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序章 その2

 控え室前まで来た時、無駄に大きな胴間声が聞こえてきた。

 顔を見合わせて俺はため息を吐き、ハルネは苦笑を浮かべた。

古吉ふるきちか……」

「社長さんって呼ばないと怒られるよ?」

「機嫌を損なうのも面倒だし、本人の前ではちゃんとかしこまるよ」

「……うう、不安だよぉ」


 その不安が伝染してきたわけではないが、口から大きなため息が漏れた。

「大分遅れてきたし、間違いなく説教コースだよな。このまま帰ったら怒られるかな?」

「当たり前だよ。頭に角生やしてホテルに乗り込んでくるよ」

「アイツはデラックスホテルでしか息できないだろ」

「でも今回はスーペリアランクに泊めてもらえたし……」

「決勝まで勝ち進んで、取材が来るかもしれないからだろ。じゃなかったらいつもの会場近くのカジュアルホテルか、民宿レベルで済ませてたはずだ」

「あはは……。でも、民宿でみんなで身を寄せ合って寝るのも好きだよ?」

「……せめて二部屋取ってくれないと、俺の心臓が持たないんだが」

「お金があれば、自分達でいいところに泊まれるんだけどね」


 俺はスマホの電子マネーの寂しい残金を見せ、いささかうんざりした思いで言った。

「必要最低限の援助金以外はほとんどなし、バイトする時間だって全然ない。今みたいな貧乏街道まっしぐらな状態じゃ、どうしようもないだろ?」

「そうだよね……。だけど今回の大会で勝ち取った賞金が入るし、少しは楽になるんじゃないかな?」

「だといいけどな」


 会話が途切れ、しばし沈黙が流れた。

 ややあって俺は決心し、先延ばしにしていた言葉を口にした。

「……そろそろ行くか」

「そう、だね……」

 遅れたことへの気まずさから、二人して示し合わせたように足音を忍ばせてドアに近づいていく。


 ノブに手をかけた、ちょうどその時だった。

「んじゃ、賞金は全額ワシのもんってことでいいわな?」

 触れた金属の冷たさが、心臓や脳にまで直接伝わってきたような気がした。


 ……アイツ今、なんて言った?

 聞き違いかと思ってハルネを見やったが、彼女の顔からは血の気がせていた。

 部屋の中から悲痛な神楽夜の声が聞こえてくる。

「そんなん……、あんまりやないのッ!?」

「あんまり? チミ、そりゃちゃんちゃらおかしいよ」


 グハハと笑って、古吉は続ける。

「誰がチミ達の活動費を工面してると思ってるのかね? ん?」

「だっ、だけどっ、賞金は一億五千万円もあるのだッ! それを全部……全部、持っていっちゃうのだ?」

 ティナの掠れ気味な声の問いに、古吉はため息を一つ吐いて言った。

「まったく、優勝すれば五億円だったのだがねえ。差額三億五千万円だよ? そこらのサラリーマンの生涯年収を軽く上回る額じゃないか。この損失はデカいわな」

「そ、損失って……」

 神楽夜は唖然とした声で呟き、言葉を失う。ティナも何も言わなかった。


 室内の淀んだ空気が廊下にまで流れてきていた。

 古吉はやけに弾んだ声で続ける。

「まっ、五億円ぐらいあれば一割ぐらいは譲ってやってもよかったのだがねえ。その十分の三となっちゃあ、渡せるもんなんて何もないわな」

 嘘だっ……、最初から俺達に一銭たりとも渡すつもりなんてなかったのだ。

 今頃古吉のヤツは中でニタニタとわらっているのだろう。想像しただけでむかっ腹が立った。

「まあ、せいぜいこれからもゲームに励んでくれたまえよ。ただ遊んでるだけで金が稼げるうえに、有名になれるなんてプロゲーマーって仕事は楽でいいよねえホント」


 プツッ……。俺の頭の中で、何かが切れるような音がした。

「――ッ黙れよ、テメェッッッ!!!!!!」

 ついぞ我慢できなくなり、俺は雷鳴のごとく怒声を発し中に踏み入った。


 室内にはさっきまでいなかった黒いサングラスに同色のスーツ姿の男達が部屋を囲うように立っていた。

 さらに中心には贅肉ぜいにくを蓄えたタヌキ顔の男――古吉。

 ヤツはパイプ椅子にふんぞり返り、木魚みたいにまんまるの腹をしきりにパンパン叩いていた。見た目に反して、さほどいい響き方はしていない。


 俺を見やってきた古吉は、ニタッと脂ぎった嗤い顔をこちらに向けてきた。

 その腐った面に己が思いをガツンとっ付けてやる。

「プロゲーマーが、ただ遊んでるだけだと? そんなわけねえだろッ! プロゲーマーっていうのは、そんな生半可な気持ちで務まるものじゃねえんだよッ!!」

「グハハハッ! バカも休み休み言うんだな。ゲームっていうのは所詮しょせんオモチャに過ぎない。それで稼いでるんだから、遊んで生きてるようなものだわな」

「ふっざけんなッ! ゲームはプレイするヤツ次第で、なんにだって化ける魔法みたいなもんなんだッ!!」


 一呼吸おいて、魂に籠っている熱く燃え滾った思いを全て言い放った。

「俺達はゲームをスポーツとして極めようとしてる。それを条件反射でバカにするテメェみたいなヤツに、遊んでるだけなんて言われんのは……頭にくるんだよッッッ!!!!!!」

