司会に言われるままヘッドセットを装着し、スクリーンを見やった。
ルームに入り、待機する。
最終関門。ゲームで勝利し、優勝をつかむ。この『コスモス』のチームで。
マッチングが完了し、ローディング画面に映る。
今回の相手にはハルネとティナがいる。俺もプロゲーマーとして培ってきたプレイヤースキルを惜しみなく発揮して戦わなければならないだろう。
そのうえこの決勝大会は選手のボイス込みで生配信される。ゆえに流星として振る舞うことも忘れてはならない。
「――今こそ映世を舞う時」
一度唱えると、すっと気持ちが落ち着いて頭の中が澄み渡っていく。
「わたしのプレイング、お魅せします」
意識がすっきりして、万全の状態になる。もはや本当に、この呪文はおまじないだ。
ローディングが終了し、購入ターンになる。
グループ・シュートマッチは購入ターンで武器をそろえてから、戦闘ターンに移る。
武器やアイテムを入手するには、定められたファイトマネーが必要だ。購入ターン前に一定額配られる支給金以上が欲しければ戦闘に勝ったり、キル数を稼いで増やさなければならない。
とりあえず今は支給金内で武器を整えることに専念する。
購入ターンが終わり、戦闘ターンが始まる。
ステージは木々に囲われた森林だった。奇しくも世界大会の決勝と同じ場所だ。
俺は流星の口調で二人にボイスチャット越しに言った。
「魔光さん、スコアさん。今回も適宜指示を出しますので、その通りにお願いします」
『うん……、わかった……』
『ククク。戦場に徒花を咲かせてやるとしよう』
「……後生ですから、わたし達に手向けないでくださいね」
なんか意味もなく冷や汗を背中に感じた時だった。
木々の向こうからパンパンと景気のいい銃声が聞こえてきた。
まだ俺達の居場所を把握すらしていないだろうに、こんな無駄撃ちをするようなヤツは一人しかいない。
「……古吉さんがいるのは向こうですね」
『弱い犬ほどよく吠えるとは、まさにこのことであるな』
『魔光も最初の頃は意味もなく……、試し撃ちとかしてた……』
『ええいっ、古い話を掘り起こすでない!』
「ケンカは試合の後に……。ええと、わたしが撃って引きつけますので、お二人は離れた場所に隠れてください」
俺がやんわり押しとどめて言うと、二人は各々『了解……』『うむ、心得た』と承諾の返事をしてくれた。
それぞれのキャラが周囲を警戒しながら移動し、適当な場所に身を潜めた。
俺は幹の裏に隠れて、改めて古吉のキャラの現在地を確認する。
ここからさほど距離は離れていなかった。案外、ヤツは勘はいいのかもしれない。
挨拶に一発ヤツへと撃ち込む。頭は狙わない。できないこともないが、目的に反する。
銃弾を受けた古吉は、こちらの潜伏場所に気付いて闇雲に駆けてくる。
「やはり攻勢一択ですか。その大和魂はあっぱれですが、しかし……」
ギリギリまで引きつけた後、再び俺は発砲する。銃弾は今度は的確にキャラの頭を撃ち抜いてダウン状態に追い込む。
「古吉さんの性格から推測するに、自身が復活できる状態であるとなれば、彼がチームメイトに求めることは……」
『エデン』側の席の様子をちらりと窺う。案の定、古吉がハルネとティナに対して何か喚いていた。
『ええいっ、チミ等早く助けにこんかッ!』
『え、だ、だけど……』
『今助けに行ったら、集中狙いされちゃうのだ』
『はぁああッ? チミ等はワシが倒されたままでいいというのかねッ? 本当、頭終わってんなクズが、マジで死ねよッ! 使えねぇ頭おかしいわなッ!? チミ達は一体何年このゲームやってるのかねッ!?』
『あ、あたし達は、間違ったことは言ってないのだ……』
『よく考えんかね、二対三より三体三の方が有利だわな!? ああぁッ、チミ等が助けに来ないからッ! ワシの体力が減ってきてるがねッ!? どうしてくれるのかねこれはあああああッ、クズクズクズ、クズッ、クズゥウウウウウウウウウウウッ!!』
『……助けに行こう、ティアラお姉さん』
『で、でもっ……』
『どんな環境下でも、最善のプレイをする……。それがプロゲーマー……だよ』
『……わかった、のだ……』