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四章 人は阿吽の呼吸こそ、真の絆の証だと思いたがる。言葉は薄っぺらいから その5

 準決勝も難なく勝ち上がることができた。

 プロが参加する大会と比べればまるで歯応えがなく、試合の内容も俺からしたら味気ないものだった。

 ただ、コメントは荒れていた。

『大会舐めすぎだろ魔光』『やる気あんの?』『プレイは下手だわチームの足は引っ張るわ魔光いい加減にしろよ』

 正直、実力自体は和花とどっこいどっこいだ。

 問題は別のところにある。


「なあ、まな子。頼むから、ジョークグッズを試合に持ち込むのはやめてくれないか?」

 俺は痛む頭を押さえながら言った。

「何を言う。我の死に際には彩りがなければならぬ」

 まな子の言葉通り、彼女のキャラが死んだ瞬間に非難の嵐が吹き荒れ始めた。

「まな子のキャラ……、キルされた時に音楽……、流れた……?」

「フォノグラフっていう持ち込みが可能なアイテムだ。所持しているとキルされた瞬間に登録していた音楽を流せる効果がある。登録できる音楽は、許諾が取れてるものに限られるけどな」

「……あまり意味、……ない?」

「意味がないどころか、仲間が周囲の音を聞き取りづらくなる。デメリットしかないから大会とかだと、冷やかし目的のヤツしか持ち込まないんだが……」


 冷ややかな目を向けるも、まな子は尊大にふんぞり返っていた。

「我は冥王であるぞ。命を落とす時は、鎮魂歌の一つでも流さねば格好つかぬであろう」

「だからって、ロック音楽をガンガン流すヤツがいるかッ! 立つ鳥が跡を濁しまくってどうするッ!?」

「高貴なる我を鳥風情と一緒にするでない」

「あのなあ……」


「まな子……」

 俺とまな子の間に割って入った和花が、彼女を見やって言った。

 予期せぬタイミングで口を開いた和花に虚を突かれたか、まな子は軽く目を見開いた。

「な、なんであろうか」

「決勝では……、やめて……?」

「し、しかし……」

「……お願い」

「……う、うむ。心得た」

 和花に押し切られ、うなずかされるまな子。

 別段、彼女は怒っているわけでもなく、いつも通りの無表情である。

 だが和花の淡々とした物言いは、漂う無機質な雰囲気も相まって迫られると否とは言えない謎の強引さがあった。

 まな子の自省も促せて、俺はやっと一息つくことができた。




 軽く大会の振り返りを済ませた後、俺は自身に送られたコメントを振り返っていた。

『今日の巫女服姿も可愛い!』『決勝進出おめでとう!』『流星ちゃん強くてかわいいとか、マジメ神』

「最近、マジメ神の名がネット上で流行りだしておるらしいぞ」

 背後から画面を覗き込んできたまな子が話しかけてきた。

 振り返りつつ俺は訊いた。

「なんだ、マジメ神って?」

「マジで女神、しかも真面目にゲームをプレイして強いからマジメ神、とのことだ」

「シャレか」

「ククク、何を言う。そなたの二つ名であろう」

 急に体中がむず痒くなるような感覚に襲われる。


「……いずれにせよ、気恥ずかしくて仕方ないんだが」

「だがちまたで名が通り始めたというのは、実況者としてよい兆候であろう。盟友はこれから別の配信をやるのであったな?」

「ああ」

「ならば、マジメ神とコメント欄に出てきたら触れてやるがいい。きっと眷属達も喜ぶであろう」

「そういうものか……?」

「うむ。特に配信の場は、双方向のコミュニケーションを重視するべきである。そなたはもう少し、眷属の言の葉に耳を傾けてやった方がいいぞ」

「……かなり小っ恥ずかしいが、わかったよ」


 まな子は満足そうにうなずいた後、難しい顔になって和花の方を見やった。

 彼女は今日も、心なしか憂鬱ゆううつそうな顔でスクリーンを凝視していた。

「なあ。まな子って、有名な実況者なんだろ?」

「魔の方と法が成す陣によって構築されし迷宮の世界では、そこそこ名は知れているな。よくも悪くも」

「だったらそのお零れ的な影響か何かで、和花が人気になったりしないのか? 虎の威を借りる狐じゃないけどさ」

「それはないであろう」

 きっぱりとまな子は言い切った。

 予想に反した断言に俺は言葉を失い、しばし口を僅かに開いたまま硬直していた。


 まな子は紅い片目で俺を見やって告げてきた。

「我の恩恵を受けているのは、他でもない盟友だ」

「俺……が?」

 嘲笑的な音を鼻で鳴らし、彼女は言った。

「三十六時間。この砂塵によってもたらされる魔の数字が何を意味するか、わかるか?」

 中間部分をばっさり切り捨てて、俺は考えた。

「ちょうど一日とその半分になるが」

