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母と娘

碧華は会場から真っ直ぐに優の部屋に行くと、部屋をノックした。


「優ママよ、入ってもいい?」


しばらくして、優の声が聞こえてきた。


「いいよ」


碧華が中に入ると、優はベッドにうつ伏せになり頭にタオルケットをかぶって横になっていた。碧華はそんな優に近づくと、ベッドの脇に腰をおろすと、タオルケットからでている優の頭を撫でながら話しかけた。


「大丈夫?」

「ちょっとだけ大丈夫じゃないかも」

「ごめんね、よけいなことしちゃって」

「ママが謝ることないよ。私一人だったら、落ち込んでるだけで何もライフさんに聞けなかったと思うし・・・それでライフさん何か言ってた?」


「絶句していたって感じね。ライフなりに良かれと思ってたことが自分の思惑とは完全に反対の結果になって、大好きなあなたの心を傷つけたんだから」


「ライフさんの思惑って?」


「ライフったらな。自分の高校時代の遊び友達に、優の友達になってあげてくれないかっていったみたいなのよ。ちょっとずれてるわよね。誰が好き好んで恋敵と友達になんかなりたいって思うのよね」


「私に友達?」


「ええそうよ、まっライフにとって彼女達は昔も今もただの女友達の領域からでていないんでしょうね。でも彼女達は違ったみたいだけど。でもね、優、これはチャンスよ」


「チャンス?」


「そうよ、あなたや栞って、こっちに来る時はいつも優秀な通訳がずっとべったりだからこっちの友達を作るチャンスはなかったでしょ。今回きっかけができたじゃない」


「でも友達になりましょうって雰囲気じゃなかったわ」


「そうね、でも内容はどうあれ、あなたはアトラスの同じ年頃の女の子達と顔見知りにはなれたじゃない。後はあなたのでかた次第じゃないかしら?」


「私の?でももう二度と会うこともないと思うわ。向こうも会いたいと思わないだろうし…私も」


「あらそう残念ね…明日ライフが、今夜の首謀者五人に会いに行くらしいわよ」

「明日?そんなことしなくてもいいのに、またこじれたりしないかな?」


「あら、いい方向に和解できるかもしれないでしょ。それにピンチは最大のチャンスでもあるのよ。幸い優はお金持ちの家のお嬢様をうまくおだてて言いくるめるのには六年間の学生生活で身に着けているでしょ」


「その言い方失礼だよ、ママ」


「あらそうかしら、あなたの魅力の虜にしとく方が楽しいじゃない。どうしても生理的にあわないって子も中にはいるかもしれないけど、ほとんどの人とはわかりあえると思うわ。少なくとも一度はチャレンジしてみてもいいんじゃない。若い時代は短いんだから、たくさん友達を作っていった方が楽しいわよ。付き合いは面倒な時もあるけどね。それにほら、もし最悪仲違いしてもアトラスだもん、アトラスにこなけれが二度と会うこともないわよ」


碧華は優に向かってウインクした。


「でもママ…私、あの人達を怒らせちゃった気がするんだよね。もう手遅れかもしれない。ママ知ってた?人間って自分の欠点を改めて他人に言われると笑えてくるんだよ。私、あの人達を思いっきり怒らせちゃったんだよね」


「あら、まだまだ名誉挽回のチャンスはどこかにあるわよ。あなたの笑顔は最高に可愛いし、ママに似ず賢いし、我が家は大金持ちじゃないけどママは今は貧乏じゃないわ。ママの名声を大いに利用してもいいのよ。ねっ、だからあなたが自分を卑下する要素は微塵もないわよ」


「ママ、それは親のひいき目だよ。ママも見たでしょ。ライフさんのお友達はみんな金髪ですごくきれいな人ばかりだったわ。私なんか比べ物にならないぐらい」


「あら、きれいと人間的魅力は別物よ。ママにとっては優と栞は世界一可愛いって思ってるわよ。それにみんなまだ大学生でしょ。親のお金で着飾ってる子たちばかりじゃない。あなたと大差ないわ」


「そう考えるとそうだねママらしい発想だね」


「でしょ、ウジウジと頭の中で考えていたってモヤモヤが増すばかりでスッキリしないでしょ」


碧華はそういうとしばらく座っていたが何も言わずに立ち上がろうとした時、突然優がタオルケットをかぶったまま声をかけてきた。


「ねえ、もしママならどうしてた?」

「何が?」


碧華がそう答えると、優が涙の後が残る顔のまま真剣な顔で起き出し、ベッドの上に正座して碧華をじっと見ながら言った。


「もし、もしもよ、ママが十代でテマソン先生と出逢っていて、ずっと友達付き合いしてたとして、その後でパパと出逢った後に、テマソン先生がレヴァント財閥の後を継ぐから結婚して、アトラスに来てほしいていわれていたらママならどっちを選んでいたと思う?」


