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二章 昨日までとは違う、本当の自分……? その1

 夢咲家の夕餉ゆうげにあずかろうという時だった。

 ふと目にした光景から、俺は如何いかんともしがたい疑問を抱いた。

 まさかな、と思いつつもヴィンカへと問いを投げかける。

「……なあ、今日はクリスマスだったか?」

「ノー。まだ少し先デスヨ」

「だよな……」


 しかし卓上には呆れるぐらいにデカい七面鳥が鎮座していた。

「……もぐ、もぐ……美味しい」

 隣で幸せそうな微笑を浮かべる和花。指や口は油でテカテカしている。


 向かいの席では――

「ガツガツガツガツッ、ゴクン。ぷはぁ、お代わりを所望するッ!」

 まな子が野獣さながらに、取り分けられた肉をひたすらに平らげていた。

「よく食べマスネー」

「ククク。冥王たる者、腹を空かせては戦はできぬからな」

「見てるだけで腹が膨れる食べっぷりだな……」

「なんだ、盟友はもういらぬのか?」

「いや、食べるけど」


 俺は改めて卓上を見やった。

 七面鳥、色とりどりの具材が挟まり楽しい見た目のアコーディオンサンド、醤油しょうゆの香るガーリックチャーハン、ロブスターやキャビアを豪快に使ったシーフードグラタン、花畑を模したサーモンとトマトのサラダ……。

「チャーハンとな」

「……すごく美味しい」

「いやまあ、美味しいけど。この中じゃ、かなり異色じゃないか?」

「美味しいは……正義」

「うんまあ、それも同意するけれども」


 この異様な食卓にはどういった意図があるのだろう……?

