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序章 その1

 パァンッ……!

 ヘッドホンから乾いた銃声が聞こえた。

 直後にスクリーンがモノクロになり、背を向けて映っていたキャラクターが天を仰いで倒れる。

 右側から響いていたキーボードとマウスの操作音がぱたりと止む。見やるとツインテールの少女が、生気が抜けたようにだらんと手を下げていた。彼女は感情の抜け落ちた面持ちでスクリーンを眺めている。やがて唇をきつく噛み、顔を俯けて肩を震わせだした。

 胸中をさいなむ苦しさに耐えられなくなり、俺は口をつぐんだまま顔を背けた。


『ついにっ、ついに決着ッ! 『PONN』アルティメット・リーグ20X1、栄えある優勝は――ブラッド・オブ・ザ・ガイアのものだァアアアアアッ!!!!!!』

 実況者が勝者を大音声で告げるなり、会場の至るところから割れんばかりの歓声が上がる。それはまるで爆睡している時に耳にした目覚ましアプリのアラームのように、現実味がすっかり欠けていた。


 あと一歩及ばなかった。

 世界最強の座まで、指一本。あの掲げられたトロフィー、金メダル、勝利の栄光に……届かなかった。

 眼前のスクリーンが無情にもわかりきった結果を突きつけてくる。

 映っていた『#2/16』というリザルト画面が、総合ポイントランキングへと変わる。

 俺達のチームはそこでも二位。トップとの差は一ポイント。たった一ポイント……足りなかったのだ。




 プロゲーマーであれば誰しも、eスポーツの大会に身を投じ、並みいるライバルと覇を競い頂点まで登り詰め、世界に己の名をあまねく知らしめることを唯一無二の望みにしているはずだ。

 かくいう俺――否、俺達のチーム『エデン』も日々鍛錬を積み、眩き白星を欲さんとしていた戦士の一党であった。

 種目は『PONN』というTPS――三人称視点のシューティングゲーム――である。

 今回出場した大会は、他種目を含めても世界で五本指に入るであろう大規模なものだ。賞金総額は$10,000,000にもなる。

 会場の収容人数は二万人を越える。ライブ配信を加えれば百万人以上にもなるだろう。

 そんな大舞台の決勝で、俺達は……負けたのだ。




 控え室に戻った俺達は一言も発さずにただじっとして、時間が流れるまま漫然として過ごしていた。

 どれだけそうしていただろうか。

 俺は一度スマホの画面で時計を確認してから立ちあがった。


 その音を聞いてか、ポニーテールの少女がこちらを向いて訊いてきた。

「どこに行くのだ、兄ちゃん?」

「……ハルネを探しに行ってくる」

「そういえば戻ってきいひんな」

 背が高く呆れるほどに髪の長い女性が、心配そうにドアの方を見やった。

「そろそろ帰ってきてもらわんとなぁ。誰か欠けとったら、社長はんヘソ曲げてまうわ」

「あの人横暴で嫌いなのだ。今回の大会の前だって雑務をたくさん押し付けてきたせいで全然練習できなかったし……。スポンサーだからって、勝手すぎるのだ!」

「もはや体のいいバイト状態やったもんなあ。せやけど社長はんに逆らってここ辞めたら後が怖いし……」


 愚痴ぐちる二人の会話を、俺は苦笑しながら制した。

「ティナも神楽夜かぐやも、もうやめろ。壁に耳あり障子に目ありって言うだろ?」

「でもっ……!」

 なおも言いつのろうとするティナの頭にぽんぽんと手を置き、つとめて穏やかな声音で言い聞かせた。

「いい子だから。大人しく待ってるんだ」

「兄ちゃんは、今のままでいいのだ?」

「いいや。でも俺達は世界大会で準優勝の成績を収めたんだ。やりようはいくらでもある」


「やりようって、……もしかして」

 目を見開くティナに、俺はうなずきつつ答える。

「『エデン』の実力は世界に証明できた。もしもアイツが考えを改めないようなら、こっちから縁を切ってやればいい」

「……なるほどなあ。あんさんも悪よのう」

 どこからか取り出した扇子で口元を隠し、くすくすと笑う神楽夜。

 俺は肩を竦めて一笑した。

「俺達は鳥籠の中で飼われているわけじゃないってことだ」


 廊下に出てすぐ左右を見やったが、人影はない。

 声音や足音も、背後の部屋から以外は聞こえない。

 ひとまずトイレの方へと歩いていくことにする。


 歩きながらぼんやりと考えた。

 スポンサーを切る……それはすなわち、生命線である資金、身体における心臓を自ら投げ捨てることに等しい。

 たしてそれは賢明な判断なのだろうか? 後先考えない、向こう見ずな行動ではないだろうか?


