グラニエ城祭⑦(ライフの失態)
「さて、まだまだ楽しいひと時は続いてほしいところでありますが、終了のお時間が近づいてまいりました。皆様本日は我が家の舞踏会にお越しくださりありがとうございました。今後とも我がレヴァント家をよろしくお願いいたします」
舞踏会会場の中央出口の前にヴィクトリアがマイクを持ちで言うと会場中から盛大な拍手が沸き起こった。ヴィクトリアの横にはビルとリリーを中心にレヴァント家一族が勢ぞろいし一同が会場に集まった人たちに向かって一礼をした。栄治と碧華それに栞と優とエンリーもその列の端に整列していた。
そして右横の扉が大きく開放され、人々がリリーたちに挨拶をしながら会場を後にして行った。碧華にも何人もの人達が話しかけてきて別れを惜しんできた。碧華はその一人一人と握手を交わし頭を下げて見送った。
「はあ~無事終わったわ~。みんなお疲れだろうけれど、片づけよろしくね」
リリーは肩を回しながら、周りのスタッフに向かって言った。全ての招待客が帰った後、リリーが言った。今夜宿泊予定者はレヴァント一族の他は、桜木家とビンセント家とシャリーの母サーシャだけだった。サーシャはヴィクトリアの幼馴染でもあったのだ。
「トリア、今日はご招待ありがとう」
「サーシャ、よくきてくれたわね。この後部屋で少しおしゃべりしない?久しぶりに語り明かしましょうよ」
「あらいいわね」
そういうとヴィクトリアとサーシャが互いに腕を組みあり、階段をのぼり始めた。途中まできて振り向くとリリーに向かって言った。
「リリー後は頼んだわよ」
「了解ママン」
「あっそうそう、碧華さん、今夜は楽しかったわ。またやりましょうね。ババ抜き」
サーシャは碧華に向かってウインクしながら言うと手を振って、ヴィクトリアと楽しそうに会話しながら去って行ってしまった。サーシャの言葉を聞いたリリーとテマソンが碧華に向かって険しい顔つきになった。
「碧華!ババ抜きってなんのこと?」
「そうよ碧ちゃん、舞踏会の後半姿がみなかったけどどこに行っていたの?また私を誘わないで楽しいことしていたんじゃないでしょうね!」
二人に囲まれて返事に困っていた碧華の視界に優の姿が目に入った。優はフレッドの元に行き、フレッドに礼を言っている様子だった。そこにライフが近づこうとしているのが視界に入った。
「ちょっと待ったあ!」
その言葉と同時に優の元に駆け寄ってきた人物が二人いた。碧華と栞だった。優に近づこうとしていたライフに立ちはだかるようにかけてきた二人を睨みながらライフが言った。
「ちょっと二人ともどいてくれないかな。僕は優ちゃんに話しがあるんだから。今夜は一度も話しできなかったんだからね。もう舞踏会は終わったんだから。僕は自由のはずだよ」
「それはあなたの都合でしょ。ちょっと顔を貸してもらうわよ。優、もう部屋に戻ってなさい。フレッド、優を部屋まで送ってあげてもらえるかしら」
「ちょっと、それどういうこと」
ライフが二人を押しのけようとすると、ライフの背後からライフの肩を掴んでライフの動きを押さえた人物がもう一人いた。
「僕もお前に話があるんだ。大人しくしろよな」
ライフを押さえているのはエンリーだった。
「なんだよ、お前には関係ないだろ」
「観念しなさいライフ、きちんと説明してもらわないと、今後一切あなたと優の仲介はしないわよ」
栞もライフを睨みつけながら言った。
「ママも栞ちゃんも、エンリーお兄さんも止めて、私今夜のことは気にしてないから」
「いいえ、あなたは良くてもママは気になるのよ。後で報告にいくから部屋に行っていなさい」
「でも・・・」
「そうだね、きちんとした方がいいかもしれないね。ライフくん、優ちゃんのパートナーは十二時まで僕なんでね。まだ君に渡すわけにはいかないな。さっ部屋まで送るよ。行こう優ちゃん」
フレッドはそう言うと優の肩に自分の手を添えると、優を階段までいざなった。優はライフのことが気にかかる様子だったが、思い直したのか、フレッドの顔を見て頷くと一緒に階段をのぼって部屋のある塔へと消えて行った。
「くそーなんだよ。僕が何したっていうんだよ」
暴れるライフに三人の顔は険しくなる一方だった。そんなライフを見かねてテマソンが助け舟をだした。リリーも訳がわからない様子だった。
「ちょっと碧華、あなたどうしたのよ。ライフが優ちゃんに何かしたの?」
