前章より続き
―撤収・アシュラの怖さー
往路のアシュラはまだみんなから見ればなんとなく近寄り難く高嶺の花状態の男だった。数々の伝説を背負って生き抜いてきた勇者で、遥かな高みにいる男だった。だが復路ではまるきり様相が違っている。人気者の兄貴に群がっている兄弟達、そんな雰囲気になっていた。砕けた雰囲気になっていたし、アシュラもそれを許し受け入れていた。初めは強持てのガチガチの戦士に見えたのだ。その反動もあってか、話に花が咲く。
アシュラがガイラの出身ではないことも、カラとセイラの話しで初めて知った。このダーク島はガイラとバリスの二国に分割され長いことやってきたが、元々は一つの国だったらしい、何代か前の国王の時に戦乱があり、以来二つの国に別れ、共存してきたのだ。海を隔てた向こうには大きな大陸があり、名前をガーランドと言った。ガーランドも平穏な大陸ではなく、幾つもの国に分かれて、戦乱の時を超えて、今は王達が協定を結んで平安を保っている。そういうことらしかった。四人はあちこちを渡り歩いてはいたが、まだダークを出た事は無かった。
アシュラはそのガーランドよりも更に北の小さなファルアと呼ばれる島の小国、サーシュマの生まれだ、と打ち明けた。育ててくれた婆さんが亡くなったんでな、冒険でもしてやろう、と海を渡ったのさ、カラ達の話をリピートするように、アシュラはひょうきんにそう言った。みんなはその横顔を見ながら、きっと想像もつかないような体験を積んでここまでを生き延びてきたんだろうな、と納得した。
時が過ぎ日が変わり、八日目を迎える。追撃はまだ無かった。だが往路よりも時間がかかっている。アシュラの傷が意外に深かったせいもあって、行きよりも慎重にならざるを得なかったのだ。傷口が塞がるまでには数日を要した。バリスの秘密の前線基地を、報復、と言う意味合いがあるにしろ、潰してしまったのだ。当然警戒は行き渡っている筈だったし追撃の手もかかっている筈だし、その後も小競り合いは何度かあった。この日も小隊規模の敵と遭遇し、交戦になっていた。
八人の能力は戦闘の度に高まっていく。実戦で叩き上げられる戦闘能力と、何よりそのチームワークは目覚しいものがあった。次第に、命令すらも殆ど必要なくなっていく。アシュラがほんのちょっと動くだけで、下手したら目配せだけでその意図を理解し、次にはもう命令を遂行するようになっていく。いつの間にか、八人が一体となって動いていた。最強のゲリラ部隊が出来上がっていくのを目の当たりにしているようだった。
十日目の昼過ぎ、敵の追っ手が迫ってきていた。今までの小競り合いとは違う。たかが八人の小隊を潰すには多すぎないか、という一個連隊規模が投入されていた。装甲ジープ、オフロード部隊、戦車隊、まで出張ってきていた。
アシュラ「カラ、いよいよ仕上げの時だな。」
カラ「そうだなあ、ほんとに読みが当たっちまったな。」
タガラ「どういうことだ?」
カラ「こうなるかもしれない、って言うんでね、俺とカルラで別の退路を確保しといたんすよ。多少のトラップを仕掛けてね。」
タガラ「……、それで貴様らは別行動だったのか?大したもんだな、アシュラさんよ。」
アシュラ「だからさ……、臆病なだけだってば……。」
カラ「臆病なだけのやつがあんな大胆な仕掛け考え付くか?アシュラの思いつき、実行する身にもなりやがれ。」
カラが大笑いする。カルラも大きく頷いた。
カルラ「ほんと驚きました。何もそこまで、って思ったし……。今ではすっげえ納得してますが……。」
ほどなく川の傍の道に出る。追っ手はすぐそこまで迫ってきている。一刻の猶予も無かった。深い山の中の川は両岸が切り立った崖になっていて、おいそれと渡れるではない。一番せまっている場所でも二十メートルはあるのだ。ロープをかけても簡単には渡れる距離ではない。それなのにどんどんと崖の方に近づいていくのだ。怪訝な顔をする仲間の顔を、ニヤニヤと眺めながらカラが先導して進んでいく。
