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三章 どんな願いも信じれば叶う日が来る――とはもう言えないけど その6

 まな子はおもむろに立ち上がり、ゆっくりとした足取りで彼女へと近づいていった。

「ゲーム実況者というのは基本的に弟子など取らぬ。そんなことをしても自らに恩恵などほぼないからな」

 毛足の長い絨毯によって足音は消されているが、まな子が無駄につけている金属製のアクセやらがカチャカチャ音を立てているため、見ずとも近寄ってきているのは十分にわかるのだろう。和花の華奢きゃしゃな両肩が、小刻みに震え始めていた。


「第一、我のこともロクに知らないそなたが何を学びたいというのだ?」

 まな子が重々しい表情で見下ろし、和花に問いかけた。それは決して答えを求めるものではなく、思考を凍り付かせるような声音でもって発された。

 和花は答えられず、スカートを両手でぎゅっと握りしめた。


「師につくというのは、本来であればその者に敬意を持っておらねばならぬ。でなければ相手に失礼であるし、修練も身につかぬ。自身のためにもならぬであろう?」

 問いは氷の槍となって、和花の心を穿うがっているに違いない。

 しかしまな子はなおも冷え切った声で続ける。

「現代では、その考えはとっくに埃かぶっているがな。親も教師も公然と蔑まれさえするうえに、実際本当に尊敬できる人間もそう多くはない。そなただけの問題ではなかろう。だが教えを乞う時は、相手を尊重して臨まねばならぬ」

