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最高傑作②

「ねえ碧ちゃん、この雲の写真すごくきれいだからここにテマソンの絵を入れ込んだら完成じゃないの?」


チャーリーが壁に映し出された画像を見ながら碧華に聞き返した。


「それだったら今までの詩集と変わらないんですよ。今回は雲をテーマにしてるんです。それを引き立たせるためにはチャーリー叔母さんの花がインパクトになると思うの」


「ねえ、じゃあ…雲の写真の下にチャリーの花を飾って撮影するんでしょ。じゃあ左側の碧ちゃんの詩の下の方が殺風景にならない?私にお城の絵とか風景の絵を描かせてもらえないかしら。右側の絵と詩のイメージを損ねるような絵は描かないから」


「風景画ですか?いいんじゃないですか」


ボンズが言うとテマソンが反論した。


「ちょっと待って、ママン絵を描けるの?子供の落書きとは違うのよ、時間もないし、無理に決まってるでしょ」


「失礼ね、あなたが絵が得意なのは私の遺伝なのよ」


そう言うとヴィクトリアは立ち上がるとホワイトボードにマーカーでサラサラと城の絵を描き始めた。


「すごいわママン、テマソンより上手じゃない。ママンが手伝ってくださると百人力よ」

「確かに上手ね。じゃあ今回は私の絵はいらないのね」


碧華が言ったすぐ後に不機嫌を隠そうともしないでいうテマソンに碧華がすかさず言った。


「あらそんなことはないわ。テマソンには叔母様の花が加わった写真のすき間とかに妖精を描いてもらいたいもの。私の詩集にはSKYのイラストがないと完成しないでしょ」


「あら、仕方ないわね」


その場にいた全員はこの二人のやり取りを聞いて、感心したように碧華を見ていた。テマソンも碧華の一言ですっかり機嫌を直していた。


「じゃあ、最初に詩にあう雲の写真を照合してから、それに合う風景と花をシャリーとチャーリー叔母様とで決めて撮影してくれる。合成はティムお願いね」


「了解しました」

「シャリー、アマンダに連絡ついた?」


「ええ、叔母様の作業道具は一時間後届く手筈になったわ。花はアマンダが途中の花屋で適当に買ってきてくれるらしいわ」


「そう。じゃあ撮影が完了したらテマソンが妖精を描き込んでいってね。テマソンはぶっつけ本番になるけど大丈夫よね?」


「問題ないわ」


テマソンの言葉を聞いて碧華は大きく頷きつつ、完成している英語に訳された詩集の画像をチェックしだした。


「はあ・・・毎回思うんだけど、英語で書くとなんかイメージが変わるのよね。写真が完成してから英語の字体を選び直さないと駄目ね」


碧華は会議室の大きなスクリーンに映し出された英文が書かれた一ページ目の詩を眺めながら呟いた。


「じゃあ、今回は日本語で載せてはいかがですか?後ろに英訳を付けて」


そう提案したのはボンズだった。


「日本語で?それはさすがにダメなんじゃないの?日本で発売するのとはわけが違うでしょ。そんな詩集販売してもここでは売れないじゃないかしら?」


「AOKA・SKYの詩集は一種の芸術作品ですから問題ないと思いますよ。テマソンの意見はどうだ?」


「そうねえ・・・今回は詩の横ページを凝った演出にするんだから、詩集というより、写真集的なコンセプトでもいいんじゃないかしら、雲の写真も碧華自身が撮影したものなんでしょ。詩をメインに読むんじゃなくて目で楽しむ本にしてもいいんじゃないかしら」


「そうですよ。それでいきましょう。目で楽しむなら、この際日本語で碧華さんの直筆の崩し文字の詩集にしてはどうですか?表紙にも碧華先生の直筆詩集だっていうのを載せれば、ファンは感激すると思うんです。日本語が読めなくても後ろに翻訳を付け加えておけば問題ないと思います。今回は一つ一つがそれほど長い文章はありませんから締切りまでは間に合うんじゃないでしょうか?」


