ライフの宣言とエンリーの決断②
それから更に二時間後、急遽駆けつけたテマソンとヴィクトリア、それにビルとリリーが一堂に食堂に集まり、壁にかけられている巨大なテレビモニターには日本の桜木家も既に勢ぞろいしていた。もちろんエンリーもいた。
ダイニングルームにはリリーとビル、テマソンとヴィクトリアが座り、縦長のダイニングテーブルの先の壁には五十インチの薄型テレビからは桜木家が映し出されていた。その反対側のダイニングテーブルの先にはライフが座っていて、皆ライフが話し出すのを待っていた。しばらく沈黙が続いて、ライフが大きく深呼吸をして話し出した。
「僕は大学に入ってから僕なりにずっと考えてきたんだ。父さんの仕事もみてきた。大学で経営学も学んできた・・・はあ・・・結論からいうよ」
そう言ってしばらく沈黙が続いた。ライフは一度目を閉じて深呼吸をしてから重い口を開いた。
「僕は将来、レヴァント家の当主にはなるつもりだけど、リーベンス社は継がない」
ライフの発言に一同は驚きのあまりしばらく言葉をなくしていた。その沈黙を破ったのは碧華だった。
「それでライフ、あなたは何になりたいの?」
碧華の言葉で正気になったリリーが立ち上がりライフに向かって叫んだ。
「ライフ!あなた自分が何を言ったのかわかっているの?リーベンス社を継がないってどういうことなの?会社を捨てるっていうの?あなた会社を継がないで何をするっていうの?よく考えもしないで適当なこと言ってるのなら許さないわよ」
興奮しているリリーを隣にいるビルが宥めた。
「いい加減な気持ちで言ってるじゃなよママ、父さんだって気づいてるんでしょ。僕が大学を卒業してからリーベンス社に入ってもあの会社の社長になれる器じゃないって」
ライフの発言にビルは何も答えなかった。その代わりに、テマソンが訪ねた。
「ライフ、さっき碧華が聞いたように、あなたはリーベンス社に入らないのなら何になりたいの?」
「そうですよライフ、あなたが他にやりたいことがあるなら、何もリーベンス社を継ぐ必要はありませんよ。でもね、レヴァント家の当主となるということは将来グラニエ城を引き継ぐということなのですよ。普通のサラリーマンではグラニエ城は維持管理はできませんよ」
テマソンの後に発言したのはヴィクトリアだった。
「そうだよね、僕は自分がどれだけの才能があるのか、全然わからないけど、一つだけ確かなことがある。僕は会社の経営は無理だ。僕がやりたいのは・・・僕がやってみたいのは・・・」
ライフがどうしてもその先が言い出せずにいた。
「何がやりたいの、はっきり言いなさいよ、言えないの、やりたいことなんて本当はないんじゃないの。あんたはただ、リーベンス社に入りたくないだけなんじゃないの!」
リリーは今にもライフに掴みかかりそうな勢いでライフを睨みつけて叫んだ。その言葉に何も言い出せずに黙り込んでしまったライフの代わりに答えたのは意外にも優だった。
「ライフさんはテマソン先生みたいになりたいのよね」
優の言葉に一番驚いたのはテマソンだった。
「私みたいになりたいですって?ライフ本当なの?」
長い沈黙の後ライフがようやく口を開いた。
「うん、僕は…デザイナーになりたいんだ。バッグだけじゃなくて服なんかもデザインして、トータルでコーディネーターができるデザイナー兼ファッションコーディネーみたいな仕事をしたいんだ。リーベンス社にもファッション部門があるけどさ、バッグデザイン部門はないだろ、だから、将来、ディオレス・ルイとリーベンス社のファッション部門を統合して、一つにしたいんだ。僕はそのトップになりたいんだ。そして、リーベンス社の社長にはエンリーお前になってもらいたいんだ」
ライフの告白に一同は言葉をなくしていた。最初に口を開いたのは名指しされたエンリーだった。
「おっお前、自分が何をいったのかわかってるのか?僕が社長になんかなれるわけないだろ。僕は日本で就職するんだ。アトラスには戻らない」
エンリーがそう言い切った後、碧華がエンリーに向けて言った。
「エンリー、もしもよ、私たち全員がアトラスに住むって言ってもあなたは日本で一人生きるの?」