 そんな疑問を頭の中でこねくり回し、ようやっと正解らしきものを閃いた。

「お前もしかして、脂っこいのとか好きなのか?」

「わりかし……」

「なるほど」

 すとんと胸のつかえが取れて、腑に落ちた気がした。


「今日はお祝いの席だから……。いつもより少し、豪華にしてもらったの……」

「お祝い?」

 和花はテカった手で白ワインみたく輝くジンジャーエールのグラスを持ち、こちらに向けてきた。

「生流が……、わたしの家に来てくれたから……」

 俺も葡萄ジュースで作ったカクテル・サングリアが満ちた紅いグラスを手に持つ。

 二つのグラスの側面が触れ合い、小気味いい澄んだ音を立てた。

「乾杯」

 俺が言うと、和花も小さくも耳によく届く声で「乾杯」と返してくれた。


 グラスを傾け、サングリアを口に含む。甘くフルーティーな味わい。馥郁ふくいくとした香りは頭の中まで広がっていくかのよう。とても美味しい。

 ふとため息が聞こえた。まな子だった。

「……乾杯とは、風情がない。せっかくこのような場所なのだから、もっとふさわしい言の葉をもちいるべきであろう」

「お前が肉食獣じゃなければ、その言葉を素直に受け取れたかもしれない」

「我は果物や野菜も食べるぞ?」

「じゃあ、雑食獣だ」

 先の食べ方を見た今では、少なくとも同じ人間だと認めるのはいささか抵抗があった。


「無礼な。そなたが盟友でなければ、今頃冥王の権限を用いて城の地下に閉じ込めていたところだ」

「ここの屋敷の主は、わたし……」

「むっ? そなたの父上や母上ではなく?」

 こくりとうなずいて和花は答えた。

「わたしとヴィンカの二人で住んでる……。お役所の書類には、お父さんの名義になってるだろうけど……」


 俺は惑いを抱きながらも、結局己が心の誘惑に負けて彼女に訊いていた。

「何か親と、あるのか……?」

「いいえ……。二人共、仕事忙しいから……、滅多に家に帰ってこないの……」

「仕事、か……」

「この世界には錬金術師はおらぬ。これだけの豪邸を立てる者だ、さぞ多忙な毎日を送っているのであろうな」

 理解を示した風のまな子だったが、その表情は納得しているようには見えなかった。


 和花はフィンガーボールで洗った指先をナプキンで拭きながら言った。

「だから……、嬉しかった。生流と、あと……まな子が来てくれて」

「我はおまけか……」

 むすっとした顔で唇を尖らせるまな子。ただ、心なしかさっきよりは不機嫌には見えなかった。

「だって……。最初は生流だけ家に招くつもりだったし……」

「この冥王を前にして、そのような無礼な発言ができるとはな」


「ずっと思っていたのだけど……。その冥王っていうのは何……?」

「冥王がなんたるかを知らぬとは、愚かな。どうやらそたなには、無知とは許されざる罪であることをその身に教えてやらねばならぬようだな」

「……その身って、どうする気だよ?」

「クククククッ! その小娘は盟友に憧れを抱いているのであろう? ならばこの屋敷には十中八九、あれがあるはずだ」

「あれ、って……?」


 首を傾げる和花に、まな子は指の油を舌で舐め取り、それをビシッと突きつけて居丈高いたけだかなる態度で告げた。

「決まっておろう、ゲームだっ!」

「……ゲーム?」

しかり。ゲームで我がいかに偉大なる存在であるかを証明してやろうッ!!」


   ○


 食事を終えた俺達は、和花に招かれてとある部屋に移動していた。

 そこはとても広々とした空間だった。棚がビル街のごとく整然と並び、シンプルなデザインのクリアボックスがいくつも収められている。

 近づいて中を見やると、ボックスにはゲームソフトのパッケージが入っていた。

 やたら高い天井近くまで棚はあり、ボックスはところ狭しと置かれている。


「ここにある箱の中って、全部ゲームなのか?」

「ええ……。入りきらなかったのは、別室にしまってあるけど……」

「こ、これですべてではないのか……」

 まな子は首を巡らし、丸くした目で室内を見回す。


 和花は驚き冷めやらぬ俺達を見やって訊いてきた。

「それで……、なんのゲームする……?」

「俺はなんでもいいけど。まな子は?」

「言わずもがな。我が力を示すのにふさわしいゲームといえば、あれしかなかろう」

 まな子は高々突きあげた手でパチンと指を鳴らし、伸ばした人差し指を剣のごとく和花へ突きつけて言った。

「この城の主たるそなたに、勝負を挑む。落ちものパズルの王者、『ぴよぴよ』でなッ!」


 和花はパチパチと瞬きを繰り返して首を傾げた。

「落ちもの……パズル?」

「つまり『テトリス』みたいなものだ」

「ああ……。言われてみれば、パズルっぽい……かも」

「これだけ数多あまたのゲームを集めているのだ、当然『ぴよぴよ』も全シリーズそろえているのであろうな?」


「……パズルゲームは、……あなたが購入してたわよね?」

 和花がヴィンカに確認を求めると、彼女はすぐさま答えた。

「『ぴよぴよ』なら、余すことなくコンプリートしてマスヨ」

「ククク、さすがであるな」


 ご満悦のまな子に、ヴィンカはスマホを取り出して尋ねる。

「それで、ミス・まな子。ユーはどの『ぴよぴよ』をプレイしたいのデスカ?」

「ううむ、そうだな……。『ぴよぴよテトリス』なら宴は盛り上がるであろうし、『ぴよぴよプロゲーマーズ』であれば真剣な勝負を楽しめるだろうが……」


「アーケード版もありマスヨ?」

「……え、筐体きょうたいが……か?」

 目を点にして問うまな子に、ヴィンカはあっさりとうなずいて返す。

「イエス。8台のうち、4台は倉庫に仕舞っていマスガ……。ちょうど最新版なら四人対戦でぴったりデスネ」

 俺とまな子は顔を見合わせてしばしぽかんとしていた。

 マニアの中には筐体を持っている人もいるにはいるが、同じものを8台も所有していることなんて大手ゲームセンターでもない限り普通はあり得ないだろう……。


「……そ、そうか……。いやでも、我は普通に家庭版でいいが」

「承知しマシタ。ソフトは何にしマスカ?」

「ふむ。ではやはり、今定番の『ぴよぴよテトリス2』にするか。これならぴよぴよをあまりやったことがない者でも、テトリスで楽しめるであろうし」


「オールライト、もう命令出しマシタヨ」

「命令とは……ぬぉッ!?」

 すぐに三台のかなり大きめのサイズのドローンがこちらに向かって飛んできた。かなりスピードが出ているにもかかわらず、音らしきものもほぼ聞こえない。下部にはアームが取り付けられており、それぞれボックスを持っている。

 ドローンは近くにあったデスクにボックスを置いた後、俺達が跳んでも頭の当たらない高所でホバリングした。


「中を確認してみてクダサイ」

「……コントローラーに本体、ソフト……。他のものも、全てそろっているな」

「オーケー。では、プレイルームまで移動しマショウカ」

 ヴィンカがスマホを操作すると、ドローンは再びボックスをつかみ上げて宙に浮いた。


「……確かこの業務用ドローンって、一台で一千万近くするんじゃなかったか?」

「いっ、いっせんまんッ……」

 まな子がぐるぐると目を回し始めている。

 だがさらに和花が訂正が俺達の度肝どぎもを抜いてきた。

「メンテナンスとかの維持費もかかってるうえに……、使いやすいようにリモデリングも技師の人にお願いしてるから……。三台でもう六千九百万九十三万円……」


 まな子は気力の抜けきったため息を吐きつつ、俺の方を見やって訊いてきた。

「……この屋敷にあるものだけで、サラリーマン百人分の生涯年収なぞ軽く上回るのではないか?」

「だろうな」

「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』というのは嘘であったか」

「『されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤きせん上下の差別なく……』ってな」

 まな子は眉間に深い皺を寄せて首を傾げた。

 俺は大げさに肩を竦めてかぶりを振った。

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