ティムが手元にあった碧華の手書きの原稿に目を通しながら言った。


「えっ?今から私が書くの?これ全部?」

「何言ってるのよ、私達は今から作業するんだから。あなたも書きなさいよ」

「えええ~」


会議室に碧華の悲鳴がとどろいた。だが全員一致により早速厳戒態勢がとられ、作業効率のいい流れ作業ができるように机の配置を変え、一時間後作業が開始された。

碧華も詩を手書きすることとなり、碧華が詩を書いた紙に今度はヴィクトリアが絵を描き入れていくという作業が開始された。


「ねえ、お姉様」


碧華が詩を書き込むまでの時間、大量に持ち込まれた花を一つ一つチョイスしながら撮影テーブルに見事に花のアーチや花のテーブルなど作り上げていくチャーリーの作業をのぞき込みながらチャーリーの花をちりばめる作業を手伝っていたヴィクトリアに小さな声で囁いた。


「なあに」

「なんだかワクワクしない?」

「そうねえ、でもあなた大丈夫?眠くなったりしないの?」

「大丈夫よ!だってこんなワクワクした作業するの初めてなんですもの」


チャーリーは四方全部に雲の写真を張り付けた段ボールの中に針金を器用に使い見事な花のアーチを作りながらヴィクトリアに囁いた。


「そうね、一夜限りなんて寂しいけれど、何かをみんなで協力してやるのってワクワクするわね」

「私ね、ずっと思っていたのよ、碧ちゃんはきっとマティリア様なんじゃないかって」

「えっ?どうしてそう思うの?」


「だって、碧ちゃんと会ってから私毎日楽しくて仕方ないのよ。私出来損ないじゃないって気づかせてもらったんだもの。信じられる?お父様にもお母様にも私は出来損ないだって見捨てられていたのよ。唯一マスターできたのは日本語だけだったわ。こんなの覚えたって役にも立たないって思っていたけど、日本語が話せるおかげて碧ちゃんとも親しくなれたし、私仕事ができるようになったのよ。この間も、先生って言われちゃったのよ。私が先生よ。お父様やお母様が生きていらしたらどうおっしゃったかしらね」


「あら、誇りに思って下さったわよ。あなたには才能があるんだもの。これ素敵じゃない、空にかかる花の虹なんて素敵、碧ちゃんの詩にぴったりだもの」


「ふふふっ、不思議なのよね。碧ちゃんの詩を読んでるとイメージがどんどん沸いてくるの。時間がないからこった演出はできないけど、お花ならたくさん買ってきてくれてるし、こんな楽しいことは私始めてよ」


「そうね、私もよ。マティリア様・・・もしかしたら本当にそうなのかもしれないわね。この歳になってこんなに楽しい人生が待っていたなんて思いもよらなかったもの。本当にそうかもしれないわね」


ヴィクトリアは胸のクロスを取り出すと目をつむって祈りを捧げた。


「でも今日のことリリーちゃんが知ったらまた怒り出すかも知れないわね」

「リリーならもう知ってますわよ」


チャーリーの作業している隣でパソコンで画像編集作業をしていたシャリーが話しに割り込んできた。


「あらどうして?あの子今日はパーティーがあるって言っていたわよ」


シャリーの言葉にヴィクトリアが答えた。


「それがさっき、別の日の用事で連絡があった時に私口を滑らせちゃったのよ。ヴィクトリアおば様やチャーリーおば様も参加して新しい詩集の会議だって言ったら、すっごい機嫌が悪くなって今からこっちにくるって言ってましたわよ」


