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四章 人は阿吽の呼吸こそ、真の絆の証だと思いたがる。言葉は薄っぺらいから その7

 『スピリッツ・リメイク』は基本は横スクロールアクションゲーム。

 今回のモードはカジュアルバトルのため、ゲームの一部システムはクローズされている。つまり勝敗を分けるのは、純粋な格ゲーの実力のみとなる。

 前後への移動、ジャンプ、各種攻撃という操作を行い、敵の体力を全て削り切ったプレイヤーの勝利になる。

 また強力なカットイン技を発動するのに必要なスピリッツゲージや、各キャラごとに用意された固有のアフェクト・コンボと呼ばれる要素も存在する。


「今日はですね、テセウス・ナーヴィスさんと一緒に戦っていきたいと思います」

 軽やかな身のこなしと豊富な技で相手を翻弄し、ヒット&アウェイで徐々に相手を追いつめていく。なかなかイヤらしい戦法を使えて面白い。

 キャラが可愛い女の子というのも推しポイントの一つである。

 とある王国のお姫様であり、線の細そうな見た目と死装束じみた漆黒のドレスによって一層儚さが際立っている。


「HARUさんが選ばれたのは、イスターリアさんですね」

 見た目こそ着飾った美しい女性だが、性能はそれとは裏腹だ。

 技の威力が軒並み高く、かつガードブレイクの技を持っていたり、つかみが成功しやすいなど、とにかく攻めに特化している。近距離戦に持ち込まれたら厄介だ。

 ステージは王城の庭に決まった。ギミックがまったくなく、構造もいたってシンプル。大会でもよく利用される、オーソドックスなステージだ。


『Round1・Start!』

 可愛らしい少女の声と共に開戦する。

 まずはイスターリアがダッシュで接近してくる。

「イスターリアさんのダッシュには攻撃判定と飛び道具無敵時間があって、ヒットすればコンボが繋がります。つまり絶対に躱さなくちゃなりません」


 瞬時にテセウスを跳躍させて、ダッシュを回避。直後に垂直に空中下攻撃。瀑布ばくふを伴うジ・エンド・オブ・ザ・キックを放つ。これはガードされるが狙い通りだ。

 そのままイスターリアの背後に急降下着地する。それもヤツの方を向いたまま、だ。

「『スピリッツ・リメイク』では通常、ジャンプしたら空中で前後の向きを変えることはできないんです。でもテセウスの空中下攻撃は一発でも当てることができれば、一度だけ任意で向きを変えることができます」

 そこまで話してから、俺は熱を込めて一気に言った。

「地味に思えるかもしれませんが、実はこれはすごいアドバンテージなんですよ。相手を飛び越し、無防備な背中側へ回ることができるんですから! 格ゲーは自分の望んだ技を好きなタイミングで当てることは難しいんです。相手は強力なコンボに繋がったり威力のある技は当然警戒しますし、対策してきます。その相手の拒否を読み切って自分の思い描いた展開に持ち込んでいくのが格ゲーの醍醐味だいごみなんですよね!!」


 俺は語りながら普通ならば当てられない、大ダメージを与えられるコンボ始動に繋がる技をテセウスに放たせる。

 だがイスターリアはダッシュよりも始動の早い横必殺技のメテオキックで前に跳んで、テセウスの攻撃を回避する。

「あー……。欲張らずに出の早い攻撃をしておくべきでしたね」

 また同じ状況を作るべく空中攻撃を仕掛けるが、今度は上強攻撃で防がれてしまった。

「やっぱり、二度同じ手は通用しませんね」


 そこからは格ゲーらしい技の応酬が行われた。

 俺が高速ジャンケンと呼んでいるものだ。

「格ゲーは主に打撃、つかみ、ガードの三つで構成されています。打撃はつかみに強く、つかみはガードに強く、ガードは打撃に強いんです」

 指は口よりも早く動き続け、テセウスを操る。彼女はまるでタップダンスを踊っているように激しくしかし軽やかにステージ上を駆け、イスターリアと拳や脚を交わす。

「それをお互いのプレイヤーがキャラのスピードに任せて、できるだけ打撃やつかみを多く出し、先に相手の体力を削り切ろうとします。ガードは相手にダメージを与えられないので、一見するとあまり効果的ではないですよね。でも強力な攻撃をガードすると相手に大きな隙を作ることができるんです。そこへコンボ始動技を叩きこめば形勢は逆転して、こちらのペースに持ち込むことができるんですよ。こんな風に」


