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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TSした幼馴染がいろいろ気にしなさすぎる

作者: 幕瀬

お節介幼馴染とTS男子の話


「おはよう、ユキ」


 快晴の住宅街、高校に行くため家を出た私を待っていたのは幼馴染のハルトだ。“家が近いから”ただそれだけの理由で、小学生の頃からずっと一緒に登校している腐れ縁。


「……おはよ、ハルト」


「じゃあ行くか」


「ハルト、またネクタイ曲がってるけど」


「そうか?」


 そうかって、明らかに根本から捩れてるでしょーが。なんで鏡見て気付かないのよ。私は「仕方ないなあ」とため息を吐き、ハルトの曲がったネクタイを締め直してやる。


 ハルトはいろいろ抜けている。鈍感さと不器用さが起因して、寝癖や服装の乱れは日常茶飯事。一度制服の下にパジャマを着てきたこともある。それでいて、自分の外見に興味がないのかそんなことはお構いなしで登校しようとするから(タチ)が悪い。


 だからこうして、ハルトの曲がったネクタイを直してから学校に行くのが私の常だ。私がいなかったらどうするんだか、まったく。


「はい、これでよし」


「いつもすまん」


「昨日も聞いた……って、ちょっと待って」


 私は“彼女”の豊満な胸を、厚手の制服の上からじっくりと確認する。形と挙動に何か違和感を感じる。ゆさゆさ、ではなく、たゆたゆ、というか。


「もしかしてあんた、ノーブラ?」


「あ」ハルトはいつもの調子で答える。「忘れてた」


「今すぐ着けてきなさいっ!」


 ハルトはいろいろ気にしなさすぎる。


 自分が女の子になったことでさえも、全然気にしないのだ!



◆◇◆



「おーっすハルト」


 学校に着くなり、野球部の大賀(おおが)くんが挨拶代わりとばかりにハルトと肩を組む。彼とハルトは仲がいい。


 私はずいっと2人の距離を引き離す。


「仲がいいのはいいけど、それセクハラだから」


 私はハルトを守るように前に出て、犯罪者を見る目で大賀くんを睨む。まったく、油断も隙もありゃしないわ。


「え? 別にいいだろ、友達なんだから」大賀くんは言う。


「いいわけあるかっ。ハルトはもう女の子なんだから」


 5日前、ハルトは突然女の子になった。性転換手術とかそういうことではなく、原因不明の超常的チカラで美少女になってしまった。本人曰く、『朝起きたらこうなってた』らしい。


「そんな怒るなよユキ」ハルトは諌めるように言う。「俺は全然気にしてないぞ」


「あんたはもう少し気にしなさい。女の子だって自覚を持ちなさい」


 180センチ近い長身は見る影もなく、私と同じくらいの身長の華奢な女の子と化したハルトだったが、本人はそれを全く気にしていない。


「おはよー! ハルにゃん!」茶髪の女子がハルトの頭を胸に押し付けるようにして抱きしめる。「今日もかわいいかわいいねえ」


 彼女はかわいいもの好きの凜子(りんこ)だ。ハルトが女の子になってからというもの、その美少女っぷりにあてられてペットのように可愛がろうとする。


 私はぐいっっっっと2人の距離を引き離す。


「やめなさい!」


「なんでよう」


「ハルトは本当は男の子だって知ってるでしょ!」


 すると、ハルトが首を傾げる。


「ユキ、俺は女の子じゃなかったのか」


「女の子だけど、男の子なの!」


 ややこしいけど!


 当の本人が気にしていないこともあって、クラスは瞬く間に女の子のハルトを受け入れた。〈ある日突然女の子になる〉だなんて、字面が馬鹿みたいなだけで深刻な問題だと思っているのだが……まあ部外者には分からないでしょーね、私がどんなに大変か。


「はい愚鈍な下等生物どもー、席つけー」


 担任教師の杉原(すぎはら)先生が、面白くないことを言いながら教室に入ってくる。彼女はサバサバした性格の体育教師で、快活かつ適当な人だ。学校での1日は、朝のホームルームでの彼女のくだらない長話から始まる。


 隣の席を見ると、ハルトが外股に足を開いて爆睡している。ハルトはいつでもどこでも隙あらば寝られる才能の持ち主だ。彼の鼻ちょうちんを鉛筆の先でパチンと割ると、「ふがっ」と鳴き声をあげてむくりと起きる。


