第86話 Days3~刺客~
「ねぇねぇ、何か皆さ、本気で内通者がいるって思い始めてるっぽいね。ボク達も疑われちゃったかな?」
午後。
起床後の身支度を済ませ、ゴルウッドの部屋で合流したばかりだったが、早速アイネが切り出した。
「それはそうよ。だって、あんな高圧的に止めるんだもの。逆に疑われちゃうでしょ、普通。」
ララが言ったのは、昨晩、ゴルウッドがナギの発言を捩じ伏せたことを指し示しているようだ。それを聞き、ゴルウッドは物憂そうな態度で答えた。
「知るかよ。俺はあの手の話しは大嫌いなんでぇ。」
それは何とも乱暴な答えだった。
「バカなの?脳ミソ腐ってるの?」
「ほんとバカ。」
メイド達は口々に非難の声を上げていた。
「バカで結構。内通者だか何だか知らねーけどよ、そんなんで俺らが揉めて、それで姫殿下に危害が及ぶようなことがあっちゃならねーんだ。」
「あんたね、だからこそ、皆して疑い合ってるんでしょ?」
「誰よ?こんな腐れ脳ミソを遠征部隊に指名したのは。」
指名したのはマルハチなのだが。
「うるせーぞ、お前ら。例え内通者が居たとして、俺らはそいつを叩き潰す。それだけだ。」
「だから!ボク達が疑われて、もし濡れ衣でも着せられたら、叩き潰されるのはボク達なんだよ!?分かってないの!?」
「ひょっとして、本気であんたが内通者なんじゃないでしょうね?そんだけ頑なに話しを拒むなんて、逆に怪しいわ。」
あくまでも突っぱねるゴルウッドに、ふたりはいよいよ苛立ちを覚え始めていた。
「もし俺が内通者だとしてだ、そん時ゃ、お前ら……」
が、ボルテージの上がり始めたアイネとララとは対照的に、ゴルウッドの声色は冷たく沈んでいった。
「全力で俺を叩き潰せ。いいな?」
その言葉に、ふたりは思わず息を飲んだ。この、竹を割ったような性格のグールに、疑う余地などなかった。
―――三日目の夜の帳が下り始めた。
時間だ。
使用人の控え室に、全員が集まっていた。
「今日は、私から皆に話をする。」
普段なら、クロエが取り仕切るこの打ち合わせだが、この日は違った。
話し始めたのは他でもない、魔王御自らだった。
メイドも執事も、そしてライリーも、背を正してその言葉に耳を傾けた。
「マルハチから言われておる。『有事の際には、総力を注ぎ込んで事に当たるように。』とな。今がその有事だと、私は捉えておる。」
どことなく浮かない表情は、その場にいる全員が読み取れた。いつもの明るい態度は鳴りを潜めていた。
「であるからして、今日は囮だのなんだのは抜きだ。私の部屋を全員で守って貰いたい。良いな?クロエ。」
プージャがクロエの名を呼び、それに合わせて全員がスケルトンナイトに視線を集中させた。
「おおせのとおりに。」
このやり取りが元々の算段の上で行われているのか、それともクロエにも寝耳に水なのかは測りかねる。
だが、プージャ自身から発せられるこの言葉に、彼等が逆らうことなどありはしない。
「今宵、私は城主の寝室で休む。クロエも、ゴルウッドも、アイネも、ララも、」
プージャはゆっくりと名を呼びながら、それぞれに視線を巡らせてゆく。
「ミリアも、フォスターも、ナギも、ライリーも、全員だ。全員で私を守ってくれ。頼む。」
その場に集まった全員と視線を交わし、プージャはゆっくりと頭を下げた。それに呼応するように、同じく全員も頭を下げた。
(私は……ここにいる皆を信じてるよ。きっと、天霊が何か分からない方法で、私がどこにいるのか当ててるだけだから。私は皆を、信じてるから。)
プージャは持ちうる限りの胆力を振り絞って、顔を上げた。
(さぁ!寝る時間だ!)
全員の視線が、プージャだけを見据えていた。
―――プージャが床に就いた。そして、護衛の面々もそれぞれの持ち場に就いた。
五階に繋がるたったひとつの階段を、ミリア達が。
城主の寝室の窓がある屋根の上を、ゴルウッド達が。
そして、寝室の扉の前を、クロエとライリーが。
それぞれが守りを固めた。
―――階段。
「来るかな?刺客。」
フォスターが呟いた。
「私は……出来れば来て欲しい。」
ミリアもそれに続いた。
「今日、刺客が来るなら、内通者がよっぽどのバカか、内通者なんていないか……どちらかだよな。」
ナギが笑った。
―――屋根。
「姫様、可哀想に。絶対に気にしてる。気にして、だからこうやって直々に……。」
ララが空を見上げた。今宵は新月。星達がいっそう強く煌めいていた。
「ボク達がこんなことで揉めてるから、お手を煩わせちゃうんだよね。内通者を暴こうなんて……姫様には似合わない。」
ララの隣で膝を抱えたアイネ。
「うるせーぞ。任務に集中しろい。」
ゴルウッドが言い放った。
―――寝室前、廊下。
「クロエ殿、これは、クロエ殿の計画ですか?」
ライリーが小柄なスケルトンナイトを見下ろしながら問い掛けた。
「いいや。かんぜんなるひめでんかのりつあんだ。わたしはこんかい、なにもかんよしてはいない。」
いつも通りの静かな口調でクロエは答えた。
「左様ですか。」
それだけを答えると、ライリーはそのまま口をつぐんだ。しばしの間が空き、クロエが尋ね返した。
「どうした?なにかいいたそうだが?」
「いえ。」
「そうか?そうはみえぬが?」
「いえ。」
「おぬしも、うたがっておるのか?わたしを。」
「…………いえ。」
やはり、妙な間が空いた。嘘の付けぬ単純な男だ。クロエは内心で面白く思っていた。こいつも白だな。
そうやって、時間は過ぎていった。
それぞれの想いを胸に、皆が待った。
そして、朝を迎える。
その日刺客は、現れなかった。
クロエが、ゴルウッドが、アイネが、ララが、ミリアが、フォスターが、ナギが、ライリーが、朝日を浴びながら……確信を持った。
(内通者は……いる。)