「碧華ママ、僕の事は今はどうでもいいですよ。僕が言いたいのは、僕を利用して自分のやるべきことから逃げるなっていってるんですよ」
「あらでも、ライフはあなたならできると思うから言ってるんじゃないの?」
「ライフ、才能だけでは無理よ、人を引き付ける魅力や経営も必要になるのよ、あなたが思うような簡単なことじゃないわよ」
テマソンも驚きながらもライフに自分の後を継ぎたいと言った甥を諭した。
「・・・」
「ライフ、あなた、いつからそんなことを考えてたの?」
「去年からだよ、一年間僕なりに真剣に考えたんだ。だけど、どうしても諦めきれなかった。レヴァント家を捨てるんじゃなくて、リーベンス社で働く社員の人達を路頭に迷わすことなく経営するにはどうすればいいのか、ずっと考えていたんだ。だけど、僕一人じゃダメなんだ。だからエンリーお前の力が必要なんだ。お前が栞ちゃんと結婚したら、桜木家の婿養子になる為に日本に帰化する気でいるのも知ってる。だけど、僕にはお前が必要なんだ。無理を承知で頼む。レヴァント家の養子に入って、僕と一緒にリーベンス社を支えてくれないか」
ライフは席から立ち上がり、画面に映っているエンリーに向かって頭を下げた。突然のライフの申し出にエンリーは言葉をなくしていた。
「あらいいじゃない、引き受けてあげたらエンリー」
そう言ったのはシャリーだった。シャリーは画面に映っていなかったが、扉の前に立っていた。シャリーはゆっくり歩きだし、ライフの横に立ち、テレビ画面の真正面に姿をみせた。
「母さん、どうしてあなたがレヴァント家にいるんですか?」
「どうしてって、朝リリーがテマソンに連絡してきた時、一緒にいたからよ。今新しい企画の打ち合わせで忙しいのよ。だけど、こっちの方が気になっちゃってテマソンと一緒にきたのよ。エンリー、あなた本当は昔からレシャント社に入りたかったんじゃないの?でも、自分が入るとフレッドたちと対立してしまうかもしれないってわざと悪い成績をとっていたんでしょ。本当は会社経営をしたいんでしょ。だから経営学を学んでいるんじゃないの?いいチャンスじゃない、私たちはあなたがレヴァント家に養子に入ることは反対しないわよ。あなたが本気でやりたいならね。そうでしょジャンニ」
その時、おもむろにシャリーは自分のスマホを目の前にかざした。既にスピーカーにセットされていてどこかとつながっている様子だった。
〈シャリーのいう通りだ。エンリー、お前の生きたいように生きればいい、日本人になりたいのならなるといい、レヴァント家の人間になりたいのなら反対もせん、どこで何者になろうともお前の親だということは変わらないのだからな〉
「エンリー頼む、お前の力がどうしても必要なんだ」
いつになく真剣なまなざしのライフが真っ直ぐにエンリーを見ているような視線をおくっていた。
「エンリー、リーベンス社に入社すればいいじゃない、私、あなたがアトラスに住むならついて行くわよ」
エンリーの横にいた栞が明らかに動揺しているエンリーの手を握って言った。
「でも君は公務員になるんだろう?そのために今勉強してるじゃないか」
「あらそんなこといいわよ。どうしても入りたいってわけじゃないし、私の一番はあなたなんだから」
「僕もだよ、だけど、ランスの申し出は、今すぐには返事できないよ」
「そうね、簡単に返事できる内容じゃないわね。というわけよ、ライフ、エンリーに考える時間を与えてもらえないかしら?」
そう碧華がいった。
「いいよ。時間はまだあるから、ゆっくり考えてくれ」
ライフの言葉に碧華は笑顔になって、隣に座っていた栄治に向かって小さい声で言った。
「ねえ栄治さん、もし、栞と優がアトラスに行っちゃったら、私たちも一緒にアトラス移住しちゃいましょうか?栄治さんが定年退職したら今度は私が大黒柱になるわよ。アトラスに住むなら、バリバリ仕事できるから」
「おっそれもいいかもしれないね。毎日遊んで暮らせるなんて最高じゃないか、できるなら定年になってすぐがいいな。じゃあ僕も英語を喋れるようにならないといけないな」
自分の隣でのんきに話している碧華と栄治に向かって真剣な表情でエンリーが言った。
