誓いの儀式②
「あら、みんな結局トランプ始めたの?」
ヴィクトリの部屋では明日の早朝から出かけるビルと栄治とジャンニとそれにサーシャとシャリーも既に自分の部屋にひきあげていた。フレッドは宿泊せずに会社に戻って行ったようだった。部屋にいたのはヴィクトリアとリリー、テマソンと碧華、それにエンリーと栞の六人だった。
「あらチャーリーどこかへ行っていたの?」
部屋の中央テーブルの上でトランプを配ろうとしていたヴィクトリアが顔を上げて言った。
「教会の戸締りよ、寝る前に確認しないと落ち着かないのよ」
「あら御苦労さま。この後デザート食べるけど、あなたも食べる?」
「そうしようかしら、ライフくんたちが戻ってくるの待たなきゃいけないし」
「えっ?チャーリー叔母様、ライフたちどこかに行ったの?優も一緒よね?」
チャーリーの言葉を聞いて聞き返してきたのは碧華だった。
「ええ、さっき一階の通路で二人に会ったのよ、優ちゃんと二人で教会に行きたいから鍵を貸してくれって言われて貸してあげたの」
「ええ~あの二人教会に行ったの?もしかしてあの子ったら」
チャーリーの言葉を聞いたリリーが急に立ち上がった。
「こうしちゃいられないわ。碧ちゃん、行くわよ」
「何何、何かあるの?」
碧華も二人が何をするつもりなのか分からなかったが突然立ち上がり、リリーの後を追って部屋を出て行こうとした。
「ちょっとリリー何慌てているの?」
「ママン、大変よ。ライフったら誓いの儀式をする気よ。ちょっと様子を見てくるわ」
リリーが興奮したように言った。
「何それ~私も行く~」
そう言って立ち上がったのは栞だった。
「栞ちゃん、そっとしておいてあげるほうがいいんじゃあないかな」
「あら、誓いの儀式ってプロポーズのことなんじゃないの?二人が成功したらお祝いしてあげたいじゃない。それに私誓いの儀式って興味あるもの。ほらエンリーも早く先行くよ」
そう言って栞は碧華とリリーの後を追って出て行ってしまった。
「あら~面白そうね、ねえ私たちも行きましょうよチャーリー、もしかしたら今日はレヴァント家の新しい記念日なるかも知れないわよ」
「そうね、教会で誓いの儀式なんてリリーちゃん以来ね。素敵」
そう言って姉妹は手を繋ぎながら楽しそうに部屋を出て行ってしまった。残ったのはエンリーとテマソンの二人だった。
「まったく、あんな楽しそうに出て行っちゃって、後でライフに叱られなきゃいいんだけど」
「あの…ビルさんとリリーさんも教会で誓いの儀式というのをされたんですか?」
「そうみたいね。本来なら男子である私がレヴァント家の跡を継ぐ予定になっていたでしょ。だけど女性アレルギーに十七歳で発症しちゃったもんだから、親父様も焦ったんでしょうね。リリーにレヴァント家をしょってたてるだけの男じゃないと結婚は認めないって言いだしたのよ。それで当時付き合っていたのがあのビルさんだったんだけど、リリーの誕生パーティーを開いた時に、あそこの教会にビルを連れ込んで逆プロポーズをしたのよ。私の夫になるのはあなた以外考えられないから、お父様に認めてもらえる人間になってって言ったらしいわよ。でもビルもそれを受けてその通りに普通に社員として入社して今の地位に実力で登りつめたんだからたいしたものよね」
「そうだったんですか、ビルさんはすごいですね」
「あら、あなたもその気になればできるんじゃないの?」
「僕ですか?僕はそんな野心はありませんよ」
「そうなの、でもどうなるか分からないのが人生よ。だからおもしろいのよね。さて、私も見に行こうかしら」
テマソンはそういうと、席を立ち、碧華達の後を歩いて教会に向かった。
その頃、ライフと優は手を繋ぎながら、ひんやりとした夜の廊下を歩いていた。チャーリーから教会の鍵をもらったライフと優は教会へと向かって歩いていた。
「そうだ、ちょっと僕の車に行ってもいいかな」
「うん」
二人は無言のまま、すぐに教会へは寄らず、いったん外にでると、教会とは反対側にある車の駐車場へと歩きだした。外は満天の星が輝き、月の光に照らされて、夜だというのに辺りは明るかった。
「なんだか今夜はひんやりするね。寒くない?」
ライフは優の方を見ながら聞き返した。
