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四章 人は阿吽の呼吸こそ、真の絆の証だと思いたがる。言葉は薄っぺらいから その2

 約束したその日から、俺はヴィンカに肉対戦の稽古をつけてもらうことにした。

 彼女は初めに俺に、問いを一つ投げかけてきた。

「本当に強い身体とは、どういうものだと思いマスカ?」

「筋肉が多くついてる身体……、っていうのは違うよな」

 途中でヴィンカの身体を見やって、俺は意見を撤回した。

 彼女の身体はある部分を除いて細身で、筋肉はそれほどついているようには見えない。

「イエス。ミスター・生流は、格ゲーはしマスカ?」

 俺はうなずいて、ちょっと胸を張って答えた。

「ああ。実は『スピリッツ・リメイク』っていうゲームで、世界ランク百位以内に入ったことがある」

「オゥ、グレイト! あのゲームいいデスヨネ」

「ああ。切ない世界観、奥深いストーリーに加えて、熱い対戦を楽しめる、完成度の高いゲームシステム。他の格ゲーとは毛色がまったく違うけど、間違いなく名作だ!」


「フフフ、すごくラブなんデスネ」

「ああ、三本指に入るぐらいにな。一番好きなゲームは絶対に揺るがないんだけど、二番目は『PONN』か『スピリッツ・リメイク』で悩むな」

「悩んだ末に、どっちを選ぶんデスカ?」

「……『スピリッツ・リメイク』かな」

「フフフ。でも、『PONN』のプロゲーマーになったんデスネ?」

「まあ、『スピリッツ・リメイク』じゃ生活していけるほど賞金の高い大会は開催されないからな」

「完全な最新作も十年近く出てマセンシネ」


 二人でしんみりと哀愁(あいしゅう)(ひた)った後、俺は訊いた。

「で、なんで急に格ゲーの話を始めたんだ?」

「オゥ、本題を忘れるところデシタ」

「おいおい……」

「ミスター・生流は、格ゲーで最強のキャラはどんな性能だと思いマスカ?」


 ちょっとばかし考えてから、俺は言った。

「……理論的に最強なのは、やっぱりスピード系だろ?」

「イエス。手数が多ければ、それだけ攻撃のチャンスを得ることができマス。だから両者が最善手を選択し続けた場合、勝利するのはスピードタイプなんデス」

「でもそれは机上の空論、希望的観測だろ?」

「だけどもしも先手必勝で、一撃必殺の攻撃を叩き込むことができたとしたら?」


 最初に手合わせした時の記憶が蘇ってくる。

 攻撃をいなしそのまま止めを刺す、流れるような一発。今思い出しても、背中から冷たい汗が流れてくる……。

 ヴィンカは軽く鼻から笑声を漏らして言った。

「暴力は相手を怯ませてこそ、本領を発揮しマス。身体に外傷は負わせずに確かな痛みだけを残し、心にだけ刻み込む」

「なんだか、地味に残酷だな……」

「人は可視化できる目標があるとやる気に火がつきマスガ、マインドの中だけにある恐怖には上手く対処できないものデス。まあ、そんなことは関係なく闘志を燃やす人もいマスケドネ」

 つんと額をつつかれた。かっと顔が熱を持ち始める。


「で、結局強い身体っていうのはなんなんだよ?」

「それはデスネ、最小限の肉のみをつけた身体デス」

「……うん?」

 俺はよくわからずに首を傾げた。


 唇の端をくいっと持ち上げて悪戯っぽく笑いながら、ヴィンカは言った。

「限界まで身体を細くし、その内には力を蓄える。身体自体を神速の武器のごとく扱えるようになれば、理論上は最強の戦士になれマス」

「理論上は?」

「もちろん、リスクもありマス。たとえば肉を斬って骨を断つ、みたいな戦い方がかなり難しくなりマスネ」

「……よかったな、お前には肉があって」

 ヴィンカが胸を押さえて、わざとらしく身を捩って言った。

「もー、どこ見てるんデスカ?」

「そりゃ、まあ……」

「そういうのはオン・ザ・ベッドした時だけにしてクダサイ!」

「ちょっ、誤解招くようなこと言うなよッ……! もしも誰かに聞かれたら――」


「ベッドの上が……、どうしたの……?」

 第三者の声にギョッとして、入り口を見やる。

 そこには無表情の和花がいて、曇りがかったような灰色の瞳でこちらを見やっていた。

「え、えっと、その。い、今のは……」

「オン・ザ・ヘッドデスヨ、ヘッド」

「頭……?」

「イエス。技をかける時の説明をしてたんデス。ヘッドロックする時は、相手の頭を取るようにしマショウって」

 文法的にも滅茶苦茶じゃないかと思ったが、和花は一応は「ふぅん……?」と納得してくれたようだった。

「……ヴィンカ、……後でわたしの部屋に来なさい。……話があるから」

「い、イエス」

 いや、まだお冠らしい。


「生流も……」

「えっ、俺も?」

「そう……。就寝前に……、わたしの部屋に……。いいわね……?」

 すっと目が細められ、冷ややかな光を放つ。

「あ、はい……」

 久し振りに、学生時代に職員室に呼び出された時のことを思い出した。


   ○


 俺と和花、それにまな子はハルネに紹介された『PONN』の大会に参加していた。

 今はネットの二次予選の真っ最中だ。

 この大会では全三百チーム、計九百人がエントリーしている。

 予選ではまず二つのブロックに分けられ、百五十チームずつで競い合う。各ブロックの上位一チーム、計二チームが決勝戦に出場できるらしい。


 予選は最初に十五チーム参加のバトルロイヤルで争い、その中で上位五チームが二次予選に進める。

 二次予選では二十五チームで戦った後、上位五チームが準決勝の進出を決める。

 準決勝の十チームバトルロイヤルを勝ち抜いた上位一チームが、決勝に臨める。

 順位は順位得点とキルポイントの合算で決まる。同順位だとそれまでのキル数を比較されて、多い方が上位繰り上げになる。

 準決勝までの試合は全部一本勝負なため、長そうに見えて実は思った以上に短い。

 一本勝負だと実力と同じぐらい運の要素が強くなる。あまり実力がない選手しかいないチームでも、もしかしたら準決勝ぐらいまでは勝ちあがれるかもしれない。

 だが、準決勝を抜けられるのは上位一チームのみだ。そうなるともう、運だけで勝つことは不可能だろう。


 TPSは武器のドロップ、接敵のタイミングなどで大なり小なり運が絡むが、撃ち合いになってしまえば実力勝負。特に最終決戦で漁夫などが起こらないとすると、チェスと同じ二人零和有限確定完全情報ゲームとほぼ変わらない。

 もちろん前述したように地形的優位、武器、その他アイテムなどの差は生まれる。だが実力者同士であれば相手の手の内はある程度読める。戦況の進み方で武器も把握できる。時の運が介入する余地など、どこにもない。多分。


 決勝戦は三対三のグループ・シュートマッチ。

 相手を全滅させた方が一本取り、先に三本先取したチームが勝利となる。最短で三試合で終わり、長引けば五試合になる。

 かなり変則的な形式だが、それでも定員を超える募集が来たという。『PONN』の人気ぶりは凄まじい。

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