第83話 Days2~ミリア、フォスター、ナギ~
「なぁ、お前ら、どー思うよ?」
天蓋の内側にへばり付き、ハンバーガーを頬張りながら言った。
「ちょっと。カスが降ってくるんだけど。」
ベッドに横たわり、さも迷惑そうな表情で苦情を漏らす。
「もう。少しは緊張感を持って下さい。」
同じく天蓋にへばり付き、そんなふたりに真っ当な注意を行う。
今宵の囮は、彼ら3人の仕事だった。
「普通、来るか?初日だぞ。」
肩まで伸ばしたアッシュヘアをポニーテールに纏めた【細面の優男】という表現がぴったりな青年。が、どことなく印象の薄さを感じさせるのは、ナギが黒子族であるからだろう。
「刺客のことかい?」
刈り上げた焦げ茶色の髪。特に整っているわけでもない平凡な顔付き。しかし、何故か人を惹き付ける魅力を振りまくのは、フォスターがインキュバス族だからだろう。
「無駄口はやめて下さい。」
長い赤毛を三つ編みにまとめた、少しふくよかな少女。決して美人とは言えないが、愛嬌のある顔立ちの中に妖艶さを内包するのは、ミリアがニンフ族だからこそなのだろう。
「ああ。姫殿下が予知していたからには、そりゃ来るんだとは思っていたが、流石に早すぎるだろ。」
ミリアの注意などはどこ吹く風。ナギがマイペースに続けた。
「そうかな?室長からは『いつ何時、敵襲があるやもしれん。一瞬たりとも気を抜くな。』って言われてたし、僕は不思議には思わなかったけど。」
素直そうな見た目通りの素直な返答をするフォスター。
「もう、本当に静かにして。刺客の気配を感じられなくなるじゃないですか。」
ミリアが頬を膨らませていた。
「しかも、あんなに迷いもせずに寝室を見付けたんだぜ?内部構造を理解してなきゃ出来るもんじゃねぇ。」
「ん?どういうこと?」
ナギの言葉には明らかな違和感が含まれており、それを感じたフォスターはようやくその言葉に耳を貸し始めた。
「いや、だからさ。どうやって内部構造を知ったのか?って話よ。」
言葉に含まれた違和感。それは、愉悦だったようだ。
ナギはこの状況を楽しんでいる。そこにフォスターは引っ掛かったのだった。
「それ、どういう意味?」
「そうですよ。変なこと言わないで下さい。」
いつの間にかミリアもナギのペースに引き込まれてしまった。
「みなまで言わせるなよ。あの時、姫殿下も
クロエ殿も言及は避けたが、きっと思ってたはずだぜ。内通者がいるんじゃねぇか?ってさ。」
「ちょっと、ストレートすぎ。」
「そうです!なんてことを!」
ナギの心無い一言に、ふたりは抗議の意思を顕にした。
「いやだってさ、おかしいだろ。絶対に。」
「そりゃ、まぁ、そうだけど……」
「そんなこと絶対にあり得ません!」
がしかし、フォスターとミリアの意見はすぐに袂を分かってしまった。
「じゃあさ、君は誰が内通しているって言うんだい?」
フォスターが問い掛けた。どうやら手放しに賛成ではなかったらしい。
「いや、だからそれをお前らに聞いたんじゃねぇか。」
垂らした釣り針にようやく当たりが来たと、ナギの愉悦には更なる拍車がかかり始めた。
「そうだね……まぁ……少なくともゴルウッド達は無いんじゃないかな?まさかあいつらが内通者なら、自分達を襲わせるなんてしないだろうし。」
「そんな分かりきったことを聞きたいわけじゃないんだよな。」
フォスターの返答にナギは笑みを浮かべた。
「もう!本当にやめて!聞きたくないですから!」
「なら、ライリー達は?彼らは昨夜は警邏に充たってたよね。屋敷から派遣された増援の体で。彼らの中の誰かなら、刺客を招き入れるのも可能じゃない?」
「まぁ妥当な意見だよな。」
ミリアの悲痛な懇願などは簡単に無視され、フォスターとナギは不穏な談義を続けていく。
その流れに飲み込まれ、
「何言ってるんですか!砦の警邏はライリーさん達だけではないんですよ?クロエさんの部下の方々と一緒なんだから、そんなことしたらすぐに見付かってしまいます!」
遂にミリアもそれに乗ってしまった。
「そう!それなんだよ。それ。」
ナギがミリアを指差した。
「逆に俺は、クロエ殿が一番怪しいと睨んでる。」
「え?」
「どうしてですか!?」
ナギの一言に、ふたりは驚愕の声を上げた。