「あら、ライフに告白でもされたの?」


「違うよ、ただ…今ね、ぼんやり考えてたの?おかしいでしょ。まだライフさんに告白もされてないのに、でもね。みんな誤解してたから。もし誤解が本当になったら私ならどうだろうなって」


碧華は小さく笑うと優をギュッと抱きしめた。


「そうねえ…きっとパパを選んでいたわね」


「えっどうして?今のテマソン先生みたいじゃなくて、多分だけどライフさんみたいな感じのテマソン先生だよ。どうしてパパなの?」


「あらパパすごく素敵じゃない。外見じゃないけどね。だってパパと結婚したからあなたたちのママになれたんだもの。他の選択肢なんてないわっていうのは建前ね。本当いうとね。一人で言葉もわからない外国へ嫁いで生活水準も違うところで生活なんかできないって臆病になってたと思うのよ。ましてや財閥夫人なんか絶対無理、怖くてノイローゼになりそうだもの。それだったら日本人の人の方を選んでたと思うわ」


「そうだよね」


優はそう言ったかと思うとそれから何も言わなくなった。そんな優を相変わらず抱きしめながら頭を撫でてしばらく何も言わなかったが、碧華は優を離すと、両手を組むとグウ~っと両手を天井に向けて伸びをした。


「でも、きっと二人の素敵な男性から同時にプロポーズなんかされていたら迷いに迷っていたでしょうね。同じぐらい好きだったとしたらね。でもね、そうね、その時はまず目をつむって、ツライ時やすごく嬉しい時に真っ先に側にいて話しを聞いてもらいたい相手がどっちかって想像するといいのよ」


「でもママ…私怖いんだもん。今日もすごく怖かった」


優の言葉に碧華はほほ笑みを優に向けると、また優の頭を撫でながら言った。


「そうね。言葉が分かると日本語でも英語でも人を傷つける言葉や視線はもろに攻撃を受けると心が痛くなるわよね。それに優はママに似てすごい心配症だもんね。でもね、優はママと違って今じゃ英語も普通にしゃべれるし、読めるようになってるでしょ。もし、ライフとこっちに住むようになっても、こっちにはビルさんやリリーお姉様もテマソンもママンもチャーリー叔母様もいる。あなたには家族がこっちに既にいるじゃない。困ったことがあれば助けてくれるわ。それにあなたはママと違って賢いものなんとかできるわ」


「ママ」


 優は何かを言おうか戸惑っている様子だった。またしばらく沈黙が続いて優が話しだした


「でもね、それだけじゃないの、私知ってるのよ。ライフさん大学を卒業したら正式にビルおじ様の跡継ぎとしておじ様の会社に就職するんでしょ。でもライフさん本当は違う仕事がしたいのよ。でも跡継ぎは自分しかいないからあきらめてる気がするの、私じゃあライフさんの手助けをしてあげられないから、これ以上好きにならないようにしなきゃってわかってたんだけど、今夜改めて言われて傷ついたんだ。改めてけなされると正直きついね」


「そうね。でも肝心なことはライフがどう思っているかよね。あなたのこともそうだけど、仕事のこともそう。ライフが跡継ぎのことで悩んでいることは知っているわよ」


「ママも気付いてたの?」


「ええ、ママだけじゃなくて、ビルさんもリリーお姉様もね。きっとみ~んな気づいているわ」


「じゃあみんな気付いていて、ライフさんに押し付けようとしているの?」


「優、私は経営者になったこともないし、たくさんの社員の家族や生活を支える頂点に立ったことがないから、その立場に立つ人間として、犠牲にしなくてはいけないしがらみはママにはわからないわ。だけどね、家族の為、一族の為、会社の為いろんなものの為に自分の人生を捧げるかどうかを決めるのは本人なのよ。ライフがどうしてもやりたい夢があるっていうのなら、その為にはどうすればいいのか答えは自分で見つけるしかないのよ。自分の人生の生きる道は自分で選んで生きてかなきゃ。回避できそうにない選択が目の前に立ちはだかったとしても、それを回避できる方法はきっとどこかにあるはずよ。ママはね、ライフならそれを見つけられる男だって思うのよ。普段いい加減でおちゃらけてるとこあるけど、やる時はやる男よ。あなたもそう思うでしょ」


