表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/164

第90話 天霊ブローキューラ

「へぇ。そりゃすごいや。……んで、兄貴殿はあのねーちゃんとどこで、どうやって接触するつもりなんですか?いくらあんたでも、北部に攻め入るのは骨が折れるでしょうに。」


 その実、この妹の興味を引くのは相当な難題だった。だがしかし、この反応に、兄は内心で胸を撫で下ろしていた。


「言うには及ばぬ。幸運なことに、彼女の配下の中に我が半身がおる。彼を媒介に、儂には彼女らの動きがつぶさに伝達される。」


「あー、だからか。あっちに同族の気配を感じるのは。裏切り者が流れたんだったら、始末しなきゃって思ってたんですよね。」


「そういうことだ。妹よ。過去のいさかいは忘れよ。共に神の涙を討とうぞ。」


「ふーん。でもね、兄貴殿は簡単に忘れられるかもしれませんが、ね。」


 頭の後ろで手を組み、その見てくれ通りの幼子のように唇を尖らせ、ブローキューラは言った。


「簡単に承服は出来ぬ、か?」


 兄は少しばかりの苛立ちを覚えていた。


「承服もなにも、あんたが一方的に話してるだけでしょう。」


「やはり汝は何も分かっておらぬ。」


「そりゃ、兄貴殿なら焦りもするでしょう。…………ですがね、兄貴殿。オレは…………誰ですか?」


 幼い声が低く唸った。

 空色の瞳の輝きが、深い深い煌めきを放った。


「オレはね、兄貴殿。この世界を手に入れたいんですよ。無論、あのねーちゃんは殺す。神の涙も殺す。あんたも邪魔だてするならば、容赦しませんよ。」

 

 天霊ブローキューラは、争いを嫌うドラゴン族の中では異常なほどの兇暴性を示す。

 元より、共闘を持ち掛けること自体が間違いだったか。


「愚かな。」


 兄が翼を広げ、腰の刀に手を掛けた。 


 しかし、遅かった。


 ブローキューラの口が開かれた。

 小さな幼女の、あどけなく愛らしい口角が耳まで大きく裂け、無数の鋭い牙が並んだドラゴン族の本性が姿を現した。

 喉の奥、激しい光が顔を覗かせた。

 刹那だった。眩いほどの閃光が天霊郭から放たれ、ベラージオの上空を掠めるように天を抉り取ったのだ。

 兄には、ドラゴン族の本性を現す隙すら、与えなかった。



「愚かな兄貴殿。オレにそんな重要な情報を打ち明けるなんて。」



 大きく削ぎ取られたバルコニーの床は、まるで溶岩の如く蒸気を上げながら赤暗い輝きを湛えていた。

 その中に、半ば炭屑と化したドラゴン族が横たわっていた。

 ブローキューラは、焼け焦げながらも半分剥き出しになった兄の頭蓋に足を掛け、満足そうに息を吐いた。


「オレはブローキューラですよ?兄貴殿。」


 空を見上げた。高く晴れ渡っていた。

 天を仰ぎ、魔王は清々しげに笑みを浮かべた。


 その日、南部最大の山脈の盟主、霊峰ベルギオ山の中腹に、巨大な風穴が生み出された。



「どうなされました?天霊様。」


 騒ぎを聞き付けたのか、ブローキューラの傍らに何処からかひとりの乱破(らっぱ)が現れ出でた。


「あぁ、なんてことは無い。兄妹喧嘩だよ。」


 ブローキューラは事も無さげに呟くと、兄の亡骸に片手をかざし、何やら呪文のような不可思議な言葉を囁き始めた。ドラゴン族特有の言語だろう。忍びには聞き取れなかった。

 が、意図はすぐに理解出来た。


 焼け焦げた亡骸は淡い空色の光を帯び始めると、みるみるうちに、乱破は元の姿を知る由もなかったが、原形へと修復されていった。


「良い手駒が出来た。」


 まるで何事も無かったかのように立ち上がったが、兄と呼ばれたドラゴン族のグレーの瞳には、何も映ってはいなかった。それは、生ける骸に他ならなかった。

 その生ける骸の容貌を捉えた乱破の肩が微かに波打った。

 それに気付いたのかは定かではない。天霊は、玩具を与えられた幼女そのものの笑みを浮かべて見せながら、乱破へと向き直った。


「お前、名はなんと言ったか?」


「はっ!ネロにございます。」


「あぁ、そうだったね。」


 天霊は微笑んだ。そして口を開いた。


「お前にはいつも訊かねばならんと思っていたんだ。お前からは……薔薇の香りがするな。……何故なんだ?」


 その眼差しは濃い空色を湛え、視線を交えただけでこの黒子(シャドー)族の青年の魂を握り潰した。

 生ける骸を目にし、体を反応させたその黒子族は、マリアベルの密偵だった。




「さて、少し遊んでやるか。」

 



 彼女の名は【天霊ブローキューラ】。

 魔血種族、魔人種ドラゴン族の王にして、大地を割るほどの力を持った、ドラゴン族最強の王。そして、魂を支配する特異な力を持つ最も神に近い存在。


 そして、彼女の傀儡と化した彼女の兄もまた、


 【白狼(びゃくろう)のガルダ】

 魔血種族、魔人種ドラゴン族の王。

プージャ達が目指す、魔王のひとりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