「だってそうだろ?あの人は元は石棺の帝王の側近だった魔族だぜ?サルコファガスのことはよく知ってるだろうし、言ってみりゃこの砦は自分の手の内なわけだ。兵のほとんども自在に動かせるし、最もやり易いのはあの人だ。」
「ふざけないで下さい。」
ミリアの声色が低く変わった。
「クロエさんは姫様が直々にお連れした、信頼を置く腹心ですよ。そんなこと、あり得ません。」
「そうかもしれないけど、でも所詮は外様だろ?姫殿下の寝首を掻いて天霊に差し出そうなんて思ったとしても不思議じゃねぇ。」
「ナギ。言葉が過ぎますよ。」
ミリアの赤毛が小さく逆立った。
「おいおい、俺はこれでも真面目に話してるんだぜ。お前らだから話してるんだ。」
ナギも負けじと声を潜めた。
「これはマリアベル全体に関わる大事なことなんだ。確かに内輪で疑い合うのが嫌なのは分かる。けど、だからってこの不穏な状態から目を背けるのも違くねぇか?」
「それは、そうだね。」
フォスターが軽い口調で言ってのけた。
「もう!あなたは一体どっちの味方なんですか!?」
「いや、味方って……」
ミリアの抗議に、フォスターは困惑を隠せなかった。
「そうだぜ、フォスター。これは大事なことなんだ。真剣に話し合う必要がある。お前はどっちに付くんだ?」
どうやら雲行きが変わってきてしまったようだ。
「いや……でも……そう言われても……」
口ごもるフォスターだったが、その態度に腹を据えかねたのか、ミリアは即座に切り込んできた。
「全く!そんなだから、いつまで経ってもミュシャに相手にされないんですよ!」
が、それは全くの予想外な切り込みだった。
「え!?今その話し!?」
「は!?お前、そうだったの!?」
完全に雲行きが怪しい……否、おかしくなってしまった。
フォスターの表情は、苦虫を噛み潰したという表現がよく当てはまっていた。
「そうやってはっきりしないでいつも宙ぶらりんで!男らしくないです!」
「いやいや!今はそんな話ししてる場合じゃないでしょ!?」
「なんだよ、お前。水臭いな。言ってくれればいくらでも相談に乗ったのに。」
「ナギ!君まで乗ってどうするんだよ!」
暗がりで分かりはしないだろうが、フォスターの顔はまるで真っ赤な林檎の如く染まっている。それは自分が一番よく分かった。なにせ、耳の先から爪先まで熱く火照っているのだから。
「いやー、ミュシャかー。ミュシャねぇー。そっかぁー。」
「な、なんだよ?」
「ありゃ難攻不落だぞ?ル・タラウス砦よりな。なんせ、なに考えてるのか分からねーもん。なぁ、ミリア。」
「なんです?」
「あいつ、誰か相手いんのか?」
「いいえ?そんな話しは聞いたことありませんね。」
つい今しがたまで漂っていた険悪なムード、そしてナギの言う大事な話しはどこに行ってしまったのか。ふたりの話題はフォスターを置き去りに、遥か遠くへ向かって道を外れていった。
「だろうな。と言うかさ、あいつ、男に興味あんのかな?」
「んー、どうでしょうね。メイド室でそういう話しはよくするんですが、あの子って、いつもニコニコ笑って聞いてるだけですし。」
「んじゃ女に興味があるとか?姫殿下のこと大好きだもんな、あいつ。」
「それもまた違うとは思うんですよね。一応、好きなタイプを聞くと答えてはきますから。」
「おっと!?それはいい情報だ。良かったな?フォスター。」
このままやり過ごそうと決めていたが、やはり話しは回ってきてしまった。
「べ、別に……僕は……」
「強がるなよ。チャンスじゃねぇか。ミリアに色々と聞いておけって。」
「い、いいよ!」
「良くねぇって!んで、あいつ、どんなのが好みなんだ?」
フォスターの意思などはもはや無いに等しかった。
「それがですね、あの子、『ミュシャは、年収金貨100枚以上の人がいいです♪』って言うんですよ?」
ちなみに金貨100枚は日本円に換算して100万円ほどである。
「ちょ!?ウケるな、それ!屋敷の全員が対象じゃねぇか!」
更にちなむと、屋敷の使用人の平均年収は金貨600枚ほど。どんな新人でも500枚は貰っているのだ。流石は魔王の配下、と言ったところだろう。蛇足だが、年収金貨36枚の姫殿下は恋愛対象外にあたるようだ。
「てか、好きなタイプが金って、あいつやっぱ難攻不落だわ。」
ナギは実に愉快そうに笑っていた。
やはり元々、単純に愉悦のためだけに話していたのだろう。
フォスターは内心で呆れ返っていた。