優は碧華の言葉には何も答えなかった。その代わりに碧華は別の質問をした。


「優、もしライフがあなたと結婚できるなら全てを捨ててもいい、日本にきて貧しくても一緒に生活しようっていったらどうするの?」


「そんなこと、ライフさんがいいだすはずない」


「あらそうかしら?優は魅力的よ。あなたが気づいていないだけで、ライフは耐えられないと思うわよ。他の男に優をとられるなんてね。田尾君だっけ?大学に入ってもう何度も告白されてるんでしょ」


「どうして知っているの?私誰にも…あっ栞ちゃんね、誰にも言わないでって言ってたのに」


「栞じゃないわよ。聞いたのは田尾君本人よ」

「えっ?」


「彼ね、一度家にたずねてきたのよ、あなたがいない日にね。それで、優に好きな相手がいるのか教えてほしいって聞いてきたの。あなた、田尾君にあなたのことは嫌いじゃないけど、恋人にはなれないって言ったそうじゃない。そんな事じゃ諦められないって」


「だって、なんていえばいいのかわかんないんだもの。ママはなんて答えたの?」


「優が誰を好きなのかは知らないけど、優を本気で好きな人間なら別にもう一人知ってるって答えといたわ」


「ママ…」


「優、あなたは優し過ぎるのよ、そこがあなたの長所でもあり短所でもあるのよね」

「だって…」


「そうね、不安よね、今のままだと。ママもそうよ、ここにはたくさんの大切なファミリーがいるけど、まだ怖いもの。でも結婚は一種の賭けみたいなところがあるのよ。どこで生活をするかじゃないのよ、誰と一緒に生きたいかってことなのよ。その相手はもしかしたらライフじゃないかもしれない。もしかしたら運命の人とはまだ出会っていないかもしれないじゃない。先の事なんて誰にもわからないんだから。優が今どうしたいのかが大切なのよ」


「ママ、忘れてない、ライフさんの気持ちは私にないかもしれないんだよ」


「あら、大丈夫よ。優はこんなに可愛いんだもの。選ぶのはライフでも田尾君でもないわ。あなたよ。ライフが運命の相手かどうかはわからないけれど、自分の心に耳を傾けると答えはでるわよ。優、もう一度よく考えてみなさい。誰かに言われたとかじゃなくてあなたがどうしたいのか?どんな選択をしてもママは応援するわ。あなたの人生だもの。あなたの心で決めなさい。そして決めたら、それを実現するために努力をしなさい。あなたはやればできる子なんだから。もし優がライフとアトラスで生活するってなったらママ少し寂しいから、日本人でもいいのよ」


優は碧華の優しさがうれしかった。自分でもどうしたいのか正直わからなかった。


「もうママったら他人事だと思って。はあ~、もうわからなくなってきちゃった。今の私の頭の中で考えてもモヤモヤしててスッキリしないし、はあ~もうとりあえず日本に逃げ帰ろうよママ」


「そうねえ…グラニエ城祭は無事終わったから目的は果たしたし、栄治さんはビルさんとご機嫌で遊びに行くらしいから、休暇が終わったら自分で日本に帰ってくるだろうし、栞もエンリーが連れて帰ってくれるだろうから。明日にでも二人でこっそり日本に帰ろうか。実は、明日のディオレス・ルイ新作コレクションママ、あんまりでたくないのよね。よ~しこのまま二人で日本に逃亡しちゃおう」


「駄目だよ!」


その時、扉の外で誰かが叫んだ。碧華は立ち上がると扉に向かい、勢いよく半開きになっている扉を開けると、そこにはライフが一人立っていた。


「あらライフ、今夜は優に接近禁止って言わなかったかしら」


「そんなの僕は約束した覚えはないよ。碧ちゃん、優ちゃんを日本にはまだ帰らせないよ!帰るなら一人で帰ってよね」


碧華の言葉にライフは真剣な顔をして言い返した。その姿を見て碧華がライフの肩に手を当てて耳に囁いた。


「それでこそライフね。親の言う通りに大人しくしている子じゃ大物にはなれないわね。でもライフ、私の宝物をこれ以上泣かせたら本当に承知しないわよ」


碧華は笑顔でそういうと、ライフの背中を押して優の部屋へライフを押し出し、扉を閉めた。




いつも私の小説を読んでくださっている希少な存在の読者の皆様、

いつもありがとうございます。

さてこの物語もいよいよ大詰めが近づこうとしています。

本日は連続投稿しておりますが

ラストまでは後もう数日時間がかかりますが最後まで

お付き合いの程よろしくお願いいたします。

誤字が多発して読みずらい部分があるかと思いますが、お許しくださいませ。

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