「残念であるが、それは我の意図した答えではない。三十六時間というのは、日本国民が一週間に自由にできる時の目安である」

「……そうなのか?」

「平日は四時間。休日は八時間。それが民が自由にできる時の平均であるそうだ」

「思ったより多いような、少ないような……」

「無論、平均であるから個々によって変動はあろう。だがものを考えるうえで杓子として利用するには問題あるまい」


「その三十六時間が、どうしたんだ?」

「わからぬか? 我々が作った動画、また配信は基本的にその三十六時間の中で観賞されるのだ」

「……毎日、一時間の配信をして、十五分の動画を投稿しても余裕ありそうだな」

「そなたは大事なことを失念しておる。動画界には我々以外にも、投稿者や配信者は緑が失われし大地の砂塵ほどおる。それに眷属には、他にも嗜んでいるものがあろう。なにせゲーム実況を視に来ているのだぞ?」

「……なるほどな。ゲーム実況が好きってことは、つまりゲームが好き。だから自分でもゲームをプレイしてるってことだろ?」

「そうでなければ困る。我等はゲームを宣伝すべく、動画を投稿したり配信しているのだからな」


 沈黙の間が生まれた。

 俺は荒野の真ん中で自身が歩いてきた道のりを確かめるように、話の流れを振り返って足取りを辿った。全ては思考の海に沈み、やがて一つの結論が水平線から曙光が放たれるがごとく導き出される。

「……まな子。これってまさか、椅子取りゲームなのか?」

「うむ。時間は有限である。三十六時間の中で、いかにして自身の動画や生配信を見てもらうか。選んでもらうか……」

 一拍の間を置き、まな子は一際真剣なる声音で言った。

「我々実況者や配信者は常に、時の大地をより多く占領すべく相争っているのである」

 荒波に打たれたような衝撃が俺を襲った。全身が冷え込み、少しの間耳鳴り特有の甲高い音さえ聞こえてきそうだった。


「……ゲーム実況者なんて、適当に撮った動画を上げてるだけだと思った」

「一本や二本、遊びで投稿するだけならそれでもよかろう。だが動画や配信業だけで食べていこうというなら、半端な出来では眷属に見限られてしまう。一度軍を去った眷属は、そう簡単には戻ってこない。こちらからは基本的に何もできぬ。それを何度も繰り返している内に国は廃れていき、しまいには亡びる」

落葉松からまつの鳥の鳴き声を聞いて、息絶えるってことか」

「なんだ、それは?」

郭公かっこうの声を聞いて息絶える、の方が語感がいいか」

「……まあ、なんでもよい」


 まな子はやや強めに鼻を鳴らして言った。

「ともかく。中途半端な動画を上げるのは命取りになる、ということだ」

「だけど俺も和花も、一生懸命に動画を作ってるのは同じだ。なのになんで、人気に差が出るんだ?」

「自分では考えてみたか?」

「……俺の方が、プレイングスキルがあるからか?」

 自分なりに出した答えを言ってみると、まな子は「うむ」とうなずいた。

「爽快感を味わうのが嫌いな者は、そうおらぬ。卓越したプレイングはそれだけで人気に火がつく要因になりうる。我とコラボした際には、さぞ眷属を魅了したことであろう」

「だけど和花だって、要所要所ではファインプレーをしてる」


 俺はちらと和花の方を見やった。

 彼女も自分の話をされていることに気付き、こちらの話に耳を傾けているようだった。

 まな子は心持ち和花の方へも視線を送りながら言った。

「伸び悩んでいるもう一つの要因は、トークスキルの方であろう」

「やっぱりわたしの話し方……、よくない……?」

「声質はよいが、やや話し方のテンポが緩やか過ぎるきらいがあるな」

「だけどそれは和花の個性だろ?」

「我とて、和花嬢の話しぶりは嫌いではない。むしろ好ましくさえ思っておる。であるがそれが人気に結び付いていないのは事実であろう?」

 和花はきゅっと唇を噛んだ。彼女は今きっと苦しんでいるのだろう。自分という存在が否定されたその辛さ、怒りは俺もわかる。その胸中の痛みも、きっと想像に難くない。


「とっつきやすさというのは、人気を集める商売においては何よりも大事なのだ。それを軽んずる者に成長はない」

「とっつきやすさって、具体的にはどうすればいいんだ?」

「手っ取り早いものであれば、人気作をプレイするとかであるな。最新作であれば関心も持たれやすく、一石二鳥であろう」

「でも……、今は『PONN』の練習しないと……」

「『PONN』は紅き血に染まりし大海であるからな……」

「紅き……?」

「レッドオーシャンって言いたいんだろう」

「なるほど……」


「合間に人気作の動画を投稿したり配信するのも、一つの手であろうが……。新人ならば廃人と呼ばれるぐらいにやり込むか、誰もが目を留めるようなフックになる強烈なネタがなければ、人を集めるのは難しかろう」

