第94話 2日目~ヒント~
が、それでは終わらなかった。
丘の上から無数の影が伸びたのを見付けたからだ。
「な!?」
マルハチは思わず驚愕の息を漏らした。
「バカだろう……」
ツキカゲも息を飲むようにしながら声を漏らしている。
ふたりの様子を遠目で見ながら異変に気が付いたのだろう。ミュシャも丘へと振り返った。
そこには、数十は下らない数のポイズンリザードタイラントが、毒嚢を膨らませながらこちらを睨み付けていたのだ。
「じょ、冗談だろ!?」
「奴ら、群れを作らない動物じゃないのか!?」
その絶望的な光景に、マルハチとツキカゲが口々に声を上げていた。
「マルハチさぁーん!」
ミュシャがスキップをしながらこちらへと戻ってきた。
「ミュシャ、武器が無くなってしまったので、もうやっつけられません!」
「は!?仕込みダガーは!?」
「走るのに重いから持ってきてません!代わりにやっつけて下さい♪」
弾けるような笑顔で言ってのけた。
「無理だよ!僕は元々、徒手空拳じゃないか!一番相性が悪いのは僕だぞ!そうだ、ツキカゲ。君の使い魔なら触れずに攻撃出来るんじゃないか?」
ツキカゲに振り返るも、そっちはそっちで不敵な笑みを浮かべている。
「無理だな。サルディナは基本的に相手に食い付いて攻撃する生物だ。飛び道具もあるが、酸だ。あいつらには無効だな。あたしの護身用のバゼラードを貸してやるから、なんとかしろ。」
「どっちにしろ一匹しかやっつけられませんよ♪」
この期に及んで何を嬉しそうに話しているんだ。このふたりは。
マルハチは頭を抱えていた。
「逃げるぞ。乗るんだ。」
言うや否や、マルハチは身体中に力を込めると、銀狼の姿へと変身を遂げる。ミュシャもツキカゲもその背へと飛び上がった。
その姿を捉えた生ける強酸が、一斉に砂岩丘から飛び降りてくる。地響きが周囲を飲み込んだ。二足歩行で走る姿はさながらエリマキトカゲそっくりな珍妙さだが、見た目とは裏腹に異常なまでのスピードでみるみるうちに迫ってくるではないか。
「速っ!すごいですね♪」
「掴まれ!ちょっと本気を出さざるを得ないぞ!」
「むしろ本気を出せ!出さなければあたしが殺すからな!」
銀狼の最高速度は魔界最速だ。個体差はあるものの、ヒューマノイド時の三倍ほどのスピードを誇る。
疾風の如くその場を後にすると、広大な平原を一目散に駆けて行った。
ポイズンリザードタイラントの大群を完全に振り切った頃、
「おい、マルハチ。」
背中からツキカゲが声を掛けた。
「視線はどうだ?」
「いや、変わらずだ。」
走る速度は全く緩めず、マルハチは答えた。
「どうやら監視に間違いないようだな。」
「だろうね。」
そんなふたりのやり取りに、ミュシャが口を挟んできた。
「なんでですか?」
「本来は群れを成さず、棲息域からもほとんど出ることが無いはずの彼らが、わざわざテリトリーを外れて僕らの前に現れたってことは、何者かに操られていたと見るのが妥当ってことだよ。」
「そして、マルハチを監視している者が操っていると考えるのも妥当だ。あたし達が通るルートを完全に把握していたのだからな。」
ミュシャはつまらなそうにツキカゲの腰からバゼラードを引き抜くと、片目を瞑って刀身の具合を確かめていた。
要は全く興味が無かったということだ。
マルハチは無言で走るだけだった。
―――ブローキューラの笑い声が暗闇に響いていた。
「面白い。実に面白いですよ。」
片や尻尾を掴ませず、片やけしかけたポイズンリザードタイラントを難なく退けた。
ブローキューラが思っていた以上に、彼らは歯応えのある相手のようだ。
「それで?明日はどうなるんですか?」
細い指が動くと同時に、ガルダの体が震えた。
「有事の……際には……総……力を……注ぎ込ん……で……事に……当……たる……ように……」
それを聞き、ブローキューラは更に顔を緩めされた。
「おっと、これはこれは。もっと面白くしてくれるんですね?総力戦ですか……」
何かを逡巡するかのように暗闇を見つめていたが、ふとガルダに向かって視線を移した。
「なら、こちらも少し付き合いましょうか。」
体に張り巡らされていた針が一瞬で引き抜かれ、支えを失ったガルダは力無く床に転がった。
「ちょっと行ってきてくれませんか?」
ブローキューラの空色の双眸が怪しい輝きを放った。それに呼応するようにガルダの濁った瞳に輝きが宿り、ゆっくりと立ち上がった。
「ねぇ?兄貴殿。」
その声に合わせ、ガルダの体は天霊郭から飛び立っていった。
妹に操られるがままに。




