二章 昨日までとは違う、本当の自分……? その5
「クーッハッハッハ! まずは手始めに首を一つもらったぞッ!」
両手の使用を解放したまな子は、完全に無双状態だった。
彼女に次いで実力があるはずのヴィンカさえ、まったく歯が立たない。
「首って……。わたし達三人で三つ……じゃないの……?」
「いや、首位の意味で首って言葉使ったんじゃないか?」
「ミス・まな子のトークはなかなか難解デスネ」
「いつの時代も崇高なる思考を持つ者の言の葉は、同時代の人間には理解されぬものよ」
「……そもそもお前自身が自分の言ってること、あまりわかってないだろ」
「ククク。そういう生意気なことは、我の真なる力を一度でも破ってから言ってみよ」
「ぐっ……。お前、そんなにゲーム上手かったか?」
「フッ。何を隠そう、我は『ぴよぴよ』のプロゲーマーになったからな」
一瞬、俺の思考が止まりかけた。
「えっ……、プロ?」
「然り。『ぴよぴよ』のプロライセンスを取得した今、我は名実ともにプロゲーマーになったのである……、うむ」
ぽりぽりと頬を掻いて目を逸らすまな子。
ようやく今日、夕食を共にしたいと言ってきた理由を俺は解した。
ただ慰めるだけなら、電話だけで事足りる。無論、顔を合わせて励ましてやりたいという思いもあっただろう。
しかし彼女は自身が成したことを伝えておきたかったのだ。……親友の俺に。
胸が浮き立ち、今にも踊り出してしまいそうな感覚に体が疼いた。
俺は彼女の頭をそっと撫でて、今の思いをそのまま言葉にして伝えた。
「おめでとう、まな子」
「まな子ではなく、魔光だと言っておろうに。だが……その、なんだ」
彼女は顔を背けたまま、ぽつりと言った。
「礼を言う……、ありがとな」
ぽっと頬を赤らめたまな子は、心をくすぐられるようにいじらしくて……、思わず胸がときめいた。
「続き……早くして……」
まな子の頭を撫でていると、和花から無感情な声で催促された。
「……そなた、場を占める天の気を読めぬだろう?」
むすっとしたまな子の言葉に、和花は小首を傾げて答える。
「そんなヘンテコなの読める人……、あなた以外にいる……?」
「な、何をうッ!?」
「どうせ空気読めとか言いたかったんだろ……。回りくどい言い方好きだな」
「盟友にだけは言われたくないわッ!」
「えーっと、そろそろ続きしマセンカ?」
「むっ……、そうだな。乱世に終止符を打つには、絶対的な権力者が現れるのが手っ取り早いからな」
ひとまず場が落ち着き、俺達は次の試合を始めることになった。
今回は『ぴよぴよ』よりはまともにプレイできるテトリスで対戦に臨んでいるのだが、やはり手も足も出ずにやられてしまった。
まあ、俺がプロゲーマーとしてプレイしてたのはTPSだからな。そのうえ、この場にはパズルゲームのプロがいる。相手にならなくても仕方ないだろう。
どうせ今回もまな子が勝つんだろうな、そう決めつけて俺は机上の盆につまった菓子を物色し始めたが。
「な、なん……だと?」
動揺したまな子の声に、またヴィンカに逆襲されたのか、と彼女のプレイング力の高さに驚かされた。
しかし画面を見やった俺は、さらに目を疑うことになった。
3Pのキャラを操作しているのがまな子で、4Pがヴィンカだ。
いずれかのキャラクターが勝利のモーションをしている……それが俺の予想だった。
だが実際はどちらのフィールドも敗北寸前まで追いつめられている。
一番想像だにしなかった光景が、2P……和花のフィールドにあった。
そこでは初心者には至難の業である二桁を越える連鎖が行われていた。
そのまま勝負は決着した。
ラスは俺で三位はヴィンカ、最後まであがいたまな子が二位。
「やった……」
さっきまで初心者だったはずの和花が、今回のトップだった。
「やった、やった……、勝った……!」
彼女は顔を赤くして、握った両拳を持ち上げていた。興奮した姿は普段の感情に乏しい彼女とはかけ離れていて、なんだか見ていて俺まで嬉しくなってきた。
本来なら相当な実力差がある相手に勝ったのだ、その胸中が喜びに膨れ上がっているだろうと想像するのは難くない。
だからだろうか。
「おめでとう、和花」
俺は親友が負けてしまったにもかかわらず、彼女に賞賛の言葉をかけていた。
彼女は赤らんだ顔にいっぱいの笑みを浮かべて言った。
「ありがとう……、生流」
胸に飛び込んでくる和花。俺は彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめた。伝わってくる体温以外に、自身の内から異なる火照りを感じた。
……これは、一体?
巡り始めた思考の回路は、しかしすぐに断ち切られた。
「……バカな、バカな、バカな」
まな子はぶつぶつと徐々に声量を上げながら呟き、こちらを見やってきた。
「……そなた、もしや今まで……手を抜いていたのか?」
青ざめた顔で問うまな子に、和花は俺から体を離し、小さくかぶりを振って答えた。
「いいえ……。今回は運がよかっただけ……」
「うっ、運だけで超連鎖を容易く組めるようなゲームではないぞ!? 『ぴよぴよ』は二十年以上の歴史を持つゲームで、eスポーツの競技として採用されているパズルゲームなのだからなッ!!」
まな子の取り乱しようは相当なものだった。当然だろう。プロである彼女が万全の状態で戦って初心者に負けるなど、普通ならあり得ないことなのだから。
わなわなと体を震わせ、彼女は怒号じみた声で問いを発した。
「答えよっ、いかなる方法で超連鎖を積み上げたッ!?」
剣幕に和花はまるで動じず、いつも通りのゆったりしたペース説明した。
「今回の落下パターンは……、三つ前のとほぼ同じだった……。だからまな子がしたように組むだけで……、簡単に超連鎖になる……」
「そんな、……バカな」
唖然とするまな子に、和花は落ち着きを取り戻した様子で言った。
「ただ単に……、覚えていたあなたのプレイを真似しただけ……。決して『ぴよぴよ』が上達したわけじゃない……」
「つまりお前が記憶していた部分を上回るプレイをすれば、打ち負かすことができたっていうことか?」
「そういうこと……」
まな子がこちらを見やり、若干呆れ気味なため息を吐いた。
「よくもまあ、そんな冷静でいられるな」
「そうか?」
「落ち物パズルでピースの落下パターンを記憶して、それを再現するなど……。初心者にできることか?」
「できたって言うんだから、そうなんだろ?」
まな子はまだしばらく唸っていたが、やがて不承不承といった様子でうなずいた。
「ふむ。そなたも本気で目指せば、『ぴよぴよ』のプロになれるやもしれぬな」
和花は無表情を崩さぬまま、かぶりを振って言った。
「別に……。興味ない……」
「フン、そうか」
まな子はつまらなそうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。




