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二章 昨日までとは違う、本当の自分……? その4

 二戦目もまな子が圧勝し、罰ゲームの決定権限を獲得した。

 快勝したまな子は天狗のように鼻高々、有頂天になって哄笑こうしょうしている。

「ククク、我が冥王である! 控えぃ、控えおろうッ!」

「えーっと、それが罰でいいんデスカ?」

「あ、いや。罰は別に考えるから、控えんでよいぞ。うむ」


「……なかなか威厳のある王様だな」

 ぼそっと呟くと、まな子が眉を吊り上げて怒鳴りつけてきた。

「ええい、やかましい! それ以上口出しすると、盟友を生贄とするぞ!?」

「すまん、すまん、冗談だって。ハハハ……」

 ただでさえ、俺はパズルゲームが苦手なのだ。

 これからもまだ狙われる機会が多いだろうに、こんなところでヘイトを買って自爆してたら身が持たない。俺は猫を被って王のご機嫌取りに専念することにする。


 まな子はしばしジト目で俺を見ていたが、やがて軽く「フン」と鼻を鳴らした。

「……まあよい。今回の生贄はもうすでに決めておる」

 彼女が向けた目線の先には、案の定ヴィンカがいた。


「アハハ、やっぱりミーデスヨネー……」

「さて、そなたにはどのような屈辱を受けてもらうか……」

 まな子が顎を撫でて考えだした時、ちょうどゲーム画面が切り替わり、キャラ達が水着姿で海辺で遊んでいるCG――つまり一枚絵が表示されていた。

 それを見た途端、彼女の眼がギランと光る。

「決めたぞ。ヴィンカよ、そなたは今から水着になれッ!」

 指を太刀たちのごとく突きつけての命令。

 一瞬、場の空気が時流から切断されたかのように固まる。


 最初に沈黙を破ったのは俺だった。

「ちょっ、おまっ……みっ、水着って、いきなりハードすぎだろッ!?」

「ふむ。では、場が温まってきたらよいのか?」

「いや、そういう問題じゃなくてだな……」

 何を言おうとしてるのか、自分自身でもわからなくなってくる。


「ミーは別に構いマセンヨッ」

 拍子抜けするぐらい、軽い調子で言うヴィンカ。

 思わず俺はツッコミを入れた。

「いやっ、ちょっとは構えよッ!? 水着だぞ水着ッ!」

「別に裸になれって言われてるわけじゃないデスシ」

「そりゃまあそうだけど、水着と裸って紙一重ひとえだろ!?」

 魂からの叫びを発するや否や。

「えっ……」

 ヴィンカはぽっと頬を赤らめた。


「……ミスター・生流は、ペーパー製の水着を着ろと言うんデスカ?」

「変態……」

 無感情な瞳そのまま、和花からさげすみの一言。なんかすごく心が痛い。


「だだだっ、誰もそんなこと言ってないだろ!?」

「ホッとしマシター。ペーパーだと濡れただけでブレイクして、イヤーンデスカラネー」

「今時、イヤーンなんて動画のSEぐらいでしか使わぬぞ」

「そういう問題じゃないよな!? っていうか、いい加減命令撤回しろよ!?」

「だが、当のヴィンカは構わぬと言っているし……」

「イエス。それに、水着なら手っ取り早いデスシネ」


 言いつつヴィンカは立ち上がってヘッドドレスを取り、エプロンドレスの紐を解いた。

 そのまま白い布が取られ、ワンピース姿になる。

 知らなかった……。いつもエプロンドレスをつけているメイドさんがそれを取る姿って裸になるわけじゃないのに、なんとなくこう、見ちゃいけないものを目にしちゃったような背徳感があるんだなあ……。

 ……いやいや、おいおいおいおい、しっかしりしろ俺。

 俺がボケッとしている間にもヴィンカはスカーフを解き、ワンピースのボタンを一つ、また一つと外していく。蕾が花開くように、ボタンが外された箇所は胸に押されて独りでに開いていく。