 ……いや、それは俺一人で決断すべきことではないだろう。みんなで相談して結論を出せばいい。

 かぶりを振り、頭の中を一旦リセットする。

 俺が今、気にするべきことは……。


「……おわっ!」

 角を曲がった先で、一人の小柄な少女が膝を抱え込んで座っていた。

 彼女は俺の声に反応して、こちらへ顔を上げた。

 ツインテールに結んだ髪の束が、壁に押し付けられてぺたんこになっていた。

 黒い瞳は兎みたいに紅くなっていた。


「あ……、お兄さん」

 掠れた声は、耳にしただけで胸を締め付けられそうになる。

 俺はちょっと迷った末、あえて軽い調子で言った。

「隣、いいか?」

「うん……」

 俯くようにうなずいたハルネの横に俺は腰を下ろす。


 しばらく二人してじっと座り込んで押し黙っていた。

 俺は虚空を見つめるハルネをぼんやり眺めていた。

 ふと彼女がぽつりと言葉を漏らす。

「……ハルネのせいだ」

「何が?」

「決勝戦で負けたのは……、ハルネのせいだよ」

 膝を抱え込む手に力を入れ、ハルネは俯く。


 俺は彼女を真っ直ぐに見据えて、きっぱりと言った。

「それは違う」

「違わないよ。だってあそこでハルネが一人でも倒すことができてればッ……!」

 ハルネはぎゅっと唇をかみしめる。瞳からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。

 俺は言葉を探しながら息を飲んだ。それは喉の奥で膨らみ、息がつまりそうなぐらい重たくなった。


「でも、俺だってあそこで……」

 全て言い切る前に、ハルネは髪が乱れるぐらいに激しくかぶりを振った。

「兄さんのせいじゃないっ。兄さんのせいじゃ、ない……、ハルネの……せいだもん」

 彼女は嗚咽おえつ混じりに、最後に口にした。

「……リーダー、なんだから……」

 それきり厚い沈黙の壁がハルネとの間をへだてた。


 俺はしばし考え込んだ後、ポケットからスマホを出した。次いでもう片方のポケットに入っていたジャック型のイヤホンを手にし、プラグをスマホへ繋ぐ。

 それからスマホを操作した後、俺は自身の左耳にイヤホンを装着し、もう片方をハルネの耳に無断でそっとつけた。

 彼女はちょっと驚いた顔でこちらを見てくる。

 俺は軽く笑って、スマホのスクリーンを見せた。

 そこには音楽プレーヤーのアプリ画面が表示されている。ジャケットにはアニメ調のイラストと『スピリッツ・リメイク』のタイトルロゴが踊り、その下には『Spirits Remake』と曲のタイトルが書かれていた。


 溜めるような短い前奏から、一気に奔流のような旋律が歌唱と共に流れてくる。

 聞いている内に俺は我知らずメロディを鼻で奏でていた。

 ハルネが続くように掠れそうな声で歌詞を口ずさんだ。

「……逃げない、嘆かない、諦めない。勝利の女神はどこかにいるはずだから……」

 俺は彼女の肩にそっと手を置いて言った。

「きっと俺達なら、見つけられるさ。勝利の女神を」

 ハルネは目を見開いて俺を見上げてきていたが、次第に瞳を潤ませ、ついには俺の胸に顔を埋めて嗚咽混じりに泣き出した。

 そんな彼女の背に手を回し、泣き止むまで優しく撫でてやった。


 イヤホンからは今も歌の続きが聞こえてきていた。


 Be sure to achieve

 Spirits Remake

 閉ざされた楽園に辿り着いて

 君の笑顔を咲かせてみせる……

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