 一本目はテセウスの翻弄が上手く決まり俺が勝利した。

 すぐに二戦目が始まる。

 ……攻撃が同時に防御となり、また防戦するのかと思わせておいていきなり突っ込んでくる攻防一体のプレイスタイル。あり得ないぐらい、彼女と酷似こくじしている。


 HARUはハルネだ。間違いない。

 となれば、お互いの戦法やクセはもうわかりきっている。格ゲーにおいて、運や奇襲はほとんどない。上級者ともなれば単純なミスは期待できない。純粋な読み合いの勝負だ。

 ……面白いっ。やっぱりハルネとの戦いは、最高だ!

 攻勢に出る度に全身がゾクゾクして、技を放たれる刹那にヒヤッとする。単純ながらも心がどこまでも浮き上がっていく感覚。いつまでもこの時間が、続けばいいのに。

 だが勝負というのは無情にも、終わりがやってくる。


 二本目はイスターリアの力押しによってこちらの動きが完全に封殺されて、ほぼノーダメージで敗北してしまった。

 コメント欄には『ありゃ……』『HARU強すぎ』『今のはしゃーない』といった嘆きや励ましの言葉などが並んだ。

「ううん……。今のはちょっと、情けない負け方でしたね」

 俺は軽く伸びをしながら、間を埋めるために格ゲーの解説をした。

「格ゲーがジャンケンと決定的に違うのが、リーチやフレームといった複合的な要素があることですね。その理解度によって、緻密な駆け引きが生まれるんです」


 改めて気合を入れ直し、コントローラーを手に取る。

「さあ、泣いても笑っても最後の3ラウンド目っ。張り切っていきましょう!」

『Round3・Start!』

「……え、えっ、うっそ!?」

 開始早々に相手からコンボ始動の技を食らってしまった。あっという間に体力ゲージを半分近くまで減らされてしまう。

 どうにか抜け出すことができたが、このままでは2ラウンド目の二の舞。何もできずに完敗してしまう。


 切り返すべく、賭けに出ることにした。

 俺はテセウスにジャンプからの空中前攻撃を連発させる。

「テセウスの空中前は、強力なコンボに繋がるうえに無敵時間もあるんですよ。リーチも見ての通り長めです。ただし大ぶりなためガードが容易く、無敵時間の長い技で返り討ちにされるリスクもあります」

 カチャカチャとコントローラーを鳴らしながら――無論、マイクに音が乗らないように対策はしてある――先を続ける。

「だけどイスターリアは防御に使える技が少なくて、択はガード程度しかないんですね。ダッシュで打ち勝てはしますが、頭上には無敵状態がなくてタイミングが狂えばこちらにターンが回ってしまいます。おそらく、迂闊に行えないでしょうね」