 しんとした静寂が訪れる。

 俺は長いこと水中に潜っていたように、呼吸を何度も繰り返して酸素を求めた。


 嘲笑うかのように「フン」と鼻を鳴らした古吉は、つかつかとこっちへ近寄ってきた。

「どうやらチミはまだ世間知らずのようだな」

「なんだとっ……?」

「本当の魔法というものを、このワシが直々(じきじき)に教えてやろう」


 言うなりヤツは拳を頭の後ろまで引くように振り上げた。

 俺は心臓が縮み上がるのを感じながら、反射的に顔の前に腕をやった。

もだえ苦しめ」

 ブォンッと空気が唸るような音が聞こえた、直後――


「グォ……ァアッ……!?」

 胸骨の辺りが凄まじい痛みに襲われていた。

 意識と世界との接点が一瞬途切れかけた。

 気が付けば俺は尻もちをつき、床に倒れていた。

 身体からだが熱い、汗が冷たい。息が苦しい、気持ち悪い……。


「お、お兄さんっ!?」

「兄ちゃんッ……!」

 ハルネとティナの声が遠くから聞こえる。

 次いで神楽夜の怒声とも悲鳴ともつかない叫び。

「なっ、なんてことするんッ!?」

 古吉は動じた雰囲気もなく、からかうような調子で答える。

土手どてっ腹を狙うつもりが、ちっこいせいで手元が狂ってしまったよ。ガハハ、失敗失敗」

「あっ、あんさんっ……今自分が何したんかわかっとるんッ⁉」

「さてなあ。何かあったかね、チミ達?」

 ヤツが見回すなり、黒服達はそろってかぶりを振った。


「……ど、どういうつもりや……?」

 俺も神楽夜と同じく、目の前の光景がすぐには信じられなかった。

 しかし古吉の勝ち誇った顔が、今見たものが夢や幻ではないと暗に物語っていた。

「グハハハハハッ! これこそが最強の魔法、権力というものだよッ!!」

「けっ……ん、りょく……?」

「権力と金、この二つさえあれば弱者の一人や二人を這いつくばらせることなど、造作もないんだわな」


 わざとらしい含み笑いを挟み、ヤツは続けた。

「もう少し噛み砕いて説明せにゃ、わからんかな?」

「るっせぇ……」

「つまりだねぇ、多少ゲームが上手い程度でいきがっているようなチミじゃ、どうあがいたところでワシには勝てっこないということなんだわなっ!」

 不愉快な嗤い声が頭の中でガンガン響く。だがそれを止めるすべはない……。


「グハハハハハハハハハハハッ、ハアァ、ヒィ、ヒィ……。おいっ、チミ達」

 古吉が俺を顎でしゃくって示しながら、黒服の男達に言った。

「コイツをつまみ出せ」

「よろしいのですか、古吉様?」

「天下の古吉グループの長である、古吉十士とうしに逆らったのだ。そんな能のない駒はもういらんわな」

「かしこまりました」


 黒服の男がハルネとティナを押しのけ、俺を両脇から挟み込むように持った。

「やめてっ……! お兄さんを放してよッ!!」

「兄ちゃんを、兄ちゃんを返せッ……!!」

 二人が血相を変えて両脇に男達に飛びかかろうとするも、別の男が羽交い締めにしてそれを阻止する。

「お兄さん……、お兄さぁあああああんッ!!」


 バタンッ――

 そのまま俺は部屋の外へ出されて、ご丁寧に関係者入り口まで連れていかれた。そこに粗大ごみのように粗雑にぽいと捨てられた。

 足音が遠ざかっていく。


 俺はしばらくその場に横たわったままぼうっとしていた。

 こんな状況なのに、酷く腹が減っていることに気付いた。

 自分の呑気さに笑いが込み上げてくる。と同時に、視界が霞んだ。


「あれ……?」

 俺は自身の目を押さえた。

 濡れている。どうやら涙が出てきたらしい。

 泣きたくなる要因には、いくらでも心当たりがある。

 でもこの涙を湧かせる感情の発端は、きっと……。


「……もう、『エデン』には戻れないな」

 言葉にした途端、じくじくと胸の奥が痛み出した。

 それは時が経てば経つほどに、酷くなっていった……。

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