「そんなの……、すぐには思いつかない……」

 和花は背中を丸め、呟き声で言った。


 俺はふと思いついて訊いた。

「もしも俺達が優勝したら、少しは和花のファンも増えるんじゃないか?」

 まな子は首を傾げて、少しの間沈黙した。

 俺と和花は彼女をじっと見やりながら、次の言葉を待つ。

 やがて固く結ばれていた唇が、ゆっくりと開く。

「……大会の注目度にもよるが、多少状況は改善されるであろう」

 顔を上げた和花が、伏せ気味だった目を開き言った。

「じゃあ……。今より、『PONN』が上手くなれば……」


 まな子は少し悩むように、口を何度か開閉させた後に答えた。

「我はゲーム実況者としての立場で言わせてもらうが……。そなたにはTPSより、もっと肌に合うゲームがあると思うぞ」

「えっ……?」

 和花は開いた目を瞬きすらさせずにそのまま、己が師匠に向け続けていた。

 まな子は若干の後悔を表情に滲ませつつも和花に告げた。

「そなたのあの驚異的な記憶力は状況が千変万化するTPSより、試合の流れがある程度読みやすい一対一の戦いでこそ、猛威を振るうと思うのだが……」


 和花は黙りこくったまま微動だにしない。いきなりの言葉に戸惑っているのだろう。

 代わりに俺がまな子に続きを促した。

「というと、たとえば?」

「対戦格闘ゲームであれば、ゲームシステム、キャラ性能、対戦相手を研究し尽くせば最善手というのは見えてくるであろう。それにいかに柔軟な思考が売りの相手であっても、必ずクセというものは存在する。その全てを完璧に暗記さえすれば、和花嬢ならば人並み以上の成果が出せるのではないか?」

「でもあれ、超人的な反射神経も必要だろ?」

「まだ十歳であろう? 訓練次第でいくらでも伸びしろがあろう。それに反射神経を要するのはTPSとて同じではないか」

「まあ、確かにな」


「より緩やかに盤面が進むゲームならリアル・タイム・ストラテジーがある。ターン制のカードゲームならば運が絡みはするが、テクニックより戦略性が重視される。eスポーツの世界では和花嬢の記憶力がもっとも通用する場であろう」

