28 これ、ただのマッサージだよね?
七月に入った。
夏休みが近づく中、俺は未だにダメ人間だった。
「沙希、なんか俺にして欲しいことない?」
「して欲しいこと、ですか?」
「うん。家事は沙希がやってくれるとしても、さすがに俺が何もしないのは、気が引けるからさ」
「そうですか。して欲しいこと、かぁ……」
「ほんと、俺にできることなら何でもいいから。遠慮なく言ってほしい」
沙希が少し考えるように天井を見上げ、何か思いついたように手を叩く。
その表情は、誰かさんとよく似ていた。
「じゃあ、お風呂で私の体を洗ってくれませんか?」
「えぇっ⁈」
「何でも、いいんですよね?」
「うっ……」
そう言われると、何も言い返せなくなる。
沙希の体を俺が洗う……そ、想像しちゃダメだ。
でも、なんでもいいと言ってしまったのだから……致し方ない。
「わ、分かったよ。その代わり、目隠しを……」
「い、いいんですか⁈」
「……いいよ」
すると一気に沙希の顔が真っ赤になった。
「じょ、冗談で言ったんですよ! わ、私が怜太さんに体を……はうぅ」
「じょ、冗談⁈ ふぅ、よかった……」
「……れ、怜太さんは私の体、洗いたくないんですか?」
「えっ⁈ い、いや……ね? その、なんというか……」
なんて返すのが正解なんだ。
困り果てていると、沙希がぷっと吹き出した。
「これも冗談ですよ。ごめんなさい、少しからかっちゃいました」
「……沙希、ほんと俺の心臓がいつか止まっちゃうよ」
「ふふっ、気をつけます」
最近の沙希は意地悪モードがある。
気を許してくれたということの裏返しだとは思うのだが。
「でも、最近肩が凝っているのでマッサージしてほしいです」
「わかった」
というわけで、マッサージをすることになった。
▽
「んっ、んはぁ、んっ」
「…………」
今俺は、マッサージは沙希の体を洗うよりもマズかったのではと後悔していた。
「れ、怜太さんっ、そ、そこが……き、気持ちいですっ」
「……ここ?」
「んっ、あっ、そ、そこですっ……」
「…………」
「んはぁ、わ、私ダメになっちゃいそうですぅ……んっ」
沙希から甘い声が漏れる。
ただ、マッサージをしているだけなのに。
「沙希、変な声出てるよ?」
「で、でもっ、れ、怜太さんのが気持ちよすぎるから……あっ」
「……沙希、そろそろ俺ギブアップだよ」
「えぇ~あと少しだけ、少しだけ!」
「……少しだけだよ?」
「は、はぁいぃ」
蕩けるように吐息が漏れる。
初めは肩をマッサージしていたのだが、沙希の要望により腰や足もマッサージしていた。
正直、沙希の柔らかい体を触るのに、かなり抵抗があった。
しかし、
「んっ、き、気持ちいいっ」
沙希がこんなにもリラックスした表情で満足してくれているので、やめることができなかった。
沙希のことを異性として見まいと思っていたが……これは刺激が強すぎる。
「もっと強く、強くお願いしますぅ」
「わ、わかった。こう?」
「んっ、そ、そうであっ、い、いいですぅ……」
「…………」
俺はひたすら、頭の中から煩悩を消していった。
じゃないと耐え切れない気がしたから。
「れ、怜太さん上手……」
「ありがとう」
「すっごく、気持ちいですぅ」
その後も続く、甘い声となまめかしい吐息。
俺は精神をすり減らして、理性と格闘した。
▽
「はぁ、はぁ、はぁ」
「沙希、大丈夫? 水飲む?」
「あ、ありがとうございます」
沙希の額に、じんわりと汗がにじんでいる。
顔もほんのり赤かった。
「ありがとうございました。ほんと、気持ちよかったです」
「そりゃよかった」
「……また今度も、してくれますか?」
妙に色っぽい沙希の上目遣い。
それに普段から沙希にはお世話になっているので、断ることはできず。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます! 怜太さんのマッサージ、ハマっちゃいました」
「そ、そっか」
「あぁー気持ちよかった!」
……今度はどうやって、理性に勝とうか。
今日学んだこと。
沙希にマッサージはマズい。