第82話 Days1~刺客か?ストーカーか?~
―――クロエが執事とメイド達を引き連れ、プージャの元へと戻って来たのは、それからしばらく経ってからのことだった。
二手に分かれ何度か城内を歩き回ると、頃合いを見計らって本館一階の隅の部屋へと向かったからだった。
「思ったよりも早かったね。」
部屋に入ると、テーブルの上に湯気の立つカップ達を用意したプージャが出迎えた。
プージャを取り囲むように、3名の人影。赤毛のミリア、オーガ族の執事であるフォスター、そして黒子族の執事ナギだった。
「まさか、とうちゃくしょにちにしかけてくるとはな。ひめでんかのビジョンにすくわれた。」
クロエはプージャの正面に腰を降ろすと軽く顎を鳴らし、事の顛末を報告した。
「んで、刺客が何者なのか分かったん?」
プージャがお茶を含みながら問い掛けた。クロエもそれに倣い、カップに歯を浸けた。
「いや、じょうほうはひきだせなかった。」
「ふーん。そっか。」
そのやり取りを聞き終えるや、ゴルウッドが口を開いた。
「申し訳ありません、姫殿下。このふたりが刺客をすぐに始末しちまいまして。」
「ちょ!?ボク達のせい!?」
「あなたこそ、刺客を死なせたじゃないの!」
ゴルウッドに指を差されたアイネとララが口々に抗議の声を上げた。が、クロエがそれを制止した。
「たとえしまつしなかったとしても、しんでいたことにかわりはない。のこしたやつも、どくをのんでしんだのだからな。」
「ふむ。元より失敗したら服毒するつもりだったってことか。」
プージャが目を臥せながら呟いた。
プージャの予知により、プージャが刺客に襲われることが事前に分かっていた。故に、プージャ達は滞在する部屋を、常識的な主の寝室から他の部屋へと変更していた。
それが現在プージャ達が滞在する、この使用人達の控え室だった。
そして、予知通りに刺客が現れるのを、囮を用意して待ち構えていた。というわけだ。
「とにかくご苦労だったね。ゴルウッド、傷は大丈夫なのか?」
プージャがゴルウッドの部屋着に広がったドス黒い血痕に凝視しながら言った。
「え?あ、ええ、問題ありやせん。俺らグールにとっちゃ、こんな小さな刺し傷なんざ、屁でもありませんから。」
既に乾ききった部屋着を引っ張りながら、ゴルウッドは苦笑いを浮かべていた。
「そうか、それは重畳。」
部下の無事に、プージャは内心で胸を撫で下ろしていた。
「それで、だ。真っ直ぐに私を狙ってきたこと、いきなり刺してきたこと、それと身元が割れる前に死んだこと。このみっつを加味するに、ただの物盗りやらストーカーの類いではないかことは確かになったな。」
ここにマルハチかミュシャがいれば、即座にツッコまれるであろう【狙われた可能性】を口走ったプージャ。ここにそのふたりがいないのが幸いだった。
「いや、姫殿下をストーキングする物好きなんて室長くらいしか居やせんぜ。」
訂正。どうやらこの若手執事はそういう男だったようだ。
「はぁ!?ゴルウッド生意気!腐れ!朽ち果てろ!」
「そうよ!わたくし達の愛する姫殿下になんという口を!」
プージャは心中で鼻水涙を垂れ流し放題だった。まさかこんな風に自分を擁護してくれる者が現れようとは。天にも昇る心持ちを全力で圧し殺していた。
「ま、まぁ、冗談はさておきだ。私を狙う不逞の輩が何者なのか、情報を得られなかった以上は今後も迎え撃つしかないかの?」
「しかくがもどらぬいじょう、てきもなにかあったことはさっするだろう。よもやあんいにくりかえしはせぬだろうが、せめてこぬほしょうもない。」
「しばらくは耐えるしかないか。ま、相手が分かったところでこちらも動けぬのは変わらぬし、仕方ないか。」