 和花は、見るからにもう限界だった。

 全身が震え、俯けた顔からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。


 ふいにまな子は険しい顔つきをふっと緩め、彼女の肩にそっと手を置いて言った。

「しかと覚えておけよ、我が弟子」

「……え?」

 和花は泣き腫らした顔を上げ、呆けた顔で和花を見上げた。

 まな子は彼女にニッと笑いかけて言った。

「我が鍛錬は闇の魔力を身に宿し、太古に封じられた神さえも恐れおののかせた禁術をも会得せねばならぬ至極厳しいものだ。それでもついてこれるか?」

 和花は雫を零し続ける灰色の瞳を拭い、まな子の紅い瞳を真っ直ぐに見やって。

「うんっ……、頑張る……!」

 芯の通った声で、和花なりに力強く答えた。


 まな子はぽんぽんと彼女の頭を撫でてやって言った。

「和花嬢、我等は血の契約を交わしたことにより、そなたは我が眷属となった。冥界のために己が力を存分に揮うがいいぞ」

「……血の、契約? 眷属……?」

「別に中二ごっこには、付き合わなくていいぞ……」


 和花に助け舟を出してやると、まな子のニヤッとした目がこちらを向いた。

「盟友よ、そなたも我が軍に加えてやろう」

「……なんだって?」

「つまりだ、盟友もゲーム実況者になればいい」

「は? お、俺も?」


 戸惑う俺に、まな子は「然り」とうなずいてみせた。

「プロゲーマーをクビになったのだ。どうせ暇であろう?」

「いや、でも……」

 渋る俺に和花が歩み寄ってきて、泣き腫らして赤くなった瞳で見つめてきて言った。

「……生流。一緒に、しよ……?」

 彼女にそう誘われただけで、胸中にあった葛藤や迷いが一瞬にしてどこかへ吹き飛んでいってしまった。まるでそれ等が地に散った軽い花びらであったかのように。


「あ、ああ。わかった」

 ふわっと、和花の顔に花開いたような笑みが浮かんだ。

「……生流」

「盟友よ。そなたは我と並び立ち、前線で戦ってもらうぞ」

「おいおい、王様が前線に立ってどうするんだよ……」

「ククク、我は冥王ぞ。眷属に守られて本陣にじっとしているなど、性に合わぬわ」

「つまり脳筋ってことか」

「な、なんだとぉッ!?」


 ……くぅうう。

 ふいに誰かの腹が鳴った。

 今度は俺じゃない。まるで小動物の鳴き声みたいに愛らしくもどこか切ない音だった。

 俺達の視線が一斉に、和花へと向けられる。

 彼女は自身のお腹を押さえて、ぽつりと言った。

「お腹……空いた……」

 あまりに素直な一言に、俺達は軽く吹き出した。

 和花はきょとんとした顔で小首を傾げている。


 ヴィンカがまだ笑い混じりに彼女に訊いた。

「何を召し上がりたいデスカ、お嬢サマ?」

「……カツサンド」

「そなた、朝からえらく重いものを食べるな……」

「多分もう……、お昼ぐらいの時間だし……」

 言われてスマホを取り出し、スリープモードを解除した。ロック画面に表示された時間は確かにもう午前十一時三十一分だった。


 ふとSNSの通知が山ほど来ていることに気付いた。全部、『エデン』のみんなからのものだった。

 色々あったせいでスマホを落ち着いて見る時間がなく、気付いていなかったのだろう。

 なんとなしに見てみると、ハルネのコメントの中に一つ気になるものをみつけた。

 それは『PONN』の大会の画像だった。


「何を見ているのだ、盟友よ?」

「ん? ああ、これなんだけど」

 俺は画像単体を全画面表示させてから、まな子に見せた。

 彼女は「ふむふむ」とわざわざ口にしながら眺めていた。

「日ノ本で開催される、『PONN』の大会か」

「日ノ本……?」

「多分、日本のことだろ」


 まな子はぶつぶつと概要を読み上げていく。

「参加資格は不問……。参加人数は三人で、賞金は六百万円か」

「十億円の……、えっと……」

「大体、百六十六分の一ぐらいデスネ」

「計算早いな」

「こう見えてもミス・レインマンと呼ばれたこともあるんデスヨ」

「誰だ、それ?」

「フフフ、ジョークデスヨ、ジョーク」

 パンパンと軽く肩を叩かれた。結局ヴィンカが何を言っているのか俺にはさっぱりわからず、もやもやだけが残った。


「これはもしや、チャンスやもしれぬな」

「賞金が手に入るからか?」

「それもあるが大会で優勝すれば僅かながらも知名度が上がる。『PONN』は人気ゲームであるから、よりな」

「っていうことは……。俺がアイルの名前でゲーム実況を始めれば、あっという間に人気になれるんじゃないか!?」

 いいアイディアだと思ったが、まな子の表情は複雑そうだった。

「それはやめておいた方が無難であろう」

「どうしてだよ?」

「盟友には確かに世界大会で準優勝したという、輝かしい実績がある。本来ならば多くのファンがついてくれるであろうが……」

「直後に『エデン』を……、契約解除された……」


 ようやく俺にも、まな子が何を言いたいのか理解できた。

「炎上……か」

「それにあのミスター・古吉デスカラネ。もしもミスター・生流がネットで活動していると知ったら、荒らしを送りこんでくるかもしれマセン」

「いやいや、いくらなんでも、そこまで……」

 しない、とは言い切れなかった。


「ミスター・古吉は普段はケチ臭いデスケド、執念深い人デスカラネー。そういう時にはマネーも惜しみマセンヨ」

「……じゃあ俺、もう金輪際こんりんざい表舞台に立てなくないか?」

「それにお嬢サマも、みだりにフェイスを出したら危ないかもしれマセンネ」

「なに、問題ない。盟友はそのままの姿でよかろう」

「……へ?」

 俺はまな子の指差した先、自分の服を見やった。

 優美かつ可憐なデザインの、女性服。

 そういえば今の俺は……。


「田斎丹生流ではなく、咲本流星として活動すればなんら問題もあるまい」

「アグリーデス。百人近くのボディーガードとじかに接してもディスィーヴし通せたんデスカラ、きっと大丈夫デスヨ!」

「そ、そうか……?」

「ククク。嫌がるわけではないということは、流星嬢となるのもまんざらではないということか?」

「べ、別にそういうわけじゃないからな」

「古きよきツンデレデスネー。萌え萌えデス~」

 顔が熱を帯びていくのがわかった。

 自分が女の子の格好をしていると自覚するほどに、胸が段飛ばしで高鳴っていく。


 この場の空気をどうにかすべく、俺は話題を転じようと試みた。

「……お、俺はともかく、和花はどうするんだよ? 大企業の令嬢がゲーム実況をしてる姿を見せるのは、色々危ないんじゃないか?」

「そちらも、どうとでもなる気がするがな。顔を隠したり、そもそも出さないで活動しているゲーム実況者もいる。まあ、もしも観衆を前にする大会に出るならばVトゥーバーとなるのは難しいであろうがな」

「Vトゥーバー……?」


 首を傾ぐ和花に、ヴィンカが指を一本立てて簡単に説明した。

「絵や3Dモデルにのキャラなりきって活動するムートゥーバーのことデスネ」

「へえ……。面白そう……」

 和花の灰色の瞳に、ささやかな煌めきが灯る。

「ならば、そちらも検討してみるがいい。Vトゥーバーのネックになる部分は初期費用であるが、和花嬢ならばどうとでもなるであろう」

「そういえば、そうだよな。何も手段を一つに絞る必要はないんだ」


 俺は和花の方を見やり、笑いかけて言った。

「ゲーム実況、プロゲーマー。なんだったら、他のことでもいい。和花のやりたいことをやってみよう」

 和花は俺を見ながら数回瞬きをした後、ぽつりと呟くように訊いてきた。

「……どうして?」

「え……?」

「どうしてわたしのために……、そんなに協力してくれるの……?」


 言われてみれば、不思議だった。

 なんで俺は、会ったばかりの少女にここまで踏み込んでかかわろうとしているんだ?

「生流なら……、他のプロゲーマーのチームと契約して……、活動し続けることだってできるはず……。なのに……、どうして……?」

 灰色の瞳をじっと見やりながら、直感していた。

 別に不思議なことはないじゃないか。

 俺が彼女の傍にいたいと思ったのは……。

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