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三章 どんな願いも信じれば叶う日が来る――とはもう言えないけど その4

 ブライアンの足音が部屋から遠ざかっていく。

 一緒に出ていったはずの和花とヴィンカはすぐに戻ってきた。

「早かったな」

「見送りはいらないって……」

 和花はテーブルを通り過ぎて窓に近づいていく。俺も席を立って、彼女の隣に行った。そこからはずっと遠くではあるが、屋敷の門を見ることができた。


 まな子は大きなため息を吐きながら言った。

「それにしても、魔力の消費が激しい相手であったな……」

「……まあ、お前と話す大半のヤツも同じこと思ってそうだけどな」

「むっ……?」

「ああいう場では、敬語を使った方がいいぞ?」

「ふん。自身を偽って生きるなど、冥王の流儀に反するわ。……あっ」

 口を押さえ、青ざめていくまな子。


 俺は笑みを作って、首を傾げながら流星の口調で訊いた。

「いかがされました?」

「い、否……。すまぬな」

 俺は他所行きの笑みを崩して言った。

「気にするな。ただ単に俺が、自分を偽るのが上手かったっていうだけの話だ」

「盟友はその、あ、あれだ。己を虚飾したのではなく、和花嬢を守るために盾となったのである。決して恥ずべきことではないぞ、うむ」

 必死にフォローするまな子を見ていると、ブライアンと相対して溜まった気疲れが炭酸の泡みたいに消えていった。


 ヴィンカが「フフフ」と一笑して言った。

「でも、よくバレマセンデシタネー」

 俺は込み上げてくる笑いをそのまま出して言った。

「東京湾に沈められずに済んでよかった」

「マフィアじゃないんデスカラ、そんなことはしなかったと思いマスヨ。ただ、この先のライフでナイトメアに悩まされるような体験をすることにはなったかもしれマセンケド」

「……死ぬより辛い目、ってことか」

 体が内側からさっと冷えていった。


 愉快そうに笑っていたまな子は、ふと和花を見やり気遣わし気に言った。

「……そなたはずいぶんと厄介な難題を吹っ掛けられたな」

「ええ……。でもなんとなく……、わかっていたから……」

 瞬きと言葉を発する以外に、変化のない表情。ゆえに彼女の胸中は想像するほかない。

 俺は慎重に言葉を選びながら訊いた。

「……ただ十億円を稼ぐだけなら、別に難しくないよな?」

 和花はかすかに首を縦に振った。

「ええ……、元手は掃いて捨てるほどあるから……」

「適当な事業を始めたり、あるいは投資をしたり。もっと手っ取り早く、この屋敷にあるものをいくつか売り払ってしまえばそれだけで十億円ぐらい稼げそうであるな」

「明日には条件達成してそうだな」


「でもきっと……、それじゃダメなんだと思う……」

 和花は門から出ていく黒塗りの高級車のかたまりを遠目に見やりながら言った。細長いはずの車体の集団も、ここからでは胡麻ごま程度にしか見えなかった。

「思い描いている将来が……、きちんと伝わるような稼ぎ方をしなくちゃいけない……。そうでないとお父さんは……、自由に生きることを認めてくれない……」

「その思い描いている未来とは?」


 和花がすっと頭を動かし、こちらを見やってきた。灰色の瞳が俺の姿を映す。煙か霧の中に、もう一人の自分が佇んでいるようにも思えた。

 それから彼女はまな子の方を振り返って見やり、か細くも芯のある声で言った。

「わたしは……、ゲームをすることを仕事にしたい……」

 まな子の眉がピクリと動く。

「……ゲームをプレイし、それで稼いで生きていきたいと?」

 和花はほぼ迷いなくうなずいて返す。

「ええ……」


「漠然としてるな」

「わたしはプロゲーマーになりたい……。でも、ゲームがあまり上手くないから……」

 まな子のこめかみがピクピク震えだす。

「それは嫌味で申しているのか……?」

 和花は緩慢にかぶりを振る。

「昨晩……、まな子に勝てたのは本当にまぐれ……。実際のプレイングスキルはあなたの方があるわ……」

 不満気な顔でまな子は黙り込んだ。


 俺は軽く肩を竦めつつも、彼女に代わって和花に訊いた。

「プロゲーマーはもう目指してないのか?」

「いいえ……。なりたいとは思うけど……、でも、二年で十億を稼ぐぐらいになれるかどうかは……」

 思わずため息を吐いた。

「真夏に炬燵、真冬に打ち水……か」

「真夏に……?」

「いや、なんでもない。それで、プロゲーマーがダメならどうするつもりだ?」


 しばし考え込んだ後、和花はぽつりと言った。

「……ゲーム実況とか?」

「舐めとるのかそなたはァアアアアアアアアアアアッ!?」

 和花がビクッと身を竦める。

 怒声と机を強打する音が、室内に雷鳴がとどろくがごとく響き渡ったのだ。


 肩で息をしながらも、まな子は告げる。

「ゲーム実況というのはだなぁ……、そんな生半可な気持ちでできるものではないッ!」

「……え、えっと?」


 説明を求めるようにこちらを見やる和花に、俺は苦笑を漏らしながら言った。

「まな子の本業はゲーム実況者なんだ」

「……プロゲーマーじゃなくて?」

「ククク。我は冥王。ゆえにこそ、幾多の姿を持っているのだ」

「冥王だから……、姿がいくつも……?」

「握り飯の具材みたいなものだろう」

「むっ……? それは褒めているのか?」

「もちろん」

「そ、そうか、そうか」

 なんか照れてるまな子。微笑ましい。

「ちなみに、一番好きな具材はなんなんデスカ?」

「塩むすび」

「具材入っとらんではないかッ!」

 俺は首を竦めて大音声をやり過ごす。


 まな子はゼイゼイと息をしながらも、和花を見やり言った。

「と、ともかく……。ゲーム実況で二年間、十億というのはほぼ不可能であると肝に銘じておけ……」

「そう……」

 口ぶりこそいつも通りであったが、和花の両肩は僅かに落ちていた。

 胸の内にあるスープがぐつっと煮えてきたのを感じた。

 そこにはおそらく、紅く色づいた果実が混じっているはずだ。


 心中で密かに呟いた。

 失楽園の際に人類が得た、新たな幸福があるとすれば。

 それはきっと、神にはばからず禁断の果実を口にする許しが出たことだ。

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