「私なら大丈夫。このカーディガン温かいから。ライフさんは大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ、手も温かいでしょ」
「うん」
二人はその後、ライフの車に行き、ライフが車の中から何かを取り出すとズボンのポケットに突っ込んだ。そして再び手を繋いで二人は教会に入った。
ライフは月明りが教会の天井のステンドグラスに反射して光が漏れている教会の中央付近まで歩いて行くと、その光が照らされて明るくなっている場所で立ち止まるとくるりと向きを変えて優の方の向き直ると、ポケットから白い小さなケースを取り出し優の方に見せた。ライフがそのケースを両手で開けると、そこにはシルバーのユリをあしらった指輪が入っていた。
「これね、知り合いの工房で作らせてもらったんだ。初めてだったからそんなに上手にできてないんだけど、受け取ってくれる?」
「えっライフさんの手作り?うれしい」
優の言葉を聞いたライフはそれを優に手渡した。すると、優が何かを思い出したのか、カーディガンのポケットに手を入れて小さな包みを取り出した。
「あのね、実は私もねライフさんにあげようと思ってずっとポケットにいれていたんだったわ。これ数珠ブレスレットなんだけど、作ってみたの。よかったらつけてくれる?」
そういって、小さな包みごとライフに渡した。ライフはその包みを開けると、中には緑色をした石と水晶と青灰色石を組み合わせた数珠が入っていた。
「うわ~!かっこいいね。これ優ちゃんが作ってくれたの?」
「うん、ライフさんには健康運と金運と仕事運を高めてくれる石を合わせて作ってみたの。私センスよくないからライフさんの好みとは離れているかもしれないんだけど」
「そんなことないよ。すっごくうれしい。優ちゃんありがとう」
ライフはそういうと優をそっと自分の所に引き寄せた。優もそっとライフの背中に手を回した。どれだけの時間が過ぎただろうか?突然ライフが優を離し、優の手を取ると、祭壇の方へと歩みだした。
じっと二人の様子を祭壇の後ろでしゃがんで伺っていた五人は息を飲み込んで様子をうかがっていた。その時、二人が立つ祭壇の前に教会の天井に掲げられているステンドグラスから月の光が一筋の光となって差し込んできた。
ライフは優と向き合うと、優の手を両手で持ち真剣な顔で言った。
「優ちゃん、僕はまだまだ完璧な男にはなれていないけれど、君への愛は誰にも負けない。僕には君の存在が必要なんだ。いつか僕が一人前の男になったら僕と結婚しくれる?」
「はい。私もレヴァント家の一員に恥じないよう頑張ります。こちらこそよろしくお願いします」
二人の笑みがからみあった。その時、どこからか声が聞こえてきた。
〝二人の未来に幸あれ‶
その声は祭壇の後ろの面々にも確かに聞こえたようだった。五人は誰が言ったのか指を差しあったが誰もが首を横に振っていた。その時、教会の後ろの扉から拍手が聞こえてきた。
「二人ともおめでとう。素敵な誓いの儀式だったわよ。確かに聞き届けたわよ」
「叔父さん!」
「テマソン先生」
優はテマソンの姿を見ると真っ赤になってライフの後ろに隠れた。
「ちょっとテマソン!それは私が言うつもりだったのよ。先に言わないでよ」
突然祭壇の後ろからリリーが姿を表した。
「ママ!もしかしてずっと僕達の会話聞いてたの?」
「あっごめん。邪魔しないから続きをどうぞ」
「もう、どうせ碧ちゃんもいるんだろ。でてきたらどう?」
「あらライフ、鋭いじゃない。でも私だけじゃないわよねえママン」
「ごめんねライフ、お邪魔するするつもりはなかったのよ。でもね、レヴァント家の伝統の誓いの儀式には見届け人が必要なのよ。あなた知らないんじゃないかと思って。見届け人がいないと正式な誓いの儀式にはならないのよ。今、マティリア様のお言葉が聞こえたでしょ。あなたたち二人の仲は正式に認められたのよ。よかったわ。ねえチャーリー」
「ええ、二人ともおめでとう」
「さあさあ、プレゼント交換をお互いの体につけあうのよ。それをしないと終わらないんだから」
そういうとリリーは祭壇の前に出てきて二人が持っているリングとブレスレットを奪い取ると、ライフにはリングのケースを先に渡し、続いて優には数珠を渡した。
