グラニエ城祭⑤(優の災難と舞踏会脱出)
舞踏会がちょうど中盤に差し掛かろうとしていた時だった。
「優ちゃんごめん、また席を外すけどいいかな、緊急の電話が入ったんだ」
フレッドはスーツの胸ポケットから携帯を取り出すと、優に向かって言った。
「どうぞ、私は大丈夫ですから、あそこの椅子に座ってますから」
優はちょうど目の前にあった壁伝いに置かれている椅子を指さしながらいうと、フレッドは申し訳なさそうにしながら左手を顔の前に持って行き、ごめんとジェスチャーして急ぎ足で出て行った。
『フレッドさん、本当はすごく忙しいのに私の相手がいないから無理に参加してくれたんだろうな…何だか申し訳ないなあ、私ならもう部屋に戻ってててもいいんだけどな。ダンスも踊ったし、フレッドさんが戻ってきたら、もういいって言おうっと、何ども言いがかりつけられるのもいい加減気分悪いし、ライフさんたらどれだけの女の人と付き合ってるだろうな。確かにカッコイイもんな、優しいし、誤解しちゃうよなあ』
優が椅子に座りながらボーッとそんなことを考えていると、視界にまた数人の人だかりができた。今度は今まで一人一人きていたメンバー総動員らしかった。優は小さくため息をついた。
『今度は総動員かあ…みんなグルだったのかな?もうママ見たいに英語わかりませんってしらをきろうかなー』
優がどう対処しようかと考えていると、目の前に立った女性がいきなり自分が持っていたグラスの中の水のようなものを優めがけて振りかけたのだ。
水自体は量はすくなく濡れたのはドレスだけだったが、水だと思っていたのはワインだったようで、きついにおいが漂ってきた。優は言い返す言葉もなくして、かかってしまったドレスの水滴を払っていると取り囲んできた女性の一人が話し出した。
「この泥棒猫、何様のつもりかしらないけど、いいご身分だわね。レヴァント家の人間でもないのに、母親も母親なら子供も子供ね。付け入るのがお上手だこと。いい加減フレッド様からもお離れになってお帰りになったらいかが、どれだけ待っても今夜はライフとはダンスは踊れませんわよ」
優は言い返そうとしたが、何も言い返さなかった。こんな人たちに何を言っても無駄だということはわかっていたからだ。女の嫉妬ほど醜いものはないと小説で読んだことがあったからだ。自分がそんな状況に立つ時がくるなんて思ってもみなかったが、笑えてくる。
「何を笑っていらっしゃるのかしら?」
「この子頭が悪いんじゃないの?ほら、母親も英語をおしゃべりになれない野蛮な日本人だってことらしいし、この子もなんじゃない」
「あら、そんな非常識な人間がこの格式高い舞踏会に紛れ込んでいたの。図々しいこと」
優は目の前の女性たちの顔を見上げてため息をついた。
『すごくきれいな人達なのに、なんでだろうな、すごく醜く見える。可哀そう』
優は自分の事を言われて傷ついている以上に、目の前の嫉妬で顔が歪んで見える彼女達が哀れに見えてきた。
「ねえ、もう行きましょうよ。英語もわからないこんな子に話しかけていても時間の無駄ですわよ、それよりヴィクトリア様にご挨拶しましょうよ」
「一ついいことを教えて差し上げますわ。あなた時折ライフとお出かけしているらしいですけれど、誤解なさらないほうがよろしくてよ。あなたもよくお判りでしょう。あなたみたいな人をライフが本気になるはずないってこと。ライフはわたくしと高校時代からお付き合いしているのよ。よく聞きますわよ。日本人に子守を押し付けられて大変だってね。いい加減アトラスに来るのおやめになればよろしいのに。わたくしはね、あなたの為を思えばこそ忠告して差し上げているのよ。ドブネズミはドブネズミらしく、自分の居場所に帰りなさいよ」
「そうですわよ。あなたのいる場所じゃないでしょ。目障りなのよね」
優はそれ以上聞いているのが堪えられなくなり、立ち上がろうとしたその時、後ろからフレッドが戻ってきて彼女達に向かって言った。
「君たち、そろそろお化粧室に行った方がいいんじゃないのかい?化けの皮がはがれかかっているよ」
その言葉に全員青ざめて走ってどこかに逃げて行ってしまった。優もそのフレッドの険しい顔つきを見て怖くなるほど、笑顔の奥の体が凍るほどの視線に言葉をなくしていた。普段易しい面しか見せていない彼だが本当は怖い一面もあるのだと改めて思い知った優だった。
「ごめんね、一人にさせちゃったばかりに不愉快な思いさせちゃったみたいだね」
「大丈夫です。あの人達が言っていることはどこまでが真実なのかはわからないですけれど、あんな顔つきになるまでライフさんのことが好きなんだなってわかりましたから、悪いのはみんなライフさんなんですから」
優はそういうと離れて行く女性陣に向かってアカンベェをした。それをみたフレッドが笑い出した。
「あっははは、やっぱり親子だね」
「えっ?」
「さっき、向こう側で碧ちゃんも君と同じことをしていたよ」
「えっ?ママも?」
「嫌味を言う人達って世界共通にいるのね」
優はなんだか自分の傷ついた心が少しだけ軽くなる気がした。
「あのフレッドさん、今夜は私のパートナーを引き受けて頂きありがとうございました。もう十分ですので、もうお仕事に戻ってください。私はもう部屋に戻りますので」
「ごめん、僕がちょくちょく君から離れてしまったから気にしているのかい?もう電話してくるなと言ったから大丈夫だよ。またダンスしようよ」