やがて崖っぷちに出た。今、追っ手が来たら間違いなく射的の標的よろしく容易に蜂の巣になったろう。だが、その場所には向こう側から大木が倒れていて、橋のように崖をまたいでいた。八人は素早くそこを渡っていく。そしてアシュラの指示でめいめい位置について敵が追いついてくるのを待った。
アシュラ「さ、そろそろみたいだな…カラ、準備はいいか?」
カラ「おう、準備は万端。いつでもいいぜ。」
タガラ「なあなあ、一体何が始まるんだ?敵さんが追いついてくるのを待って向こうとこっちでドンパチやるのか?」
アシュラ「それも有る。だがそれだけではない。今、敵の前哨があの手作りの橋の向こう側十メートルくらいにまで近づいてる。様子を見ているみたいだな。本隊が来るまでに安全を確保して、本隊と共に一気に渡ってくるつもりだろう。だが、追跡の様子から見て、敵の構成は4個分隊、恐らく…人数は五十人くらいだ。だか
ら…半分くらい、つまり二分隊が渡って来た所で、カラが仕掛けた爆薬を一気に爆発させ、後続の半分を潰す。
後ろがやられて混乱した隙に、渡ってきた半分を叩く。
一人残らず、だ。」
タガラ「……お前ってもしかしたら結構やること、鬼だな?」
アシュラはにこやかに笑う。
アシュラ「そんな事は無い。戦いなんて、しないに越した事は無い。しないで済むなら国へ帰ってのんびり畑でもたがやして、あとは肉を食いたくなったら狩りでもして穏やかに暮らすさ。…警告はしてあるんだ。仕掛けてくる方が悪い。」
言った通りの展開になった。アシュラの読みは恐ろしいほどに当たっていた。三名の前哨が辺りを窺っていた。そこへ、俄かに騒がしくなって数十人が集まってくる。人数もほぼ間違いなさそうであった。そして言った通りの動きをしてきた。半分ほどの人数が渡ってきた所で、カラに目配せする。カラが腕に巻いた分厚いブレスレットのようなリモコン装置のボタンの一つを押した。
まず切り立った崖をつないでいた大木が、敵の分隊らしい七〜八人と、大音響と共に木っ端微塵に吹き飛んだ。そして正確に次の爆発が続く。崖の向こう側が半径百メートル程の範囲で次々となぎ倒されていった。そして間髪を居れずアシュラの合図と共に一斉掃射。反撃してくるゆとりなど与えなかい。待つ時間はやたらと長かったが、攻撃はほんの数分で終わっていた。
セイラ「聞いてはいたけどさ……あんたの攻撃ってほんっと、怖いわね。敵じゃなくってほんとに良かったわ。」
カラ「まったくな、仕掛けを作るこっちの身にもなって欲しいわ。何故そこまで思いつく?って言うくらいサービスが行き届いてやがる。な?カルラ。」
カルラ「はい。でも……。」
カラ「なんだ?」
カルラ「爆発物の効果的な使い方の勉強にはなりました。あんなトラップを作ったのも、それも幾つも続けて作ったのも初めてです。勉強になりました。」
味方には情が厚く守護神のような男だった。だが戦いが始まってひとたび敵と味方に陣が分かれれば容赦の無い悪魔のような存在になる。七人とも改めて思い知った。
今回の作戦での戦闘は先程の攻防戦が最後のようだった。戦果は敵のアジトを四箇所殲滅、ゲリラ部隊の前線基地を一箇所壊滅。倒した敵の数は優に百人を越えていた。こちらの被害はアシュラの背中の怪我が一番大きく、戦死者は無かった。ハードではあったが、終わってみれば負ける気が全然しない作戦だった。
国境を越えてガイラ領内に入った。訓練所手前数キロの所で、アシュラはふいに全員を止めて集めた。
アシュラ「さて……、これで一応今回の作戦は終わるが…一つ聞いておきたい。」
全員が頷き次の言葉を待った。
アシュラ「ナミラ、ユウラ、カルラ、マイラ。…お前たちは今回の作戦遂行の為に人選したメンバーだ。これで一旦その任を解かれて解散、となるのだが……どうする?」
ナミラ「どうする、とはどういう事ですか?この二週間で私たちはだいぶ賢くなりました。アシュラが先の先まで読んで、しかも細心の注意を払って味方を大切にするからこその、今までの戦績なのだ、と思い知りました。その…含みのあるみたいな質問も、何か全く違う意図を感じます。考えすぎでしょうか?」