「ヴィッ、ヴィンカ、待て待て。き、着替えるにしろ、別室でだな……」

「大丈夫デスヨ」

「大丈夫って、何が……」

 全て言い終える間もなく――ヴィンカの胸元が完全に満開となった。

 その花序たる部分は、布に隠された大きな二つの実がある。

 まさにその通りであったが、俺はその布に疑問を覚えた。


「……胸を押さえつけることなく、開放感を残しつつ包み込む形状」

「……言い方、すごくエッチ……」

「うっ……。いっ、いやでも俺より、いきなり服脱ぎだしたヴィンカの方がどう考えたって悪いだろッ!?」

「ミーが着ているのはビキニデスヨ?」


 ワンピースをバッと躊躇いなく脱ぎ捨てたヴィンカは、細い紐とハンカチ程度にしかならないサイズの紅い繊維せんいでできたビキニ姿になっていた。

 とことん大きさを追求した胸、くびれた腰、張りのある尻、むっちりした太腿。それ等がえがく、扇情的なライン……。

 目が舌にでもなったかのように、舐め尽くすようにじっくりと視線を走らせてしまう。甘美な興奮物質が頭からジュワッと染み出し、血液が熱く滾ってくる。


「フフッ。呼吸が荒くなってマスヨ、ミスター・生流」

「おまっ、な、なんで!?」

「この屋敷には温水プールがあるので、後で入ろうと思ってたんデスヨ」

「なるほ……いや、でもだからって脱ぐなよ!?」

「フフフ、焦っちゃって可愛いデスネ。もっと、近くで見マスカ?」


 胸を強調するように、突き出したままこちらへ迫って来るヴィンカ。

 心臓に巨大なポンプがどっかから取りつけられたのだろうか、とんでもなく熱いものが流れ込んでくる。

 マリオネットにでもなったように、手が意思とは関係なく持ちあがる。あるいは意思の方を操られているのかもしれない。ともかくその手は吸い寄せられるように、ヴィンカの胸へと伸ばされていく。彼女は逃げもせずに、むしろ「フフッ」と微かな笑声を漏らしてさらに距離を詰めてくる。


 ついに指先が、胸に触れようとしたその時。

 ぱしっ。ガシッ。

 手をつかまれ、同時に後ろから結構強めに羽交い締めにされた。

 手はともかく、羽交い締めはよろしくない。まな子の前面に二つ並んである、ちんまりながらもむにゅっとしたものが……。目の前の巨峰に触れられなかった代償行動的な何かだろうか。微かな柔らかさを堪能せんと、それが当たっている場所に感覚神経がこぞって集中まってきている。頭の中は真っ白になっているのに、この感触は一生忘れないだろうという謎の確信。


 顔を覗き込んできた和花は。

「ダメ……」

「淫魔に惑わされるでないっ、盟友よッ!」

 背後のまな子も叱責を浴びせてくる。

 注意はヴィンカに対しての行動抑制のみだった。よもやまな子の両果実を味わっているなどと夢にも思っていないのだろう……っていやいや、何考えてるんだ俺は。

「おっ、おお、すまない」

 我に返った俺は、慌てて早口で謝罪した。


 ビキニ姿のヴィンカは肩を小刻みに揺らして笑っていた。

「この姿にしたのは、ミス・まな子じゃないデスカ」

「そ、それはそなたに羞恥心と屈辱感を味あわせようとしてであって、決して色仕掛けをさせようと思っていたわけではなくて……」

「ダメデスヨ、か弱い子にそういう無理強いをしちゃ」

「無理強いまではしとらぬし、そなたは自ら乗り気で脱いでおっただろうがッ!」


「なぁ、間近で怒鳴るのはよしてくれないか……?」

「むっ、す、すまぬ」

 ようやくまな子の羽交い締めから解放された。

 ひそかにほっと胸を撫で下ろす。

 女の子にこんな風にべったりくっつかれる機会は今まで何度となくあったが、やっぱりいくら経験しても慣れないな……。


「顔、真っ赤……」

「フンッ、色香になどたぶらかされおって」

 いや、これは鼻を鳴らしてるお前のせいなんだが……とは、口が裂けても言うまい。

 幸い、彼女はふくれっ面のおかんむりって感じで気付いている様子はない。


 すっかり油断しきっていたその時。

「……色んな子が、好きなのね」

 耳元で囁かれて、俺は思わずドキッとして和花の方を見やった。

 彼女はいつも通りの感情を欠いた顔で、俺のことを見つめてきていた。その瞳が異様に深い色を湛えているような気がした。

 意識が呑まれていきそうな予感がしたが、目を逸らすことができない。

 恐怖ゆえに?

 ……いや、そうじゃない。

 色彩を欠いた向こう側に、俺は一瞬何かを見た。実態こそ記憶からは失われていたが、心にはそれに触れた温もりが残っていた。

 全ては感覚的なものに過ぎず、決して確信を持つことはできない。それに近しい経験を刹那の時にしたような……そんな気がするだけだ。


「どうしたのだ、盟友よ」

 まな子の声に、俺ははっと我に返った。

「あ、いや……。なんでもない」

「やはり、大会の疲れが残っているのではないか?」

「……大丈夫だ。続けよう」

 俺は自身のコントローラーを持ち、そう告げた。微かに手は汗ばんでいた。

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