「寝るのはいいけど、足は閉じといてよ」


「足は開いていいけど、寝るのはよくないぞー」杉原先生が言う。「あたしの話を聞きなさい、めっちゃ面白い話してるんだから」


 そんなこと言われても、『卵かけご飯を作るときに、ご飯の真ん中に穴を開けて受け皿を作ったはいいものの、卵が双子だったため両端に逸れてしまった』話を真面目に聞けという方が酷だ。

 

「そういえば杉原先生」私は手を挙げて質問する。「今日の1限って体育ですよね」


「うん、そうだな」


「ハルトはどっちで受けるんですか?」


 どっちでというのは、男組か、女組かという話だ。


「あー、そう言えば決めてなかったなあ」杉原先生は顎に手を当ててウンウン唸った後、飄々とした態度で言う。「どっちでもいいよ」


 どっちでもいいって、どんだけ適当なんだこの人。まあ人類史上前例の無い出来事だから仕方ないかもしれないけど。


 ハルトを見ると、そんなことには全然興味なさげな様子でだらけている。「俺もどっちでもいいよ」と思っていることは明白だ。


「じゃあ、女子でお願いします」私は言った。


 私が見張っておかないと。



◆◇◆



「じゃあそうだなあ、まずはいつも通り隣の奴と組んでストレッチでもしとけ」


 そう言うと、杉原先生は倉庫にバスケットボールを取りに行った。


「俺と組んでくれる人、募集」


 ハルトはふらふらと手を挙げてそう宣言する。


 ハルトは仏頂面で愛想がいいとは言えないが、男女問わず分け隔てなく接する性格とシュールな雰囲気が功を奏し、皆に好かれている。美少女になったということでマスコット的扱いも受けており、「じゃあ私が組んであげる」という女子が現れること請け合いだ。


