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第87話 Days3~衝突~

 階段を上がり、ミリアら3人が廊下に姿を現した。

 また同時に、階段とは逆側の窓からゴルウッドら3人が屋内へと戻ってきた。

 クロエとライリーが、それぞれを交互に見比べた。


 静かに、ゆっくりと、近付いてくる。

 静かな殺気を湛えて。


「誰だ?」


 ナギが声を上げた。


「誰が内通者だ?言え。」


 しかし、誰も口を開く者は無かった。


「言えよ。ここまで来てしらばっくれるな。」


 ナギの歩調が早まった。


「てめぇこそ。」


 ナギに合わせるように、ゴルウッド達の歩調も早く、そして荒々しくなっていった。


「一番怪しいのはてめぇだってのを忘れんじゃねーぞ?」


「なんだと?」


 まるで今にも互いに飛び掛からん勢いで、グイグイと間合いを詰めてくるふたり。

 クロエは静かにそれを見守っていた。

 扉の前で、遂にふたりは合間見えた。


「一番怪しいのは、このスケルトンナイト様じゃねぇのか?あん?違うか?」


 額と額が、鼻と鼻が擦り合わさるほどの距離で睨み合いながら、ナギがクロエを指差した。


「ギャーギャー喚きやがって。そういう奴に限って実は、ってやつじゃねーんですかい?」


「なんだ?ゴルウッド。お前、本気で俺を疑ってんのか?」


「俺はそんなん興味ねーわ。ただグダグダうるせーてめぇの与太話にゃうんざりってそれだけでぇ。」


「考える気もねぇならすっこんでろよ。それとも何か?お前が内通者だから、バレないように必死か?ああん!?」


「俺が内通者だって?そりゃ笑えねー冗談だな、ナギ。切り刻んでやろうか?」


 一触即発の様相。本来のミリアやアイネ達であれば、すかさず止めに入ったであろう。

 だが今はそんな状況ではなかった。

 彼女らもまた、疑いが確信に変わってしまっていたのだから。

 誰が内通者なのか。

 逆に言えば、今この場で、それを明らかにする必要があると感じていた。

 だがしかし、その方法までは分からない。

 彼女らに出来るのは、流れに身を任せることしか無かった。


「やめろ。」


 そこに割って入ったのはクロエだった。


れいせい(冷静)に……」


 言い掛けたその時だった。


「あんたが一番怪しいと、俺は言ったよな?」


 ナギがクロエのレザーアーマーの隙間に手を入れると、軽々とその体を持ち上げた。


「あんたなら出来るんだ。アンデッド達を纏めて情報統制を敷いて、俺達にバレねぇように簡単に情報を外に流せるんだ。」


 クロエは顎を鳴らした。


「そのとおりだ。かえす(返す)ことば(言葉)は、ない。だが、わたしではない。」


「は!?自分で言うだけなら簡単なんだよ!」


「わたしなら、しょにち(初日)おわらせて(殺して)いる。」


 その言葉に、ナギは思わず拳を振り上げるも、それを止めたのはゴルウッドだった。


「クロエ殿の言う通りじゃねーのかよ。わざわざ引っ張る必要なんてねーんだ。」


「それは目的にもよると思います。」


 そのゴルウッドに物申したのはミリアだった。


「姫様の暗殺が目的なら、クロエさんの仰る通りです。ですが、別の目的があるなら?時間を掛ける必要があるなら?」


「ちょっとミリア。それ、どういう意味よ?」


 今度はララも堪らず口を開いた。


「他の目的の意味が分からないわ。刺客が天霊(てんりょう)の手の者なら、他の目的なんてある?挑発行為を行うにしても、最終的な目的は戦争だろうし、それなら暗殺で片を付ける方が楽だし手っ取り早いでしょ。」


「おい。」


 それに答えたのは意外にもナギだった。クロエの軽い体を床に下ろすと、顔だけをララに向けた。


「今はそんな政治的な話しをベースに考えてる場合じゃねぇだろ。そこまで話したらいくらでも可能性は広がっちまうだろうが。」


「そうだよ。僕らは今、僕らの中にいる内通者を見付け出す。それだけを考えるべきだ。」


 そしてナギに手を貸したのはフォスター。


「いいえ。敵の目的を知ることは必要だと思うよ。と言うか、敵が誰なのか。相手が天霊なのとそれ以外なのでは目的が違うだろうし、やってくることも変わるだろうし。」


 だが、それに対抗するようにアイネが意見を述べた。


「いい加減にしやがれってんだ!てめーら好き勝手喋りやがって!」


 この収集の付かない状況の中、遂に怒りを爆発させたのは、ゴルウッドだった。


「ごちゃごちゃうるせー!そうやってグダグダ言うつもりなら、てめぇら全員、ここでぶっ潰して終いにしてやるよ!」


 それが合図になってしまった。

その場にいた全員の殺気が一斉に解放された。禍々しいまでに邪悪で、暗く冷えきったオーラが、砦の五階全体を覆い尽くした。

 アイネとララは獣化し、それ以外は己の得物を構える。クロエも鞘から剣を抜いたが、そんなクロエを守るようにライリーが前に立ち塞がった。

 全員が互いの呼吸音を探り合い、タイミングを合わせ、同時に襲い掛かった。



 その瞬間だった。


「やめなさぁーい!!」


 怒鳴り声がしたと共に、8人全員の動きがピタリと止まった。

 空中に飛び上がった者を含め、全員がその場に制止したのだ。まるで、ピンか何かで空間に繋ぎ止められたかのように。


「もう!いい加減にしなさい!」


 勢い良く扉が開くと、中から現れたのはネグリジェ姿のプージャだった。


「仲間同士で何をバカなことを!それから、人の部屋の前で!うるさい!」


 両手を腰に当て、まるで母親が子供を叱りつけるかのような、気の抜けた様相で怒声を上げていた。

 だがその間抜けな外観とは相反して、魔王にも匹敵するマリアベルの近衛兵の全員が、指先ひとつ動かせない力で繋ぎ止められていたのだ。


「もうね、冷静に話し合えないんなら、話すのは禁止にするからな!ちっと頭を冷やしなさい!」


 指先ひとつ動かすことなく、プージャの言葉のリズムに合わせて、クロエらの体が空中を動き、いつの間にか廊下に整列させられていた。


「今日は全員、自室で謹慎すること。絶対に外出は許さんぞ。互いの接触も許さん。よいな?」


 堂々と胸を張り、鼻から息を吹き出しながら、魔王は言い放った。


「む?返事が聞こえぬの?よいな!?」


 それでも返事は聞こえてこない。


「…………っあ!」


 何かに気が付いたかのようにプージャが胸の前で手を打つと、クロエらの体は何かから解き放たれた。それと同時にようやく呼吸も出来るようになった。

 どうやら黒の衝動(ホルメマヴロス)に力を加えすぎており、呼吸筋まで縛り付けてしまっていたようだ。


「すまん、やりすぎた。でも、聞こえてはいたな?よいな?」


 再度、胸を張ったプージャ。態度はいつも同様に滑稽ながら、力のコントロールを失うほど怒りを覚えていたことも加味し、どうやら本気なのは間違いないようだ。


「「御意。」」


 クロエ達に抗う理由は無かった。



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