 テセウスの空中前、イスターリアのガード。これが何度も延々と繰り返される。まるで将棋やチェスにおける千日手のような状態だ。

 イスターリアはどうにか別の攻撃で膠着状態を打破しようとするも、テセウスは頑なにそれを許さず前空中を押し付ける。


 無論、ただ攻撃を繰り返しているわけではない。

 ガード後の相手の行動を予測し、どの程度間合いを取るか。

 近づきすぎず、離れすぎず。すぐに前空中を繰り出せて、かつ相手の攻撃が当たらない位置を予測し、素早く移動する。

 それから敵の攻撃を捌いてからの、先端当ての空中前だ。

 空中前は根元が当たると威力が増す分技後の硬直フレームも伸び、隙が生まれる。だから先端を掠らせるシビアな調整が必要だ。

 ミスすればその時点で反撃されて、最悪そのまま敗北。

 常に完璧な操作を求められる、苦しい時間が続く。

 しかもリズムゲームやシューティングゲームとは違い、パターンが固定化されているわけではない。ハルネという人間の気分次第でイスターリアの行動は変わる。

 そのランダム性に対応することを求められる。


 ハルネ自身もかなり神経を摩耗しているはずだ。

 空中前の処理を少しでも誤れば、有利な状況はたちまちひっくり返ってしまう。だから確実にガードしなければならない。

 しかしガードすることによって解除フレーム分の隙が生まれ、後退するテセウスに反撃はできない。

 きっと苛立ちが募っていることだろう。

 ハルネがこの状況を打破するために取れる行動は二つに一つ。ダッシュか、あるいは。

 俺は後者を選択するのを、ずっと待ち続けていた。つまり二者一択の賭けである。


 前空中も十回にもなろうという時、ハルネが希望通りの動きを見せた。

 テセウスがジャンプした直後に前進。いつもより密着した状態で前空中をガードすることで相手の攻撃を根元でヒットさせ、フレーム数を稼いで隙を生もうという魂胆だろう。

 だが相手が接近してきた分、間合いが狭まる。そのおかげでさっきまでヒットさせることができなかったもう一つの技が、こちらの択に増えた。

 そう。空中下攻撃の、ジ・エンド・オブ・ザ・キックだ。

 これをガードさせて、イスターリアの方を向いたままヤツの背後に着地させる。


 休まず超火力コンボの始動技を叩きこむ。

 さっきはメテオキックで躱されたが、今度はこちらの目論み通りに技が繋がっていく。直前までパターン化された操作を延々とさせられていたせいで、ハルネの思考が一時的にマヒしていたのだろう。

 このコンボはかなり複雑な操作を要求されるが、俺はミスらない。

 その程度のことは目をつぶってでもできなければ、全国100位以内に入るなど不可能なのだ。

 おまけにテセウスには相手から反撃を受けずに制限時間内に次の攻撃をヒットさせれば永遠にキャラの攻撃を上げてくれる、アフェクト・コンボが存在する。通常のコンボ中にそれを発動し、さらにテセウスを強化する。