ライフはその指輪を優の左手の薬指につけると、優がライフの左手にブレスレットを付けた。その瞬間その場にいた全員から拍手が沸き起こった。
碧華は二人に駆け寄ると二人を抱きしめた。
「本当におめでとう。応援や助言が必要な時はここにいるみんなは時間を惜しまないから、困った時は遠慮なんかしないでいうのよ」
「そうよ、特にライフ、一人前になるにはまだまだ先は長いわよ。結婚はその後よ」
「わかってるよ」
ライフの言葉に優がそっとライフの手を握り小さな声でライフにだけ聞こえる声で言った。
「私もう迷わない。ライフさん、もう私決めたんだからね、さっきのはなしって言わないでくださいね」
そういって笑顔をライフに向けると手を離し、すぐそばにいるヴィクトリアとチャーリーとリリーに向かって大きく頭を下げた。
「ヴィクトリアおばあ様、チャーリー大叔母様、リリーおば様、私にレヴァント家のしきたりや私が身に着けるべきことを教えてください。お願いします」
「それでこそ優ちゃんね、私達は厳しいわよ。あなたがレヴァント家に嫁ぐまでに身に着けるべきことを遠慮なく教えてあげるわ。私の娘になるんだもの」
「あっ、じゃあライフは私の息子よね。遠慮なく甘えられるわね。うれしいわ」
碧華はライフを抱きしめて言った。
「碧華、あなた今までも十分ライフに甘えてきたじゃない。まだ足りないの?」
「あらそんなことないわよ。これでも遠慮してたのよ、でも最高ね、自分のお腹を傷めなくてもこんなカッコいい息子と天才の息子が二人もできたのよ。私は幸せものだわ。さすが私の宝物たちだわ。よくやったわ栞・優、あなたたちは私の最高傑作よ。必ずほしいものは手に入れられるわ。あなたたちにはそれができる力があるんだから、私も頑張らなきゃ」
「そうよ碧ちゃん、あなたの方が早急にレヴァント家の娘としてしきたりを覚えてくれないと駄目なのよ。今夜からでもビシビシ教育していくわよ。覚悟しなさいよ」
「ええ~、聞いてないわママン。私は日本にずっといるかもしれないんだから、いいでしょ」
「何言っているの?わたくしの娘を公言しているんですもの。覚えて頂かなきゃいけないマナーがたくさんあるのよ。今夜の舞踏会でもあなたお客様へのご挨拶をとちっていた時あったでしょ。ビシビシいうわよ。覚悟なさいね」
「そうね、碧華、あなたもそろそろ覚悟をきめなさい。私もレヴァント家の一員としてできることからもう逃げないわ」
テマソンがすかさず言った。
「あらテマソン、あなたようやく逃げない決心がついたの?ママン、今日は奇跡の日ね。そうだわ。テマソン、碧ちゃん、私達三人も今夜姉妹の誓いの儀式をしましょうよ。手作りの物はないけど」
「あらいいわね」
「ええ~、リリーお姉様・・・私辞退しちゃだめかなあ・・・ほら、ライフと優が結婚したら、どうせ桜木家とレヴァント家は親戚同士になるんだし・・・私覚えるの苦手なのよね」
「往生際が悪いわよ。覚悟を決めなさい」
リリーとテマソンが同時に碧華に向かって叫んだ。
「ええ~もう二人とも強引なんだから」
嫌がる碧華の腕をリリーが掴んでいた。そんな二人をみたチャーリーは嬉しそうに言った。
「素敵!そうだわ、我が家の誓いの儀式には手作りの品を交換するのは鉄則でしょ。いいのがあるわ。前に私の作品で日本の折り紙を使った花をたくさん作ったことあったでしょ。あの時、あなたたち三人も手伝ってくれたでしょ。私記念にと思って余ったのとってあるの。確か作った花の後ろに名前を私書いてあったから三人のだとわかると思うから持ってくるわ」
そう言うと、チャーリーは嬉しそうに走りだした。
「いいなあ…私もしたいな…誓いの儀式」
その様子をみて呟いたのは栞だった。
「すればいいじゃん、栞ちゃん確か持ってきていたじゃないエンリーお兄さんからもらったネックレス。あれ手作りだって言っていたでしょ。お兄さんも栞ちゃんが作ったお守り確かバッグにつけてたんじゃないかな」
そう言って優はすぐそばに立っていた栞の耳に小さくささやいた。
「そうかあ、あれかあ、私もとってこよっと、あれエンリーきてないんだ、テマソン先生、エンリー知らないですか?」
「あらエンリーなら教会の外で待ってるって言ってたわよ」
その言葉で栞も教会から外に飛び出して行った。