「だけど栄治パパさん、碧華ママ、僕がレヴァント家に養子にはいったら、桜木家の後を継ぐ人間がいなくなるんですよ。優ちゃんもライフと結婚するだろうし、桜木家のご先祖様たちが悲しみませんか?」
「あらエンリーそんなことを気にしてくれていたの?」
「エンリーくん、ありがとう。だが、我が家に娘二人が生まれた時点で、二人とも嫁に行く覚悟はできていたし、桜木家は代々直系一族が続いてきた名家でもなんでもないからね、苗字なんて少し前のご先祖様が適当につけた呼び名だと思うよ。だから心配にはおよばないよ。それにね僕の弟には息子がいるしね。日本のどこかで桜木を名乗る血族はこの先も日本のどこかで続いていくよ。家のご先祖様はそんなことで恨んで化けてでてくるような人間はいないと思うよ。大切なのは子孫たちが幸せになることだってきっと天国で話しているんじゃないかな。たまーに子孫の子達が自分たちのご先祖様ってどんな生き方をしてきたんだろうって思い起こしてくれたらそれだけで十分だと思うよ」
栄治の言葉に碧華も大きく頷いていた。
「エンリー、大切なのは誰かに言われたからじゃなくて、あなた自身がどう生きたいかよ。ライフの提案もただのきっかけに過ぎないのよ。決断するのはあなた自身。私たちはあなたの決断に異論を唱えたりしないわ。というわけなの、ライフ、息子がもし、あなたの提案を断ったらすっぱりと諦めて他を当たってね」
碧華は画面ごしに写っているライフに向かってきっぱりと言った。
「碧ちゃん、それは本当の母親である私のセリフだと思うんだけど・・・」
シャリーがすねたように言ってきた時、一同に笑いが起きた。
「あらごめんねシャリー、もうこの子私の子なのよ」
そう言ってエンリーの腕に自分の腕をからませて言い返すのをエンリーは照れて困ったように手で頭をかきながらも嬉しそうな表情をしていた。
「あ~碧ちゃんずるい~。いいわよ。じゃあ栞ちゃんも優ちゃんも、アトラスに来ても心配いらないからね。アトラスでの生活のことは私が教えてあげるから何の心配もいらないわ。あなたたちは私の娘だもの」
「ありがとうございますシャリーママ」
「私もシャリーママ大好きです」
栞と優がシャリーに向かって言った。
「何よ二人してずるいわよ~、だいたい、結論から言ったら、子どもたちはみ~んな私の子どもになるんじゃない。栞ちゃんも優ちゃんもエンリーもライフもみ~んな私の子にね。みんな私にドーンと頼ればいいのよ」
「あらリリーお姉様はライフが会社を継がないことは反対なんじゃないの?」
「そっそんなことないわよ。レヴァント財閥の頂点は誰にでも務まるものじゃないわ。正直思っていたわよ。ライフには荷が重すぎるって、でもエンリーだったら文句がつけようがないじゃない。ライフとエンリーが二人で力を合わせてくれるんだったら、この先も安泰じゃない。ねえビル」
「そうだね、まあ、十年僕の下で働いてくれたらエンリーくんはきっと僕なんかよりもいい社長になれると思うよ。エンリーくん真剣に考えてみてくれ、よろしく頼む」
そう言ってビルは立ち上がり、画面越しに頭を下げた。
「あっあの、頭を上げてください、僕はそんなにたいした人間じゃないですよ。でも真剣に考えてみます」
「ああ、ゆっくり考えてみてくれ」
「はい」
そう言った後、テレビ越しにリリーと碧華とシャリーの三人が子供達をどれだけ思っているかで口論が始まった。それをみたヴィクトリアが立ち上がり、ライフに近づくと一言言った。
「ライフ、あなたは素敵なファミリーを持ったわね。レヴァント家はこれからも安泰ね。わたくしが天国に行っても時折思い出してちょうだいね」
「何いってるんだよ。おばあ様には百歳まで元気でいてもらわなきゃ、僕はまだまだ服飾の専門学校にも通いたいし、修行もしていきたいしね。これからまだ学生が続くんだから」
「そうよママン、ママンが元気でグラニエ城にいてくれているからこそ、みんなそれぞれ好きなことができているんだから。でもねライフ、私の後を継ぐには最低でも十年はかかるわよ」
「え~そんなにかからないと思うよ、僕叔父さんより才能とセンスあると思うからさ」
「まあ、よく言うわねこの子ったら」
テマソンはこの生意気なことをいう甥を愛しそうに抱きしめた。




