第85話 Days2~内通者は誰だ?~
再び城主の寝室に戻ったミリア達だったが、先程とはうって変わって、3人の間にはピリついた雰囲気が漂っていた。
「完全に俺達を疑ってやがる!あいつ、やっぱり怪しい!内通者はあいつだ!」
ナギは苛立ちを隠すことをせず、扉が閉まるや否や、声を荒げた。
「むしろ、仕掛けたのは君だと思うけどね。」
フォスターが冷静な物言いで呟いた。
「どう考えても仕掛けてきたのはあっちだろう!?しらばっくれやがって!」
言いながら、広い部屋の中央にどっしりと構えたベッドに近付くと、ナギは勢い良くふたりに振り向いた。
「状況的には疑われても仕方ないと思いますけど?」
そんなナギとは対照的に、ミリアも冷たく言い放った。
「その状況を作ったのはあっちだぞ!?姫殿下が寝所を変えてたのを言わないなんて、陥れようとしてるとしか思えねぇ!」
「じゃあ聞きますけど、ナギは内通者なんですか?」
「は!?そんなわけねぇだろうが!」
「なら何を怒るんですか?違うなら、堂々として下さい。」
わなわなと震えながら怒声を上げるナギの左胸に、ミリアが指を強く押し付けた。
「そうだよ、ナギ。熱くなるなって。もし僕らが本当に疑いを掛けられてるなら、きちんと晴らさなければならない。」
「そうです。まずは状況を整理しましょう。」
「…………すまねぇ。」
冷静なふたりをナギのお守りにつけた判断は正解だった。この判断を下したのは、他でもないクロエだったのだが。
「では、順を追って話そうか。今夜、刺客は一階に現れた。つまり、五階に姫殿下がいらっしゃらないことは知っており、一階にいると思ったから、そちらに現れたわけだ。だけど実際に姫殿下がいらしたのは三階。少なくとも、僕らはそれを知らされてはいなかった。クロエ殿が僕らを疑うのは必然でしょ?」
「私達に疑いの目を向けるために仕組んでいたとして、それが出来るのは誰なのでしょう?それはやはり、クロエさんしかいない。ですが、もし、クロエさんが内通者だとして、わざわざ一階に刺客を招き入れて警邏に見付けさせる意味はあるのでしょうか?」
「……確かにそうだな。あいつが内通者なら、手っ取り早く三階に現れていたはずだ。」
「なら、やはりクロエさんはあくまで、内通者を炙り出すために、私達に情報を伝えなかっただけ。という考え方が妥当なのでは?」
「ミリアの言う通りだと、僕も思う。内通者がいたとして、少なくとも今夜姫殿下が一階にいると思っていた魔族じゃなければ整合性が取れないよ。」
「恐らく私達だけじゃなく、ゴルウッド達も知らされていなかった、と私は思っています。あの場では何も言いませんでしたが、明らかに困惑の色を隠せない様子でしたし。」
「ということは、ゴルウッド達も内通者の可能性があるってことか?」
「そうなりますね。」
ナギの問い掛けにミリアは頷いた。
「だが、昨日襲われたのはあいつらだぞ?何故、わざわざ襲わせたんだ?おかしいだろ。」
「昨夜、刺客がいきなり一階に現れたとして、それは内通者がいることを宣言したのと同じです。確実に成し遂げられればそれで良いでしょうが、もし失敗したら……彼らも私達の力は知ってますし、保険を掛ける意味で、まず自分達を襲わせて疑いの目を逸らせる意図があるとしたら……」
「完全に僕らに疑いの目が向いて、クロエ殿達の注意が逸れた隙に実行するつもり。ってことも考えられるね。」
「だがそれを言い出したらきりがないぞ。例えばこれで俺達にゴルウッド達を疑わせ、互いに牽制し合うように仕向けるのが目的だとしたら?その隙を突いてクロエが本命の刺客を招き入れるつもりだとしたら?いくらでもまかり通るだろ。」
「確かに。」
「そうですね。」
「どうやら今の状況だけじゃ埒が明かないみてぇだな。」
「つまりはそういうことです。分かりましたか?ナギ。」
ミリアが笑顔を浮かべて見せた。
そのあまりにも唐突な笑顔に、ナギは頬を掻くしかなかった。
―――控え室から皆が出て行ったのを見届けた後、クロエが向かったのは、すぐ隣の部屋だった。
「どうだった?」
小さく扉を開けて素早く入室してきたクロエに向かって、プージャが声をかけた。
「ううむ。まだなんともいえんな。ぜんいんグレー、とだけいっておこう。」
「そっか。」
「ぎゃくにナギはわたしをうたがっているようだ。そうやってみなのきをそらそうとしているのやもしれんが、ほんしんからであるなら、それはしんらいがおける。」
「ちょ!?クロエ疑われてるん!?」
「まぁな。わたしはかれらからみれば、とざまにすぎん。それに、わざとためすようなまねをしたからな。」
「んー、そこは、ごめん。私のせいだね。だってさ、急に思い出しちゃったからさ。マルハチが言ってたんだよね。『初日は城主の寝室で構いませんが、それ以後は毎晩必ず寝室は変えて下さい。』って。まぁ、初日から変えちゃってたけど。」
「マルハチのいけんはだとうだ。だからさんせいした。だが、それをみなにいわなったのは、わたしだ。」
「なんつーか、クロエは豪気よね。」
「そのくらいしなければ、しっぽはださんだろう。すくなくとも、げんじてんではだれなのかよそうもつかんのだからな。」
「……ねぇ、本当にいるん?私は、あんまり疑いたくないな。」
「わたしだってうたがいたくはない。だが、ふつかれんぞくでしかくがおくりこまれたとあれば、もはやそんざいじたいは、うたがわざるをえないだろう。」
「…………そう……だよね。そう……」
プージャの胸は今にも潰れそうなほどに、ズキズキと痛み続けていた。
こうして、二日目の夜は通り過ぎていった。