 ほら見ろ、凜子がスキップしながら彼の方に向かっている。


 私はつかつかとハルトに詰め寄ると、そのふらついた右腕をがしっと掴む。


「ハルト、あんたは私と。どさくさに紛れて女子と触れ合おうったってそうはいかないから」


 いくらハルトが女の子になったからと言って、心まで女性的になったわけではないだろう。授業の一環とはいえ女子と2人1組で身体を密着させるわけにはいかない。


 幼馴染として、私が犠牲にならなければ。


「おお、ありがたい」彼はそう言って私の手を握り返す。「早速ストレッチしよう」


「ありゃ、ハルにゃん取られちゃった」凜子はニヤニヤ笑って言う。「正妻の意地ってやつぅ?」


「誰が正妻だっ」


「だってすっごいお節介じゃん」


「別に、昔からの腐れ縁だから世話してやってるだけ」私はそっぽを向いて言う。「あれよ、悟空とブルマみたいな関係性よ」


「悟空とブルマとはちょっと違うと思うけど」


 私はハルトを座らせると、体重をかけて背中を押す。


「い、痛いぞユキ。もうちょっと優しくしてくれ」


「あんた、女の子になったんだからもう少し倒せるはずだけど。ほら、足首掴みなさい」


「無茶を言うなよ」


 言っておくが、私たち2人はまったくもって恋愛関係ではない。ハルトは私のことを女として見てくれないし、だからこうして密着していても、きっと何も感じていない。


 幼馴染なんて家族同然、例え異性であっても友達以上の関係にはなり得ない。


 まあ、今は同性になってしまったわけだが。


 彼の柔らかな背中をそっと撫でる。首筋から覗くきめ細やかな美白。繊細で美しい黒髪。傷一つない華奢なおてて。


 こんなに可愛らしいハルトを見るのは幼稚園のころ以来だ。


 昔はかわいかった、いつも私に引っ付いて回って、「ユキちゃんと結婚する」って言ってきかなくて。


 でもいつの間にかゴツくなって、かと思えば女の子になっちゃって。


 あんたは覚えてないでしょーけど、小さい頃に結婚の約束までしたんだよ。


 もう無理だけどね。


「ハルトさあ、本当に何も気にしてないの?」


「何をだよ」


「女の子になっちゃったこと」


「だってちょっと身体の形が変わっただけじゃないか」


 ちょっと? こんなでっかい乳しくさって、ナメとるんかワレ。私がうりうりと彼のおっぱいを突くと、「やめろよ、セクハラだぞ」と言ってくすぐったそうにはにかんだ。


 悔しいけどかわいい。


「私はいいのよ、幼馴染だから」


「なんだよそれ」


 なんだよはこっちの台詞だ。


 なんで、こんなかわいくなっちゃったのよ。



◆◇◆



 体育を終え、教室に戻る。


「ハルにゃんバスケで大活躍だったねえ」凜子が言う。


「俺、大活躍」ふんす、とハルトが鼻を鳴らす。


「そりゃ、女の中に1人男が混ざってたらそうなるわよ」


「ハルにゃんは女の子じゃん」


「女で男なのよ。あしゅら男爵みたいなもん」


「あしゅら男爵とはちょっと違うと思うけど」


 私はスプレー型の制汗剤を振り、脇口にノズルを向け噴射する。運動で火照った身体が冷やされ、気持ちがいい。


「ほらハルト、あんたも」


 どうせこういうケアには興味ないんだろうし、私がやってあげないとね。今の時代、たとえ男の子でも制汗剤くらい持っていて当たり前だと思うけれど。


「ユキにゃんさあ、なんか過保護すぎない?」


 凜子にそう言われる。そう思われるのも仕方がない、ハルトは女の子の作法なんか何も知らないんだ。寝癖をつけたままガニ股で歩いているようじゃ、この先やっていけないもの。


 これからは女の子の先輩として、幼馴染として、腐れ縁として、


 “女友達”として彼を支えていかなければならないんだから。


 グラウンドでのサッカーから、男子組が帰ってくる。


「あちーっ。ハルト、水くれ」大賀くんが言う。


「おお」


 ハルトは当然のように自分の水筒を大賀くんに差し出そうとするが、私はペシっと小手でそれを防ぐ。


「そういうのダメ!」


「え」


「間接キスになるでしょ!」


「今までは何も言ってこなかったじゃないか」


「今までは男同士だったからね!」


 まったく、油断も隙もありゃしないわ。



◆◇◆



 体育後の数学の時間、まだまだ身体に熱が篭る時間帯。


「ふあー、すずしい」


 ハルトは制服をまくり上げ、教科書を仰いでお腹に風を送っている。


「やめなさい」



◆◇◆



「じゃあ、ハルトくん? さん? ここ答えてくれる?」


 英語の時間、当てられたハルトは眠そうな顔のまま黒板の前まで歩いていく。


 スカートをベルトのホックに引っ掛けたことに気付かず、パンツ丸出しで。


「気付きなさい」



◆◇◆



 昼休み、トイレに向かうハルトを追う。


 案の定、男子トイレに入って行こうとする彼の襟首を捕まえて、強制的に女子トイレに連れ込む。


「こっちに来なさい」



◆◇◆



「見ろよハルト、すげぇーデカくね?」


「おお、これは、すげー」


 大賀くんと一緒に、グラビア本を眺めるハルト。その頭を丸めた教科書でスパァンと引っ叩く。


「女子が! エロ本! 見るな!」


「女子もエロ本見るよ!」


 凜子が対抗に出てくるが無視する。


 だいたい、ハルトの方が大きいっつーの!