「いえもう十分楽しませていただきましたから、私本当いうとこういう舞踏会ってあまり好きじゃないんです。私は最後までいる必要もないっていわれていましたから」
「まださっきのこと気にしているの?」
「そうですね…気にしていないと言えばうそになりますね。フレッドさんには嘘は通じませんね。少し疲れたんです」
「よし、じゃあ、厨房で少し料理をもらってどこかで食べようか。どこかいい場所知らないかい?今夜は城の中も外もライトアップされているだろう。どこか庭園とかでも見渡せるいい場所があればそこで食べようよ。実をいうとお昼抜きでね、もうお腹の虫がなりっぱなしなんだ」
フレッドはお腹を押さえながら言った。
「奇遇ですね。私もそうなんです。庭園を見渡せる場所ですか…私もこの城はあまり詳しくないので、どこかいい場所あったかしら…」
優が困ったように考えていると背後から声が聞こえてきた。
「あら?脱出の計画をしているの?私達も仲間にいれてほしいわね」
優はビックリして振り向くとそこには碧華とチャーリーが立っていた。
「ママ、それにチャーリー大叔母様も、わっ私達は別に何もしようなんて話していないわ。ママたちのほうこそ、こんな所で油をうってる場合じゃないんじゃないの?挨拶まわりで忙しいんでしょ」
「あら挨拶のノルマは終わったわよ、それで食事しようとしたら、次から次にいろんな人達が話しかけてくるから、どこかに雲隠れしたいなっておば様と話していたのよ。そしたらあなたたちを見かけて、一緒にどうかなって思って声をかけたのよ。舞踏会はまだまだ続くらしいし、少しくらいいなくてもわからないわよ」
「ママ、後でテマソン先生に小言言われても知らないよ」
「いいわよ、リリーお姉様も叔母様と私を一緒にしたらどうなるかって深く考えていなかったのよきっと、ねえ叔母様、みんな私達二人だとまあ言いたい本音が駄々洩れに出るわ出るわ、頭がいたくなっちゃったわよね」
「そうねえ…でも間違ってないから仕方ないわ」
「あら叔母様、それは違うわよ。私はママンの娘だって公言していても本当は他人だもの。いろいろ言われるのは仕方ないわ。でも叔母様は正真正銘のレヴァントの人間でしょ。なのに、何あの人達、いつお戻りになられたのかしら?なんて失礼よ。旦那様はどちらの方だったかしら?とかまあ馬鹿にしたような顔で平気でいろいろ質問してくるのよ。頭にくるったらないわ。私、お金もちってやっぱり好きになれないわ。どこか貧乏人を馬鹿にしているふしがあるのよね」
碧華がプリプリ怒りながらいうとフレッドが言った。
「みなさんこの機会を楽しみにしていたようですから仕方ありませんよ。碧ちゃんはお暇な貴婦人方にとっては格好の話しのネタになりますからね。有名ですよ、名門レヴァント家の養女として振る舞っていて、デイオレス・ルイ社の重役に名前を連ね、人気詩集家の碧華桜木という女性はね。人間とは自分にない才能を持った人を妬む生き物なんですよ。どこかに欠点がないか探したくなるものなんですよ。チャーリー様だって最近の活躍はすごいじゃありませんか。みんな妬みが入っているんですよきっと」
「はあ…でもね、今夜はもう限界なのよね。実はね叔母様が素敵な隠れ場所があるっていうから今から行こうと思っていたのよ。もう食堂でバスケットに料理を入れてもらってるの。デザートもたくさん用意したのよ。一緒に行こうよ。栞も誘ったんだけど、シャリーのお母様が先ほど到着したからこれからご挨拶に行くんですって。栞がね、フレッドあなたも挨拶に顔をだすように伝えてくれってシャリーに頼まれたって言ってたから代わりにあなたに伝えにきたのよ」
「僕はサーシャおばあ様が苦手なんですよね」
フレッドは頭をかきながら言った。
「あら、あなたにも苦手な人がいたのね」
「僕もただの人間ですよ。サーシャおばあ様は母さんとよく似ているんですよ。おばあ様の方が数倍強烈な性格をしていますからね」
「あらそうなの。じゃあご挨拶だけでもしてこようかしら、叔母様、優と先に例の場所に行っててくれないかしら。私はフレッドとサーシャおば様にご挨拶をしてから行くから」
「そうね、ご挨拶しておいたほうがいいわね。あの方、最近ではめったにお屋敷から出られていないって聞いているから。栞ちゃん達の事もあるし、じゃあ優ちゃん、私たちは調理場によってから先に行って準備してましょうよ。昨日の雨で少し掃除しなきゃいけないかもしれないから」
「はい」
優も行く気になったのか笑顔で返事をすると碧華も笑顔になった。
「よし決まり」
そういうと碧華はフレッドの腕に自分の手を絡めて嫌がるフレッドを強引に引っ張って行ってしまった。
「ママって時々すごく強引になる時あるのよね。普段は人の顔色ばかり気にしてオロオロしてるのに」
「あらそうなの。でもいろんな顔を見せてくれるあなたのお母さまはすごく素敵だと思うわ。私は大好きよ」
嫌がるフレッドをなだめながら楽しそうに笑っている碧華をみながらチャーリーが言った。すると優が今度はチャーリーの腕に自分の手を回して笑顔で言った。
「チャーリー大叔母様、私は大叔母様が大好きです。さっ早くぬけ出しましょうよ。誰も近づいてこないうちに」
「そうね、今、いろいろ言われると私達だけじゃさらに太刀打ちできそうにないものね」
二人は笑顔を向け合いながら、そっと周りの視線をそらしながら会場から姿を消した。




