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四章 人は阿吽の呼吸こそ、真の絆の証だと思いたがる。言葉は薄っぺらいから その3

 二次予選もいよいよ終盤。

 残る相手は一チーム、それも一人だけだ。

『……見つけた』

 ボイスチャットから、和花の声が聞こえた。

 彼女が送ってきたドローン――無論、ゲーム内のアイテムである――の映像に、相手の姿が映る。

「ありがとうございます、のど……スコアさん。最後のお相手は、あそこにある岩の裏に隠れていらっしゃるんですね」

 流星の口調で俺は和花に返した。予選や準決勝は遅延設定を三百秒入れる――遅延設定のことをディレイと呼んだりする――ことで配信を許可されている。

 そのルールにのっとって配信しているため俺はわざわざ女装して、ボイスチャットの時も流星として話す義務が課せられることになった。

 ただ、『流星ちゃんすっごい可愛い!』とか、『りゅう様マジ天使』みたいなコメントを見ると嬉しくなってしまうのだが……。


 では和花はというと、彼女はなぜか栗鼠りすのお面をつけていた。どこで見つけてきたのか知らないが、神楽や能楽に使われている狐面に似たデザインだ。

 実況や配信時はスコアと名乗っている。正式名称はスコアットロ。イタリア語で栗鼠のことをそう呼ぶらしい。名前だけでゲーム実況をしているとわかりやすいのも、決め手の一つだそうだ。

 俺としては、もう少し可愛くてとっつきやすい方がいいと思うのだが……。


 まな子がふと『むむ……?』といぶかしそうな声を上げて言った。

『あやつ、ドローンを破壊せぬな。気付いておらぬのか?』

「破壊する意味がないのでしょう。相手はもう残りのチームが自分とわたし達しかいないとわかってらっしゃいます。ドローンに見つかった時点で、唯一の敵に居場所がバレたも同然。ステージも範囲縮小で僅かしかない今、逃げることもできません」

『破壊しても……、弾の無駄……?』

「そういうことです。それにしてもスコアさん、ドローンの操作お上手ですね?」

『現実と……、あまり変わらないから……』

「ここまで楽に来ることができたのは、今回のシーズンの新アイテムをスコアさんが使いこなせてるのも大きいでしょうね」

『褒めて遣わそう。だがスコア嬢よ、撃ち合いは我の方が一枚上手だぞ』


 長い間が空いた。和花が答えあぐねているのを察して、代わりに俺が言った。

「魔光さん、一発目のエイムはいいですよね。一発目は」

『なんだか棘のある言い方であるな……』

「撃ち合いはそこまででもありませんからね」

『我は大器晩成なのだ。今しばらく成長を待たれよ』

「はいはい。それじゃあ今回は、グレネードでおびき出す役目をお願いします」

『ククク、心得た。我の華麗な投擲をご覧に入れよう』

「……頼むから、ピンはちゃんと抜いてくださいね。じゃないと爆発しませんから」

『安心して任されよ。我は失敗の母より成功を生み出す術を会得えとくしておる』

 言ってることが冥王じゃなくて手下っぽい気がするが……、なんて口にしたら不機嫌になりそうだし、やめておくか。


 そんなことを思案している間に、まな子のキャラが岩に向かってグレネードを投げた。

 それはきれいな放物線を描き、岩の向こうまで届く。

 慌てて敵が飛び出してきた直後、グレネードが爆発した。逃げ出すのが早かったせいで爆発範囲には入っていない。まったくダメージは与えられていないだろう。

 だがそれこそが、こちらの狙い。最悪、その目的が達されればグレネードが爆発しなくても構わないのだが……まあ、それをわざわざまな子に言う必要もないだろう。

 俺は自分のキャラをリーンさせて木の幹から顔を出させて、『死神のシャイ』で敵にヘッドショットを決めた。超威力の弾丸は一撃で相手をほうむり去る。

 PCのスクリーンに、俺達のチーム『コスモス』が一位になったというリザルト画面が表示される。

『勝った……! 勝った……!』


「やりましたね!」

『ククク、当然の勝利である』

 コメント欄は『一位通過おめでとう!』『マジでスゴイ!』『流星ちゃん超上手い!』といったお祝いや『魔光もうちょっと頑張れ』『エイムガバガバ』『ちゃんと試射場潜れ』などのお達しが速い速度で流れていった。