◆◇◆



 そして放課後。


 私は机に突っ伏してうなだれていた。


「疲れた……」


「お疲れぃ」


 ハルトはまるで他人事のように無表情でサムズアップを決める。


「あんたのせいでしょーが!」


 この鈍感無神経馬鹿め。いくら何でもいろいろ気にしなさすぎだ。おかげで何回フォローに回ったか分からない。今日は疲れたな……。


「なあハルト、これからゲーセン行こうぜ?」


 大賀くんとその仲間たちがハルトの周りに集まる。私はガバッと起き上がって反論する。


「ダメよ、そんなこと言ってハルトをみんなでグヘヘするつもりでしょう! 騙されちゃダメ!」


「みんなでグヘヘってなんだよ……」大賀くんは困惑気味だ。「ハルトのことそんな目で見てねーよ」


 どうだか、男はみんなケダモノだってママが言ってたし。


「そうそう、ユキにゃんの言う通りさ〜!」凜子がハルトの腕を掴む。「ハルにゃんは今からあたしたちに“かわいいは作れる”されに行くんだから!」


 見ると、凛子の他にも数名の女子が目を光らせてこちらを見ている。


 こ、こやつら……ハルトをファッションモンスターにして遊ぶつもりだ。デパートや服屋に連れ込んでパリコレごっこをする企てだろう。


「それもダメ! ハルトが女の悦びに目覚めて、心まで女の子になっちゃったらどうすんの!」


「それ、何か問題あるの? ユキにゃん」


「と、とにかくダメなの!」


 前門の男子、後門の女子。彼らはどっちがハルトの放課後を好きにするかで言い争っている。くそう、こうなったらこのままハルトを連れて逃げ……。


「ちょっと待ってくれみんな」ハルトが口を開く。「実はこれから先約があるんだ」


 そう言って、彼は懐から何やら手紙のようなものを取り出す。どうやら既に開封済みのようだ。


 その手紙の真ん中に残されたシーリングワックスは、ハートを象ったものだった。


 一同驚愕。


 ラブレターだこれ!



◆◇◆



 学校の中庭のベンチに座るハルト、それを校舎の影に隠れて見守る私。


 息を呑むという表現がまさに正しい様相で、私は相手の男が現れるのを待つ。いや、そもそも現れるのは男なのだろうか? 女なのだろうか? それも分からない。


「もしかしたら人外やモンスターが来るやもしれんぞ」隣で杉原先生が言う。「あるいは火星人が」


「なんで当たり前のように先生も見てるんですか」


「こんな面白そうなイベント見過ごすわけにいくか」


 まるで見世物でも楽しむが如く、杉原先生はうひうひと笑っている。教え諭す立場の人間がこんな適当な感じでいいのだろうか、といつも思う。


「それにしても、つい5日前に女になったばかりのハルトにラブレターを贈るやつがいるとはなあ」


「問題はそこなんですよ、意味が分からないでしょう」


 ハルトの女の子化は学校中でそれなりに話題になったから、事情を知らないとは考えにくい。もしも冷やかしやイジメ目的だった場合、すぐさま助けに入ってあげないと。


 あっ! 来たっ!


 現れたのは長身痩躯、色素薄めで物腰も柔らかそうな、薄幸の青年だった。


 男だった。それもかなりのイケメンだ。品のいい佇まいは遠目にも分かるほどで、告白されたら無条件でOKを出す女子も多いことだろう。


 上履きの色は赤。ということは私たちと同じ2年生だ。でも誰なんだろう、こんなイケメン見たことないけれど。


「あ、あの、ハルトさん」イケメンは恥ずかしそうにそう言う。「お待たせしてしまってごめんなさい」


「いや、待ってはいない」ハルトはぽんぽんと自分の右隣の空いたスペースを叩く。「とりあえず座ってくれ」


 イケメンは「し、失礼します」と言ってお行儀よく足を閉じて座った。あれだけ言ったのにも関わらず未だにガニ股のハルトとは大違いだ。


「早速いい雰囲気じゃないか?」杉原先生が言う。


「馬鹿なこと言わないでください、ハルトは男の子です」


「男になったり女になったり忙しいな」


 イケメンはもじもじした様子で何も言わない。それを見かねたハルトが、ラブレターを取り出して言う。


「これを贈ってくれたのはキミでいいんだよな」


「は、はい……そうです」


城ヶ崎(じょうがさき)さん」


「はい、城ヶ崎です」


 どうやら彼の名前は城ヶ崎というらしい。相変わらずピンとこない。城ヶ崎なんて男子、うちの学年にいたっけ?


 すると、城ヶ崎くんは意を決してハルトに向き直り、深々と頭を下げて言った。


「ハルトさん! す、好きです! 付き合ってください!」


 杉原先生が私の肩をぐわんぐわん揺らす。「おお! キタキタ!」


 私といえば、未だに懐疑的というか、目の前で起こっている現象の全てを信じられないでいた。


 意味が分からないよ、つい先日女の子になったばかりのハルトにマジ告白なんて。城ヶ崎くんは何を考えているんだ。いくらハルトが美少女だからって、中身は立派な男の子なのに!


「でも俺、中身は男だぞ。つい5日前に女になっちゃっただけで。それは知ってるのか」


 ハルトが私の気持ちを代弁してくれた。そうそう、そこなのよ問題は!


「それでしたら問題ありません」城ヶ崎くんはにっこり笑って言った。「わたしも同じなんです」


 同じ?


「同じ?」ハルトが問う。


「はい、同じです」城ヶ崎くんは言う。「わたしも昨日、男の子になったばかりですので」


 ……は?