「ええ~!リリーが来るの?どうして喋っちゃったのシャリー、あの子が来るとうるさいじゃない」


後ろに座っていたテマソンが話しに割り込んできた。


「だって、今何してるの?なんて聞かれるととっさにうまい嘘つけないんだもの私・・・でもやっぱりまずかったかしら…」


「そうねえ・・・自分も何かやらせろってうるさいかも知れないわね。作業が滞らなきゃいいんだけど・・・」


「あら大丈夫よママン、リリーお姉様ってセンスがいいでしょ。全体の仕上がりの修正チェックをお願いしましょうよ」


心配そうにいうヴィクトリアに完成した一枚の紙を手に持ってきた碧華が言った。すると、予想通り早速テマソンの携帯電話が鳴り響いた。


「ハロー」

〈テマソン、みんな集まってるのにどうして私に声をかけてくれないのよ、ひどいじゃない!〉


「何よ、あなた今日はパーティーがあるんでしょ、詩集は時間ギリギリだから明日までに仕上げないと間に合わないのよ」


〈あら、パーティーは断って来たわよ。今地下駐車場にきているから私も入れなさいよ、ガードマンが社長の許可がないと中に入れないっていうのよ〉


「そうだったわね、でもねリリー、あなたが来ても何もすることないわよ」


〈あら、私はこう見えてもセンスはいいのよ、どこがダメかチェックぐらいできるわよ。いいからつべこべ言わずに編集室に入れなさいよ。じゃないと店に行って叫んでやるわよ〉


「はあ、もうわがままなんだから、今行くから下で待ってなさい」


テマソンはそういうとリリーを迎えに行くべく、立ち上がり部屋を出て行った。

   


リリーがテマソンと共に編集室に上がってくると、既にみんなそれぞれの持ち場で忙しそうに作業に取りかかっていた。


「リリーお姉様いらっしゃい。お姉様の椅子はその端よ、まだ完成作品がないけど完成したら順次バランスのチェックをお願いしてもいいかしら」


入ってくるなり碧華から仕事の依頼を受けたリリーは上機嫌で自分の席に陣取った。

それから数時間は全員自分の担当の作業を淡々とこなしていた。テマソンも途中自分の本来の仕事をかたずける為に時々ぬけながら仕事を片づけていた。


「ちょっとテマソン、遅いわよ。あなたが絵を描かないと仕上がらないでしょ」


そう言い放ったのはリリーだった。リリ―は一番奥の場所に座り、テマソンが描きこむ以外は完成しだした作品に目を通しながら言った。


「何よ、私も忙しいのよ」

「だったらなおさら早く描きなさいよ」

「はいはい、じゃあ追い込み頑張るわ」


そういうと、テマソンは首をまわしてリリーの隣の席に座り、最終段階まで仕上がっている作品に目を通した。


「あらこの周りのフレームは誰が描いたの?」


「ママンよ、あっちで描いてるでしょ。最初は入れる予定なかったんだけど、あった方が素敵でしょ」


リリーが完成した作品をテマソンに見せながら言った。そのフレームを書くよう提案したのはリリーだった。リリーはそういって広い会議室の反対方向の長いデスクの先で筆を走らせているヴィクトリアに視線を向けた。


「すごく素敵じゃない。でもなんだかこの絵、ごちゃごちゃしすぎていない?これの横に碧華の字も入るんでしょ。そこに私の絵も描きいれたら詩自体がぼやけてこないかしら?」


完成した絵をみて言った。


「あら、あなたのみているのは最後の絵よ、今回の詩の基本テーマは雲なのよ、雲から見下ろした時に見える地上の楽園をイメージした景色を描いてみたいって碧ちゃんがいうからその形にしたのよ。あなたは花の間から少し顔を出して空を見上げている妖精の絵を描き入れてくれればいいのよ。この一枚には碧ちゃんの字は『すべてのものに幸あれ』の一行だけだからこれでいいのよ。妖精を入れる場所に付箋を付けているでしょ」


「わかったわ.妖精のイラストは好きに描いていいのよね」

「ええ任せるわ」


リリーの言葉を聞いてテマソンはラストの絵から描きだした。楽しそうにスラスラと絵を描き始めたテマソンに碧華がその様子をのぞきに近づいてそっとその絵をみて何か囁いた。テマソンはその碧華の言葉に何か言っていたようだったが誰も気に留める者もいなかった。それはとても小さな絵で寄り添う妖精たちと周りには三人の魔法使いがお揃いの可愛い衣装をきて描かれていた。その絵はとても小さく、テマソンの思いに気付いたのは碧華だけだった。


「ねえ、テマソン、来世はこんな世界でみんなで楽しく過ごせたらいいわね」

「そうね、あなたも忘れちゃ駄目よ。次の世では幼馴染をするんでしょ」


大勢のスタッフに囲まれながらにぎやかに作業をする者たちの中、この二人の会話を聞いていた者はほとんどいなかった。だが、二人の笑みが交差したのにヴィクトリアだけは気付き一人ほほ笑むのだった。




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