 イスターリアの体力はみるみる減っていき、ゲージをミリのところまで削りきることができた。

 しかしコンボの切れ目、僅か一瞬の隙に抜け出されてしまった。

 急いでカットイン技で追撃しようと思ったが、暗転返しをされてしまった。逆に強力な攻撃を食らってしまう。

 テセウスの体力も残り僅かだ。


「……次の一撃が、勝負を決しますね」

 お互い、今まで以上に慎重に間合いを測る。

 リーチではテセウスが有利だ。しかしイスターリアにはガードブレイクや優秀なつかみ攻撃が存在する。

 条件はほぼ五分五分だ。

 緊張した空気の中、先に動いたのは俺の方だった。

 テセウスの最長リーチ攻撃、下強の足払いを繰り出す。

 対するイスターリアは奇襲攻撃のメテオキック。

 それに対応するため足払いからの派生技、マストキックで返り討ちを狙う。

 メテオキックは敵の上部を狙うジャンプ必殺技、マストキックは対空中用地上攻撃。


 普通ならこういう場合、攻撃はかち合って相殺されるはずだ。

 しかし運命のいたずらか。

 両者の攻撃はすれ違い、お互いの攻撃が同時にヒットした。

 直後、画面に『W.K.O.』の文字が表示された。

 結果画面には『DRAW』と表示される。

「……引き分け?」

 俺はほぼ素の状態で、そう呟いていた。

 今までこのゲームで数えきれないぐらい対戦してきた。だがこんな結果を目にしたのは初めてだった。

 俺とハルネはリザルト画面から退場せず、時間切れによって締め出された。


 画面がリングルームに変わり、ようやく我に返った。

 慌てて俺は流星に戻り、試合の感想を述べた。

「す、すごい白熱した試合でしたね。つい熱くなっちゃいましたよ」

 また和花達や視聴者に心配をかけるところだった。まったく、俺ってヤツは。

 自戒の念から内心でため息を零していると、ふいにスマホが震えだした。

 直感で俺はその先にいるだろう人物を察した。

 とっさに俺は「すみません、ちょっとお手洗い行ってきますね」と嘘を述べてマイクをミュートにし、席を立った。


 トイレの個室に着いてから、一度深呼吸して電話をかけ直した。

「もしもし?」

『……対戦ありがとう』

 予想通りの声だ。聞いた瞬間に、胸がぎゅっと締め付けられたような気がした。

 俺は意味もなく巫女服の白衣の襟を握り、絞り出したような声で言った。

「……やっぱり、ハルネだったんだな」

『それはハルネの言葉だよ。やっぱり、お兄さんだったんだね』

 鼻の奥がツンとした。視界が少しずつ霞んでくる。


「俺は兄者じゃないって言ってるだろ、ハルネ」

『兄者なんて呼んでないよ。……お兄さんだよ』

 鼻をすする音が聞こえた。

 電話越しでも俺は、ハルネが今どんな顔をしているのか頭の中にはっきりと描くことができた。落ちる雫をリアルに映すことも。

『……ねえ、どうして』

 ズキンと心臓が音を立てる。


 ハルネは震える声で訊いてきた。

『どうしてお兄さん……、ハルネ達以外の人とチームを組んでるの?』

 俺は薄くなった空気をどうにか吸いこむ。次に発した声は妙に掠れていた。

「……なんで、流星が俺だってわかったんだ?」

『わかるに決まってるよ。弛まぬ努力によって培った地力、戦場を制圧する計略を一瞬で構築する知力、その場の閃きで一瞬で戦況をひっくり返す爆発力。序盤、中盤、終盤全てにおいて、まったく隙のないプレイング。そんなことができる人が、お兄さん以外にいるわけない……!』

 ハルネの声は揺らいでいた。おそらく頬を伝っている幾筋もの涙によって。


『『エデン』のリーダーは、お兄さんが務めるべきだったんだ。そうすればきっと、大会で優勝できたんだよ……』

「いいや、それは違う」

 俺はきっぱりとした口調で否定し、幾分か声音を和らげて続けた。

「リーダーには、いつだって冷静さを保って物事を大局的に見る目が必要だ。俺はすぐに熱くなるから、向いてないよ」

 僅かに空いた間から、ハルネが大きくかぶりを振る気配を感じた。

『そんなの、嘘だよ。お兄さんは『コスモス』のリーダーとして、完璧にチームの指揮を取れてるもんっ……』

「それは……、メンバーの中にTPSのプレイスキルがあるのが俺だけだから……」


『……教えてよ』

 ハルネは固い声音で再び訊いてきた。

『どうして、ハルネ達以外の人と大会に参加してるの?』

「いやだって……。俺への挑戦状というか、決闘状のつもりで送ったんじゃないか?」

『……違うよ』

 彼女は深い闇の底に共にいるような調子で言った。

『ハルネ達は、お兄さんとまた……一緒に戦いたかったの』

 俺はしばらく思考を放棄し、ハルネの鼻を啜る音を聞いていた。

「……だけど、参加メンバーは三人までだろ?」

『ちゃんと参加規約読んでないの? 控えメンバーの登録は二人まで可能なんだよ』

「そりゃ、確かにそう書いてあったような気はするけど……」

『……ハルネ達はまだ、お兄さんとは仲間だと思ってたけど。お兄さんはもう違うんだ』

「違うっ、俺はまだ……」


『言い訳なんか、聞きたくないよ』

 喉が凍り付いてしまったように、俺は言葉を発することができなくなってしまう。

 ハルネは金属を思わせるような硬く冷たい声音で言った。

『決勝戦で会おう。徹底的に叩きのめしてあげるから』

 俺が何か言う前に、通話は一方的に切れた。

 正体不明の焦りに駆られて何度もハルネにかけ直したが、スマホは単調な音を鳴らすだけで二度とハルネに繋いでくれなかった。

 諦めてスマホの電源ボタンをのろのろした指で押した。

 暗くなった画面には、悲しそうな少女の顔が映っていた。

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