「なんだ、知らなかったのか」杉原先生が当たり前のことのように言う。「あの城ヶ崎は、ハルトと同じように性別が変わってしまった元女子だぞ」


 はあ!?


「昨日!?」私は杉原先生に食ってかかる。


「らしい」


「なんですかそれ、流行り病なんですかこれって!?」


「さあ、性別反転星人でも侵略しに来てるんじゃないか」


 なんでそんな飄々とした態度でいられるんだこの人! ハルトの時もそうだったけど、全体的に異常事態に対する驚愕度が低すぎるのよ!


 城ヶ崎って、もしかして隣のクラスの美人お嬢様の城ヶ崎さん? まさか男の子になっていただなんて……全然知らなかった。


 ていうか、何それ。


 じゃあお似合いになっちゃうじゃん。


「男の子になって1日過ごして見て、分かったことがあるんです」城ヶ崎さんは言う。「わたしたちにはしがらみが付き纏います」


「しがらみ?」


「ええ。ある時は男として、ある時は女として扱われたでしょう?」


「ああ」ハルトはぽん、と手をつく。「確かに」


「だから、その苦しみを分かち合えるパートナーが欲しいのです」城ヶ崎さんはハルトの手を握る。「わたしたちならそうなれます」


 今まで奥手だった城ヶ崎さんだが、一度スイッチが入ればグイグイいくタイプのようだ。


「わたし、昔からハルトさんのことを慕っておりました。飾らないその生き方に惹かれておりました。そして、性別が逆転した今もその気持ちは変わっていません。きっとこれは運命です。わたしたちは結ばれるべきだと思うんです」


 運命。


 確かに、そうとしか言えない。


 女の子になってしまったハルトの横にいるべきなのは、男の子になった城ヶ崎さんなのかもしれない。


 今見ているのは、ちょっと変わったラブストーリーの導入部分なんだ。どこからどう見たって、ハルトと城ヶ崎さんが結ばれるべきだ。


 少なくとも、単なる幼馴染の私よりは。


「うわ〜、城ヶ崎ってこんな重いタイプだったんだなあユキ……ってどこ行くんだ?」


 私は杉原先生に背を向け、帰宅しようとする。


「すみません、もう帰ります。結果は明日の朝教えてください」


「ここからがいいところじゃないか」


「無理です、もう見れません。運命的すぎて直視できません」


「はあ? 何を言っているんだおまえは」


「とにかく帰ります。お疲れさまです。さようなら」


 帰り際、「そんなに気にするようなことかね」と杉原先生の呆れ笑いが聞こえる。


 あなたたちが気にしなさすぎなんだ。



◆◇◆



 私は自分の部屋の隅に体育座りをして自嘲気味に笑う。アハハ……まさかこんなことになるだなんて。幼馴染が女になって、男になったお嬢様に運命的に奪われるだなんて。もはや自分でも何を言っているか分からないが、全部事実だ。


 ぶっちゃけ、私は現状に甘えていた。ハルトには私がいないとダメだからって、この立ち位置をキープできると思い込んでた。


 でもハルトは女の子になったし、支えてくれる理解者も現れたし、鉄壁の牙城が一瞬にして崩された気分というか、そんなものは砂上の楼閣だったというか。


「ああ〜、神様なんてどこにもいないんだ〜」


「なんの曲の歌詞だ?」


「うわぁ!」


 振り向くと、ベランダを伝って窓からハルトが侵入してきていた。


「ちょ、窓から入ってくんなって言ってるでしょーがっ」


「いいじゃないか、女の子どうしになったんだから」


「理由になってないわ!」


 つーか、なんであんたがここにいんのよ。城ヶ崎さんはどうしたのよ。


 そこで、ハルトが右手に紙袋を携えていることに気がつく。


「なにそれ」


「ケーキ」


 どん、とその中からワンホールのケーキを机の上に置くハルト。チョコレート・プレートには『ユキ殿、いつもありがとうございます』と書かれている。


「今日はユキの誕生日だから」


 あ。


 そうだっけ。



◆◇◆



「自分の誕生日忘れるなんて、抜けてるなユキは」


 あんたにだけは言われたくない、と言い返そうとしたがやめた。確かに自分の誕生日に気が付かないなんて天然以外の何者でもない。連日の性転換騒動でいっぱいいっぱいだったという言い訳はきくが。


