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二章 昨日までとは違う、本当の自分……? その6

 和花は一勝した後は健闘もできずあっさりやぶれてしまい、再びまな子が王様の権利を得た。

「ククク、次は……盟友と和花嬢に罰を受けてもらうぞ」

「ふ、二人いっぺんに罰を与えるのはズルいぞ!?」

「人数制限などしておらんかったではないか」

「それはそうだが……。なあ、和花も何か言ってやってくれよ」

 仕切り直して数を有利に再度反論しようと試みるが――

「わたしは別に……、構わない……」

「えっ……!?」

 予想に反して、和花はあっさりとまな子の意見を受け入れてしまっていた。


「生流と一緒なら……、罰を受けてもいい」

「……マジか」

「マジ……」

 なんでもないようにうなずく和花。

 こうなってはもう、交渉の余地もない。


「まあ、和花一人に押し付けるのは確かにちょっと大人気おとなげない気もしなくはないが……。俺が一人で受ければいい話だろ」

「嫌っ……」

 和花が珍しくきっぱりと言い切り、彼女にしては語気強めに続けた。

「あなた一人には受けさせない……。わたしも一緒がいい……」

「ふむ……。我は別に、そなた一人でも構わぬぞ?」


 ねっとりした意地の悪いまな子の物言いに、和花は言葉を詰まらせた。

「え……。えっと……」

 しきりに困り顔で俺とまな子とを交互に見やっている。

 見ていられなくなり、俺は割って入った。

「まだいたいけな子にそういう選択を迫るのは、思慮に欠けてると思わないか?」

「ライオンは我が子を谷底へ突き落すのだぞ」

「残念だが、それはライオンじゃなくて獅子だ。空想上の動物の話でしかない」


 まな子は「むっ……」と一瞬沈黙したが、なおも噛みついてきた。

「だが、ライオンとて子には厳しいのではないか?」

「野生の雄ライオンは、群れにいる他の雄を追っ払う習性がある。ソイツがたとえ実の子供だったとしても」

「……なぜだ?」

「雌と交尾するために」

 まな子は完全に口をつぐんだ。


 俺は肩を竦め、笑みを浮かべて問いかけた。

「で、王様。罰ゲームはどうするんだ?」

「……そうだな」

 難しい顔で考え込むまな子。

 やれやれ、これで多少はマイルドな内容になるだろう。

「オゥ、イエァー! キュートなファッションを着てもらうのはどうデショウカ!」

 ……完全にノーマークなヤツがいることを忘れていた。


 っていうか……。

「おいっ、キュートなファッションってなんだよ!?」

「言ったままのミーニングデス。ミスター・生流にウーマンズ・クロッシーズをプット・オンしてもらおうと思いマシテ」

 呆れて束の間、俺はあんぐり口を開いていた。

「……なぜにそんなもん思いついた?」

「だって、ミスター・生流は可愛いじゃないデスカ」

「むっ……?」

「え…………?」


 六本の視線が示し合わせたかのように、一斉に俺へと向けられる。

 なんだか、ケージに入れられたモルモットのような気分……。

「な、なあ、みんな? 目がちょっと……怖いぞ」

 じっと見てきていたまな子がぽつりと言った。

「……確かによくよく見やれば、女子のようにも思えてくる容姿であるな」

「お、おい、冗談だろ?」

「……可愛い、かも」

「ちょっ、の、和花!?」

「ほら、ここにちょうど脱ぎたてのミーのメイド服がありマスヨ? 今ならホッカホカ、薄っすらと汗も滲み込んでいて……」

「「それは/駄目……!」いかんッ!」

 ほぼ同時に和花とまな子から、ヴィンカのメイド服は却下された。


 というかもうなんか視覚的に慣れつつあったが、今のコイツは赤ビキニっていう室内着として非常識極まりない恰好してるんだった……。

 二人から猛反発を食らったヴィンカは、口をへの字にして彼女達に訊いた。

「じゃあ、どんな恰好ならいいんデスカ?」

「うーむ、そうだな……」

「ま、待てよっ。俺にその……、じょ、女装させるのはもう決定なのかッ!?」

「わたし、いい格好に……心当たりある」

 俺の問いをさらっと無視して、和花は提案を口にする。


「女の子の格好に入門するのに……、一番適してるのは……、和服だと思う……」

「ほう、和服とな?」

「そう……。和服の構造は男女でほぼ一緒だから……」

「しかしそれでは、あまりキュートにならないんじゃないデスカ?」

