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最高傑作①

カリーナのパーティーの後アトラスに戻った碧華はディオレス・ルイの新作発表会も無事終え、いよいよ詩集の新作発売が目前にせまり、朝から編集部にかんずめ状態になっていた。碧華は編集室の自分用のデスクに座りながら肘をついてボーっと窓の外を眺めていた。


「ねえ碧ちゃん、詩はすごく素敵なんだけど、絵はどうするの?今回はテマソンに何も描いてもらってないんでしょ。写真もどうするの?」


「そうなのよね」

「今回の碧ちゃんのコンセプトにあいそうな写真私何も撮っていないわよ」

「うーんそうよねえ」


碧華はどことなく上の空で返事をしているようだった。碧華はボールペンを右手でもち、窓の外を眺めながらシャリーの返事にもそんな調子で生返事を繰り返すばかりだった。碧華の後ろでは締切りが迫るのを焦りながらも何も言えず碧華の後ろをいったりきたりしている担当のテイムの姿があった。


編集長のボンズは面白そうにその様子を眺めてはいたが何も言わなかった。ダンが小さい声で耳打ちした。


「編集長、明日までに形にしあげないと印刷が間に合いませんよ。本当に大丈夫なんでしょうか?新作の発売日予告だけでタイトルはおろか表紙すら決まっていないんですよ」


「心配するな。なんとかなるさ。しかし碧華先生は相変わらずだな。あの様子だと、今は天からひらめきがおりてくるのを待っているんじゃないかな。始まったら忙しくなるから今のうちに心の準備をしておけよ」


そう言ってボンズは碧華の隣で必死で話かけているシャリーの声を上の空で聞きながら、相変わらずボーっとして外を眺めている碧華を見ながら笑いながら言った。


「もう編集長まで何をのんきなことを言ってるんですか?」


「お前は焦り過ぎなんだよ。浮かばないもんはしかたなかろう。締切りと言っても我が社は書店に納品はしないんだからネットで遅れる謝罪文を掲載すれば済むだろう」


「何を悠長なことを言っているんですか?もし発売日に間に合わなくて暴動が起きても知りませんよ。見て下さいよあれ」


そう言って指さしたのは、ビルの向いにある公園の入り口付近にいる人だかりだった。公園の入り口をぐるりと取り囲みかのように一定感覚に警備員らしき人達が続々と集まって人達の誘導をしているようだった。


「なんだあれは?あんなの朝来る時はあったか?」


「気づいていなかったのですか?もう何日も前から定期的に一日に二度行列ができているんですけど、ああやって新たに人が次々にくていて昨日あたりから行列は伸びる一方ですよ」

「はあ?何を待つ行列なんだ?」


「AOKA・SKYの一週間後の新作の発売日を待っている人達の行列に決まっているじゃないですか!前作が一人一冊まで店舗限定のプレミアグッズつきで千冊限定販売やったでしょう。今回もあるんじゃないかってあの行列なんですよ」


「はあ?我が社はそんなこと告知してないはずだぞ」


「そんなのみんなわかってますよ。わかってて並んでいるんですよ。先頭集団は雇われている人達みたいですけど、必ず朝九時には碧華先生のファンクラブのご婦人方が来てしばらくおしゃべりして帰って行っているようですよ。我々が何もしなくてもきちんと統制がとられているようで、しっかり組織化してるみたいです。周りの通行人の邪魔にならないようにきちんと一列になって並んでいるんですよ。そして七時~九時と六時~八時の間に点呼をとってまた解散するんです。配られた番号札には先頭の人間の携帯電話が書いてあって、急用で点呼におくれる場合は連絡して正当性が認められれば多少遅れてもいいらしいですけれど、認められない場合はまた後ろに並び直しらしいですよ。今日七時半ごろ出社してきた時にざっと数えたら三百人ぐらい既に並んでいたみたいですよ」


「なんだそれ?」

「わが社は認めていないぞ?」


「そうですけど、そうでもしないと収集がつかないし、夜中まで並んで何か事件にでもなるとそれこそ大変なことになるから社長も見て見ぬふりをしてるみたいですよ。今の所キチンとファンの連中も理解して従っているみたいですけどね。発売日前日から徹夜で並ぶとか噂がたったから社長が急遽それは危険だからって禁止にして、発売日開始時間を午後の三時に変えたんですよ。前日から並ぶのは禁止、並ぶなら当日の九時からにしてってファンの人達に言ったらしいですよ。守れないようなら販売はしないってね」