タガラ「思い切り読まれてるなアシュラ。俺もそう思ったぞ。なんでこんな所で止まる?訓練所までもうちょっとじゃねえか。さっき、領内に入ってから暫くしてから、お前さん、なんだか雰囲気変わったぞ?何かあるのか?それとも……俺たちが気付かないだけで、何か変化を感じてるのか?あ、まかれちゃいないが、俺はあんたについてくぜ?あんたといれば退屈しないで済みそうだし、何よりあんたが猛烈に気に入った。地獄へ行くって言ってもついていくぜ。」
アシュラ「タガラ、あんたは一々言う事が大袈裟だぞ。ガラにもなくロマンチストだな。」
タガラ「ふん、あんたほどじゃねえよ。」
アシュラ「じゃ説明しとく。今までの幾つもの作戦をずっと眺めてきたが、今回初めて、この訓練所の作戦に参加してみて、やっぱり何やらキナ臭いものを感じるんだ。俺は…別の指示系統で動いてきたからね。今までの戦いはこの島、つまりダークではなく、海の向こうのガーランドでのものだった。こちらでのいざこざは聞いてはいたが、聞いてたものとはなんだか違うものを感じる。」
タガラ「つまり…単なるお隣さんとの揉め事ではない、と?」
アシュラ「そうだ。なんだかもう一枚、いやもしかするともっと複雑な事情が絡んでるような気がしてならないんだ。……タガラの言った通りだ。実はさっき領内に入ってから気付いたが、たった二週間しか経っていないのに、軍隊の配置がなんだか変わっている。今の段階ではなにがどうかわったのか、までは分からない。俺にもわからない事はたくさんある。でも、なにかおかしい。作戦を終了して帰投する、という安心感が湧いてこない。それどころかますます緊張が高まってくるんだ。」
ナミラ「作戦は取り合えず終了したけれど、あたし達はどうするか?って聞いてるんですね?」
アシュラ「…賢いな…。そうだ。」
ナミラ「それなら話は簡単です。タガラの言う通りです。あたし達は全員アシュラについていきます。」
異議無し!三人が間髪入れずに続いた。アシュラが何かを言いかけて、又、口を閉じる。タガラがまた愉快そうに笑った。声をあげて、だ。カラもセイラも、苦笑していた。
アシュラ「念を押す必要も無いと思うが……、こっから先は給料出ないかもしれないんだぞ?お前ら、傭兵なんだぞ?分かってるのか?田舎へ帰れば家族もあるんだろ?」
マイラ「何を今更。今回の作戦でよく分かりました。ローカルな考えでドンパチやってりゃそれで片付くほど単純なケンカじゃないってね。給料が出るとか出ないなんてレベルじゃなく、この国の平和が守れるかどうか、…いやもしかしたらもっとでかいレベルでの判断が必要なのかもしれないって事じゃないっすか。そんなら迷う事は無いっすよ。連れてって下さい。後悔なんかしません。いや…むしろこのまま解散しちまったら後悔すると思います。」
カルラ「そうです、アシュラ、言ってたじゃないですか。予定外の予定が有る、って。なにかあるかもしれない。その為に、我々を選んでくれたんでしょ?このままあなたの部下にして下さい。あなたの部隊ってあるんですか?」
タガラ「聞いた話では、だが……、アシュラ軍団ってのが存在するらしいな。」
アシュラ「そんなものは無い。」
アシュラは即座に否定した。
アシュラ「うわさはいつだって大袈裟に広がり過ぎる。ガーランドの幾つかの戦いの中でたまたま出来上がったグループが有って、それが結構チームワークが良かっただけの事だ。仲間、ではあるが俺の部下ではないし、ましてや軍団なんてとんでもない話だ。」
カルラ「じゃ作ってくださいよ、アシュラ軍団。俺たち真っ先に軍団に入ります。お願いします。」
お願いします!全員が続いてしまった。アシュラは言葉に詰まってしまった。意外な成り行きに面食らっているのだ。そんな表情も彼らにはたまらなく好感が持てた。戦いに置いては先の先まで読み通すような深い思慮の元、緻密な作戦を立て、冷酷なまでの容赦の無い攻撃をするくせに、味方の危機の為には平気で身を投げ出す。みんな、アシュラに惹かれていたのだ。彼は一しきり考え込んで、頷く代わりにニコっと笑って頭を掻いた。