「そうよ碧ちゃん、ライフは今夜はずっと大人しく私と行動を共にしていたわよ。昼間もあなたとずっと一緒だったでしょ」
碧華は大きくため息をつくと、玄関の側のテーブルの上の用紙を片づけようとしていたセバスチャンの方に駆け寄ると、セバスチャンが持っていた今夜の出席者のリストの書かれた用紙を借りて戻ってくると、何も言わず後片付けが始まっているホールに歩いて行くと、既に片づけられているテーブルに会場の壁伝いに置かれていた椅子を一脚運んでくると、テーブルの上にその用紙とペンを置くと、まだ暴れているライフに向かって言った。
「ここに座りなさいライフ」
「なんで僕が座らなきゃいけないんだよ!」
「だまって座らないと、今後一切、優とあなたを合わせないわよ」
「そんなこと碧ちゃんの一存でできるわけないだろ」
「私はすると言ったら必ずするわよ。私はね自分の事をどうこう言われようと、いろいろ意地悪をされても平気だけど、私の宝物を傷つけられることだけは我慢できないの。優がアトラスにくることで傷つくのならもう二度とアトラスにはこさせないわよ。ライフ、あなたも例外じゃないわ。優を傷つける者は誰であっても許さないわよ」
「私もよ。今夜はあなたには幻滅したわ。最低よ!」
「僕もだ。お前自身が直接優ちゃんに何もしていなくても、お前が今まで行ってきたことが原因である以上、一番悪いのはお前だ!僕も僕の大切な妹を泣かせる奴は許さない」
「くそ~わけわかんないよ。座ればいいんだろ、座れば」
ライフはエンリーの腕を強引にはがすとドカッと席に座った。すると碧華は机に置かれたその出席簿リストに視線を落とすと、ライフに向かって言った。
「これは今日出席してくれた人のリストが書かれてあるわ。この紙に書かれている中で、あなたの同じ年頃の知り合いをかき出しなさい。女性だけでいいわ」
そう言って、何も書かれていない別の紙を横に置くと指示した。
「はあ?なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」
「つべこべ言わずに書きなさい。見落とさないように全員かき出しなさいよ」
ライフは納得がいかない様子だったが、渋々かき出した。碧華はその様子をじっと眺めた。テマソンが話しかけても一切質問には答えようとしなかった。
ロビーではオロオロした様子でシャリーとチャーリーが見守っていた。普段怒った姿など今までみたことのない碧華の珍しく怒っている様子から、何か重大なことが舞踏会会場で起きたのだと察知したリリーが事情を知っていそうな二人に向かって小声でたずねた。
「シャリー、チャーリー叔母様、今夜何があったの?」
「リリー、ライフくんはかわいそうだけど、私は碧ちゃんの好きにさせてあげたほうがいいと思うわ」
「そうね、私もその方がいいと思うわ。はっきりさせてあげないと優ちゃんが可哀そうだもの」
「わけがわからないわ。ライフが一体何をしたの?碧ちゃんは理由もなくあんなに怒る子じゃないのはわかってるわ。だから理由があるはずよね。教えてちょうだい。ライフが何をしたの?」
「ライフ君は何もしてないのよ、したのは多分ライフくんに女友達の子達よ」
「ライフの女友達?」
「私も碧ちゃんも実際優ちゃんが何を言われたのかは聞いていないんだけど、碧ちゃんが何度も問い詰めたけど、優ちゃんやさしいでしょ。相手の方たちをかばっているのね。ずっと何もないの一点張りだったけど、酷いことを言われてたのは確かよ。優ちゃん何度も女の子に何かいちゃもんつけられていたみたいなのよね」
「ますますわからないわ。優ちゃんは今夜はフレッドがパートナーで一緒にいてくれていたんでしょ」
「それがね、あの子ったら携帯を切らずに参加していたもんだから、舞踏会の間中頻繁に優ちゃんを一人会場に置き去りにして仕事の話しをするためにこのロビーに来ていたらしいのよ。その隙をねらって入れ替わり立ち替わり若い女の子が優ちゃんに何かを言いに来ていたらしいのよ。でもフレッドが戻るとさっと離れるのよ、パーティーの前半はその繰り返しだったみたいよ。私も一度見かけて、優ちゃんに大丈夫か聞いたんだけど、優ちゃんあの通り優しい子でしょ。何もないわって笑顔で言うのよ。私、フレッドに怒ったんだけど。重大な会議の最中みたいで切れないらしくて、優ちゃんに私と一緒にいるようにいったんだけど、大丈夫だっていうから私も知人に挨拶周りしなきゃいけなかったからその時は優ちゃんの元を離れたんだけど、その後も頻繁にあったみたいね」