 ホールケーキを切り分け、フォークで刺して食べる。美味しい。美味い。美味。


 ハルトは毎年欠かさず私の誕生日を祝ってくれる。忘れっぽくて適当な性格の彼だが、この日だけは絶対に忘れない。


「誕生日おめでとう」


「……ありがと」


 手渡された誕生日プレゼントは、文字入りのダサTだ。荘厳な筆致のフォントで『人生楽ありゃ苦もあるさ』と印刷されたハルトオリジナルのTシャツ。去年は『上様を騙る不届きものじゃ』だった。


 フレーズのチョイスも使用用途も謎だが、オーダーメイドなのはいじらしい。だからこんなダサいTシャツだけど、パジャマ代わりに使ってあげている。


「それにしても、こんなに早く帰ってきちゃってよかったわけ?」


「何が?」


「城ヶ崎さんに告白されてたじゃん」


「ああ、断ったが」


 なんでそんなもったいないことすんのよ。


 同じ境遇の人なんか2度と現れないだろうに。


「なんて言って断ったのよ」


「俺はユキが好きだから、付き合えないって言った」


「ふーん」


 ふーん。


 ……ふぅぅぅぅぅぅぅん!?!?


 私は思わず、食べていたケーキを鼻から噴き出した。


「な、ななな、突然なに言ってんのよ!」


「大丈夫か、鼻からスポンジが出てるぞ」


 鼻から覗いたスポンジを取り、喉に詰まったケーキのかけらをジュースで流し込む。この野郎、爆弾発言しやがって。野郎じゃないけど。


「好きって、アレよね? 家族的な意味の好きよね!」


「家族的な意味?」ハルトはかわいく小首を傾げる。「まあある意味そうだな、俺たち結婚するんだから」


 第二の爆弾発言に今度は鼻からジュースが飛び出る。


「げほっ、げほっ! おえっ!」


「だ、大丈夫か。ぶっ壊れたマーライオンみたいになってるぞ」


 なんでこんなタイミングで! 十数年一緒にいて、女の子どうしになってから!?


 なにこいつ! 好きとか! 結婚するとか! 突然わけ分かんないこと言ってんじゃないわよ! 


 突然女の子になって! 突然男の子に告白されて! 


 かと思えば突然私に好きって言ってきて。


 誕生日も結婚の約束も、全部覚えてて。


「う、うう」


「ユキ、なんで泣くんだよ」


「わたっ、わたじも、ずっと好きだったからあ」


 私は彼を抱きしめる。ケーキみたいに柔らかい、女の子の身体。


「でもっ、あんだが女の子になっちゃってっ、これからずっと友達のまんまなんだって、思ってたがらあ」


 5日前、ハルトが女の子になった日から、私はずっと後悔してた。こんなことになる前に、思いを伝えられてたらよかったって何回も思った。


 恋人として彼と肩を並べる日は、2度と来ないんだって思ってた。


「ユキはそんなこと気にしてたのか」


「きにっ、するよ! だって、女の子どうしで付き合うとかっ、おかしいもんっ」


「おかしいかな」ハルトは私の頭を優しく撫でる。「俺は全然、気にしない」


 もしもユキが男になっても、モンスターになっても、実は火星人だったとしても、ずっと好きでいられると思う。


 彼はそう言った。


「うん、うんっ」私は彼の胸に顔を埋めながらうなずく。「だったらっ、私も、もう気にしないから」


 だって私は、男だからハルトが好きだったわけじゃない。


 ハルトだから、ハルトが好きなんだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「今日の私、ウザかったでしょ」


「ん」


「あれもダメこれもダメって、教育ママみたいに」


「それはいつものことじゃないか」


「は!? いつもウザいってこと!?」


「いや、助かってる」彼は平然と恥ずかしい台詞を吐く。「俺にはユキがいないとダメだ」


 そう言って、その可憐な顔立ちをにへらと崩す。ハルトは抜けてて忘れん坊で、デリカシーもセンスのかけらもありはしないけれど、


 かわいくてかっこいい、私の自慢の恋人だ。


「て、ていうかさ。ていうかの話よ? もし結婚することになったら、どっちが“夫”でどっちが“婦”になるんだろうね、みたいな」


 やっぱり、ハルトが夫だろうか。


 ハルトは腕を組んで、しばし考え込むふりをしてから言う。


「うーん、どっちでもいいな」


「どっちでもいいんかい!」


 TSした幼馴染が、いろいろ気にしなさすぎる!


 (おしまい)


読んでいただきありがとうございました!

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