「そうだな。」
恐らく刺客は天霊の手の者に間違いは無いだろう。だが本気でプージャを亡き者にしたいのか、それともただの挑発行為なのか、真意は図りかねる。とは言えプージャの考え通りである。マルハチ達の動きが現状の最優先事項に当たる今、こちらから反撃に出るわけにはいかない。何食わぬ顔でやり過ごすしかないのだ。
「申し訳ないが、皆には今後も囮を頼むことになる。」
プージャが深々と頭を下げた。
その瞬間、その場にいたクロエ以外の全員が立ち上がった。
「姫殿下!?」
「何を!?」
「お顔をお上げ下さい!」
「魔王様がわたくし共なぞに!」
「お止めくださいませ!」
「我々の命なぞ!」
それをなだめるようにクロエが割って入った。
「うむ。みなのかくごはしかとうけとめよう。では、みょうにちはミリア、フォスター、ナギにおとりをたのむ。ゴルウッド、アイネ、ララはひめでんかのけいごをたのむぞ。」
「「御意。」」
「皆の者、宜しく頼むぞ。」
クロエに倣い、プージャも続いた。
それを合図に、ゴルウッド率いるの囮チームは再度、最上階にある城主の部屋へと。ミリア率いる警護チームは部屋へと戻るプージャらに付き添った。
夜は既に明けようとしていた。
―――使用人用の私室に戻り、プージャとクロエは改めて向かい合った。
隣室には警護を担当するミリア達がいる。
ふたりは声を潜めて言葉を交わした始めた。
「もんだいは、どこからもれたか。だな。」
「予想はしていたけど、早すぎんね。」
サルコファガス砦には、現在およそ1万の兵士が駐在している。
しかし、魔王の滞在は秘匿とされており、その事実を知るのは南部遠征部隊以外、無い。それは、この砦を任されているマリアベル直属の将官達ですら例外ではなく、知り得るのは、クロエと同様に石棺の帝王に召喚されしアンデッド族のみ。
石棺の帝王亡き後、その血と契約されたアンデッド族は、今はクロエとの契約に塗り直されていた。それは、それらのアンデッド族の意思がクロエと繋がっていることを意味しており、プージャらを匿うために世話を請け負っている全てがクロエ配下のアンデッド族であった。
「軍部に漏れたとは?」
「かんがえられない。わたしのはいかは、このとりでのななわりをしめている。つねにかんしのめはいきとどいている。」
「なら、考えられるのは……」
「えんせいぶたいのだれか。」
「考えたくないね。内通者がいるなんて。」
「しかしじじつ、しかくがおくりこまれている。」
「…………本当に天霊なのかな?なんか、ただ単に用心深い野盗とか、さ……」
信じたくない気持ちは分かる。
「かのうせいはなくはない。」
だが、それはあまりにも非現実的な考えだ。
「あまいかんがえはすてるんだ。せめてきやすめをいうならば、てんりょうちょくぞくではなく、このへんきょうのちいさなりょうしゅが、こうをせいてことにおよんだというかのうせいなどもあるが、それにしてもリークがなければはじまらない。」
「だよね。そうだよね。」
「ないつうしゃがいたとして、まとがしぼれているのはせめてものすくいだ。」
「…………そうだよね。」
プージャは目を閉じると、皆の顔を思い浮かべた。
ミリア、アイネ、ララ。
ゴルウッド、フォスター、ナギ。
そして、ライリーを始めとする小隊。
誰をとってみても、内通者などと、微塵も思いたくない面々だった。
「ひめでんか。」
「なぁに?」
「おきをつよく。」
「うん。ありがと。」
プージャは勢い良くベッドに横になった。
(ここで私が踏ん張らなきゃ、マルハチ達に危害が及ぶ。私が、踏ん張らなきゃ。)
枕を顔に押し付けると、そのままゆっくりと眠りに落ちていった。