「そこも押さえた……素敵な服が、実は存在する……」

「それはなんデショウカ!?」

 二人は完全に和花の話に引き込まれていて、まるでこっちを見ちゃくれない。俺ももうひっそり白旗を上げて、彼女の話に耳を傾けることにする。


 和花はもったいつけるように、たっぷりと間を置いてから言った。

「……それは、巫女服」

「みっ、巫女……服!?」

「オーゥ、アイ・スィー! あれなら上着と緋袴で男の人でも違和感なく着れて、しかもベリー・キュートデスネッ!!」

「巫女服姿の生流……、すごく可愛いと思う……」


 三人の眼光がスポットライトかあるいはサーチライトのごとく、俺の全身を捉える。

 一旦は諦観に至ったものの、恐怖が再び抵抗感を蘇らせる。

 俺はソファの背もたれを飛び越え、そのままダッシュし逃走を試みる。

「ヴィンカ……、捕まえて」

「アブソルートゥリィ」


 ドアまであと僅か、後ろから誰か追いかけてくる気配もない。

 このまま逃げ切れる……、そう確信した時だった。

 一瞬、視界が薄暗くなった。

 停電か……? だがすぐに明るさは戻った。

 なんだったのだろうかと、疑問が頭をよぎるや否や。

 ひらりと木の葉のように舞い、ドアの前に身軽にヴィンカが着地した。

 足が止まり、思考も一時的に停止する。


「……な、何が……」

「起きたのかって? フフ、そんなの決まってるじゃないデスカ」

 笑声を零しながら、ヴィンカは軽い調子で説明してくる。

「ミーが宙を跳んで、ユーを追い越した。それだけのことデス」

「それだけのことって……」

 俺はちらと振り返り、背後を見やった。

 広い部屋だ、俺が走ってきた距離だって軽く二十メートルはある。

 それをごく普通の人間が、軽くひとっ跳びできるものだろうか?


「当然のことデスヨ、メイドとしてはネ」

 俺の思考を読んだようにヴィンカはなんか気取った感じで言った。

「……メイドっていうのは、人間じゃなかったんだな」

「ンフフ、さてどうデショウカ? まあ、とりあえず」

 彼女は右手に持っていた、エプロンドレスの腰紐らしいものをヒュッと音を鳴らして振るった。それは蛇のごとく俺の腰を腕ごと縛り上げて拘束してくる。何から何まで非常識極まりない……。


「観念して、巫女ガールになりマショウ」

「いやでも、巫女服なんてさすがにないだろ?」

「じゃーん……」

 無感情極まりない声音による効果音。

 振り返ってみると、上下セットの巫女服を手にした和花。


「どっ、どうしてお前そんなの持ってんだよ!?」

「ウォーキング・クローゼット……」

 彼女が指差した先では壁に取り付けられた戸が開いており、中から「おおぉッ!」とまな子の歓声が聞こえてきた。

「『Eternal Element』、『ドラング・クレッセント』、『ポシェット・フェアリー』に『和方』と……、『スピリッツ・リメイク』までっ……! ありとあらゆるゲームの衣装がそろっているッ! ここはまさに宝庫ッ! 血が、我が血が騒ぐゥッ!!」

「つまりコスプレ衣装専用のクローゼットってわけか」

「安心して……。この巫女服は……、ちゃんとした本物だから……」

「そんな心配をしてるわけじゃないんだが……」


 和花はとてとてと近づいてきて、俺の顔を上目遣いに見上げながら言ってきた。

「わたしのこと……、好きな格好にしていいから……。だから着てみてほしい……」

「いやいや、この罰ゲームってまな子の権限で行われるんだろ?」

「我は構わぬぞ、和花嬢がいかなる恰好をしてもな」

 クローゼットから顔を出したまな子は、ニヤニヤ笑って言ってくる。


「それよりも、盟友が女子の格好をした姿を拝むのが楽しみであるぞ」

「……お前って意外と、子供の頃に着せ替え人形とかして遊んでたのか?」

「ククク。眼帯をつけて、漆黒の衣に魔を封じる銀の鎖を飾ったリコちゃん人形は、至極勇ましき姿であったぞ。誰にも理解されぬところも、我と同様であったな」

「それは災難だったな。……リコちゃん人形が」

「ふむ? 素晴らしき主人に巡り会えて、幸せだったと思うがな」

「まあ……、あるいはそうかもしれないな」

 とにもかくにも味方はおらず、俺は囚われの身である。

 ここはいさぎよく腹をくくるのが、日ノ本の侍らしい境地なのだろうか。

 今日一番のため息が俺の口から漏れた。

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