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四章 人は阿吽の呼吸こそ、真の絆の証だと思いたがる。言葉は薄っぺらいから その6

 悩みでもやもやを抱えていたとしても、生配信を休むわけにはいかない。

 幸い、『PONN』はプレイし慣れているから大会の疲れはない。

 和花とまな子が部屋から出ていってからすぐ、俺は支度を整えて配信を開始した。

「皆さん、こんにちは。咲本流星です。……あっ、お祝いのコメントがたくさんっ。ありがとうございます!」

 大会の準決勝の生配信を見てくれていた人達が、お祝いや感想、応援のコメントを打ってくれていた。『流星ちゃんすごくカッコよかったよ!』『決勝も頑張ってね!』『絶対に見に行くよ(*^▽^*)』

 他にもこの放送が終わったらアーカイブを見るよという人や、スペチャ――いわゆるお布施ふせ――をプレゼントしてくれる人もいた。

 自分を支えてくれる人が、こんなにもいる……。


 プロゲーマー時代にも、そういう人はいたのだろう。だけど俺は、ファンのことが目に見えていなかった。自分達のプレイングを磨くのに精いっぱいで……。

 まな子は双方向のコミュニケーションと言っていた。

 まさにその通りなのだろう。自分から目を向けるようにしなくちゃ、相手の言葉を受け取ることだってできない。特に温もりのある言葉は。

 なんだか涙腺が緩くなりだしそうだったけど、今は配信中だ。

 ぐっと堪えて進行していく。


「今日プレイしていくゲームは、こちら。『スピリッツ・リメイクR』。一作目のリメイクバージョンで、ネット通信に対応してるんです。今から専用部屋を作るので、対戦したい視聴者の方は入室してきてください」

 『視聴者参加型って、初めてじゃない?』『流星ちゃんと! 対戦できる!!』『この日のためにスピイク買ってきた!』

 スピイクというのは、言わずもがな『スピリッツ・リメイク』の略称だ。

 それはさて置き。今しがた流れたコメントの通り、今回が俺にとって初の視聴者参加型企画である。

 忘れていた心臓のバクバクが蘇る。

 負けたら流星のイメージが壊れるんじゃないか。圧倒しすぎたら、不快に思われないだろうか。

 だがそれより、もっと怖いのは。

 誰も来なかったら……、どうしよう?


 ……いやまあ、別に実際はそこまで怯えるものではないはずだ。単なる俺の誇大妄想に過ぎない。

 とはいえ順調に登録者や再生数が伸びてきているのに、悲痛な現実を見せつけられたら相当なダメージを受ける気がする……。思い上がっている時に鼻をへし折られるほど痛いことはない。

「ルームナンバーはこれです。パスワードは今から決めるので、ちょっと待っていてくださいね」


 パスワードは一から八桁けたの数字やアルファベットの組み合わせで作れる。

 別になんでもいいのだが、こういうところで俺は毎回少し悩んでしまう。

 洒落っ気というのだろうか。何かしら意味を持ったものにしたいと思ってしまう。

 とはいえ、個人情報にかかわるものにはできないし……。

 ふと頭に閃くものがあった。

 その四桁の数字を打っていく。


 0707


 ちょうど七夕の日だが、俺にとってはもっと大事な、忘れられない日付だ。

 七月七日。

 その日、俺は初めてハルネと神楽夜と出会い、『エデン』を結成したのだ。

 俺はパスワードを入力し、視聴者に向かって言った。

「それじゃあ、パスワードを発表します」


 前置きして、数字を読み上げようとした時だった。

 ゲーム画面の待機場所に突如として、アイコンが表示された。

 コメント欄は『ハッカーキター』『サイキッカーじゃね?』『なんでわかるんだW』とその人物を褒めるような、あるいはいじるような文面が並ぶ。

 つまりソイツは俺が決めたパスワードを発表する前に打ち込んで、待機場所に入ってきたのだ。

 0707なんて別にセキュリティ性の高いパスワードでもない。

 普段の俺なら『わー、すごいですね。なんでわかったんですか?』と反応していた。

 けれども今は平常心がすっかり失われていた。

 HARUの名を見たせいで……。

 『エデン』結成日と同じ数字で決めたパスワード。

 アイツ(・・・)がプライベートで使ってたのと、まったく同じプレイヤー・ネーム。




 つうっと、背筋を冷たい汗が流れた。正常な呼吸の仕方が身体から失われていく。

 ……なんでバレた?