「私も碧ちゃんと何度もみたわ。その度に碧ちゃんもみかねて優ちゃんの所に行こうとしたんだけど、碧ちゃんも今夜会場に碧ちゃんの詩集のファンの人たちも大勢いたでしょ、話しかけられちゃってなかなかいけなかったのよ。でもね、碧ちゃんも結構嫌味言われていたのよ。AOKA・SKYだって知らない年配の人達は碧ちゃんが生意気な日本人だって、ひどいことを遠巻きに聞こえるように言われていたのを何度も聞いたわ。碧ちゃん自分の事は笑ってたけど、優ちゃんの事は許せないみたいね」
詳細を聞いたリリーが青ざめながら会場のライフを見ていた。すると、すぐにフレッドが一人戻ってきてライフに話しているようだった。
「僕が何度も優ちゃんの元を離れたのがいけなかったんですけど、確かバルバド家の子だったかな、彼女が君と付き合っているとか言ってましたよ。レディーにしては信じがたい言葉で優ちゃんにいろいろ言っていたよ。僕が行くとさっと散っていったけど。あれはひどいね。女の子達をあそこまでさせたライフ君にも少なからず罪があると思いますよ。行為をいだいていない女性たちにあそこまでさすほどのやさしさを振りまいていたことには感心しないね」
フレッドの言葉を途中まで聞いたリリーが大股でライフの近づくと、ライフの頭をこずいた。
「痛いよママ何すんだよ」
「あなたって子は、誰かれ構わず愛想ばかり振りまいて遊び回っていたからこんなことになるんでしょ。この際全部正直に言わないと、あなたの嫌がる肉体労働をさせるわよ」
リリーは興奮した様子でライフの服を掴んで揺さぶった。それを止めたのは碧華だった。
「お姉様、ライフを尋問しているのは私なの、お姉様はまだ口をださないで」
「でも碧ちゃん。私許せないわ。ごめんなさい碧ちゃん、あなたの可愛い優ちゃんを泣かせるようなことをさせるなんて、あなた最低よライフ」
「もうリリーも冷静になりなさい。ライフも何が何だかわからないみたいじゃない。碧華、あなたがライフの何に腹を立てているのかわからないけどライフに理解できるようにきちんと説明してあげてちょうだい。怒るのはその後でもいいでしょ」
テマソンの言葉にリリーもライフから少し離れ、ライフの横に椅子を運んでくると、そこに座り足を組んでライフを睨みつけた。
ようやく書き終わったライフが碧華の顔をみた。そこに書かれた名前は二十人ほどだった。
「フレッド、あなた優の所を離れたのは何回?」
フレッドは携帯の着信履歴を確認しながら答えた。
「六回かな」
「そう、ライフこの中であなたが過去に一緒に遊んだりデートしたことがある女性に◎をつけなさい。一回でもあったら書くのよ」
ライフは言われた通りに◎と付けた。その数はちょうど五人に絞られた。
「叔母様、この中で私達がみた子で知っている名前があるかしら?」
チャーリーがその◎を付けた名前の中の一人を指さした。そして、シャリーとエンリーフレッドにも順に同じことを聞いた。すると、五人全員の場所にしるしが付いた。
「まああきれた。ライフ、この子達とまだ付き合いがあるの?あなた優ちゃん一筋じゃなかったの?」
「はあ?ぼっ僕はずっと優ちゃん一筋だよ」
「だったら、どうして今夜優があんなひどいことをされなきゃいけないの?」
「酷いことってなんだよ。優ちゃん何かされたの?」
「それがはっきりわからないからあなたに聞いてるんじゃないの。フレッドが言われたことは十分酷いことだけど、それだけじゃなさそうだしね。あなたの知り合いなら今夜あなたに話しかけてきているはずでしょ。もしかしたらこの子達はまだ、あなたに気があるからじゃないの。あなたがこの子達に愛想を振りまくだけふりまいて、あなたに思われてるって誤解させたまま放置していたんじゃないの?だから、今夜ここ一年あなたが夢中のなっている優を脅すような行動にでたんじゃないの。女遊びもたいがいにしなさいよ。事と次第によったら今後の優との付き合いも絶対許さないわよ」