「では皆さん、また別の配信や動画でお会いしましょう」

『次なる宴まで、震えて眠るがいい』

『……じゃあね』


 配信が終わり、やっと俺達は解放感に浸ることができた。

「はぁ、……疲れた」

「ククク。なかなか流星嬢でいることも板についてきたではないか?」

「まさか……。こっちはいつ化けの皮の内側を見抜かれるか、気が気じゃないんだぞ」

 まな子は顎を撫で、軽く眉根を寄せて言った。

「確かに今回も、和花嬢のことを本名で呼びかけていたな。身バレはタブー中のタブーである。十分に注意せよ」

「わかってはいるんだけどな……」


「それと和花嬢よ、最低限の受け答えはしっかりと……」

 まな子の声が途中でフェードアウトするように小さくなっていく。

 俺もなんだろうと、和花の方を見やる。

 彼女は外したお面を脇に置き、パソコンのスクリーンに釘付けになっていた。

「どうしたんだ?」

 俺が声をかけるとようやく我に返ったようで、こちらを見やってきた。

「何か気になることでもあったのか?」

「わたしへの……、コメントだけ少ない……」

「え、そうか?」


 三人のコメントが見れるようデュアルスクリーンで配信していたが、試合中はゲーム画面と自分のコメントを見るだけで、他の二人のコメント欄はまったく見ていなかった。

 確認してみると、和花のコメントだけは異様に少なかった。

「そもそも、登録者数がそこまでおらぬな」

「……うん」

「投稿してる動画数は俺の流星チャンネルと、そんなに変わらないのにな」

 訝しんでいると、まな子がゆっくりと脚を組んで言った。

「これがムートゥーブの現実である。勝者と敗者。動画界には、その二者が存在する」

「……別に和花は負けたわけじゃないだろ?」

「うむ。泥を啜って這いずってでも前に進む覚悟があれば、いずれ希望の光を見出す時が来るやもしれぬな」


「どうしてわたしは……、皆に見てもらえないの……?」

 俺はかける言葉を思いつかず、まな子を見やった。

 彼女は腕を組んで目線を彷徨わせながら、和花に言った。

「……まあ、今時仮面をつけて実況するスタンスは受け入れられ難いであろう。何か人気のキャラクターになりきるならばともかく、ただの栗鼠ではな」

「栗鼠……、可愛いのに……」

「それにそなたの、あまり高くないテンションも要因の一つとなっているのやもしれぬ。ゲーム実況というのは元気をもらうために見に来ているのだからな」

「でもお前だって、生配信はぐで~……って感じでやってるだろ?」

「それはニヨ生での話であろう。ムートゥーブではハイテンションでやるようにしとる」

「元気にやるべき……、っていうこと……?」


「一概にそうは言えぬがな。あと、さっきの生放送中でのことだが。我が話を振った時にそなた、受け答えができなかったであろう?」

「……『褒めて遣わそう。だがスコア嬢よ、撃ち合いは我の方が一枚上手だぞ』って言った時のこと……?」

「う、うむ。よく一言一句覚えとったな」

 目を見開き、息を飲むまな子。

 和花は首を傾げながら瞬きを繰り返し、「ありが……とう?」と言った。


 呆気に取られていたまな子は少しして我に返り、威厳を意識したような声音で彼女へ忠告をした。

「話を振られたら、可能な限りすみやかに返答する。実況動画や配信はテンポ感も重視せねばならぬのだ。次からは気を付けるように」

「だけどあの物言いだと微妙にマウント取りに来てるみたいで、和花には少し返しにくくないか?」

「ゲームとは基本的に他者と競うものである。我はベテランゆえ、やめよと言われればそれを抜きに配信することもできなくはないが、他の者とコラボする機会があったらそうはいかぬぞ? 第一、盟友とて我に上から目線の言の葉をかけてきたであろう?」

「うっ……」

 ゲームをプレイしている最中――特に自分が優位になった瞬間、相手より上手いという高揚感からつい口でもやり込めたくなってしまうものである。


「和花嬢は記憶力がよさそうであるしな。この機会に複数人のゲーム実況を視て、会話のパターンを勉強するのもよいかもしれぬ」

「……いや。大会中なんだし、『PONN』の練習もしてほしいんだが」

「今のままじゃ……、ダメ……?」

「ううん……。確かにドローンのサポートは助かるけど、できればもうちょっと撃ち合いもできてくれると助かるな……」

「ククク! やはりTPSは銃撃戦ができて初めて、戦士たる資格を得られるからな」

「いや、お前も初撃以外は結構ボロボロだけどな?」

「むっ……」


「コメントでも言われてただろ、試射場で特訓しろって」

「フン。我に地道な特訓など不要。我は実戦で成長していくタイプだからな」

「……バトルものの主人公だって、死ぬほど特訓してるから実戦で開花するんだぞ?」

「世の中にはなろう系というものがあってだな……」

「じゃあ、一遍いっぺん死んでみるか?」

「むむっ……」

 とうとう返す言葉もなく黙り込むまな子に、和花が肩にぽんと手を置いて言った。

「……一緒に特訓しましょう、……お師匠さん」

「う、うむ……そうだな」

 渋々といった調子だったが、まな子はうなずいてくれた。

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