 まな子の話は筋が通っていて、まったくその通りだと思わされた。もしもそれが単なる一般論なら、完全に納得していただろう。

 和花の瞳は惑いに揺れていた。


 静寂の中、彼女は人知れずにしんしんと降り積もる雪のような声音で語りだした。

「わたしはずっと……、たった一人のことだけを見ていたから……。まだ……、本当に自分がやりたいことは……、わかっていないと思う……」

 急速に覚える、頬の温もり。今はそれが喜びの証なのだろうと、素直に受け入れることができた。

 和花の瞳がぴたっと視点を定める。彼女は僅かに声量を上げて言った。

「だから今は自分の……、楽しいっていう思いに従ってみたいと思うの……」

「それが『PONN』であると?」

「うん……」

 まな子は顎を撫でつつ、ちらりとこちらを見やって言った。

「……その“たった一人”に憧憬どうけいの念を抱いているだけではないか?」

 なぜか俺の心臓がドキッと跳ね上がった。さっきは平気だったはずなのに……。


 和花はまな子を真っ直ぐに見据えたまま、芯の通った声音で言った。

「だとしても……。わたしのやりたいことは……、変わらないから……」

「……うむ、わかった」

 まな子はふっと相好を崩し、軽く吐息を漏らした。

「和花嬢よ。そなたの時間はそなたの人生だ、好きに使うがいい」

「うん……。精一杯……、頑張る……」

 和花は鉄棒を逆手で握るように握り拳をぎゅっと作り、決意を表すように重々しくうなずいた。

 俺は自分の顔が自然とほころんでいくのがわかった。


「さて。そうなると決勝戦、心血を注がねばならぬな」

「そういえば、Bブロックもそろそろ決着か?」

「うむ。決勝ぐらいは、対戦相手を確認しておくか」

「……あれ。生流達……、今まで対戦相手……、確認してなかったの……?」

「うむ。たとえ相手が誰であろうとも、盟友の敵ではないと思っていたからな」

「今更、国内大会で俺がおくれを取るわけないしな」

「油断大敵……。生流なら……、知ってるはず……」

「油断してたわけじゃない。この大会で優勝の障害になるだろう唯一の相手は、もう目星がついてる。……いや、アイツ等しかいないはずだ」

「ククク。実は我も一度、手合わせしたいと思っていたのだ。なにせヤツ等は間違いなくこの日本で最強の……否、二番目の猛者であるからな」

「……うん。わたしも……、あの人達が……勝ちあがってくると思う……」


 スマホを取り出し見やったまな子が、「ククク」と心底愉快そうに笑いを漏らした。

「やはり、やはりな! 我等と杯を賭けて覇を争うのは、そなた等だと思っていたぞ」

「……じゃあ、決勝戦の相手は?」

 俺が震える声で問いかけると、彼女はスマホの画面をビシッと突きつけてきて言った。

「決まっておろう、此奴等であるッ!」


 画面には『Bブロック突破チーム:『エデン』』と書かれていた。

 参加選手の欄には無論のこと、ハルネ、ティナ、神楽夜の名前が書かれている。

「……はは、はははッ! そうだよな、こうなるよな! ハルネから送られてきた画像を見た時から、こうなるってわかってたぜ……!!」

「さしずめそれは、招待状であったのだろうな。この大舞台の……!」

「絶対に負けない……いやっ、勝ちに行くッ! プロだとか実況者だとか関係ないッ! ゲーマーとして、戦士としてっ、全力でぶっ倒しに行くぞッ!!」

「うむっ! 盟友よ、戦友ともとして我が力、今一度そなたに貸し与えようッ!」

「ああ、頼りにしてるぞッ!」

 俺達はガッチリと手を取り合った。互いの闘志が拳を介して結びつき合い、より激しく熱く、天をも焦がす勢いで燃え上がらせた。


「……生流とまな子が、仲いい理由……、わかった気がする……」

「ん、そうか?」

 和花はこくりとうなずき、それからささやかな笑声を漏らして言った。

「……生流、普段と……変わりすぎ」

「あ、ああ、すまない。暑苦しいの、苦手だったか?」

「ううん……。あまり慣れてないけど……、でも……、そんな生流もわたしは……」

 何か言いかけた言葉を和花は寸前で飲み込み、ふるふるとかぶりを振って言った。

「……ううん、……なんでもない」

「な、なんだよ。そんな言い方されたら、気になるだろうが」

「今は……、いいの……」

「今はって……」

「……優勝したら、……その時にもう一度、言うわ……」


「むっ……。そなた、もしや……」

 何かを勘づいたらしいまな子が、眉根を寄せて和花を見やった。

 彼女は小首を傾げて、まな子に問いかけた。

「何かしら……?」

「む、むむ……」


 苦悶の表情っぽいのを顔に浮かべていたまな子はしばし唸った後、俺の方を見やってぼそぼそとした声で言ってきた。

「め、盟友よ。我もその、優勝したら……、そなたに伝えたいことがあるのだが」

「まな子もか。それってやっぱり、今は言えないのか?」

「こ、こういうのはタイミングと雰囲気というものがあってだな……」

「まな子も、そういうのを気にする時があるんだな」

 たちまち赤面し、まな子は興奮した犬みたいに吠え立ててきた。

「なっ、なんだその言い草は!? まるで我がいつも場の空気を読んでいないみたいではないかッ!!」

「うんまあ、おおむね間違いじゃないと思うぞ」

「むぅううッ! 西洋風の館で巫女服を着てるそなたには、言われたくないぞッ!!」

「俺は渡された服を着ただけなんだが……」


「……ねえ、……生流」

 和花がじっと俺、というより着ている巫女服を見やって言った。

「ふと……、思ったんだけど……」

「ん、なんだ?」

流星あなた生流あなただって……、『エデン』の人はわかるの……?」

「あなたがあなた……? それってどういう――あっ」

 俺は自身の巫女服をもう一度見やって気付いた。


「そうだった……。今の俺って、生流じゃなくて流星……」

「ふむ。つまり向こうは、どこの誰とも知らぬ女子二人と、冥王である我と戦うと思っているわけか」

「ただのゲーム実況者の三人組って……、思われてそう……」

「そ、そんな……。せっかく決勝戦で、本気の勝負ができるって思ったのに」

 やるせなさから思わず、大きめのため息を吐いていた。

「……『エデン』の人に、……流星の正体を教えてあげることはできないの?」

「いやだって、ティナがどう思うか……」

「では、正体を明かさぬまま対戦するのか?」

「それは……、でも、だけど、ううぅっ……」

 頭を抱えて悩むも、結論は一向に出ない。


 ふいにふわっと、包み込まれる感覚。

 優しい手つきで撫でられ、頭上から和花の花弁が舞うような声が聞こえてきた。

「まだ時間あるし……、ゆっくり考えよう……?」

「ああ、ありがとう……」

 生まれてかつて感じたことのない安堵感に、胸の奥から温もりに包まれた。

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