「何か勘違いしてない?彼女達が優ちゃんに話しかけてたことを言っているんなら普通に話していただけだと思うよ。ちょっとふざけたんじゃないかな。だって今日彼女達僕に日本人の友達が欲しいって言っていたから僕も優ちゃんがアトラスに女友達ができれば楽しいだろうなと思って優ちゃんに機会があった話かけてあげてっていったんだよ。それのどこがいけないんだよ」
「はあ?普通に話してた?あなたの目は節穴なの?信じられない。優の態度が変なのは見てわからないの。ぜったいあの子達にいろいろ言われたからに決まっているでしょ。優と友達になりたいと思っての行動だとしたら少しいたずらがすぎるわね。きちんと謝罪なりが無い限り舞踏会でのことはほんの冗談では済まないわよ」
「はあ?それこそ何言ってるのかわからないよ」
ライフは本当に分からないらしかった。碧華はあきれた顔でライフを睨みつけていた。その時、フレッドがライフの目の前にタブレットを差し出した。
「これを見てもまだそう言うことがいえるかな」
フレッドが差し出したタブレットには今夜の舞踏会での様子が映し出されていた。会場の中に設置されていた防犯カメラの映像のようだった。グラニエ城では今回のグラニエ城祭に当たりあちこちに防犯カメラが設置され、特に舞踏会会場となったこのホールにはあちこちに映像として残されていた。フレッドはホールの防犯カメラの映像を映像室に行き、自分の携帯の着信記録から時間を割り出し、優が映っている部分の画像を探し出し、データーをタブレットに転送していた。その様子をみたライフの表情がみるみる青ざめて行くのがわかった。
後ろで何も口出しせず見守っていたビルや栄治もその画像を見て驚いている様子だった。そこに映し出されていたのは、優が髪の毛を引っ張られたり、突き飛ばされそうになったり、ワインを掛けられたりと五人のメンバーの人物達によって変わる変わる周りに見えないように素早く嫌がらせをしている様子が映し出されていた。
「これはひどいな。これでは言い逃れができないな。ライフ、彼女達ももちろん悪いがこんな行動をさせるまで誤解させるような振る舞いを彼女達にしてきたお前が一番悪いんじゃないか。遊ぶなとはいわないがな、好きな相手を二十四時間ずっと守ることはできないんだから、別れ際はもっと考えなきゃいかん」
「ライフ、確かにあなたは魅力的だわ。だからこそ、あなたの気持ちが特定の誰かに向いてしまったことを嘆き悲しんだ他の子達が、その悲しみをあなたにではなく優に向けられて犯罪まで起きてしまったら取り返しがつかないから言っているのよ。お金を雇って日本にまで酷いことをされにこられたら日本じゃ私も優を守るのに限界があるから」
「ライフくん、娘はこれぐらいのことはずるずるひきづったりしない子だ。君が娘を大切に思ってくれているのは見ていてよくわかるが、だからこそ、ここに写っている子達への接し方を間違うとさらに問題は大きくなる。君の誠意が試される時だね。君のでかた次第で父親として君と優の交際も反対しなくてはいけなくなる。僕は君を息子と呼びたいから、頑張ってくれよ」
栄治の言葉にライフは立ち上がり、栄治と碧華に向かって大きく頭を下げた。
「明日彼女達に会ってきます」
「ライフ、きつく言ってごめんね。私はあなたが大好きよ。あなたが気に入って付き合ってきた子達でしょ。本当は悪い子達じゃないと思うわよ。だけど、私の宝物に酷いことを言った責任はきちんとらせてちょうだいね。それまで優には接近禁止よ」
碧華はそう言うと、先にホールを出て行ってしまった。その後、全員がそれぞれに部屋に戻って行き最後に残ったのは後かたずけが行われているスタッフの他はテマソンとリリーの二人だけだった。
「やれやれ、どうやら丸く収まりそうね。それにしても女性って若くても怖いのね。可愛い顔して平気であんなことできちゃうのね」
とりあえず話しはおさまった様子をみてテマソンはリリーに話しかけた。
「あら、テマソンあなたもまだまだ女ごころはわかっていないわね」
「なあに、そんなに奥が深いの?」
「そうよ女は怖い生き物なのよ。女神様にもなれば悪魔にもなるのよ。だから付き合いは難しいのよ。彼女達がほんの冗談のつもりでしかけたことだったとしても、今後の対応でどうとでもなりえるんだから」
「それはどういう意味?」
「あら簡単じゃない、恋敵のままなのか、親友になれるのかじゃない」
リリーはテマソンに笑みを浮かべて言った。
「私の未来の娘はきっと後者の方に持っていくと思うけれどね」