「しかし、すごい人気だね。今やファン層はアトラスにとどまらずヨーロッパ全土から注文の問い合わせがきているみたいだしな。まっ碧華先生は相変わらずだけどな」


「そこなんですよね。今回なんかリュックと小さなキャリーケース一つだけもってパーカーにジーンズ姿で、髪の毛なんか暑いからって後ろに一つくくりだけしてスッピンできて社長に怒られてましたよ」


「碧華さんらしいですね。まったく偉ぶった所がないんだから。今朝なんかも僕が出勤したらシャリーさんと二人で掃除してましたよ。昨日から掃除担当者もこのフロアには出入り禁止になったからって」


「そうですね、発売日が近づいているからスクープを狙うファンが現れかねないですもんね。まだまったくできていないですけどね。碧華先生もよく空港とかで騒ぎになりませんでしたね」


「そうだね。その点ではファン層がしっかりしてるんだろうね。ついこの間、ファンクラブの掟に日本での碧華さんの生活にはぜったい干渉しないっていう鉄の掟をあらたに強化されたらしいですよ。なにせその気になったら日本にも平気でいける金持ち連中が多いですからね。まあ親衛隊長はあのカリーナさんですからね、彼女に睨まれるとこのアトラス社交界では生きていけませんからね」


「そこなんですよね。碧華さんはすごいですよね。彼女に平気で意見するんだからね。この間の作品もそうだったけど、すごい人物を味方につけましたな」


「そこが魅力なんじゃないですか。碧華さんの今回の詩を読ませてもらいましたけど、僕不覚にも泣いちゃいました」


「言葉のマジシャンだな彼女は」


「だけど・・・本当に間に合うんでしょうか。今回は詩以外は何も決まってないみたいですし」

「そうだな・・・なるようになるさ。おや、見ろ何かアイデアがおりてきたようだぞ」


 ビンズはそういうと碧華を見ながら言った。


「決めた!」


その時、空を眺めていた碧華が急に立ち上がると叫んだ。


「碧華先生、コンセプト決まったんですか?」

「ええ決めたわ。雲よ!」

「はあ?」


その場にいた一同が同時に言った。


「碧ちゃん?くもってどういうこと?」

「だから今回の詩につけるのは雲にするのよ」

「え?くもって動物の蜘蛛?それとも空の雲?」

「空の雲よ」


「あんなのどうやるの?ただ白いだけじゃない。碧ちゃんの詩に白い雲をつけるだけなの?」


「違うわよ。あのね、実は私あなたに誕生日プレゼントにもらったカメラでずっと雲の写真を撮っていたのよ。雲ってすごいのよ色んな色や形をするのよ。朝や曇りの日や季節にもよって違うし、まだ五か月も撮影してないけど、かなりいいのがあるのよ。データ持ってるからそれを使おうかなって、シャリーには雲のいらない部分を削って編集してもらいたいのよ」


「じゃあ、今回は絵は描かないの?」


「うーんまだ決めてない、一度印刷してみて詩を組み合わせてみてから考える」


そういうと碧華は机の横にかけていたリュックからカメラのデーターを取り出すと、パソコンに接続し、データを読み込ませた。そして、パソコンを使って雲の画像を抜き出した。


「あらすごく素敵な雲の形ね」


「でしょ。え~とこれなんか、端の部分とか消せば、時の彼方の詩とあう気がするのよね。あとそうね~これ朝とったものだけど、この下は本当は、山や建物がまだ黒くぼんやり見えていてね所々灯りがともっていたんだけど…そういう写真か絵とあわせられないかしら」


「そうですね。できないことはないと思います。例えば」


 碧華の席の後ろで様子をうかがっていたティムはそういうとパソコンのマウスを操作して器用に、碧華が言った通りのことを画面状に作りだした。


「あらすごいわね。じゃあ次はこれね。この詩はね、これなんかいいんじゃないかしら?」

「飛行機雲よ、まっ直ぐな道に似てるでしょ」


「そうね、でもこれだけってなんだか殺風景じゃない?」


シャリーはそういうと、自分のファイルの中から飛んでいる飛行機の写真を開きながら言った。


「この飛行機と飛行機雲をクロスさせたらどうかしら、下で少年が見上げている絵とかあったらいい感じにならないかしら?」


「素敵ね、シャリーあなた色んな写真撮ってるのね?」

「あっあらそうでもないわよ」


シャリーは褒められて嬉しそうに真っ赤になりながらその写真のデータを探し出した。


「じゃあ、少年の絵はテマソンに後で描いてもらうことにして、次ね」


碧華はそうして次々と英訳済みの詩に雲の写真を重ねていき、印刷してみて長いテーブルの上にそれらを並べて一通り形が見えてきた所で作業の手が止まった。それらを一つ一つみながら首を傾げだした。