 わかるはずないだろ第一ムートゥーブには毎分五百時間を優に超える動画が世界中から投稿され続けているんだぞゲーム実況者だけでも一日でとんでもない本数が投稿されてるその膨大な動画の中から俺のことをたまたま見つけられるかいやまあ『PONN』を中心にアップロードしているから気付かれたのかもしれないか一応は納得できるがだとしてもだ新人女性ゲーム実況者でまかり通ってるヤツの正体が普通知り合いの男だってなぜ感づく偶然そんななわけがないアイツはきっと確信して乗り込んできたのだ俺と対戦するためにだがなぜ相手が流星でなければならない普段の俺と音信不通ってわけじゃないのに動機が理解できないもしかしたら『スピリッツ・リメイク』で対戦して流星の正体が生流だって特定するつもりなのか比較的アクションがパターン化しやすい格ゲーならばプレイ動画を比較してもっともらしい理由をつけて客観的な視点で証明できなくはないかでもアイツは他人の不利益になるってわかっているにも関わらずネットに情報をリークして喜ぶ幼稚なヤツじゃないただプロゲーマーを辞めて女装ゲーム実況者をやってたらなんで道楽気分で浮かれてんだってキレて凸りにきてもおかしくないかもまさか今頃激怒してて理性なんか冥王星の先までぶっ飛んでて無敵の人になってるんじゃないだろうなその状態なら正常な判断能力なんて失われてるだろうし理屈なんて通じないぞ俺だけならどうなったっていいでも流星の正体がバレたら和花やまな子にも辛い思いをさせることになるそんなバカなことってないッどうする今から電話かけて謝り倒すかそれでダメなら直接顔合わせて額の皮が擦りむけるまで地面に擦りつけてでも許しを請おうたとえ我を忘れていたとしても本来のアイツは温厚な気質なんだしだきっと落ち着いて話を聞いてくれるはずだでもキレたアイツなんて今まで見たことないぞ滅多に怒らないヤツほど怒らせた時には手が付けられないって言うしだとしたら凸りに来る前にもう拡散させてしまってるんじゃないかじゃあもう手   のか俺がまだ気  てないだけでネ     っくに流   体が実   デ

    属してい     マーのア   したって広まっ   てる     名がカ

  グアウ       ゃないか   談じゃねえ    こと      ィナの人

生まで   れる      ゃないかいやまさかそん      いに決ま

    幼いっ   ても下     んかよ   っぽど常         ていい

   い間    緒に過ごして同じ      て互いに     て背中を預けて戦

ってき    もんなたと   離れてい     絆はそう簡単に       ゃち

なものじゃ   も俺って裏    ていうか悪者だ   情を   に語れ

    え俺は『エデ    んなの怒     枚叩     しまった

   ズイマズ     ズイ失    敗した失敗             た失敗

した           た失敗した失    罪の余地なん    っとない一度で

きた心を分   はそう簡             水は盆    い布地にで

 クの染みは   なく  ってい      ョウ炎上    人事だ     のに







 あらゆる思いが言葉となって浮かぶなり、バックスペースキーが乱打されたかのように掻き消えていく。後にはスペースキーによってできたような空白が残る。

 宇宙空間から地球を見ているような既視感的な幻想を最後に、頭の中が空っぽになって白く染まっていく。

 空気が薄くなるほどの高所にいるかのようなぼんやりとした意識に、スマホの着信音が突如として飛び込んできた。

 俺は目覚まし時計の音を聞いたように、慌ててそれを手に取って電源ボタンを押した。

 画面には和花とまな子からSNSにメッセージが届いていた。


『和花:大丈夫? 具合悪かったら、休んだ方がいいよ』

『冥王魔光:配信中に呆けるでないッ! そんな無様ぶざまな姿を晒していては、眷属に示しがつかぬぞッ!!』


 二人の言葉に、俺はようやっと落ち着きを取り戻した。

 そうだ、今は配信中なのだ。

 気が緩みすぎていた。スマホをマナーモードにしていなかったのが、何よりの証拠だ。

 俺はスマホの設定を行いつつ、画面に意識を戻した。


 コメント欄には『放送事故?』『流星ちゃん起きてる?』『やっぱり大会の疲れが残ってるのかな?』と、俺を心配してくれている言葉が流れていた。

 俺はスマホを置き、努めて笑顔を浮かべて言った。

「すみません、ちょっとぼーっとしちゃって。えっと、お待たせしちゃってごめんなさいHARUさん。対戦、始めましょうか」


 いくら考えたって仕方ない。戦ってみればわかる。

 HARUが、ハルネなのかどうか。

 なにせ。

「これはわたしの、思い出のゲームなんです」

 そう。『スピリッツ・リメイク』はハルネと何度もプレイし、対戦を重ねた。彼女と俺を結ぶ、絆の証とさえ言えるゲームだ。

「……だから。いつも以上に、全力で行かせてもらいます」

 俺は呼吸を整え、頭をクリアにしていく。

 ハルネと対戦するからというだけではない。

 今の俺は生流ではあるが、流星でもある。

 その状態で実況しながらゲームをプレイする。

 あまりにも難度が高くて、一度まな子に相談したことがある。




『ならば暗示でもかければよい』

『暗示って……催眠術か?』

『うむ。自己暗示をかけるのだ。今の己は流星であると』

『いや、そんな専門家じゃないんだから……』


『高等な魔術をもちいよとは言っておらぬ。ただのおまじないでも構わぬから、何か自信を奮い立たせる呪文を決めて、ことに臨む前に唱えればよい』

『呪文って、たとえば?』

『いかような言の葉でも構わぬ。好きに決めればよかろう』


『って、言われてもな……』

『思いつかぬというなら、我が考えてやってもよいぞ?』

『まな子に任せると、中二感満載になりそうな気がするんだが……』

『なんだとうっ!』

『す、すまんすまん。いやまあ、まな子のセンスも嫌いじゃないけどな……』

「ふん。普段の我が言の葉が装飾過多だと申すなら、幾分か質素にしてやってもよい』

『……まあ、多少不安だが。お願いできるか?』

『ククク、盟友の頼みだ。クイーン・アンズ・リベンジに乗ったつもりで待っておれ』




 かくしてできた、おまじない。

 まな子の考えてくれた呪文を、俺は高らかに唱える。

「――今こそ映世うつしよを舞う時」

 声に出して宣言する――勝利を?

 いや、違う。

 俺は元プロゲーマーの生流じゃない。

 咲本流星にとってのゲームとは。

「わたしのプレイング、おせします」

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