「なんか違うのよね。どうしてかしら、さっきはいいと思ったんだけどな」


碧華は大きなため息をつきながら言った。


「あらそう、素敵じゃない」

「う~ん何か違うのよね。なぜかしら、ときめかないのよね」


その様子を見ていたボンズがその様子をのぞき込みながら言った。


「そうですね。スッキリしすぎているのではありませんか」

「えっ?」


「今回は雲がテーマとのことですが、詩と雲の写真がメインではスッキリしすぎているのだと思いますよ。もちろんこれでも十分いい感じにはなると思いますけれど、華やかさがない気がしますね。どうです。今回は絵画にしては?一階のフロアにかけてあるような社長の絵とチャーリーさんの花も入れ込んでみてはいかがでしょう。横に碧華さんの日本語の手書きの詩が入れば、ただの詩集ではなくて絵画集みたいな感じになっていいできになるのではないでしょうか?」


「あらいいわね。あっじゃあ今回にはいれてないんだけど、別の詩もあるのよ。チャーリー大叔母様の花をイメージした詩も書いてあるの。花をテーマにして、そうだ。シャリーの動物をテーマにした詩もあるのよ」


碧華はそう言ってカバンの中からファイルを取り出すと、数枚の紙を取り出した。

そこにも碧華の字で素敵な詩が書かれていた。


「素敵ねえ、ねえテーマ別にわけて作ればいいんじゃないかしら。花冠の園、生きとし生けるもの達の園、そして自由の風のその先とかどうかしら?どれも風景には空が見えるから碧ちゃんの雲の写真は使えるし」


シャリーの提案に一同がシャリーに視線が集中し沈黙が続いた。


「わっ私変なこと言った?」


「素敵、素敵、シャリーそのフレーズ気に入ったわ。それにしましょうよ。じゃあ問題は花ね。チャーリー叔母様の予定をアマンダに聞いてみてくれないかしら」


「OK」


シャリーはそういうと早速携帯でチャーリーのマネージャーであるアマンダに電話をいれた。


「ありがとう」


そういって電話を切るなり興奮した様子でシャリーが言った。


「チャリー叔母様、今日は仕事をお休みしてヴィクトリア様とおでかけしているんですって」

「そうなの」


その時碧華の携帯が鳴り響いた。


「ハロー、ママン」

〈碧ちゃん、もうすぐお昼休憩でしょ。今から食事に行かない?〉

「ママン今どこにいるの?」

〈ディオレス・ルイの地下駐車場よ〉

「えっ、ここにいるの?もしかしてチャーリー叔母様もご一緒だったりします?」

〈ええいるわよ。かわりましょうか〉

「いいえ、大丈夫ですわ。いらっしゃるならすぐにおりて行きます」


碧華はそういうなり携帯を切って叫んだ。


「シャリー、チャーリー叔母様の確保に行くわよ。ティム、今から近くのケーキ屋さんとパン屋さんに急いで昼食の買い出しに行ってきて、領収書も忘れないでね。みんなで昼食を食べながら作戦会議をしましょう。編集長さんはテマソンを捕まえてきて、他のみんなは会議室にジュースとお菓子も用意しておいてホワイトボードもよろしくね」


それだけ指示をすると、碧華はシャリーと共に編集部を飛び出していった。


「さてさて、面白くなってきましたな。お前さんは今日は徹夜大丈夫か?」

「もちろんです。昨日は思いっきり寝だめしてきましたから」


「わしもだ、ワイフに今日は帰らないかもしれんというと、帰って来なくてもいいですって逆にいわれたよ」

「もう慣れっこですね。愛想をつかされませんか?」


「何、それがすっかり碧華先生の虜になってしまってな。仕上げるまで帰ってくるなっていう意味らしいんだ」


「家も一緒ですよ。昨日なんかもどうして仕事に行かないんだって逆に叱られましてね」


「わっははは!どこも同じだな。さて、準備をしますか。今回も面白くなりそうですな」


そういうとそれぞれの持ち場につき戦闘準備に取りかかった。



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